戦略を読む 2
21世紀の競争戦略-ネット時代の戦略原則(前半部)

2000.12 代表 松田久一

01

賢明な戦略

 弱者が強者に勝つ。小が大を飲み込む。数や力が劣っていても勝利できる。これこそが競争の醍醐味である。しかし、なぜ勝てるのか。90年代の主要消費財メーカーの事業経験を分析した。理由は簡単だった。ひとつは、たまたまであり偶然の勝利だった。もうひとつは知恵、すなわち戦略の優劣の差である。関心があるのはどうしたら優れた戦略を発想できるかということだ。この課題を事例研究の結果を報告しながら明らかにしたい。

 競争は思惑どおりに運ばない。様々な偶然の要素が絡んでくるからだ。凡人は、偶然を制して思い通りに事を運ぶ人を信長やナポレオンのように「天才」と崇め、偶然の味方を「運」と妬む。

 市場では、顧客の好意と購買をめぐる激しい企業間競争を繰り広げている。現場では顧客の選択結果を通じてしか競争での勝利を獲得できない。事業にも、「運」のいい経営者と「天才」的な参謀はいるが当てにはできない。努力して対応できるのは、知識の集積である戦略だけである。賢明な戦略を練り上げ競争相手に競り勝って顧客に価値を提供して満足を得る。その繰り返しと積み上げが売上でありブランドロイヤリティである。優れた戦略を練り上げれば弱者が強者に勝てる。

 決定に迷いがあるすべての分野で戦略思考が有効だ。人生からスポーツ、経営、政治に至るまで戦略的な知恵が要求されている。正しいか、誤っているかの絶対的価値規範で決定できる状況に我々は置かれていない。結果で評価され、賢いか、愚かかの決断が要求される価値相対化の時代だからだ。

 当然の事だが正しい戦略がひとつだけあるのではない。また、正誤で判断できる原理的経営の時代でもない。戦略とは個々違う主体の決定であって環境は同じでも競争相手と自分の持っている力が異なればすべての戦略はそれぞれだ。しかし、その結果には賢明と愚昧の差がある。従って、優れた戦略を発想するには、賢明な他者の経験である歴史と事例に学び、そこから繰り返しみられる傾向を原理として導き出し、自らの戦略発想に生かすしかない。戦略とは極めて経験科学的なものだ。戦略的外交政策によってドイツ統一へと導いた賢者ビスマルクは、「愚者は体験によって学ぶと言う。私は他人の経験によって利益を得ることを好む。」と言う。

 90年代は21世紀の経営にとってもっとも間近の他者経験である。他社の事業経験と歴史から何が学べるのか。日本の主要消費財メーカーの40事業を任意に抽出し研究した。21世紀の事業の競争戦略を発想するうえで有効な戦略原則を導き出したいからである。

02

戦略発想の核心

 原則の活用とは他人の経験に耳を傾けることである。一般に、戦略とはその主体の何らかの目的を達成するために、限られた資源のもとで手段を明確にし選択し順序立てることである。

 事業での競争戦略とは、市場と競争の分析を行い、自社の強みと弱みを踏まえ、ビジョン(構想)、目的と目標を明確にし、その競争手段とアクションを明らかにし実行することである。広義には、戦略とはそれが実行に移されるまでのプロセスを含むが、狭義には、競争相手に勝利して経営目標を達成するためのビジョン、構想の表現であり、「グローバル10」(トヨタ)、「水道哲学」(松下電器)などのような言葉から計画数字まで組織が共有できる様々なシンボルによる統合化である(注1)。

 これは実務上の便宜的な定義であるが、実際にはこの戦略構築プロセスは企画部などで中長期計画などの策定として行われる。ビジョン、構想としての戦略は、予算計画、組織人事や資源配分に反映され現実化される。具体的には、経営者に対して選択肢の提示、プレゼンテーションなどのスタッフの実務作業に落ちることになる。ビジネススクールの標準的なテキストでもPPM(プロダクトポートフォリオマネジメント)やSWOTなどの手法を紹介しながら大凡このように説明されている(注2)。

