01
売れないのは不況のせいだけではない
業績がよくない。
今年の予想もよくない。
来年は決算ができるのか危ぶむ声もある。
他方で、日本経済の、
「ファーストイン・ファーストアウト」(first-in first-out)説も出始めている。
* ドライブではファストイン・ファストアウトですが、経済ではファーストイン・ファーストアウトといいます
不況に一番に突入して、一番に回復するかもしれない。
中国の巨大な景気刺激策によって、輸出が回復し、雇用情勢が安定して、消費が安定しているからだ。
何かの牽引者がいれば、ファースト・アウトも夢ではない。
しかし、大手の企業トップは、売れないのを不況のせいにしすぎる。
この10年、国内で売上を伸ばした企業は少なく、現在の不況よりも前から国内ではモノが売れないからだ。
業績を不況のせいにするのは経営者の言い訳だ、といわれても仕方がない。
とりわけ、日本経済のツートップの情報家電産業や自動車産業はそうだ。
自動車は特に海外に目を向けてきた。
国内需要の伸び悩みから目をそむけ、海外に逃げていただけだ。
情報家電業界は、まず、海外市場では韓国メーカーに負け、テレビ特需は終わってしまった。
国内需要も低迷したままだ。
日本の世帯の平均所得は、640万円前後だったと記憶している。
これは世界でみてもかなり高所得といえる。
そのような顧客層に向けて情報家電や自動車を売り、世界進出をはかってきたのが現在の大手メーカーの典型といえる。
しかし近年、家電業界では韓国メーカーのサムスンやLG電子、自動車ではヒュンダイなどが、欧米市場で売上を伸ばしている。
サムスンの株式時価総額は、日本のメーカーと比べると、到底及ばないほどの金額になっている。
これは、技術と部品を日本から調達、早い意思決定で巨大投資をして、量産優位の強みを最大限に生かし、平均所得が低く人口も日本の半分程度しかいない韓国市場ではなく、いち早く欧米市場に目を向けて勝つ戦略の成果である。
スポーツに例えると、日本はまず国体で勝ってからオリンピックを目指すのに対し、韓国は初めからオリンピックでメダルを狙っているのだ。
ここで力の差、戦略の差が出てしまった。
この2~3年、やっとこの問題に気づき、再び海外市場での巻き返しに出た矢先が、同時不況を背景にした円高である。
他方で、韓国ではウォン安である。
品質差と技術差があまりないところで、アメリカの消費者から見れば値段が倍になってしまった。
倍では勝てない。
原価ギリギリで売ってもライバルは十二分に利益をだせる。
もはや、国内に生産を集中させ、日本人同士による擦り合わせによるものづくりの強みを生かして輸出するビジネスモデルでは勝てない。
このモデルには、世界の消費者につながる、「日本の顧客に近いこと」の強みが生かされない。
現在の戦後14番目の景気後退局面は、「100年に一度の不況」や「世界同時不況」と叫ばれている。
MNEXT 「不況を乗り切る戦略経営」より
これまでとどう違うのか。
第二次世界大戦後は、アメリカの軍事力を背景にドル基軸通貨体制による自由貿易体制を構築し、アメリカが過剰消費を、他国が過剰生産をし、アメリカの赤字は、他国の貿易黒字によって蓄積された資本が再び還流されることによって補填され、強いドルが維持され、再び他国に資本投資される仕組みだった。
現在のアメリカの産業構造は、製造業の産業競争力を失いながら、より生産性の高い金融産業や情報技術産業にシフトし、
高度化した。
この世界経済システムのなかで、この他国の名称が、ヨーロッパから日本へ、日本からBRICSへと変わったに過ぎない。
アメリカが過剰消費をすることによってこのシステムは支えられてきた。
この世界経済システムにはふたりの主役がいる。
将来に楽観的な消費好きのアメリカの消費者がそのひとりである。
もうひとりは、日本人のように将来を悲観的に捉え、働き好きで、節約と貯蓄好きの生産者である。
このシステムが壊れたかどうかはわからない。
消費の主役を交代させることができるのか。
このシステムをもっと別の役割分担でやれるか。
世界経済システムの再設計は誰もすることができない。
この意味で、100年に一度だし、一国では解決できない事態だ。
しかし、こんな話は、企業の経営とは関係ない。
日本の企業にとっては、売れない本当の理由である国内の需要から逃げられなくなっただけだ。
売れないのは、国内の顧客から眼を背けてきたからだ。
流れに身を任せていては苦境に陥る。
経営やマーケティングは、第三者のように物を数えるような統計的な現象ではなく、
