日本の事業活動にあって、アメリカにはないものは何か?
答えは「営業」(business)である。
アメリカのP.コトラーなどのマーケティングの教科書には、セールス(Sales)という概念はあるが、営業という概念はない。日本の営業を英語に翻訳すると、「business」となり、「Sales」とはならない。アメリカでは、大学を卒業したり、MBAを取得したりした人材が、小売店などの得意先を車で訪問したり、受注をとったりするようなことはしない。大学を出て、自転車で商店街の得意先をまわる銀行マンの姿はアメリカにはない。さすがに、日本でもこのような光景は少なくなってきている。
アメリカのマーケティングテキストのセールス概念の内容は、セールスマンの採用、採用数、インセンティブ、訓練、セールストークやリテールサポートなどである。このようにアメリカでは、セールスは外部から調達できるひとつのスキルであり、売上手段である。
これに対して、日本のメーカーの営業は、多くの事務系の社員が最初に経験するキャリアのひとつである場合が多い。固定した得意先のルートセールスを通じて、顧客との信頼関係、交渉力や現場を学ぶ大事なOJTとなっている。この経験を経て、マーケティング政策を立案する企画部門、人事部門、経営管理部門などに配属される。日本では、営業は、経営およびマーケティング施策が実現される場(フィールド)であり、その場をふませることがひとづくりである。
この日米の違いは、経済の発展の違いにある。アメリカのセールスは、神の教えが記述された聖書が印刷され出版されるようになり、その聖書を販売し、普及させることに起源を持ち、個人のスキルとして社会的に確立した。セールスは、まるで「うまい口上」で何でも売ってしまうテキ屋の「フーテンの寅さん」的な存在である。ちなみに、「寅さん」がアメリカで人気があったのも、このような事情があったのかもしれない。
他方で、日本の営業は、江戸時代の卸などの商人間の信頼関係に淵源する。つまり、日本の営業は、取引先との「信頼関係のマネジメント」にある。特に、戦後は、戦争で働き口を失った人々が小売業に大勢参入したことによって、膨大な小売業者が生まれ、彼らとの関係を維持することが、事業成長の決め手であった。食品、化粧品、トイレタリー、家電などの業界に代表される。そして、長期的信頼関係の証しとして「系列化」が進められた。
こうした歴史的な違いを背景に、戦後のアメリカのマーケティングの影響を受けて、現代の日本の消費財メーカーが行っている小売業への営業活動は、主に三つに集約される。営業の「三種の神器」といっても過言ではない。