 この実務のなかで優れた戦略の発想を行えるかどうかの核心はふたつある。ひとつは、分析の役割の大きさとその選択である。分析には、ホファー=シェンデル(注3)からミンツバーグ(注4)まで様々な手法が体系化されている。実は経営手法の多くは分析手法でもある。分析手法が決定されれば戦略の内容はほぼ決定される。例えば、PPMを採用すれば、戦略は、キャッシュフローの最大化を目標にして、「刈り取り」、「選択的投資」、「投資拡大」などの標準的なものに決まってしまう。つまり、戦略の内容は分析に依存し、優れた創造的な戦略の発想には分析手法の吟味と選択が鍵だということだ。

 もうひとつは、現状分析からビジョン、構想という戦略の核を生み出すのは極めて創造的であるということだ。例え、分析手法を吟味し現状を抉ることができたとしても、分析からは直接に戦略は生まれない。経験から言えば発想できない。何か、少しの「ひねり」が必要になる。システム的問題解決や品質管理手法との大きな違いである。

 ひねりとは、分析から摘出された問題の視角に別の見方を提示し、より高次の総合的視点を与えるものである。安全な車の運転とは、車の前方や後方に注意を払うだけでなく、自分の車を上空から見下ろしたイメージ像を持つ事だという話を聞いたことがある。他社事例から導き出される原則とは、まさに上空からの視点を提示し、ヒントと方向性を与えてくれることだ。それがひねりだ。

 もうひとつ同じ刺激を与えてくれるものがある。企業などの組織が持つ「暗黙知」と呼ばれるものだ。90年代は経営における暗黙知が持て囃された。データや書類などの形式的な知識ではなく、会社固有の物の考え方や捉え方である。何でも横文字にすれば「通り易い」会社がある一方で、「泥臭い日本語」にしないと落ち着かない社風もある。暗黙知とはこういうものだ。外部の言葉は内部には通じにくい。

 優れた戦略の核を発想するには、経験から導かれた原則と暗黙知の組合せが最適であり、納得できる戦略表現を生む。しかし、内部の言葉では表現しきれないユニークな発想は生まれない。暗黙知は、言わば組織が共有する好き嫌いの感情認知であり発想を制約するように機能するケースが多いのも現実だ。暗黙知に頼らず戦略を発想していくことが肝要だ。

 戦略発想の核心は分析手法であり、何よりも原則だ。他社事例から導き出される原則は、形式的でエレガントな手法が無視する競争の現実を思い起こさせ、煮詰まった発想に刺激を与えてくれる。優れた発想には、ユニークな説得力のある分析手法と分析から創造へと至る過程で思考を支援してくれる原則が必要だ。

03

90年代の競争戦略

 10年という期間の競争戦略の研究を通じて幾つか明らかになった事実がある。

 第一は、競争優位にはライフサイクル(寿命)があるということだ。90年代以前に形成された競争優位が崩壊し、多くの企業が新しい競争優位の創造に努力を傾けている。競争優位とは、顧客に競争相手よりもよりうまく価値を提供する仕組みということである。戦争では、戦闘教義(ドクトリン)と呼ばれ、スポーツでは勝ち型(パターン)と言われる継続的な強みのことである。

 ヒットゲームを制作し、ROM化して、問屋を通じて玩具店に売るというシステムを創造したのは任天堂のゲーム事業だ。顧客にユニークで面白いゲームを楽しむという価値を提供した。この価値を提供するために、外部ネットワークを利用し、ゲーム機をできるだけ安価にして広く普及させ、ゲーム制作会社を競わせてヒットゲームを生み、流通支配力を生かしてROMの販売権を取得し、付加価値の高いROM製造で収益をあげる仕組みを作り上げた。ゲーム機を安くすること、流通支配力を生かしたゲーム制作会社の組織化とコントロール、ROM製造による高収益は同業他社には簡単には模倣できなかった。単に面白いゲームを作ればよいというものでもなかった。より優れた最新ゲーム機の開発をすればよいというものでもなかった。任天堂の独自の仕組みが高収益を支えた。これが競争優位のシステムである。

