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II.現代の戦略とマーケティング
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2.マーケティングの切り口
消費者は怒っている!
消費者の怒りはビジネスチャンス−マーケティングの理念と現実
代表 松田久一
プリント用画面(PDF)
本コンテンツは、J-marketing.net コンテンツ、ネット評判記「消費者は怒っている!」の特別解説です。
ネット評判記「消費者は怒っている」 構成

 1.応対接客サービスでの不愉快体験は70%−消費者の接客不満
 2.やる気のない店員を許せますか?−買い物場面での不満
 3.一度の不愉快体験が命取り−飲食店での不満
 4.役所・銀行は不愉快体験の宝庫−手続き場面での不満

 「お金を払って不愉快な想いを買う」お客さんなどいるはずがない。顧客満足度の追求を標榜する企業が多い中で、現実には、年間、約70%の消費者が不愉快な体験に対価を支払っている。不愉快体験者の平均不愉快体験数は、約2回である。「マジかよ?マジである」。
 企業は、顧客になんらかの商品サービスを提供し、その効用及び満足度に対価を支払って頂いて会社は存立している。企業のすべてのコスト負担者は最終的に顧客である。株主でも、経営者でもない。社長から給料を貰っているのではなくて、顧客から給料を頂いているというのがマーケティングの理念であり、根本の精神である。経済学でも効用に対価を支払うのであって、マイナスの効用に対価を支払わないことになっている。理念と現実の壁は厚いとは思わない。マーケティングの理念が膨大なビジネスチャンスを作っているとみるべきである。
 挨拶もしない、待たせてお詫びもしない、在庫を尋ねても調べもしない、行列を作らされ、番号札をとらせて待たせる、専門的な商品知識を持っていない、質問すればたらい回しに遭う等々と個人的な体験だけでも数限りなくある。パソコンなどのサポートセンターは、最低のサービスの代名詞と言われる医療の「1時間待って10分治療」どころではない。そもそも繋がらない上に、ムカつきを抑えながら、繋がればコンピューター対応で20回プッシュして、やっとでたら、再インストールの指示を頂戴するのに5分の対応である。待たせるな!と怒鳴りたいところで、コンピューター音声はあまりにも冷静で冷たい。家電業界は全般にコスト削減のためにコンピューターによる自動応答の導入を進めているのだそうだ。こういう想いをみんなが体験しているのだ。消費者に「感動体験」と言う前に「不愉快体験」をなんとかしろ!クレームを言うのに待たせるな!
 ISDN回線からADSLに切り替えるのにある通信会社に申し込んだ。応対が丁寧なのはいいが「元電話オペレーター」で必要な「ADSLモデム」などの通信機器がまったくわからない。使えるモデムが1機種しかないと言い張る。話にならないと責任者に代われと言えば、これがまたわからない。インターネットでは5機種ほど紹介されているのにこの機種しか使えない、と言う。「お宅の会社のホームページには5機種ほど紹介されている」と言ってもきかない。ホームページの連絡先に、「現場ではこう言っているがどうなの?」と聞けば「ご迷惑をおかけしております。そんなことはございません。」と言う。現場に説明してくれと依頼したら、現場から「お電話頂きましたでしょうか」と電話をかけてきて、まったく話が伝わっていない。こんなことを繰り返した。何度も。話した通信会社の人は約10人、費やした時間は約10日。営業現場に通信機器の商品知識がなく、技術部門には顧客窓口裁量権がない。クレーム言えば謝罪の専門家が丁寧に謝ってくれる。「ご高説ごもっともでございます」。しかし、何も問題は解決されない。この組織の溝のお陰で何日も何日もタライ回しにされたのだ。最終的にわかった。タライ回しは通信料を増やす戦略なのだ。恐るべし!
 タクシーに乗れば「半蔵門」がわからない運転手に連続3回遭遇した。東京の道は、「内堀通り」、「外堀通り」、「外苑東通り」というように環状道路と「新宿通り」などの横の道路で覚えていく。半蔵門は、内堀通りと新宿通りの交差点である。知らないはずがないのに知らない。そんな話を運転手さんにしたら、東京駅も知らない運転手が居るという話になり、知らない自慢になって、ついに、銀座を知らない運転手がいるという話になった。これはタクシーか!?タクシー業界も、道路知識と運送業務のアンバンドリング(垂直分業)の到来が間近かもしれない。
 商品サービスと顧客との現場接点は悲惨な状況である。どうしてお金を払って不愉快な想いをしなければならないのか?
