世を騒がす「雪崩」現象の正体―兵庫県知事選の分析

2024.11.22 代表取締役社長 松田久一

「雪崩」現象

 やはり、想定以上の「雪崩」現象は起きた。

 兵庫県の斎藤知事の再選で感じた印象だ。価値判断としてはいろいろあるが、消費のマス現象に着目する立場としての感想だ。東京都知事選、自民党総裁選以降、近頃、研究をしている「多様性の分析のための社会集団分析」が使えると直観した。個人的には、自民党総裁選、トランプ大統領の圧勝も含めてコンテンツをあげてきた。それにしても、知事選の結果は予想外だった。斎藤前知事の当選確率は49%程度で、ギリギリ落選、と予想していた。

 

 獲得票数は、以下のとおり。

候補者名

得票数

得票率

年齢

所属・推薦等

斎藤 元彦氏

1,113,911

45.2%

 47歳

  無所属(前知事)

稲村 和美氏

976,637

39.6%

 52歳

  無所属(前尼崎市長)

清水 貴之氏

258,388

10.5%

 50歳

  無所属(前参院議員)

大澤 芳清氏

73,862

3.0%

 61歳

  無所属(共産党推薦、医師)

立花 孝志氏

19,180

0.8%

 57歳

  無所属(政治団体党首)

福本 繁幸氏

12,721

0.5%

 58歳

  無所属(会社経営)

木島 洋嗣氏

9,114

0.4%

 49歳

  無所属(会社経営)



 斎藤氏は、有力候補とみられた稲村和美候補に、約13万票の差で再選を果たした。しかし、この結果は、圧勝とはいえない。

 単に、競争上の相対的優位の結果であり、合計得票数では斎藤氏は約45%で過半数に達せず、稲村氏は約40%を獲得している。市場シェアなら2社の複占だが、いつでも逆転できる差である。

 兵庫県の人口は約547万人。有権者数は約450万人である。投票率は55.65%と前回知事選に比べ高い。従って、投票権をもつ有権者をみれば、斎藤氏は、25%の信任を得たことになるが、有権者から過半数以上の信任を得た訳ではない。

 

 ここでは、消費分析とマーケティングの「プロ」として、ふたつの点に着目して、分析したい。ひとつは、「雪崩」現象の正体は何か、そして、生起メカニズムはどのようなものか、である。もうひとつは、当選やシェア拡大などの目的達成のために、「雪崩」現象をコントロールできるか、という実利を考えてみる。


雪崩現象の正体

 投票や消費などで現れる投票やシェアなどの急激な集合行動変容を、「雪崩現象」と呼んでいる。これまでの研究では、「ネットワーク外部性」などの論理で知られる。

 この現象は、例えば、突然の納豆ブーム、ナタデココやタピオカミルクティーなどの大ブームを起こし、ほぼ1年内で消失するような現象である。また、古い話になったが、ビデオ規格の標準化競争(デファクトスタンダード)で知られる。

 日本で歴史的淵源を探るなら、江戸時代の温泉ブームや幕末のお伊勢参りブーム、明治維新直前の「ええじゃないか踊り」にまで遡ることができる。

 これらは、様々なメディア(媒体)を介して「大衆」行動として出現する。

 概略的に、メディアの発展を整理すれば、最古のメディアは口コミである。江戸時代には、瓦版や浮世絵などの紙メディア、明治の新聞メディア、そして戦後はラジオやテレビメディア、そして出版社系の週刊誌メディア、同じく夕刊紙メディア、さらに、SNSやYouTubeなどのネットメディアへと変化し、進化してきた。

 この進化は、受容層の情報欲望と知識の変化と伝達手段の技術革新によって促進されてきた。さらに、忘れてはならないのは、近代社会が生み出した、メディアと表裏一体の「大衆」の存在である。新宿や渋谷のターミナルには、毎日、数百万人という不特定多数が同じ場所に集合する。このような存在は、近代以前には存在しなかった。大衆が集合行動をとると誰も制御できない。個人では御しきれなくなる。

