消費の基調変化は、「きちんと」した私への同調的な自律と、「薄れる」人との絆を取り返すという価値シフトである。消費トレンドは、「デジタル化」された消費を自分に合うように「アナログ化」する「アイデンティティ消費(id消費)」だ。中間的な結論だ。
少し説明してみる。
調査は、価値観、消費水準と消費パターン、購買行動に関して仮説を設定し、実施した(「新型コロナ禍で消費はどう変わるか―シンクロ消費と欲望の姿態変容」)。ここでは、この仮説に従って、検証されたこと、深掘りできたこと、反証されたこと、新たに帰納されたことを明らかにしたい。
01
「きちんとした」私と「ヒトとの結縁」を守る価値への意識の変容
消費者の大切なものの順位(価値観)が変化したようだ。単純に検証されたことは、健康へのコロナリスクで「生存欲望が再知覚される」という仮説だ。コロナリスクは、「AIDSウイルス」や「航空機事故」より高く評価されている。特に、40-60代女性のコロナリスクの高い評価は注目できる(図表1)。
それ以上に注目されるのは、自己規律づけ意識や他者の承認欲望が高まったことだ。
理由は言うまでもなく、新型コロナウイルス感染症へのリスクの高まりによる。コロナリスクは生存に繋がる危機ととらえられ、自分と家族の健康を防衛するという意識が強まり、近年の収入格差の拡大からくる「中流生活」の維持・保守意識と相まって、「きちんとする」という自己規律意識が高まった。
マスク、手洗い、うがい、他者との社会的距離の確保などの徹底は、自分、家族、社会を守るための基本行動と認識され、自分の行動の徹底が自己規律意識を強め、他者との同調に繋がった。さらに、他者に規律遵守を要求するまで徹底された。
同時に、他者との「目に見える」関係性は、マスクをつけた「無名的な(anybody)、誰でもいい」関係性へと疎遠化し、「私(somebody)、何者かである私」のあり方が問われることになった。つまり、人々の「アイデンティティ」意識が強くなった。
コロナの社会・人間関係への影響は大きい。社会的距離化は、人とのつながり、絆の大切さが再認識される結果となった。
家族、会社、地域社会などの縁・所属集団が、ネットによるデジタルな関係に書き換えられ、顔をみての実物接触による会話がなされる「場の共有」は、コロナの社会的規律(コード)が徹底されればされるほどなくなった。
職場、学校、家庭、地域社会、消費など現場では、人と人の対面接触やコミュニケーションが、SNSやメール、テレビ会議などに置き換えられた。これによって、社会のデジタル化は「10年早く」進んだ。そのことによって、「疎遠(lost in communication)」を人々が感じるようになった。
その結果、人と人の対面接触やコミュニケーションの重要性が再認識され、人との結びつきの価値が再確認されている。
喩えて言うならば、アメリカの音楽市場で、レコード(アナログ)売上がCD売上を超えたことに象徴される。人間の五感はすべてがアナログだ。パソコンでは白黒の濃淡数は有限(1,650万色程度)だが、人間の識別力は無限だ。従って、白黒の濃淡の美学である山水画は、デジタル化による再現が難しい。デジタル化では置き換えられないものが必要だ。その最たるものが、人と人との信頼関係であり、コミュニケーションだ。
消費の現場では、売場の楽しさ、顔の見える接客や人的サポートはデジタルでは代替できない価値を持っていた。もはや、食品スーパーで質問する主婦の姿も、顧客から学んで、品揃えと売場を変更する販売員の姿もみなくなった。
02
女性・40-60代女性、サービス・営業職という社会集団の浮上
会社の本質は、消費者に価値を提供することだ。マーケティングは、会社の創造する価値を欲望する買い手を発見し、接点をみつけ、提供し、満足して頂けるまでフォローし、自社コストに見合うようにすることだ。
価値の捉え方や大きさは、人によって、層によって違う。それを発見するのがセグメントだ。そのセグメントの軸は、社会の変動によって変わる。コロナは、日本人の新たな「断片化」、「分断化」、セグメント軸を生み出している。
コロナはリスク評価からみると女性を直撃した。女性が、自らの身体を含めて健康に敏感であること、家族の健康に関心が高く、調理頻度が高いことなどが背景にありそうだ。なかでも、40-60代の女性が注目できる。コロナ感染症は、社会における「健康ゲートキーパー(インフルエンサー)」としてのこの層を浮上させたと言える。コロナ報道で注目された「朝のワイドショー」の視聴基盤だ。
