「ひとり家族」の時代
-単身世帯の増加をどう捉えるか

2008.05 代表 松田久一
本稿は、日本放送協会の取材に際しての原稿を編集したものです。

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人口は減り単身世帯は増えている

 日本の人口は増加していない。1985年からの20年間の平均増加率は0.3%でほぼ横ばい。恐らく、昨年から人口減少の時代に入ったと思われる。そして、これから先は、過去の延長推計では人口はどんどん減少していくことになる。

 そんななかで企業のマーケティング的には明るいといえる伸びている現象がふたつある。ひとつめは世帯数が増加していることである。日本の人口が横ばいの中、世帯数は1985年から2005年までで129%となっている。ふたつめは東京の人口が増加していることで、東京の人口は105%となっている。世帯数と東京の人口がこのように増加している背景には従来型の、若者が進学、就職で東京に出て来て定着するというパターンに加え、晩婚化による単身世帯の増加、また、高齢化による高齢世帯の増加がある。特に70歳以上の単身世帯数は380%である。地域格差の要因もある。地域格差とは、東京と地方の収入格差である。例えばタクシーの運転手の一日あたり収入は東京で5万円、大阪で3万円、京都で2万円である。一方で地方のタクシー運転手の収入はずっと低く、岩手や盛岡では1万円少々である。これでは生活が成り立たない。そこで東京に働きに来ることになる。こういった人たちがまた単身世帯を形成し単身世帯と東京人口増に貢献している。

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ひとりでも家族

 このような人口動態の変化に伴い、企業は減る人口から増える世帯数をベースにしたマーケティングを展開していく必要がある。伸びる市場に「乗っかって」いくのは楽だ。自然に売上が伸びる。減る市場で売上を伸ばすのはライバルからシェアを奪うしかないので難しい。減る個人よりも増える世帯に着目してくると新しい市場のチャンスが見えてくる。

 主な家電製品が普及率90%を超えた1990年代以来、家電業界では、「家電」(家庭用電化製品)から「個電」(個人用電化製品)への転換が起こった。しかし、単身世帯が増えているということは、個人が増えているのではなく、家族が解体されているということでもなく、「ひとりの世帯」すなわち、「ひとり家族」が増えているということだ。現在起こっているのは、家族が分解してひとりになっていくというよりもむしろ個人が家族に戻ってゆく現象である。個人が一人で「家族」を形成しているということである。これは「個の家族もどり」であるとみることができる。例えば、「ひとり鍋」というのが流行り、一人分の土鍋や鍋セットなどが売れている。以前は「鍋物=家族」で、複数でつつく、というイメージであったが、今では一人で鍋をするのも珍しくない。これは「ひとりでも家族」という思いの表れではないか。

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ひとりの家族もどり現象

 単身世帯が一人で家族を形成する「ひとり家族」の影響はあらゆるところで見受けられる。単身女性向けローンが増加している。単身世帯がペットを「家族」として扱い、ペットが増加している。日清オイリオのサラダ油は400g入りが伸びている(通常サイズは1,000g)。デパートの小田急やスーパーのサミットではパン一枚、肉50gから販売し、「量り売り」が復活している。

 また食のスタイルにも変化が現れている。昨今では「外食から中食へ」のトレンドがある。外食するのではなく、外で買ってきたお惣菜を家で食べる、つまり中食だが、そこに家庭内で少しだけ手を加える、というのが昨今のスタイルである。例えばレトルトカレーに少しだけ手を加える、といったものである。これを「内食もどり」と呼んでいるが、この「中食の内食もどり」においてコンビニが利用される。コンビニでは食品に栄養素などの情報をきちんと掲載している。消費者はコンビニ情報をベースにして食品を購入する。コンビニでは生鮮三品を置くスタイルが模索されている。食にまつわる不祥事が多発し、老舗やブランドものが信用できなくなっている今では「安心な食」を手に入れようと思ったら、コンビニしかない。生活習慣病に悩まされている現代人が食品の栄養価を詳しく見たいと思ったら、全部客観的な数字で示してくれているのはコンビニのおかずである。現在の日本では一番安全な食が手に入るのがなぜかコンビニ、ということになっている。