 結論を先取りすれば、この大衆の行動が雪崩現象の正体である。しかし、その有り様はこれまでとはまったく異なっている。なにせ、1980年代に、「大衆」に代わって、広告代理店的な発想から「差異化の時代」や「分衆」なる概念が提示され、大衆は消え、多様化したことになっていたからである。余談になるが、広告機能を顧客説得のひとつの機能に過ぎないというマーケティングは、この不特定多数の大衆に、物やサービスを獲得する技術としてアメリカで発達した。

 消えたはずの大衆が、新たに再登場したのは、世界的には、トランプ氏の大統領選である。この時は、世論調査では捉えられなかった「隠れトランプ」が勝利に導いたと報じられた。そして、2024年の大統領選では、大接戦報道がなされながらトランプ圧勝に終わった。ここでも、「隠れトランプ」では説明できない何か、が動いた。当方は、人種、性別や年代を横断する資本主義の「敗者連合」だと分析している。(「『消費社会白書』で分析するアメリカ大統領選の接戦予想のはずれ」参照)

 そして、日本では、2024年の都知事選の「石丸現象」、自民党総裁選での「小泉失速」、衆院選での自民公明与党の「大敗北」、そして、兵庫県知事選での斎藤氏再選で現れた。恐らく、イギリスでの労働党政権誕生、フランスでの保守系連立与党敗北、そして、ドイツでの左派系連立与党の敗北でも、同様の大衆が引き起こした雪崩現象が起こったのだと推測する。しかし、残念ながら時間と労力がない。

 このような新たな大衆出現による雪崩現象が生まれている国々の特徴は、近代化以後の民主主義国、いわば、先進資本主義国であるということだ。この意味は、トランプ後の世界の「バランス・オブ・パワー」の考察、「世界の分散均衡はあり得るか」に委ねるが、1980年代からの「自由資本主義化」によって生まれた勝者と敗者の分断、そして、「敗者連合」がグローバルに出現しているのだとひとまず解釈する。


雪崩現象の特徴

 新しい大衆の出現による雪崩が起きている。この推論は、四つの雪崩現象の特徴から説明できる。

 日本の都知事選、自民総裁選、衆院選、兵庫県知事選で現れた雪崩現象は、様々な報道から帰納すると四つの特徴を持っている。

 ひとつは、急激な高速変化である。

 恐らく、投票などの期日行動は、数日内、あるいは1日でガラッと変わる。自民党総裁選、アメリカ大統領選、今般の兵庫県知事選もそうである。兎に角、高速で変わる。

 この変化スピードの速さは、これまでの大衆行動とはまったく違う。その理由を探ると、SNSや動画配信サイトなどのネットでの情報共有がある。新聞、テレビ、週刊誌、夕刊紙などはやはりネットに比べると拡散スピードは遅い。これは、発行部数や視聴者数に限定され、拡散に限界があるからだ。これよりは、スマホなどによる口コミが速いが、拡散範囲は家族ネットワークに限定される。

 拡散スピードとネットワークの広がりで、圧倒するのが、SNSや動画配信などのネットメディアだ。誰もがスマホを何度も仕事中もチェックし、さらに、多くの人々が発信するネット社会では、個人と個人の「情報遅延」は限りなく短く、広がりは、「スモールワールド」、「フリースケール」などの多様なネットワーク構造で拡散するので限りなく広い。さらに、情報伝達の動画化は、文字依存よりも圧倒的にわかりやすく、切り取りで「真実の一面」を伝えていく。さらに、文字の苦手な層にも広がっていく。

 雪崩現象にみられる急激な変化は、ネットメディアの特性にある。従って、大衆的な「模倣行動」は一瞬で広がることになる。消費の様々なブームは1年単位ほどのライフサイクルを持っていたが、現在は、数日、あるいは時間単位へともっと短くなっている。

 ふたつ目は、「世論」への対抗的な「世論」を形成し、依拠して起こる。「第2の世論」による集合行動である。

 テレビなどのマスメディアは「大衆世論」を形成する。

 ニュース報道やワイドショーなどの情報は、報道に対する賛否などの態度形成を促し、集合的な「大衆世論」を形成する。

 兵庫県知事選は、これを如実に反映している。パワハラなどの告発文書と局長の自殺を報道する。さらに報道だけでなく、テレビを中心に、コメンテーターなどの独自の価値判断によって、「おねだり知事」や「パワハラ知事」の烙印を押し、世論形成していく。さらに、自ら形成した世論を背景に、民主主義国家における司法、行政、立法の3権に対し、第4の権力として、地方の行政トップの権力者に圧力をかけ、「報道の真実性」と「庶民的正義」を振りかざし、「なぜ辞めないのか」へとエスカレートしていく。

