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戦略思考を鍛える
第1章 目的の設定の仕方 -目的と手段関係の明確化

本コンテンツは、2002年に掲載した原稿を2012年にリライトしたものです。

 優れた戦略を立案するには、自社の戦略目標(目的水準)をどこにおくかが重要な鍵を握る。1980年代から1990年代にかけて企業革新論がブームとなり、多くの企業が21世紀に向けたビジョンを打ち出した。そのなかには世間で高く評価された戦略目標があったものの成功したものとそうでないものがある。


いくら優れた戦略目標・ビジョンがあっても成功しない

 成功例は「C&C」(日本電気)、「グローバル10」(トヨタ)であり、失敗例は「市民文化産業」(西武セゾングループ)である。この差は何か? 目的と手段関係が明確化されているかどうかの差だ。日本電気は、いちはやく通信産業とコンピュータ産業の融合化を察知し、大きな三つの長期的戦略方向(手段)を打ち出した。通信のデジタル化、コンピュータの分散処理システム化、そして中核部品となる半導体の超LSI化である。研究開発投資はこの3分野に集中し、1990年代初頭にはこの3分野ですべて世界のトップ5に入った。トヨタは、来るべきグローバル競争に備え、世界シェア10%という目標を掲げた。そのためにはまず北米市場を深耕し、高級車市場に参入、欧州市場攻略と着実に目標に向かって手を打っていった。2000年代初めにはその目標を達成し、「グローバル20」という新たな目標を掲げて中国市場にも本腰を入れ始めた。しかし2008年のリーマンショック後の赤字転落や、品質問題による信頼失墜により2011年3月に新たな「グローバルビジョン」を発表している。

 一方、西武セゾングループには市民文化産業を実現する手段がなかった。パルコは一定の成果をおさめたものの、WAVE、外食、レジャー産業は破綻し、戦略目標をシンボライズするような手は結果として打てなかった。コンセプト優先で失敗した典型である。結果、バブル崩壊後の平成不況における消費者の百貨店離れ、カリスマ創業家の失脚や不祥事などが重なり、2001年にはグループは解散した。


自社のもつ手段には限界がある

 目的と手段関係を明確化するうえで、重要なのが自社のもつ手段の限界を見極めることだ。ベトナム戦争のプロセスは、アメリカにとって目的と手段のバランス感覚を見失い、手段の限界に見合ったレベルにまで達成目標の水準を下げるのに長い時間がかかった歴史であった。当時アメリカでは共産勢力の封じ込めのために全面破壊を政策目標として主張するグループと、インドシナ半島に介入することの価値や必要な手段(試算では総兵力100万)の限界や、国際政治的影響を考え政策目標を下げる立場のグループがあったが、ゲリラ対抗戦への過信や道義的怒りから前者の立場をとってしまったのである。
 企業においてもそうである。フォルクスワーゲンがビートルに、キリンビールがラガーに固執して失敗したことが典型である。こうした失敗の根底にあるのは、奢りや希望的観測、競争相手の過小評価、社内世論のプレッシャーなのである。客観的に手段の限界(能力)を見極められるかどうかが正否の分かれ目なのである。


二番手戦略も優れた目的設定のひとつである

 自社の手段の限界を冷静に見極めたうえでの「二番手戦略」という目的設定は、ひとつの賢明な判断である。味の素が1970年代以降に展開した多角化事業がよい事例である。同社はマヨネーズ、インスタントコーヒー、マーガリンと多角化していったが、いずれもシェアは2位である。巨大な強者には勝てるはずもなく、戦略目標を二番手においたのである。そこから導き出された手段が「ベター&ディファレンス」という製品差別化戦略である。マヨネーズを例にとると、当時の参入企業はキユーピーの味(酸味がきつい)を真似る製品で完敗してきたが、同社はマイルドなアメリカンタイプの味に仕上げた製品で参入し、その地位を確保したのである。


目的水準を下げる英知が時には必要となる

 トップ企業ほど、高い目的水準を設定しがちである。現在、窮地に陥っているトップ企業は得てして、この目的設定の罠にはまり込むケースが多い。典型例は新日鉄である。同社は鉄の需要が成熟段階にありアジア企業の価格競争にさらされていた1970年代後半に製鉄事業の目標を低くし、多角化事業に進出する必要があった。実際に多角化戦略に乗り出したのはその10年後である。遅れた背景は長期的趨勢を見失っていたからだ。10年連続で売上が落ちたのではない。ある年は売上が上昇し「やれるのでは」という希望的観測をもってしまったからである。

