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製品ライフサイクルの寿命?
製品ライフサイクル(PLC)は、戦略やマーケティングを立案する上で大きな理論的前提になっている。特定の製品サービスは、導入期があり、成長期があり、やがて成熟期に至り、そして衰退期を迎えるというものだ。大手の消費財メーカーの市場は、ほとんどすべてが成熟期から衰退期にある。
この理論は、確かに有効な面もある。戦後の1940年代、日本を輸出で支えた「ブリキなどのおもちゃ」や「マッチ(燐寸)」といった軽工業製品は、もはや完全に輸入代替され、国内産業としては衰退した。
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市場溶解期という段階
他方で、単品と量産を前提にしたPLCは、現代の市場にはうまく適合しない。特に、リアルとネットの世界が融合する時代には、ライフサイクルの新しい段階は、ある市場が単純に衰退していくようなものではなく、情報や他の製品との関連性を高めたり、チャネルが変わったり、顧客との信頼関係が変わったりして、別のものに変わっていく段階があるということだ。
それは、市場の「脱皮期」、あるいは「溶解期」と呼べる段階だ。単品量産市場が、古いものと新しいものが融合して、別次元のものに変化していく段階である。モノが再定義されていく段階だ(眼のつけどころ「『モノ消費』の再定義―クリエイティブワーカーを攻略せよ」参照)。
03
市場溶解期の脱皮
ただし、このネット時代の「溶解期」に、売り手が何もしなければ、市場は衰退期へと向かい、海外メーカーに輸入代替されるだけだ。どうすれば、会社やビジネスモデルを「脱皮」させ、再成長させることができるのか。ここでは、その解決策を提示したい
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顧客との出会いが変わる
消費者と供給者の出会いの「場」、つまり顧客接点が「メルティング(溶解)」している。製品サービス(Product)、価格(Price)、プロモーション(Promotion)や流通(Place)というマーケティング機能の寄せ集めでは、もはや顧客との出会いは望めなくなっている。これは、「消費社会白書2018」で明らかにしたファインディングからの帰結である。
05
製品欲求と情報欲求との区別がない
製品サービスでは、モノと情報の区別がなくなっている。新製品について知りたいという情報欲求が満たされると、いつの間にかモノへの欲求もなくっていることがよくある。逆に、何かを知りたくて、ネットで情報検索をしていて買ってしまうこともある。
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無料提供は当たり前になった
価格も、有料の世界から「無料サービスのビジネスモデル」が広く普及した。ゲームのように、売り手が無料で多くの顧客を集め、ゲームのレベルアップに必要なアイテムに課金したり、別の顧客から広告スペースを有料で提供したり、多面的な価格設定が当たり前になった。
07
ネット情報発信と購入先の区別はなくなった
情報ソースと購入先の際もない。店頭で見て、ネットの最も安いECサイトで買うのは日常行動に定着した。逆もある。ネットではよくわらないので店頭で確かめて買う。もはや、リアルとネットの小売の差もない。多くのテレビCMの目的が、ネットへのアクセス誘因になって、マスメディアとネットメディアの差もなくなった。
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小売業態の区別もない
リアルな小売「業態」では、コンビニと都市型の食品スーパーの品揃えの差は、特に首都圏では消えつつある。都心の駅前大型家電量販店は、生鮮三品以外は百貨店並みに何でも品揃えしている。
09
崩壊する売りの仕組みの前提
つまり、主にマスメディアを通じて、製品選択の手がかりを得て、特定層をターゲットに、立地、品揃えやサービスで区分される業態で購入するという前提そのものが崩壊している。なぜマーケティングの前提が崩壊したのか。
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なぜ崩壊したのか-世代交代
ひとつは、世代交代によって、特定世代のライフステージが変わったことだ。「クルマ嫌い」の特徴を持つ1980年以降に生まれたバブル後世代は、多くが年齢的には子育て期にステージ変更している。従って、価値観よりも、自分の置かれている状況で優先する彼らは、子育てに不可欠な車を購入している。他方で、まだシングルの同世代は「クルマ嫌い」である。同一世代でも、未既婚でクルマの所有率の差は約17%もある。