 このマスコミが生み出す「大衆世論」に対し、ネットでは、対抗世論を形成していく。雪崩現象は、このマスコミ世論に対する対抗世論として「第2の大衆世論」に依拠して行動する。

 斎藤氏は、マスコミ報道を契機に、議会によって追い込まれていく。これに、若者優遇策をとって若者が評価し、斎藤氏擁護の発言を発信し、選挙前では、ひとつのポストに、1,000万を超えるインプレッションを獲得していく。これが核になって、マスコミ世論と対抗する「ネット世論」を形成していく。

 雪崩は、この第2の世論であるネット世論に依拠して動く。アメリカ大統領選におけるマスコミ報道は圧倒的に反トランプであることは周知の事実だ。これに対応するネット世論が形成されたことはいうまでもない。同じ構図がここにある。


第2世論が形成される理由

 なぜ、このようなマスコミ世論に対抗するネット世論が形成されるのか。それは、マスコミが嘘を報道し、操作しているという側面を完全には否定できないからだ。

 それよりも寧ろ先進国における視聴者や情報受容層が高度化し、情報へのアクティブ性が強くなっていることがある。多くの人々が「検索」に依存し、AIの普及によって「相談」へと情報のアクティブ性が高まっている。さらに、もっと本質的な変化は、消費者は情報により高度な欲望を持っているということだ。つまり、もっとも高度な欲望とは、社会のなかでの自己のアイデンティティを確立することであり、他人には同調しない行動をとり「反順応性(ヒップスター効果)」を持っているということだ。日本では、寧ろ、同調圧力が強いと言われてきたが、このマスコミ世論に対抗する反順応性が、ネット世論を形成する源泉だ。従って、マスコミ世論が形成されるかぎり、第2の世論が形成される。

 これは、戦後の日本のマスコミ論調の研究でも知られていることである。辻村明によれば、戦後の日本の世論は、大手4社の新聞系メディアとその系列によるテレビ局によって、形成されてきた。この大手4社は、同質性を基本に激しいスクープ競争を展開し、購読者と視聴者を獲得してきた。例えば、1970年の「安保改定」などの報道は、すべてが「反対」の態度で一致し、スクープで競争する。原発なども同じような報道姿勢である。

 このように、4社でありながら消費者の選択の多様性は失われ、別の態度と意見は圧殺される。

 例えば、岸内閣は、70年安保改定で、アメリカからの日本の自立を目指し、相互性を組み込み、憲法の自立改定(自民党党是)に取り組もうとしていたなどの報道はされず、ひたすら「戦争反対」「安保改定反対」に終始することになる。この世論に圧殺された動きに繋がるのが、岸の孫であった安倍晋三氏が再発見した「岩盤保守」である。そして、圧殺された世論は、新聞社系ではない、出版社系の週刊誌などの雑誌メディアが吸収することになる。実は、戦後の日本では、第2世論は雑誌メディアが担っていた。従って、週刊誌の見出し記事を分析すると、新聞系メディアに対抗する見出しが多いことが確認されている。

 これが、戦後日本の第2世論のはじまりとなり、うまく、メディア間でバランスをとってきた。しかし、メディアの技術進化とライフスタイルの進化によって、第2世論は、雑誌からサラリーマンの帰宅時に読まれる夕刊紙へと変わり、現在では、通勤電車内を席巻するスマホへと進化することになった。商業的に行き詰まった週刊誌は、マスコミに登場する著名人を曝露しスクープする方向へと生き残りを図っているように思える。しかし、雑誌メディアの本質は、マスコミ世論を撃つことであることに変わりはない。