 逆にチャレンジャー企業のなかで、適切な目的設定で成功している企業もある。カゴメは1980年代後半、「総合食品メーカー」を標榜し、多角化を積極的に展開していったが、結果は赤字に陥った。転期となった1991年、「総合食品メーカー」から「農業食品メーカー」へと目的水準を下げた。自社の強い事業領域に特化し業界水準以上の営業利益率を確保し、1999年には「トマトと野菜」カンパニーとその目的水準を進化させ、その後も2007年まで持続的な成長を達成した。

 カネボウはそれまでの資生堂追随戦略*から転換し、1992年に「マーケティングルネッサンス構想」を打ち出し、市場を九つにセグメントし、特定市場でトップになるという目的に変更し、一定の成果をおさめた。また、シャープは自社のポジションを十分に理解したうえで「オンリーワン」という目標を掲げ、2000年代に入り液晶を基軸とした事業構造への重点化により、2008年の赤字転落まで高い水準での収益拡大を達成した。


通念を打破した日露戦争・旅順総攻撃

 適切な目的水準が設定されたら、目的-手段関係を明確化する。重要なことは目的達成のための手段は固定観念に囚われてはいけないということだ。

 日露戦争における旅順総攻撃が好例である。当時の戦闘は「人対人の白兵戦こそ戦闘の規定とみなされるべきである」というクラウゼヴィッツ流の格言が金科玉条とされていた。当初の日本軍も同じように主力殲滅、短期決戦思想で白兵戦を繰り返し兵力の消耗を招いていたわけであるが、評価されているのは、ここからの臨機応変さである。28センチ砲の集中砲火による電撃戦による旅順陥落である。当時は新しい武器が出現した時期だった。重砲の弾幕、鉄条鋼、機関銃の出現である。これまでの陸戦の原則を根底からくつがえす変化を捉え対応ができたのであった。後の第一次大戦でさえ、この白兵戦の通念から脱却できずに約1300万人もの犠牲者を出したのである。


戦略オプションを豊富にもつことが必要

 これまでの通念を打破し、目的達成のための最適な手段を考えるためには、どうしたらよいか。提案したいのは、戦略オプションを豊富にもつことだ。そのためにはつぎのような視点をもつ必要がある。

 第一は日露戦争の例にもあるように、これまでの常識を疑うことだ。そして新しい変化の兆しを掴むことだ。ソニーの「VAIO」が、スペック競争に明け暮れていたパソコン業界に、これからは格好良さやスタイルも重要な選択肢になるとみてデザインのよいパソコンで参入して成功したように、常識とは異なることを考えてみることが必要だ。この市場は本当に成熟しているか、これまでの市場セグメントの仕方で良いのか、テレビ宣伝をみる人はどれくらいいるのか、コンビニやスーパーはセルフ業態か、ブロードバンド化は事業にどんな影響を与えるか、など自社では「当たり前」と思われていたことを疑ってみるべきである。 第二は戦略的自由度をもつということである。戦略的自由度とは戦略を立案すべき方向の数である。たとえば、ある事業を拡大するためには少なくとも、市場セグメント、ブランド、販売チャネルの三つはある。とくにブランドが重要であれば、重点・集中化、既存ブランドリニューアル、サブブランド化、新規ブランド開発などと四つの打つべき手がある。このようにして発想していくと「思いつき」ではないバランスのとれた戦略オプションを豊富にすることができる。具体的には費用対効果を見極めたうえで、優先順位をつけて取り組む、そして戦略オプションが豊富であるということは、つぎに打つべき手がすでに見えているため、競合の反撃にあっても余裕を持って対応できるということだ。


目的と手段の入れ子構造で戦略を考える

 目的―手段関係を明確化し、実行力のあるものとするためには、目的と手段の関係を入れ子構造、階層構造で考えることだ。大目的を達成するための手段が中目的化し、中目的を達成するための手段が小目的化するというイメージだ。

 そのうえで重要なことは事業のKFS(Key Factor For Success)に重点化することだ。KFSとは文字通り成功の鍵ということだが、それをみつけるには事業活動を、原材料調達から生産、技術、品揃え・ブランド、販売力、販売網、サービスといった個別の活動に分解し、どの活動を攻略すればよいかを競合との比較のうえで発見することである。注意しなければならないのは、KFSは環境の変化によって転換するということだ。


優れた目的設定をするには

 優れた目的設定をするには、自社に最適な目的水準を設定すること、通念に囚われずに豊富な戦略オプションを持ち、事業のKFSになる活動の手段に重点化し、それをシナリオ化することだ。

 そのためのツールとしてプロフィット・ツリーがある。この手法は収益改善のための問題解決の手法であるが、これを応用すればよい(図表参照)。


図表.プロフィット・ツリーの応用



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