40-60代の女性は、コロナリスクは、「喫煙」や「交通事故」を上回り、トップの「ドラッグ」に次ぐ位置づけだ。他方で、自らの子供の年代に相当する男性20代はリスク評価がもっとも低く、その差は20%以上である。これはコロナの年代リスク差のもたらした価値観の違いとも言える。性や年代の違いだけでなく、社会的な母-息子の依存対立関係を反映しているようにも思われる(健康を心配する母と説教される息子のようだ)(図表2)。
コロナがもたらした経済苦境は、雇用不安をもたらした。休業要請を受けた業種、企業の接客を中心とする職業の雇用不安は深刻だ。その典型的な職業は、ホテル、飲食、小売業などのサービス業に加え、製造業・銀行などの金融業の営業職である。これらの職業は、対面接触を基本とする業務である。「テレワーク」では完全に置き換えられない職業である。これらの職業従事者は、現在の収入減少と将来の雇用不安が大きい。有職者の約15%を占める。
アベノミクスは、資産格差と収入格差を生んだが、コロナは、性差、年代差、職業差の軸をもたらした。具体的な、注目層は、女性・40-60代女性、サービス・営業職だ。
さらに、日本の年代間のコミュニケーションは極めて閉鎖的なことが明らかとなった。会話の相手を年代間で経路分析すると、異なる年代間のリアルな対話があまりない。異年代対話はひとつ上の年代だけであり、30代と50代、60代との対話はない。10代、20代は年代コミュニケーションでは孤立している。もっともコロナ感染率の高い20代が他の年代に波及しないのは、上の年代との対話、つまり、濃密接触がないからだ。年代でみると、日本社会は年代でほぼ対話分断されている(図表3)。
03
自粛で減る支出と高まる潜在購買力、見直される消費魅力
価値観が変わると行動も変わり、消費支出も変わる。コロナが与えた価値観の変化は規律的な行動自粛をもたらした。自宅勤務や営業自粛により、外出機会が激減し、宅内行動が増えた。現在(9月末)では、外出機会は増えつつあるが、「ニューノーマル」に向けて自粛傾向にあることは間違いない。
自宅時間が増えたことによって、外出に伴う需要は激減した。外食機会、外出に連動するファッション関連、余暇レジャー行動、移動手段への支出などが一時的に消滅した。「不要不急」の「選択的耐久財やサービス」需要が消滅し、「必要緊急」の食べるだけの需要になった。楽しい「買物」が、事務的な「配給」になった。
この結果、消費支出は減少し、消費性向は低くなり、「借入金返済」が増え、「家計黒字」が増えた。現在の消費よりも将来の消費(預貯金)が選好された。別の捉え方をすれば、潜在購買力は高まった。
短期的に、消費が減少し、貯蓄性向が高まったのは、コロナの影響である。しかし、コロナやそれに伴う雇用不安から、消費を抑制し貯蓄性向を高める層は多くない。
04
消費回復は低リスクのミレニアル世代と富裕層から段階的に進む
日本でも世界的にみても、行動自粛による反動消費は大規模には起こらないと推測できる。感染リスクの認識が高いからだ。「非常に害を感じる」という高いリスク認識が50%を切り、「インフルエンザ」並みの30%台に落ちなければ難しい。それには、再び何らかの外的ショックが加わるか、長い年月を必要とする。
従って、消費の回復は、コロナリスクの低い層から回復すると考えるのが妥当だ。
致死率や重篤率が低く、自己実現志向の高いミレニアル世代(21世紀生まれ)を中心に、消費の楽しさや充足感を認識する傾向が見られる。コロナ禍の消費抑圧による「不要不急」消費の見直しと、重要性の再認識が進むようだ。
消費回復をリードするもうひとつの層は富裕層だ。9月時点で「富裕層」で「予約のとれない」高級飲食店への支出が急回復し、ファッションブランドが不振のなかでハイプレステージブランドが例外的に好調なことで例証できる。
05
都心のコロナリスクより都心ベネフィットが大きい
消費に大きな変動がもたらされたことで、ライフスタイルはどう変化するのだろう。
現代生活は、およそ30万点の商品サービスで成り立っている。必要な物を購入しているだけだが、そこにはパターン(型)がある。価値観によって選択された財の購入所有パターン、つまり、ライフスタイルがある。
最近の消費をリードしてきたライフスタイルは、職住接近の都心高層マンションに住み、男女共働きで家事育児を行い、趣味のいい家具や家電で室内を飾り、子供を私学に通わせるというものだ。現代の「中の上」のライフスタイルだ。
仮説では、このライフスタイルで、郊外持ち家、専業主婦のいる家庭という戦後のサザエさん的な「中流ライフスタイル」が選好されると設定した。密ではない、感染リスクが低いはずの郊外戸建てに住み、専業主婦の存在によって年間1,200食が合理的効率的に作られ、テレワークに適している環境だからである。