もっと主体的なものだ。
不況という見方は統計に過ぎない。
売るマーケティングには本質的に関係ない。
02
パワーでライバルを引き離す
不況では、顧客も、ライバルも、まさに自分の意志で主体的に動く。
つまり、いろんな選択を変えて、不況下の経済条件のなかで、生活の満足度を高めようとする。
ブランドを変えたり、購入数量を変えたり、購入価格を変えたりする。
ライバルも業績を達成するために、顧客を見極めて、売る商品を絞り、品質と価格を変える。
顧客とライバルが選択を変えると、市場均衡を支えていたパワー関係が崩れる。
このパワー関係の変化がチャンスと危機を生む。
ライバルに大事な顧客に集中され、自分の弱みを突かれれば、シェアや売上は落ちる。
逆に、伸びる顧客にフィットさせ、自らの強みを相手の弱みにぶつけることができればシェアは上がる。
現在のメジャーな企業は、戦後、十三度の危機をチャンスに変えてきた企業だ。
不況にはこのパワーの使い方が大事だ。特に、「スマート・パワー」だ。
企業の持っているパワーには大きく分けてふたつある。
まず、顧客の選択を言わば強制的に変える「ハード・パワー」がある。他社が追随できない低価格、圧倒的な宣伝広告量や配荷量が代表的なものだ。
今日、PB(プライベートブランド)やユニクロ、H&Mなどの低価格商品が人気である。
消費者の求めているのは低価格なのかと言われると、必ずしもそうではない。
PBで言えば、セブン&アイHDの「セブン・プレミアム」。
これは、販売者(セブン&アイ)と、メーカーの両方の名前を商品に表示し、また大手メーカーを起用している。
ダブルチョップと呼ばれるこの方法は、消費者にとっての信頼感、安心感へとつながる。
また、ユニクロにおいては、近年ヒットした「ヒートテック」など、現在も機能性にすぐれた衣料を展開している。
ただ安いだけではない、というのが、人気の出る低価格商品のポイントと言える。
もうひとつは「ソフト・パワー」だ。
商品やブランドへの憧れや信頼感によって、顧客に選択して頂くパワーだ。
ブランド力、情報やコンテンツ発信力、コンサルティング力、企業イメージなどである。
どちらがいいか。
不況ではどちらでも通用しないのではないか。
低価格で勝負にでた企業の成功はあまりないし、ブランド力だけの勝負も難しい。
インポートブランドも苦戦している。
ハード・パワーとソフト・パワーを統合した「スマート・パワー」が不況下で必要だ。
MNEXT 「寡占対決を制する市場パワー戦略 」より
企業の持っている顧客の選択を変えるすべてのパワーの統合である。
これができた事業が不況で伸ばせる。
スマート・パワーのうまい企業の事例は難しい。
03
プラットフォーム:スマートパワーの決め手はお客さまとをつなぐもの
スマート・パワーを使ううまい鍵は、プラットフォームの提供者になることである。
不況下で伸びている代表企業は、アメリカなら「ウォルマート」だ。
ウォルマートは、「エブリデイ・ロー・プライス」のように低価格で成長する代表企業だと思われているが、そうではない。
彼らは自分たちを、生産者と消費者をつなぐ「パイプ」だと考えている。
多様な消費者と多様な生産者をマッチングする機能、つまり、プラットフォームの提供を使命だと考えている。
プラットフォームの繁栄は、多くの消費者と多くの生産者が出会うことによって、消費者にも、生産者にも利益が生まれ、消費者と生産者の相互依存性が生まれることだ。
MNEXT 「産業融合下の市場多面化(MSM)戦略 」より
ウォルマートでないと買いたいものが揃わないと消費者は思い、ウォルマートでないと売れないと生産者は考える。
ウォルマートは、巨大なバイイング・パワーによって低価格という圧倒的なハード・パワーを持っている。
また、アメリカの出店地域で大きな雇用を創出し、地域経済と一体となったソフト・パワーも持っている。
しかし、これだけではない。
多くの生産者と多くの消費者が出会う場であるプラットフォームも提供している。
マイクロソフトも典型的なプラットフォームビジネスである。
OSは、プラットフォームそのものの役割を果たしている。
日本では、不動産ビジネスや「エキナカ」ビジネスでうまく使われている。
他方で、日本の情報通信産業は、このプラットフォームづくりが苦手である。
任天堂が成功事例だが、もう少しうまく、プラットフォームを使いこなせば、スマート・パワーが使えるようになるはずだ。
MNEXT 「不況を乗り切る戦略経営」より