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「ひとり家族」の影響はコンビニ業態から始まっている

 このように「ひとり家族」増加の中で、影響を顕著に受けているのが流通段階ではコンビニであるといえる。コンビニ業態は激変していくのではないか。

 おにぎりや弁当を中心に日常生活に必要なおよそ3,000アイテムを品揃え、24時間営業のセルフ販売で、1970年代以降、スーパーマーケットの閉店後の補完という役割からコンビニエンス業態は成長してきた。

 しかし、コンビニの中心顧客であった若年人口の減少はすでに始まり、スーパーも24時間開店する店舗が増え、旧来の業態では済まなくっている。半径500mを商圏とし、店員はバイトで無愛想、もっとも不満の多い業態だったのが、500m圏内500世帯の名前を全部覚える、店員が顧客に挨拶をするようになる。この背景に、人口動態の変化、「家族もどり」する単身世帯、高齢単身世帯の増加がある。24時間開いていて、交番よりも拠点数の多いコンビニは地域の人々にとって安心できる場所、小さな地域コミュニティのインフラになるのかもしれない。コンビニ業界はまだ模索中であるが、変化の過程にある。「内食もどり」「家族もどり」する単身世帯のライフスタイルに合わせ、宅配などのサービス比重を上げるなどの都市型形態が開発されている。コンビニは新しい都市のインフラとなっていくのではないか。

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都心で始まる新しい成長のメカニズム-多様性の創出による成長

 ひとり家族の増加という人口動態的な変化の影響が顕著にみられるのは、麻布十番や巣鴨だと思う。麻布十番は、高齢化が進む地元の住民に加え、地下鉄の開通や六本木ヒルズのオープンによって、ここ3~4年で、単身世帯マンションが激増し、人口が増えている。すぐ近くに六本木ヒルズがあり、高所得層も多い地域だが、貧困層や外国人もいる。麻布十番の商店街といえば高齢者ばかりで寂れていたが、近年の集客力と変貌は目を見張るものがある。

 まず、麻布十番に高齢者から若者、外国人、金持ちも貧困層も集まるようになり、集客数が増えた。昼間も夜間も人口が増えた。その結果、多様な顧客を対象とする様々なビジネスが参入してきた。伝統的な温泉から岩盤浴、老舗の和菓子屋から有名パティシエがオーナーの店、伝統的な洋食屋からミシュランのレストラン、江戸創業のそば屋から人気の料亭まであらゆる多様な小売サービス業が参入した。さらに、これらの小売サービス業が参入することによって、これらのビジネス向けの不動産等の企業向けサービス業が参入する。現在では、地価が少々上がりすぎているが、古いビルが残り、低家賃であることも多様な参入を容易にしていた。こうした小売サービス業の多様な面白さがさらに多くの多様なお客さんを集客するようになった。まさに、「多様性が多様性を生む」ことによって市場が成長していく成長メカニズムが実現した。その結果、麻布十番の納涼祭りは約50万人といわれる大変な数の人を集めるようになった。

 麻布十番のほかには、巣鴨も面白い。「おばあちゃんの原宿」で高齢者の街というイメージだったが、最近では若者も増加している。単に若者だけ、お年寄りだけ、ではなく、若者もお年寄りもいる街を作ると、人がまた集まってくる。麻布十番も巣鴨も、仕掛け人がいて変貌した街ではなく、消費者主導で変わった街である。このように消費者が変わって、消費者が変えていく街というのは面白い。消費者が変えたという点で言えば秋葉原もそうである。行政がどうする、仕掛け人がどうする、ではなく、消費者主導で変わってゆくというのが多様な豊かさと深さを持つ東京らしいといえるだろう。「ひとり家族」を形成する若者や高齢者が集まり、ネットワークとしての「仮想家族」を再構築する動きが街として現れているのかもしれない。

[2008.05 MNEXT]