しかし、実際には、昭和の職住分離・性別分業による郊外の専業主婦のいるライフスタイルへの回帰はみられなかった。現在でも、東京への移住希望、職場に近い都心へのニーズ、職住接近志向は高い。
東京・都心離れが生まれているのは、コロナリスクが高いからではなく、雇用調整、収入減少などで、都心の生活コストを補えない層の都外転出や郊外移動の可能性が高い。「不要不急」業種で雇用を失った層(外国人や20代女性)、コロナによってもたらされたテレワーク化による低収入化である。
現実的には、都心のコロナリスクよりも、雇用機会が多く、高収入で、利便性の高い都心ベネフィットが大きいという判断が優勢だ。
06
中流ライフスタイルが分解し、idライフスタイルへイノベーション
都心から郊外、東京から他県への動きは生じないと推測する。また、女性が専業主婦化することもなさそうだ。女性の高学歴化、自己実現志向の価値観は強い。さらに、収入格差の拡大によって、家庭をひとりの稼ぎ手で支えることは難しい。
コロナは、郊外と専業主婦を特徴とする中流ライフスタイルの回帰をもたらさない。
コロナ禍によって拡大した産業と企業の収益格差によって、収入格差が拡大し、「中の上」のライフスタイルはさらに、階層分化する。
そして、アイデンティティ意識と自己実現志向の強い、ミレニアル世代がファミリー形成段階に入り、新たな財の購入・所有パターンを生み、ライフスタイルイノベーションを生むと考えられる。これを「idライフスタイル」と呼ぶ。自分のアイデンティティをどう形成し、どう定義し、どんな独自のライフスタイルを形成するかに関心がもたれそうだ。
07
3,000食のホームミールソリューションという負担
これからのidライフスタイルを考える上で、基軸となるのはホームミールソリューションである。なぜならもっとも大きなライフスタイル形成の課題となるからだ。
平均世帯人数を2.5人とすると、ひとりで年間1,200食、家族の食事は3,000食分だ。
コロナ前と比較すると、1日3度食が18%増えている。1日の宅内で食べる内食回数は、1.92回から2.29回へと約20%増だ。年間食事の約80%が宅内での内食だ。その食事は、生鮮三品や加工食品を利用した「食材利用内食」になる。約2,100食だ。これを伝統的な「一汁三菜」の和食メニューでつくると、おかずは、延べ6,300菜となる(図表4)。
コロナ前は、外食、職場でのおにぎりや弁当などの内食などでカバーできたが、コロナリスクを考えると、多くが家庭内食にならざるを得ない。
食の調理の担い手である女性、兼業主婦や専業主婦にとっては、とても大きな負担になる。
インスタント食品、加工食品、冷凍食品、レトルト食品、惣菜、調理済み食品、デリバリーなどは、専業主婦には抵抗が強く、兼業主婦も避ける傾向があった。
その大きな理由は、健康ゲートキーパーである主婦の「罪悪感」からくるものだった。宅内食の機会、準備と調理が、倍増することによって、3,000食のミールソリューションを解決するために、あらゆる手段が動員されるようになった。コロナ下の自宅勤務で、中高年のインスタント食品の利用も増えた。
コロナは、戦後の調理を主に担ってきた主婦を「罪悪感」から「解放」させつつある。
このような調理負担が増加する条件下では、多種多様なミールソリューションが選択できる場所、つまり、コロナリスクは高いが、商業集積が分厚い都心などの近接地域が選好されることになる。
これからのライフスタイルは、住宅、クルマや家電などの財の所有パターンで代表されるのではなく、食生活とイベントなどの経験財によって彩られ、アイデンティティの証明となるものに変容していく。
08
買物からネットの届け物へ、「笑顔」と信頼のネットワークへの期待
コロナが買物行動にもたらしたものは、リアルからネットショッピングへの比重の増加、ネットショッピングの利用先の多様化(ロングテール化)、そして、シェアが低くなったリアル購入先の狭商圏化(移動30分内)、広域商圏のショッピングモールなどへの出向比率の低下などである。これは自粛による必然的な結果であり、消費者が望んだものではない。
売場行動では、リアルでは、限られた時間で、比較しない、吟味しない、試さないの「三無」の「ファスト」購買化が進んだ。ネットでは十分な時間があるので、比較し、吟味し、合理的なパフォーマンスを重視する。価格に敏感な「スロー」購買化が進み、アマゾンなどのプラットフォーム以外のネットチャネルへのアクセスが拡大した。