このように日本の消費は、価値観に反映される世代とライフステージによって決まる。ひとつのライフステージの年齢幅は約10~20年、世代幅も心理的な区分ではおよそ同じ区間なので、消費は約10~20年で大きく変わる。2017年はその交代期だ
この世代交代によって、消費に対する価値観が大きく変わってきている。約8年前に、消費しない若者達の登場をとりあげた。現在の若者層は、自分らしさのために消費好き世代に交代している。彼らの欲求は、自己実現を越える自己表現にある。
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ネットの生活への浸透で崩壊
もうひとつは、スマホなどの携帯端末の日常行動への浸透である。家でも、学校でも、会社でも、1990年代生まれの若い世代は、スマホを離さない。いつでもどこでもスマホと一緒。何を選ぶにも評価サイトが必要だ。アマゾンは、ECサイトではなく、評判のチェックに使われている。20代女子にとって「インスタ映え」は、生きがいだ。
他方で、1970年以降生まれの世代は、そこまでスマホ依存ではない。サッカーも、若い世代と違いスマホでなく、大画面で楽しむ。1950年代生まれの世代になると、マスコミと家族の口コミが情報ソースのウェイトが大きい。世代によって、スマホ依存率は大きく違う。
さらに、それが現実の人間関係の違いにもあらわれる。人間関係の基本は、血縁、地縁、社(学校)縁の3縁が基本だが、子供を通じたママ友縁、ネットで知り合った友人とのオフ会(電縁)が加わり、個人と個人の結びつきや関係性が変わっている。上での世代にとって、リアルな人間関係と、ネットを通じた人間関係はまったく違う。「この世」の人と「あの世」の人ほどの違いがある。しかし、若い世代には区別はない。
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4Pから4Mの顧客接点のビジネスモデルへ
マーケティング、つまり顧客ニーズを満たす売りの仕組みは、顧客との製品サービス(Product)、価格(Price)、プロモーション(Promotion)、購入場所(Place)の四つの顧客接点を構築することにあった。その前提が、これまで述べたように崩壊し、「メルティング」している。
つまり、製品やブランドをベースに、認知し、評価し、態度形成し、購入意向を決定するという「個人主義的(=他人の影響を受けない)」な「段階的(=衝動買いはしない)」な購買行動を前提にしているからである。消費者行動は、仲間の同調圧力を受ける集団的行動であり、五感を刺激しないと行動につながらない。
もはや4Pでは捉えられない。提案したいのは4Pマーケティングから、4Mのビジネスモデルへの転換である。
(1)掛け算の製品サービス(Multiplication)
製品欲求を満たす属性設計だけでなく、情報欲求を組み込んだ製品開発が必要である。属性と情報サービスの掛け算で、はじめて消費に結びつく。例えば、東京都心ではサラダブームのゆらぎが起こっている。インスタ女子である「腹筋女子」に受ける食事だ。港区では、新しいサラダショップが次々と開業し、デリバリ-ビジネスも盛況だ。アメリカの食品スーパーでは、「ready-to-eat」のパッケージサラダが、60種類も品揃えされている。サラダは副菜ではなく、夜のメイン食になりつつある。そして、有機野菜、カロリー、栄養素が情報表示されている。サラダを素材として提供するのではなく、メイン食として、栄養素を含めて、たくさんの品揃えで選べるようにして、イエ食として「掛け算」で提供している好例である。
(2)多面価格(Multi-side Pricing)
「一物一価」の原則の前提は、製品サービス単品の価格は有料であるということである。
ひとつの単品には、ひとつの価格がつく。もし単品に複数の価格がつけば、差益が発生し「裁定(Arbitrage)」されてしまう。世界各国の証券取引所に上場している同企業の株価の差は、約0.1秒で裁定され、同一価格に調整されるそうだ。
しかし、顧客との接点を消費目的から捉えると、自らのニーズを満たすために、単品だけで満たすことのできるものはほとんどない。ハムを買うのは、サンドウィッチなどをつくることが目的で、食パンや他の食材との補完関係が強い。サラダチキンは、筋トレメニューとの関連が強いのは自明だ。ゲームをするには、デバイスとソフトが必要だ。
このように、顧客ニーズを満たすためには製品サービスは掛け算になる。すると、市場は売り手と買い手との関係が多面的になる。このような市場は「多面市場(市場プラットフォーム)」と呼ばれ、売り手が、一面の買い手には有料で、他面の買い手には無料でという価格付けができるようになる。