新しい大衆が動く「引き金」

 三つ目は、雪崩現象が起こるひとつの「引き金」についてである。

 テレビなどのマスコミ世論が、ひとつに集約された時点で、反対意見が一挙に形成される。ひとつに集約され、結果がでる瞬間に「引き金」となって集合行動が起こる。

 兵庫県知事選なら、「稲村がリードし、斎藤が猛追」というニュースや記事が、投票直前に報道され、結果予測がひとつに集約された。都知事選でも、「小池リードで、石丸が追う」で一致した。総裁選でも「小泉リードで追う高市」で一致。アメリカ大統領選でも、「大接戦」との報道で、政治的立場が鮮明なメディアも収斂した。

 

 これらの報道を契機としてマスコミ世論が形成され、第4の権力を行使するようになると、ネットでは次第に批判が高まり、次第に、第2世論を形成していく。

 そして、動くのが、結果予測が一致し、投票行動に移る直前である。選挙の場合は、恐らく、投票前の最後の結果予測が引き金となって、一挙に発信量が高まり、ネット世論が集合行動へと転換されていく。消費行動でも、感情を刺激するプロモーションなどが引き金になることがわかっている。引き金には、行動に繋がる「怒り」などの感情が大切だ。大統領選は、現状への不満や怒りが、引き金になったことは明らかだ。

 四つ目は、新しい大衆とは、個人の集合よりも、メンバー間の相互関係性を持つ社会集団であるということだ。

 年代、性別や世代を超えた、何らかの感情や価値観などで結びついた「社会集団」として行動する。社会集団とは、家族のように、構成メンバーが、地縁、血縁、社縁(会社)によって、集団の同質性と他集団との差異性をもった3人以上の集団と定義される。雪崩を引き起こしている主体は、まさに、社会集団である。

 世論調査では、斎藤氏は、20-30代に強く、40代はイーブン、50-60代は稲村氏という支持年代の違いは明確だった(「神戸新聞」)。この分析では、斎藤氏は、強い20-30代層を基盤に、上の年代へと支持を拡げたという解釈になる。この世論調査が説明できるのは、支持の年代基盤であり、斎藤氏が若者への利益誘導政策をとったのだから当たり前である。しかも、事前に知られていることであり、50代以上層の人口が多いので、稲村氏優位を示すものである。従って、直前の逆転は説明できない。

 この年代支持基盤からわかることは、今回の結果は、年代では説明できない、ということであり、年代を超える社会集団が生まれたからだということを示すものである。

 それは、これまでの消費研究から推測すると、年代、性、未既婚などのライフステージや世代などを横断した大衆的な社会集団であるということだ。この社会集団を、マスコミ世論に迎合しない「自己同一集団」と名づけることができる。自分の感情や意見が、マスコミ世論に押し潰され、「自己のアイデンティティ」が脅かされることに、怒りや不安を抱く層である。「岩盤保守」に通底する集団である。

 現在、私たちが目にしているのは、年代や未既婚、そして、階層を越えた、価値で結ばれた社会集団であり、「21世紀の新大衆」である。


雪崩現象のメカニズム

 都知事選、自民党総裁選、衆議院選挙、兵庫県知事選やアメリカ大統領選で起こった雪崩現象には四つの特徴があることを確認した。①急激な高速変化、②マスコミ世論の対抗世論、③集合行動への引き金を持つ、④大衆的社会集団、である。

 この四つの構造的な特徴を、時間的なメカニズムに、推論によって、一般化してみると、雪崩現象を時間的に理解することができる。この解明は、雪崩現象を予測することに役立つはずだ。マーケティング上の含意は、製品やブランドのライフサイクルの理解に洞察を与え、未来予測的な戦略を構築することを可能とする。

 第1段階は、社会的なフォーカス(焦点)だ。スタートは、マスコミや雑誌が、スクープとして「焦点」をあてることから始まる。「フォーカス機能」をマスコミは持っている。焦点があたると視聴率や発行部数などで成果が明らかになる。

 第2段階は、マス世論形成段階である。

 「ウケる」と判明すると、それを他社が追いかけ、次第に、報道がエスカートしていく。それを、ネットでも追いかけ、違う見方やマスコミでは報道できない情報が拡散する。しかし、ここではネットメディアは、マスコミの補完にしか過ぎない。マスコミ報道をネットが取り上げるという「マッチポンプ」である。

