様々な「社会集団」の相互作用が、いろいろな「雪崩」現象を起こしている。2024年の衆院選も、そしてアメリカ大統領選も、このメカニズムが作用して、マスコミや専門家の予想を裏切る事態が生じた、と分析している。
小論では、この「社会集団」という概念を利用して、若干の数式モデルも入れ、このメカニズムを説明したい。それにより、当社の「消費社会白書2025」のよりよい理解と応用をしていただけるはずだ。
「接戦予想」はなぜはずれたのか?
さて、アメリカ大統領選は、大方のマスコミや専門家の予想に反して、なぜ、トランプ氏の大勝になり、即日即決したのか。利用できるデータは「RealClearPolitics」などのアメリカの公刊データしかない。ここで公表されているデータは、地域性と更新頻度において他に優るものはない。同等のものは日本にはない。
問題は、なぜ拮抗するはずだったトランプ氏とハリス氏の選挙人獲得争いが即日の圧勝で終わったのか、ということだ。
大勝は、拮抗するとみられた激戦7州での大差による。0.5%の差は、アメリカでは対立候補の権利として再集計を要求することになるが、その必要はまったくないほど開いた。
現時点での説明は主に三つである。
第1の理由は、「隠れトランプ」の存在である。各州で約2%いると予測されていた。確かに、先ほどの激戦7州の世論調査(RCP)では、トランプ氏の投票前データに2%を加えると選挙結果になる。しかし、これは納得しにくい。
「隠れトランプ」に対して「隠れハリス」はいないのか。この2%はすべてなのか。さらに、世論調査機関が前回の予想はずれの主因とみられた「隠れトランプ」の票を修正するアルゴリズムが組み込まれているはずだ。
第2の理由は、民主党支持層であった低所得の黒人層、アラブ人やウクライナ人などの少数民族が、トランプ支持に集まった結果である、という説明である。民主党支持層が分解したということである。これは、大勝の説明にはなるが、直近の世論調査を覆す急激な変化要因にはならない。両陣営とも調査には大きな予算を投入しているので、事前に把握していたはずだ。
第3の理由は、バイデン政権下における経済失策、特に、インフレによる物価上昇に十分な対応ができず、低所得層に重くのしかかったというものである。特に、食費などの基礎的支出の負担増は、低所得層に大きな負担となる。民主党政権の副大統領であるハリス氏に責任があることは明白である。これも負けた要因としては大きいが、急激な変化をもたらす要因ではない。事前に世論調査で十分に把握できるはずだ。
他にも、ハリス氏の人望のなさやハリス氏が象徴する多様性への心理的抵抗などが要因として挙げられている。しかし、これらも敗因であり、直前の世論調査に反映されていたと考えるのが妥当である。
問題は、拮抗し、再集計まで、もつれ込むと予測されるほどの接戦にならなかったことである。つまり、急に票が動いた原因である。その原因の仮説として想定できるのが、従来の社会集団を「横断する新しい社会集団」の出現である。
トランプ氏とハリス氏のマーケティング戦略
アメリカの人口は、3.39億人であり、投票権利を持つ有権者数は2.58億人、そして、大統領選に投票した有権者数は1.61億人(62.4%)である。この「市場」で1%でも投票シェアを上回ることが選挙マーケティングの目的になる。そのために、投票者区分(セグメント)を明確にし、セグメントを選択し、そのセグメントの利益に繋がる政策を訴求することが重要である 。
今回の選挙で勝敗を握るとされたのは、ミシガン州などの激戦7州である。アメリカ産業発祥の地であり、「マーケティング」発祥の地でもある。この地帯は、自動車産業などを中心に、白人労働者が多くを占め、「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)である。GAFAMなどの巨大情報寡占企業に成長性や収益性で遅れをとっている。
この地域で投票を拡大するには、仕事を奪い、低賃金圧力となる移民を制限し、ドル安に誘導し、保護貿易策をとることである。候補者は、遊説によって、候補者のポジショニングを明確にし、政策パッケージを売り込み、候補者への好意を引き出し、投票を獲得する。
こうしたマーケティング戦略を組み立てることに焦点をあて、急激な「雪崩」現象の背景を探ってみる。
仮に、トランプ候補の選挙参謀とする。この参謀は、まず第1に、投票市場のセグメント基準、セグメント魅力のターゲティングをしなければならない。
もっとも単純なセグメント基準は「人種」と「職業」である。この決め方は、より合理的な統計的手法によって行えるが、物事を単純化するために、人種と職業を使う。州別を用いないのは、利害は産業によって違い、産業集積は州によって決まるという関係になっているからだ。
つまりは、投票者個人の利害の違いをみるには、「職業-産業-州」という経路で決まるからである。「工場労働者-自動車産業-ミシガン州」という繋がりのなかで、投票者個人の利害をもっとうまく説明できるのは、職業であり、産業や州レベルでは、利害が曖昧になってしまうからである。