理論的には、価格がゼロだと需要量、つまり顧客数は無限大になる。こうして、デバイスを無料にして顧客を集めて、他面の買い手にアプリを有料で提供するという仕組みがつくれる。例えば、コーヒーメーカーを無料で提供し、カプセルを有料で販売する。番組を無料で提供し、スポンサーに広告枠を売る。レシピを無料で提供し、食材を有料で提供する。このような多面価格付けが、普通になっている。生活の中に、無料な製品サービスは溢れるようになった。
(3)多面説得(Messages)
よいものをつくれば売れる、という神話は長い間、日本を支配してきた。しかし、製造品質と顧客品質は違う。よいものを安くつくり、マスメディアで広告して信頼を得て、量販店で大量販売できる環境はもはやない。マスコミは、どのメディアよりも多くの集団にメッセージを届けることができるが、信頼される情報源ではない。
マスコミとSNSなどのネットでの評判はまったく異なる。極端に言えば、マスコミでのプラス評価は、ネットではマイナス評価になり、マスコミでのマイナス評価はネットではプラス評価になることも多い。消費者は、このプラス評価とマイナス評価の「認知的不協和」の中で、態度を決定している。しかも、マスコミとネットは相互依存関係にあり、ネットでの情報がマスコミで取り上げられ、マスコミでのニュースがネットで取り上げられる。
この輻輳(ものが一箇所に集中し、混雑していること)下で、顧客に「メッセージ」を発し、信頼されなければ自社選択の説得はできない。「よいこと」ばかりを並べ立てても、片面情報は信頼されない。
「アマゾン」などのECサイトの実購入者のレイティングや評判で、すぐ「ウソ」が露呈し、信頼されない。しかも、ネット情報にも「フェイク」が多く、「モられ」ている。詳しい情報はメーカーサイトに直接アクセスしたり、リアルの口コミ、マスコミやネット情報を駆使したりして、選択する。売り手にとっては、マスコミで片面メッセージを大量投下すれば信頼が得られない、多様な情報源を利用して多面的に説得することが必要だ。
若い世代の消費者にとって、メーカーやブランドに信頼感を形成するのは、SNSを通じたプロモーションだ。プロモーションに参加してポイントを貯めて「絵文字やスタンプ」を買う。この反復で、顧客はブランドやメーカーへの信頼を形成する。SNSでのメーカープロモーションへの参加率は、若い世代では「2桁」を超え、コンビニなどに送客される。通販のレスポンス率が2%で「上出来」といわれるのと比較すると、SNSを通じた店頭への送客率はあまりに高い。
(4)溶解接点(Melted-Interface)
顧客と商品の出会いは、4Pで接点がつくれた時代と比べて大きく変わった。特に、情報源と購入先の融合が進んだ。売場は、買う場所であると同時にショールームになった(「ショールーミング」)。家電では家電量販店の店頭で見て、ECサイトで購入するほうが最適なものを安く買える。一方で、生鮮三品などの食品は、ECサイトで情報を仕入れて、店頭で買うようになった(「ウェブルーミング」)。つまり、リアルな店頭もネットのECサイトも、情報提供機能と買い場機能を持つようになり、融合した。
顧客接点のなかで最も影響力の大きいのはなんと言っても、人間の「五感」を通じて脳を直接的に刺激する店頭などの実物接触だ。しかし、店頭づくりの前提にある、立地、品揃え、サービスなどで選ばれる「業態」の境界や区分が崩れている。大都市部では食品スーパーが小型化し、コンビニは「タブー」だった生鮮の品揃えが拡大している。地方では、GMS(総合量販店)と百貨店の区別はつかない。ディスカウントストアと大型百円ショップの区別も難しい。家電量販店は、生鮮三品を除けば、化粧品からお菓子までなんでも品揃えしている。
通念としてあった顧客との出会いの場は、既存接点がすべて溶解して、新しい接点へと脱皮しようとしている。
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4Mベースのビジネスモデルへの脱皮
市場溶解期、売りの仕組みづくりの鍵は、掛け算の製品サービス(Multiplication)、多面価格(Multi-side Pricing)、多面説得(Messages)、溶解接点(Melted-Interface)の四つの「M」にある。この四つを通じて顧客との出会いを再設計することが、成功の鍵だ。
それはこれまでの「ものづくり型ビジネスモデル」を破壊し、新しいビジネスモデルを再構築することになる。市場溶解期の戦略経営の基本は、新しい企業への「脱皮」である。
その脱皮が迫られているのは、言うまでもなく生活者の生きがい、生活の幅とその行動が根底において変わってしまったからである。その横断でしか捉えられない断片を切り取ったのが「消費社会白書2018」である。