 第3段階は、「感情のエスカレーション」段階である。

 マスコミでは、ワイドショーなどで、コメンテーターやゲストスピーカーが、「感情」を露骨に表現する報道が始まる。テレビ局ではない、コメンテーターが「煽る」ことが視聴率を稼ぐ手段になっているからだ。この段階になると、マスメディアに登場してコメントする内容がネットで拡散し、違う意見や兎に角、自己主張したい人々には、フラストレーションが蓄積され、反対世論の土壌が形成されはじめる。

 第4段階は、マスコミ世論の暴走である。マスコミは、自身の報道によって形成された「大衆世論」を楯にパワー行使しはじめる。

 マスコミが権力をむき出しにし、敵と味方を峻別し、責任や辞任などを迫っていく。この段階になると、ネットでは、反対態度や反対意見などの賛否両論が表明され、「第2の世論」の方向性が定まっていく。結果は、先に確認したように、反マスコミ世論へと宿命的に収斂する。

 第5段階は、引き金がひかれる段階である。

 様々な横並びスクープをしてきたマスコミが、エスカレーションして、ひとつのマスコミ世論に収斂していく。収斂すると多数派の勢いで、斎藤氏などの批判対象に、責任や辞任を迫る。酷い場合は、「集団リンチ」の様相を呈する。ネットでは、賛否両論の議論から反マスコミ世論で意見と態度が一致する、感情や価値観などで結びついた社会集団が形成される。

 「斎藤氏は既成勢力と戦い結果をだしてきた」「たったひとりで頑張っている」「マスゴミの被害者だ」などの感情や価値判断で結びついた「社会集団」が形成される。そして、この社会集団が、投票などへの行動に移行するのは、「引き金」がひかれてからである。選挙の場合は、ほぼ直前予測が、感情を生み、引き金となり、自己表現や自己表明として投票する。

 第6段階では、「カタルシス」段階から次のテーマへ移行する。

 雪崩行動によって予想外の結果が生まれる。結果が、納得のいくものであればカタルシスを生み、達成されなければ、次のイシューへと移っていく。本来、自己のアイデンティティを求める欲望は、「求めて求め得ない」ものなので、次へと移行せざるを得ない。



雪崩現象の生起メカニズム


 このように、フォーカス、マス世論形成、エスカレーション、マス世論のパワー行使と反対世論形成、引き金、次のテーマへの移行、という六つの段階を経て起こる。

 この行動を複数の社会集団の影響として捉え、簡単な微分方程式の数式モデルにすることができ、シミュレーションすると、与える社会集団の特性のパラメータによって、雪崩現象が起こることが確認できる。

 このシミュレーションから明らかになっていることは、新しい大衆的社会集団が生み出す、投票率、視聴率や購入シェアなどは、社会集団の特性や組合せで、長期の安定的な変動を生むライフサイクルや急激な変化を生み、短いサイクルで変動する高速サイクルなどを生み出すということだ。

 斎藤氏を支持、投票した社会集団は、後者の特性を持った社会集団である可能性が高く、人気や支持が急落するサイクルに入り込んでいるかもしれない。


雪崩現象の斬り口批判

 昼のワイドショーやネットでは、このような現象や勝因を幾つの要因で分析しているが、そのなかの幾つかのものを、先に確認してメカニズムからコメントしてみたい。

 

(1)斎藤氏のSNS戦略の巧さ

 あり得ない。そもそも先に確認したメカニズムを制御する技術もノウハウもない。イーロン・マスクもないといえる。


(2)立花孝志(NHK党)の斎藤氏応援の立候補

 この声も多いが事実とは異なる。寧ろ、立花氏の売名行為になっている。

 SNSなどのワード分析で、立花氏の参戦を契機に、ポストの時系列で斎藤支持率が上がったという分析がある。立花氏は、Xのフォロワー数は、約33万8,000人。YouTubeチャネル登録者数は約67万人である。YouTuberとして多い方だが、兵庫県の有権者への影響を推定すると、2019年の参院選でのNHK等の獲得票数は約125万票で得票率は2.4%。従って、兵庫県の有権者数では、約7万人となり、しかも、自身も、狙いとは違って、1.9万票を獲得しているので、実際は、影響力を行使できたのは、5万人程度と推定される。