この登録有権者数をベースに、推測に基づいて市場をセグメントしたものが、「アメリカの人種別職業別人口構成」(図表)である。比率は、全登録有権者の構成比であり、二変数を使ったセグメントの構成比である。つまりは、市場セグメント別の投票者数の分布である。
ここで選挙参謀は20 セグメントで構成される投票市場の大きさとトランプ氏の強みと弱みを踏まえて、セグメントを選択(ターゲティング)し、遊説やキャンペーンなどの資源を投入する。
この図表をみて、どうセグメント(セル)を選択するかを決める。トランプ氏の参謀にとって、もっとも重要な選択は、メインセグメントである。選択肢は、白人・管理職専門職(17%)か、白人・生産(製造)業・建設業(14%)の選択である。これを同時に選択することは難しい。現場では、経営者の代理である白人管理職と被雇用者である白人労働者の両選択になるからだ。従って、どちらかを選択しなければならない。近年の投票行動では、高学歴管理専門職層は、民主党を選択し、白人労働者は、現在の利益を擁護する保守的な共和党を選択する傾向がある。
歴史的経緯を踏まえて、こうした強みと弱みを踏まえると、白人・生産(製造)業・建設業(14%)をメインセグメントとする。これを決めれば、過半数を確保するために必要なのは、残りの37%を積み上げることである。「白人・サービス業(11%)」、「白人・運輸・製造業(16%)」の優先順位となる。ここまでで41%である。残りは、ラテン系の「サービス業(5%)」・「生産業・建設業(6%)」、そして、「運輸・製造業(5%)」である。これで57%まで積み上げることができる。この6セグメントに集中し、政策パッケージを絞り込めば優位に立てる。
一方、ハリス氏の参謀ならどうだろう。メインセグメントを白人・管理職・専門職(17%)にし、ラテン系(18%)、黒人・アフリカ系(12%)、アジア系(7%)、多人種系(5%)を加えて59%になる。このST(セグメント選択政策)では、職業よりも人種に関わる利害に焦点をあてた「多様性」などのより理念的な訴求になる。実質よりも理念で投票を獲得することになる。この意味で、女性 で多人種であるハリス氏の選択は合理的であった。
このようにトランプ氏とハリス氏のマーケティング戦略を仮定してみると、トランプ氏はセグメント集中の上で、実利益の政策パッケージを売り込み展開し、ハリス氏は、人種というセグメントを広くとって、多様性を理念とする「説得的」なメッセージを発し、情緒的マーケティングを展開した、といえる。
このマーケティング戦略の優劣と「偶然性という運」が勝敗を決した。しかし、このような戦略の差は、直前の世論調査が把握していたはずである。直前の予想では、ハリス氏優位を追い上げ、トランプ氏が0.1%の優位だった(RCP)。
投票結果は、トランプ氏は50.8%、ハリス氏47.5%となった。得票率差は3.3%であった(推計)。約515万人(東京都の有権者の約半数)が投票直前に「雪崩」を起こした。なぜ、0.1%という接戦予想が覆り、3.3%の差がついたのだろうか。「運という偶然性」は何だったのか。
「敗者連合」の社会集団の出現
選挙直前に多くの報道機関が、従来の民主党支持層である黒人、アラブ人などが、ハリス支持からトランプ支持にスイッチしている、と報道した。世論調査の経緯では、トランプ氏対バイデン氏では、トランプ氏が優位に立ち、突然、大統領候補になったハリス氏が急速に人気を拡大し、トランプ氏に迫り、選挙1ヶ月前には、トランプ氏を追い抜いたと予想されていた。それが、直前になって、再び、トランプ氏の優勢が報道されるようになった。それが、黒人などの人種的マイノリティ層が民主党離れをおこしているという報道になっていた。そして、直前の大接戦報道である。マスコミ世論は、「大接戦」で一致し、予想は収斂していた。
先に、述べたように、マスコミで報道される「大接戦」がはずれた理由は、説明になっていない。恐らく、今後、何らかの有力な説明がでてくることを期待したい。
ここでは、「人種」という社会集団に対して、「生産・建設業」をベースに「敗者」連合という社会集団が、「接戦世論」に対抗するように、ネットで形成されたのではないかということである。
バイデン氏の任期期間、アメリカ社会の格差は拡大した。株主資本主義は、100倍以上の収入格差をもたらし、上位「1%」の富裕層が社会の富の大半を占めるようになった。この格差社会の「勝者の象徴」は、数兆円の報酬を得ている南アフリカ出身の「イーロン・マスク」である。
皮肉なことに、マスク氏が支持するトランプ氏は、「生産・建設業」、そして、「運輸・製造業」という、資本主義の「敗者」である。「イーロン・マスク」のトランプ支持は、「敗者」を支持し、奉仕する「勝者」という構図を生み出したように思える。この敗者の共通点は、「穏健」ではない「暴力的保守主義」であり、SNSなどのネットで結ばれ、連動していることだ。これは、トランプ大統領の政権交代時の「議会占拠事件」でSNSの「偽画像」などが共有され連携していたことが知られている。さらに、彼らは、CNNなどの主要テレビや新聞マスコミ批判でも知られている。
このようなことを踏まえると、「接戦報道」に対抗すべく、人種と職種を越えて、資本主義の「敗者連合」が形成され、投票へと向かったのではないかという仮説が成り立つ。