他方で、コロナ禍による買物やショッピングの様々な制限は、買物の楽しさ、対面販売の大切さ、五感で吟味できる売場などの重要性を消費者に再認識させている。
買物は、楽しいものであり、販売員との信頼関係のある対面コミュニケーションが大切であることが、買物意識や満足度比較で明らかになっている。ネットでは、「場」の共有ができない、笑顔が「見える」、信頼関係のある購買への期待が潜在欲望化している。
09
ヒトの絆づくりのブランディングとマーケティングチャネルパワーの再構築
今年の消費社会白書で、中長期的な消費者対応として注目し、提言したいのは、次の四つだ。
第1は、消費者のセグメントとターゲットの更新だ。マーケティングの成功は、セグメントに依存している。結果は同じでも、消費者をセグメントし、ひとつのターゲットとして捉えるのは賢明な戦略だ。しかし、セグメントのないマーケティングには消費者の洞察が欠けている。
現在の日本は、少子高齢化や収入格差拡大を背景に、社会関係の断片化が進んでいる。従って、中流ライフスタイルをターゲットにし、子育てなどのライフステージでセグメントし、ターゲティングする方法は通用しない。
現在の社会の価値対立、断片化を生む価値観、世代、性差、年代、職業、収入などの多様な軸でセグメントし、もっとも有効なセグメントを発見、選別できるシステムと有効なターゲティングが、大事なマーケティングスキルとなる。
第2は、浮上した価値観・ライフスタイルへのリンクだ。「きちんとした」私への自己規律づけ、分断された人との結びつきへの欲望に対して、自社の製品サービスの開発を進め、既存品のポジショニングをシフトさせることだ。自社の製品サービスに、いかに「アナログ」価値を付加するかが顧客接近の課題だ。コーポレートブランディングの導入などの新たなブランディングが、成功の鍵を握る。ブランドこそが消費者のアイデンティティを保証できる機会がある。
第3は、他力利用のネットのプラットフォームチャネルから自立し、自社が影響力を行使できる「マーケティングチャネル」を構築し、「チャネルパワー」を維持することである。
自社の製品サービスのネット比率が上昇することで、低価格競争が起こることは明確だ。売り手がいかに製品差別化しても、ネットチャネルのサービスに価格と配送以外の差はない。売り手は、リアルとネットのチャネルの多元化を進めるとともに、自社チャネルと自社の影響力を行使できるチャネルで、対抗チャネルを構築して、収益性を確保することが重要だ。自社チャネルは、品揃えによる差別化をベースに、「オウンチャネル・オウンメディア」として構築していく必要がある。
第4は、取引ネットワークの再構築である。短期取引ネットワークを構築するのか、長期継続取引ネットワークを維持するビジネスシステムをつくるのかの選択だ。
コロナは、消費財メーカーの営業問題を直撃した。多くのメーカーは、営業マンを自社で育成、確保し、取引先を訪問して、売場を含む提案営業を行うという営業システムを構築してきた。しかし、これが機能しなくなった。取引先に出向き、対面接触することは、「同じ場」を共有することによる信頼関係を築くことだ。そして、この訪問提案活動が、短期的な売上プッシュになるとともに、長期の継続取引に繋がる。日本の営業は、短期的に効率は低くても、長期的には有効だった。この取引先、特に小売業への関係維持が、欧米にはない日本の「関係」のマーケティング活動である。一回性の高い短期取引の外部市場を内部化し、継続取引に変えてしまうしたたかな「系列化」戦略だ。この戦略が問われた。
経済のグローバル化によって、近年ではビジネスシステムは、企業活動の垂直分業化が進み、国際的な分業化が進んだ。しかし、ポストコロナを踏まえると、国内市場の重要性とネット化が進むチャネルでの収益確保が企業存立の必要条件だ。それを担保するのは、日本企業が長い間築いてきた長期継続取引ネットワークである。そして、それを可能にするのは、信頼関係のネットワークを築ける営業システムしかない。
2020年度はコロナ感染症の拡大が、消費に影響を与えたことは言うまでもない。毎年、継続している「消費者調査」と「事例研究」にもとづき、弊社で「消費社会白書」を発刊している。今年の消費分析の見極めのポイントは、コロナが変えた短期的な消費変化は何か、どんなコロナの変化圧力への反動、変化圧力への反作用があるのか、どんな長期的な構造変化が起こっているかだ。企業のマーケティング立案者が、自社の機会と脅威を見極めて、長期のマーケティング対応をする必要がある。