 従って、票に結びつく大きな影響力はなく、斎藤氏の応援の行動をとり、自身とNHK党のうまい印象づけを狙ったように思われる。NHK党の「ブランド」衰退が激しいなかで、斎藤氏を「活用」し、「正義の味方」としての印象操作を狙った感がある。


(3)既成勢力と戦う斎藤氏の政策と実績が評価

 斎藤氏の政策は、若者の利益誘導と緊縮財政であって、受益者は限られ、勝因に結びつくほどではない。

 兵庫県民からみれば、斎藤氏は、高校生などへの政策支援を拡大し、1,000億円に上る県庁建設にストップをかけるなどの実績を残している。県立大学の無償化も政策推進する。緊縮財政と若者政策の実績が、文書問題とは別に再評価され、直接利害のある県民の支持を得た、とする説がある。

 しかし、兵庫県の課題は、人口減少と産業構造改革である。約4年間で2.4%人口減少している。自然減少ではなく、大阪府への転出を含む社会変動による人口減少である。その背景にあるのは、神戸を拠点とするシューズやファッション企業が低迷し、新しい産業が創出できず、政府だよりの医療特区や加速器建設などに依存し、若者が働く場所が失われているからである。気候は温暖だが、山陽沿いの成長を担ってきた企業は成熟し、まったく成長できていない。

 こうした情況で、県行政や県議会が既得権益争いをして、変革できない風土が長く定着してきた。そこに、登場したのが、日本維新の会が推薦する斎藤氏で、多くの県民が期待をよせた。

 県民生産は、22.5兆円で対前年3.0%成長であり、県予算は約4.3兆円である。県民生産の約20%を占める。

 成長が産業集積などの政府投資に依存し、県産業は低迷し、若者は大阪などへ流出する情況で、県が緊縮財政をとればどうなるかは火をみるよりも明らかであり、県立大学の無償化は若者人口の減少の歯止めにならないことは明らかだ。

 斎藤氏の政策は、再選を果たすほどの政策ではないことは明らかだ。県民としては、既成勢力が奪い合うよりは、税金の無駄遣いを排し、兵庫県に残る若者が少しでも増えればいい、ということであって、兵庫県の再生を委ねるリーダーではないとの判断だろう。


(4)斎藤氏の真面目な人柄

 真面目な性格であることは、発言からうかがえる。しかし、それが逆転をもたらしたとは思えない。

 これは、個人的な感想だが、まったく空気の読めない、関西人にはない、感情を表にださない真面目さは、やはり、なじめない人も多いはずだ。

 当選後のインタビューもどこか他人事で、「文書問題」は、「でっちあげ」とも、「本当です」とも語らないところに「性格」が現れているように思えた。普通なら「おねだり」などと揶揄されたマスコミに「激怒」するはずだ。


(5)負け犬ストーリーに乗ったのが勝因

 「社会学ボーイ」や「ド文」というネットの揶揄用語がある。適当な事を言って評論し、薄い理論と根拠で、解説する自称の研究家や評論家のことだ。この手のテレビでウケる人々は、社会学に多く、官僚では、法学部などの文化系が多いのでこう呼ばれる。

 勝因が、「アンダードッグ効果」という主張がある。こういう実証的な検証のできない議論をテレビで主張しても意味がない。堂々巡りに終わる。

 斎藤氏は、負け犬を演じ、同情を買い、共感を引き出すという感情に訴えることに成功したというものだ。確かに、須磨駅でぼっちでスーツを着てひとりひとりにお辞儀をする姿は何度もメディアで映し出され、高齢女性は斎藤氏の子供のような真面目さにあわれみを覚えただろう。

 お金持ちで「東京大学法学部出身」の「エリート官僚」の、落ちぶれた「あわれ」なスーツ姿が、「貴種流離譚」の物語を連想させる。須磨駅に立つ姿は、壇ノ浦で大活躍した源義経の物語を思い起こさせる。確かに、テレビ報道で、立会演説で「涙する中高年女性」をみた。