 世界一、給料の高い日本人の機会コストは1時間約5,000円である。行列を作らせて待たせるのは、消費者に機会コストを強いることである。機会コスト以上の価値があると反論する向きもあろうが、しからば、こんな迷惑な外部不経済は内生化して、価格を上げるのが消費者志向である。待たせる、行列を作らせるのは、消費者に負の効用をもたらすものであって、どんな場合でも企業は、負の効用をもたらしてはならないというのが顧客満足を原点とするマーケティングの原則だろう。勘違いして「行列のできる店」を作ってはならないのだ。
 この10年、物やサービスが取り扱われるチャネルは組織小売業へとシフトしてきた。その組織小売業が膨大な接客不満を蓄積している。コンビニエンスストア、ファミリーレストラン、スーパーが不満体験の上位業態であり、5人から10人にひとりの割合で、「不愉快な体験」をさせられていることになる。特に、コンビニでは5人にひとりである。買い物回数に換算すれば5回に1回、20代なら毎週1回は「不愉快な」想いをしていることになる。
 組織小売業に勝るとも劣らない「不愉快体験」窓口が役所と銀行である。役所の窓口は利用者の約3割、銀行は2割の人に「不愉快な体験」を提供する。長時間待たされ、やる気のない担当者の態度と、処理スピードの遅さに苛立つ。これらの「業界」では、周回遅れで「顧客志向」をスローガンにCS推進運動が展開されている話も聞くが、待たされる身がわかっていない。
 メーカーや作り手からみれば、組織小売業のバイイングパワーで納価を叩かれ、さらに、自社の商品サービスを購入して頂く顧客に不愉快な想いを強いてしまっていることになる。これで価格競争に対抗できるブランド力が形成できるだろうか。不愉快な想いをして対価を支払った商品サービスにブランド形成に必要な感情移入できるだろうか。接客不満チャネルはブランド破壊チャネルになっている。
 接客不満が膨大に蓄積されているのは、売り手が売り手に売る時代だからでもある。就業人口の構造からみれば、農業や製造業などの作り手は20%に満たない。大半の就業者は、第三次産業、すなわち、情報やサービス産業に従事している。つまり、売り手として仕事をしている。不況下でどうしたら売れるかを考えている人が買い手である。コンビニの店員が売る気のないのが見えてしまう。セルフ販売業態で、クロス販売で関連商品を推奨してもらったり、新しいライフスタイルを提案してもらったり、詳しい商品知識を期待しない。しかし、顧客が対価を支払う行為を単なるレジ打ち作業としてしか考えていないシステムが許せないのだ。
 市場からみれば、コンビニエンスストア、ファミリーレストラン、スーパーなどの流通業態は過剰店舗と過剰競争の成熟段階にある。コンビニエンスストアの隣にコンビニエンスストアが出店するオーバーストアの時代だ。分析的には、出店の余地などない。しかし、現実には、膨大な参入チャンスが持っている。不愉快な想いをしない、売る気のある、ふつうのコンビニエンスストア、ファミリーレストラン、スーパーなどを出店すればいいのである。
 売れない時代に、売る気のないチャネルで物やサービスを入手しているのは何という皮肉だろう。売れない、売れないと嘆きながら売る気がないのだ。これらの業態には膨大な参入機会がある。既存店は、クレーム顧客をチャンスにすることができる。メーカーにとっても新しい売り方を考える機会を提供している。身銭を切り、機会コストを払って不愉快な想いをした消費者個人の気持ちを理解さえすればいいのである。応対で不愉快体験をさせない店は競争力を持ち、既存店のクレーム顧客はファンに変身し、不愉快体験をしないで購入された商品サービスの満足度はあがるに決まっている。不愉快体験をさせられた消費者の気持ちが理解できる人材が必要なのだ。浪花節的な言い方をすれば「人の心の痛み」のわかる人材がいないのだ。「できる奴は始めからできる。社内では人材は育成できない。」というのが人材コンサルタントの箴言だが、「人の心の痛み」のわかる苦労人は長い目でみて自前で育成するしかない。「人財」を蓄積できないのが現在の日本の厳しさだ。痛め続けられるフリーターを十年続けて人の心の痛みがわかる人間が育つだろうか。痛みを消費者におしつけて平気な人材が育成されるだけだろう。権限委譲組織ではなく、消費者に痛みをおしつける抑圧委譲の本末転倒の会社ではどうしようもない。こういう会社に限ってお客さまが一番トップにくる逆ピラミッドの組織図を株主に公開している。
 接客不満の蓄積は、膨大な新しい流通参入の機会とメーカーにとっては新しい流通の開拓機会を生み出している。ビジネスモデルで儲かる仕組みを考えることも大切だが、脚下照顧、足下にチャンスが転がっていると見るべきである。新しいビジネスチャンスは流通段階の接客不満にある、ということをこの調査は示唆している。

[2003.07 J-marketing.net]

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