 90年代初頭には模倣できないと思われた任天堂の競争優位が、ソニー、セガの追撃によって無敵でなくなった。周知の通りである。市場と競争の変化が競争優位に成熟をもたらす。

 第二は、戦略の転換が極めて重要だと言う事だ。競争優位には、約4~5年前後のライフサイクルがある。すべての研究対象事業は戦略転換を迫られ、既存の崩壊しつつある競争優位から新しいシステムの創造へと転換している。

 このことは白紙で戦略を考えることはできないことを明確に示している。しがらみのない白紙での戦略を考え、既存のものと比較するという手法は、原理的に正しい戦略が存在するという空想によって成り立っている。現実には既存の競争優位のシステムがあり、資源は限られている。研究事例でも、過去を捨てまったく新しい競争優位を築こうとした事業の多くは失敗している。正誤表が作れるような戦略はない。現実の戦略には賢愚しかない。人生をやり直すことが不可能なように事業も白紙にはできない。古いパラダイムから新しいパラダイムへの転換など机上の空論に過ぎない。突き抜けて進化するしかない。

 ホンダは、ホンダらしさを否定し危機に陥り、ホンダらしさから再出発して、新しいホンダを目指して復活することができた。どう戦略転換を進めるかが10年という期間の経営成果を決める重要な成功の鍵である。

 40事業の事例研究で明らかになったことは、競争優位のシステムにはライフサイクルがあって、戦略転換が必要だという事実だ。このことは、戦略とは極めてダイナミックで時間依存的だということを再認識させてくれる。直近の課題は過去から引き継がれてきている歴史的なものだ。旧の崩壊と新の創造というジレンマのなかで、競争優位のシステムの進化を考えていかねばならないということだ。このジレンマのなかで、競争優位のライフサイクルを捉えたうまいダイナミックな戦略転換が大きな成功の鍵であった。

 競争の局面は時々刻々と変化し、戦略の転換の重要性を指摘する戦略論や分析手法はこれまでの研究には抜け落ちていたものであった。

 日本の翻訳者によって経営の孫子と呼ばれたM.E.ポーター(注5)の競争戦略論はあまりにも静的すぎるのだ。単純に要点をまとめると、業界には構造があり、その業界の魅力度と業界内での競争地位が収益を決定する。そのポジションの決定が戦略の本質である、というのがポーターの基本原則である。ポーターの分析は業界を構造として捉えることにある。戦場の地形を隅々まで調べ上げ勝利できる独自の陣地を見つけるという競争戦略だ。戦局という時間の推移による局面変化は戦闘が始まれば無関係という競争戦略だ。業界構造の変化という捉え方はあっても、戦場は変わらないというのが基本前提だ。日露戦争での二百三高地攻防戦で乃木司令官が突撃白兵戦を繰り返し、数万の犠牲者をだしても戦法を変えなかったような戦い方なのだ。

 実際の経営は、状況依存的であり、日和見的である。つまり、動くのである。これこそが90年代の事例研究から得られた教訓である。もっと時間を組み込まなければ結果を生む戦略にはならない。2~3年から10年へと長期分析スパンを組み込むことによって、これまで多くの専門家によって認められてきた戦略原則の有効性と限界が明らかになり、よりダイナッミクな新しい戦略原則も見えてきた。

[2000 「生活研究所報 Vol.5 No.1」 (株)JMR生活総合研究所]

【参考文献】
(注1) 丸山眞男(1998)「丸山眞男講義録第三冊 政治学 1960」
(注2) T.L.Wheelen and J.D.Hunger (2000) "Strategic Management Business Policy-7th Edition"  Prentice Hall