 この説も、よくできた話だが、急速に伝播されるものでもないし、寧ろ、反発も大きい。さらに、斎藤氏はこういう役を演じることはできない。


(6)オールドメディアの敗北論

 この論調は多くのマスメディアのコメンテーターが指摘している。幾つかのワイドショーでも自戒的に主張している。なかには、法律などで規制されているテレビなどの免許メディアに対し、SNSなどを規制しろ、という暴論まである。

 テレビは、電波という共有財を、免許を取得し、タダで利用し商売している。SNSなどは、自分でお金を支払い、情報を発信し、受信している。道路に喩えるなら「公道」で利用免許を得て、公道をタダで利用し、商売している店と、私道でお金を支払って、利用している商売との違いだ。公道に人が通らなくなったので、公道並みに規制を厳しくして私道から公道に人の流れを戻そうというのは筋違いもいいところだ。

 オールドメディアで稼いでいる人は多いので懺悔派もいれば擁護派もいる。

 しかし、新聞やテレビのマスメディアはビジネスモデルが多様化するが、マス世論形成機能は残る。

 ネットメディアは、マスメディア批判によって、第2世論を形成し、存立しているからである。SNSやYouTubeなどのネットメディアは、マスメディアと共犯関係あるいは補完関係にあり、代替関係にはない。従って、マスメディアは、第4の権力としてのパワーは喪失していくが、人々の関心をフォーカスさせ、大衆世論を形成していくことになる。

 マスコミ権力を振りかざしたい、「田原総一朗」的人格には残念だが、反面教師として食い扶持は残るので安心した方がよい。


 

(7)テレビメディアの差別的なコンテンツづくり

 マスメディアの危機は、ネットメディアに潰されることではない。マスメディアが生き残っていくために、日本人の欲望の高度化や価値観の分散に応じて、各メディアのありふれた競争からより差別的なポジションを明確にすべきだ。ポジションを差別化させることが大事だ。

 コンテンツを差別化すべきなのに、コンテンツが差別化できない構造がテレビ業界にはある。

 タレントに依存するコンテンツ、視聴率をとるタレントへの依存、タレント確保のための人格的依存による「バーター取引」関係、さらには、吉本興業、旧ジャニーズ事務所や渡辺プロダクションなどの大手芸能事務所との関係が強く、人格依存から資本持ち合いにまで垂直統合している。さらに、広告枠は電通などの大手広告代理店への依存で、ゴールデンタイム枠は、市場原理ではなく、長期関係で大手企業に配分されて、動かない。すべてのキー局が同じ構造を持っている。

 これでは、コンテンツの差別化ができる構造になっていない。産業は自滅による長期衰退過程に入っている。次第に、明るみに出ているが、吉本興業や旧ジャニーズ事務所などの、暗黙の独占禁止法違反が行われている可能性が高い。テレビ局が、慣例で、制作会社にコンテンツを発注し、制作会社がタレントを指名する。しかし、視聴率はタレントに依存しているので、タレント事務所は、制作会社とテレビ局に圧力をかけて、番組コンテンツ支配する。そして、大物タレントが、コンテンツと番組を支配することになる。これでは、どの局の番組もコンテンツも同質化せざるを得ない。現実的に、超高齢大物タレントが異なる価値観に対応するのは難しい。

 この全局横並びの新聞メディア系列の垂直統合モデルを革新しない限りは、消費者の差別的なコンテンツの多様性は提供できない。また、これが提供できないかぎり、広告枠の市場価値は低下せざるを得ない。テレビマスコミは、「ミニ」コミとして生き残るしかない。


雪崩現象は操作できるか

 最後に、本コンテンツのもうひとつの問いに答えたい。それは、この雪崩現象を操作して、ヒット商品などの創出に利用できるかである。答えは、「操作できない」である。

 なぜなら雪崩を引き起こしているのは、有権者や消費者の「内発的動機づけ」による行動に依存しているからだ。内発的動機づけとは、金銭などの外的インセンティブがない動機ということだ。

 しかし、現象とメカニズムの解明から予測することは十分に可能である。台風はとめられないが、予測により対応できる。予測は準備時間を創造してくれる。