「消費社会白書2025」より

価値で捉え、群れ集団を狙えー2025年のマーケティング

2024.09.24 代表取締役社長 松田久一

 30年の長いトンネルを抜けて、そこは「灼熱の真冬」だった。2024年の消費は、経済史において消費転換の年だったと明記されるかもしれない。灼熱の価値観をもつ人がいれば、真冬で縮こまっている人々もいる。対極が散らばる市場だ。

 理由は簡単だ。円安から輸入物価の上昇、そして賃上げが消費を牽引した。30年ぶりに消費マインドを変えたのは、収入上昇だった。他方で、退職し賃上げの直接的な影響を受けない冬の生活者は、値上げ直撃で実質賃金は減少し、消費拡大の余地はない。

 消費拡大層を特定してみると、これまで有効だった未既婚などのライフステージよりも、年代、世代や価値観層が際だって魅力的だ。市場区分(セグメント)は価値観などに目線を移すべきだ。

 金融系の機関では利害関係からほぼ無視されているが、現在の60代に比べて将来貰える年金が半分になる若者の生涯年収は、現在の60代より実は35%も多くなる。将来の人手不足と現在の賃上げが影響している。賃上げが常態化すると考え、消費拡大するのは当たり前だ。職業選択も収入よりもスキルになる。

 特筆すべきは、年代や世代よりも大きな行動要因になっているのが、価値ライフスタイルであるということだ。弊社では、10年以上の判別力のある安定した価値ライフスタイルセグメントを開発し、それを分析に使った結論だ。

 ライフステージの影響が強かった日本の消費者は、ライフイベント離れをしている。価値観は個人のものなので個人の選択だ。欧米のような家族主義は薄くなり、個人あっての家族へと変わっている。

 日本人の平均的な個人と家族の生活は、結婚したら、子供ができたら、子育てだから、子離れだから、退職したから、では変わらない。価値観で食事をし、家事をし、自動車を選び、スマホを選ぶようになっている。「こころ」という鍵のある部屋のあるホテルが家族だ。

 食は、1年1,200食を、場所と加工度で、内食、中食、外食に分けて時系列でみると、調理時間や調理スキルだけで はなく、食に対する食意識で変わる。食についての知識欲や規範意識、安全安心を求める意識、自由な食事スタイルを求める意識など で変わる。それのバックボーンになっているのが価値観だ。食欲は胃袋に依存しない、価値観に規定された脳に依存している。食欲本能が壊れ、幻想が支配している。

 家事は、単独意識の高まりによるコスト効率の悪さから、徹底して目的志向になっている。掃除は、掃除機でするものではない。部屋を綺麗にするための手段のひとつであり、ロボット掃除機、外部サービスなどを活用して合理化する。「家電芸人」は、「サブスクリプション・サービス芸人」になった方がウケるはずだ。

 昭和の時代、クルマには「ステータスシンボル」があった。80年代には、「デートカー」になった。そして、現代は、世界的には勝者のクルマというシンボルだけが残り、他のブランドは単なる手段にしかすぎない。この分野でも個人が価値観や趣味で選ぶ。

 生成AIは、スマホに搭載されることで普及がすすむ。2024年白書では、「検索」から「相談」へという提案をしたが、それがスマホ搭載で実現される。中高年層の否定的なAI態度に対して、若年層の利用意向は極めて高い 。AI少年少女の登場は2025年からだ。売り手と買い手の出会いである顧客接点は大きく変わる。

 売り手と買い手のもっとも大きな顧客接点は、リアルな組織小売業だ。そして、組織小売を支えているのは、生活に必要な20~30万種の商品だ。これは日本で数店しかない「大人が迷子になる」ホームセンターでしか対応できない。この商品を経済効率的に提供するのが小売業の役割だ。近年、この機能で成長してきたのは、ドラッグストア、コンビニエンスストアと電子商市場などのネット販売だ。そして、この変化を決定づけてきたのが、消費者の買物の効率化と合理化志向だ。昨年に続き、今回の分析でわかったことは、買物に求める効率化に加え、楽しさや発見を求める期待が強いことだ。

 このことは、利用する業態チャネルの盛衰に影響を与える。じかに見たい、生の声でアドバイスが欲しいなどのリアルサービスを求める商品サービス期待は大きい。

 つまり、ネット(EC)販売は限界に達し、不本意ながらネット販売で購入し不満を持っている層が多い。個人消費額が約360兆円、EC販売額は24兆円の約6.8%が限界、多くても10%の36兆円で成熟の可能性が高い。

 他方で、残りの93%のリアル市場で生じていることは、買い手サイドからみれば、購入先の集中と楽しい売場の選択だ。集中しているのは、食品スーパー、ドラッグストア、そしてコンビニエンスストアだ。結果としてこの3業態は、品揃えが同質化し、購入頻度の高い生鮮三品などの消費は競争が激化するように変化している。コンビニの追求してきた死に筋カットのビジネスは転換期を迎えている。そして、楽しい売場として再発見されているのがGMS(総合量販店)だ。GMSはムダな広さが、楽しさ選択の可能性のシグナルになっている。

 現代は、物売りの時代ではない。生活に必要な数十万の商品を吟味できない。認知能力上、主要なカテゴリーの数ブランドしか覚えられない。現代はブランドの時代だ。製品からサービスまですべてがブランド化され、ネーミングに付着する印象で選ばれる。

 一方でブランドシェアは寡占化し、他方で、トップシェアが10%以下で、数十ブランドで構成される。ロングテール化が進んでいる。多様化だ。

 寡占化のカップ麺では、購入層が狭く、特定化されている。寡占化が起こっているのは、同質を求める集団が支持しているからだ。多様化のケースでは化粧品だ。それは、異質を求める集団が支持しているからだ。多様化は、個人の価値観の多様化と準拠集団(Reference Group)の集団内同質性と集団間異質化で生じている。

 そして、その集団を結ぶのは価値観だ。ここでは価値観が大きな影響を与えている。

 20-30代という特定層がカップ麺を支え、他集団のシグナルとしてカップ麺を選んでいるので寡占化が起こり、ブランド内のアイテム数が価値観の違いを反映し拡大している。化粧品、基礎化粧品は、すべての年代層が購入し、価値観で結ばれた層が、他の層との異質化のシグナルのために化粧品ブランドを選んでいるので、ブランドが多様化し、周辺ブランドが広がっている。

 個人の多様化と集団の多様化の最適選択のためのダイナミックなメカニズムだ。

 2025年の消費社会白書の概要である。

 売り手は、戦略的にこの半歩前と数歩前の変化を睨んでどう対応するか。答えはシンプルだが、実行には工夫が必要だ。

 消費と市場を牽引する顧客を価値観でセグメントし、自社に有利なセグメントを選ぶということだ。それには、少々、データサイエンスの工夫がいるがすぐできる。もうひとつは、ブランド導入済みの企業は、ブランド再生をすることだ。値上げは、ブランドの寿命を縮める。多くの高級ブランドは衰退の危機を迎えている。その具体策は、価値を再拡張することだ。ブランド価値拡張戦略だ。

 他方で、新ブランド導入機会は拡大している。ブランド化が難しかった商品サービスもブランド化できる。現代の消費市場は、価値観で売れる市場になっているからだ。消費者の価値観にはまればヒットする可能性が高い。

 価値観の時代の到来が、消費を30年ぶりに回復させた。多くの企業がこの機会を捉えることができれば、日本経済再生への道は広がる。それには、本物のマーケティングインテリジェンスと力が必要だ。2025年版消費社会白書が実務の一助になることを確信する。



JMR生活総合研究所
消費社会白書担当者代表
松田 久一