「一寸さきはヤミがいい」とは山本夏彦の達観で、凡人にはなかなか到達できない境地である。2024年衆院選で、自民党公明党の与党が敗れて、過半数を割り、少数与党となった。今後は次回、4年内の衆院選までは、少数与党による不安定な政権が続くことになる。実業には、「一寸さきはヤミ」が最悪だ。為替も株価も乱高下し、グローバル化と株主本位の大手企業は対応が難しい。打つ手の選択肢の幅が広くなり、戦略的集中ができないからだ。政治と政府政策への依存から脱却し、市民社会のあるべき姿である経済の自立化が必要である。自立がなければ、持続的な社会への価値提供を通じた安定経営は容易ではない。
さて、「日本を揺るがす『雪崩現象』―岩盤保守の正体」を書いた行きがかり上、今回の衆院選について短いコメントをしたい。衆院選序盤は過半数確保の予測が多かったが、中盤は、多くの専門家が「与党過半数割れギリギリ」の233議席前後(主要マスメディア、4新聞4系列テレビ)という予測に収斂した。終盤は次第に、過半数割れの報道も現れ、2,000万円問題でさらに与党の議席数は減少の予測が増えた。結果は、215議席、自民党は65議席減、公明党は8議席減となり、与党は大敗した。伸びが著しかったのは「国民民主党」で、議席数を4倍増やして28議席となり、公明党を上回った。また、低収入層の増加を背景に「れいわ」が「共産党」の議席を上回り、9議席を獲得した。ネットを中心に人気のあった「日本保守党」は3議席を獲得し、政党要件を満たしたようだ。
この結果について、主要マスメディアは、国民の「裏金」批判が予想を超えて厳しかったという論調で総括している。「極まった自民不信」(日経)、「自民批判やまず」(読売)、「石破首相が見誤った、裏金問題への大きな不信」(朝日)と論調が横並びである。選挙戦では、重点的に「裏金」報道をし、煽り、選挙結果を「裏金」による不信と総括するのは、「予定調和」の分析も甚だしいのではないか。
「岩盤保守」に代表される「大衆の原像」はもう少ししたたかな気がする。日本では思想的な保守は存在しない。従って、「女系天皇制」や「中国の軍事的プレゼンスの拡大」など政治的イシューの賛否の集団である。成人人口のおよそ40%を占める。政治において、また市場においても、この集団をどう分析し、取り込めるかが勝敗の鍵を握る。
この岩盤保守がどう動いたかを、予算とリソースがあればしっかりデータ取得できたのだが、小さな世帯ではいかんともし難い。従って、以下の分析は、マスメディア各社のデータと報道を「社会集団の動的分析」の視点からいえそうなことでしかない。
岩盤保守は動いた。証拠は急変である。急変が起こるのは、集団行動であり、同質化傾向が高いので、模倣効果が強く働き、即自情報共有できるネットで結びついているからだ。
やはり、マスメディアへの対抗世論として現れた。マスコミ世論が「過半数ギリギリ」論に集約されると、ネットでは「与党を過半数割れに追い込む」という動きになった。この対抗世論は、「せっかくの景気回復を万全なものにしろ」、「インフレへの怒り」というものだった。感情が岩盤保守を動かす鍵だ。岩盤保守とは、政治的イシューの「連合」であって、ネットで離合集散する流動集団である。その属性は、10-20代の若者と中高年層の世代連合である。
苛立ちと怒りの理由は、景気回復への確かな政策の不在であり、ブレブレ政策である。裏金問題が影響はしたが、本当の答えとは思えない。実際、NHKなどのマスコミがパネルにした処分議員一覧の当落をみせる手法は、わかりやすいだけに、集団リンチに似てグロテスクだ。しかし、もっとも批判された裏金問題で公認されなかった世耕弘成氏、西村康稔氏、萩生田光一氏は当選している。
従って、裏金を争点化し、政策不在にして、ブレブレへの苛立ちが、もっとも大きな敗因である。2024年時点の人々が志向している価値観は「安心規範」である。人々の感情を逆なでして、怒りとイライラが雪崩を起こしたとみる方が自然だ。その怒り、イライラと嫌悪の対象は、人々が知る余地もない「政治家石破氏」という記号である。
石破自民党は、争点を自民党に不利で、保身となる社内政治的な裏金問題にし、終盤で過半割れの危機に気づくと「2,000万円」の支給を決定した。反安倍、反高市の党内政治に終始し、インフレ対策不在で、ルッキズム的には最悪な石破首相への「生理的拒否感」が雪崩的過半数割れに導いた。「ルールを守る」といいながら自らルールを破る二枚舌の姿勢は、正義感の強い若者の大きな怒りを買う。
従って、「手取りを増やす」という経済政策が明確な「国民民主」と「怒り」を代弁する「れいわ」が伸びたのは当然であった。しかし、本格的なネット政党ともいえる「日本保守党」は岩盤保守の受け皿となり、雪崩的支持を獲得できるほどではなかった。
恐らく、現自民党への批判と立憲民主への政権交代に対する拒否感の狭間で、投票所に行って、白票を投じるか、消去法で「嫌な候補」を落とすことにかけるかという選択になった。そして、もうひとつの選択肢は、意図的な棄権である。残念なことに、もっとも勝利したのは市民社会の投票の権利の放棄であった。
個人の投票は、所属する集団の特性に依存し、集団は集団内同質性と集団間の差異化で行動が決まり、大勢現象への反順応主義で決まる。そして、こうした変化と集団間の情報共有のスピードはネットなどの手段による。抽象化すれば、こういう一般モデルが、雪崩現象を起こしている。
与党の想定外の過半数割れという雪崩現象も、このモデルで一定は説明できるはずだ。アメリカでもハリス支持の急落が起こっている。同じような構造があるからだ。この雪崩現象を生み出すメカニズムに戦略的にどう対応するかは、2025年版消費社会白書のワークショップで説明させていただく予定である。与党過半数割れで自民ブランドの突然死は多くの学べる教訓を残している。とりあえずの後報としたい。