この「雪崩」現象は、日本でもみられるようになった。特に、日本では、対抗マスコミ世論がSNSなどのネットで形成され、都知事選などでみられている。アメリカでも、既成マスコミに対抗する「敗者連合」という社会集団の出現が、黒人、ラテン系、アジア系などの人種民族を越えて、トランプ投票へ結集したのではないか。
「敗者連合」という社会集団
消費社会白書でも明らかにしたように、「雪崩」現象は、複数の「社会集団」の相互作用によって生まれる。
この社会集団には、年代、未既婚などのライフステージや世代なども含まれる。社会調査では、個人属性と捉えられてきたものであり、マーケティングでは、デモグラフィック(人口統計的属性)やサイコグラフィック(心理的属性)とされてきた属性変数である。
この属性概念の、もうひとつの見方を「復活」させてみてみる。 年代も、社会集団である。20代は、20代という年代で結びつく個人の集団である。未婚集団、Z世代集団も、社会集団である。個人は、このような様々な社会集団に多重に属し、影響を受けて行動している。繰り返すと、社会集団とは、集団メンバー間で相互作用と相互依存がみられる3人以上の集まり」である。20代が集団であるのは、20代というくくりのなかで同質化傾向があり、30代との差異化意識があるからである。これは、年代ごとに違うことでも検証できる(消費社会白書2025)。
つまり、20代というのは、個人の特徴を表現する属性であるとともに、20代という社会的な集団に属している、ということでもある。しかし、このような社会集団は、意識的な繋がりであり、血縁や地縁という直接的な人間関係や利害関係にもとづくものではない。しかし、現代社会では確かな「絆」で結ばれた「社会集団」がある。「ジャニーズファン」は、明らかに、マスコミなどへの圧力集団であり、ライブコンサート会場などで秩序を維持しているのは「ジャニーズファン」という社会集団としかいいようがない強い結びつきがあるのは周知の事実だ。
歴史的には、戦前、そして戦後も、長い間、地域の「村落共同体」が社会集団として人々の行動を制限した。日本の村落共同体は、稲作などの水利をめぐる利害を基礎としている。その社会集団内で、「親愛の情」で結ばれた家族観と「十有五にして学に志す」の儒教的な年代観が個人の役割を規定していた。
それが、明治以降の近代化によって、新しい工場労働、事務仕事や行政官僚のような仕事が生まれ、会社や役所という社会集団が形成される。また、学校制度が普及したことによって、「ところてん」のように、同じ学校教育で押し出された同級生の延長としての年代、時代の影響を受けた世代という社会集団が形成された。さらに、資本の所有関係によって「労働者階級」や収入や資産による「中流階級」という社会集団も生み出した。
このように日本の近代社会は、新しい社会集団を次々と生み出し、個人を析出する一方で、新たな社会集団を形成していった。現代では、ネットで結ばれた、高速で情報共有する社会集団を生み出した。
社会集団の持つ特性
この社会集団は、集団の定義から導き出される三つの集団特性を持っている。
ひとつは、仲間と同じでありたいとする「同質性」、もうひとつは仲間以外には敵対しようとす「消費社会白書」で分析するアメリカ大統領選の接戦予想のはずれる「異質性」である。このふたつがなければ、社会集団とは言えない。
さらに、集団を構成する個人の「反順応性」(Hipster-effect)も関わっている。
反順応性とは、大勢とは異なるトレンドの採用や態度をとることである。
欲望が高度化すると、人々は、生き甲斐、やり甲斐(仕事)や自己アイデンティティ(同一性)を求める。わかりやすい言い方では、「自己実現欲望」が高まる。特に、自分が他人とは異なることを欲望とするアイデンティティは、他者の集まりである大勢とは反対のトレンドや態度をとる傾向が強くなる。これは、「ヒップスター効果」と呼ばれている。
個人は、自己アイデンティティを求めて「反順応性」を持ち、様々な社会集団に属し、その集団はそれぞれ異なる「同質性」と「異質性」を持つ。
この三つの特性が異なる社会集団が三つ以上あると、急激な「雪崩」現象が生まれる。
「敗者連合」の出現による大統領選の雪崩現象のメカニズム
大統領選では、近年の資本主義社会での勝者であるIT系企業や金融関係などの社会集団、製造業などの白人労働者を中心とする社会集団、黒人やアラブ人などのマイノリティ集団という三つの社会集団があるとする。
この三つの集団は、それぞれ異なった集団特性を持っている。人種や職種で結ばれた「白人支配集団」としての同質性、他の集団との差異化志向がある。
具体的には、「白人・労働者」層は、アメリカ的職人的プロ意識で仲間意識が強く、外国企業や移民などに仕事が奪われていると対抗的な差異化意識を持っている。黒人などのマイノリティ層は、強い仲間意識と支配集団への対抗意識を持っている。
この三つの層は、異なる同質性と異質性志向を持ち、また、それぞれが反順応性意識を持っている。
こうしたパラメーターの設定のもとで、トランプ支持がどうなるかを、微分方程式モデルを使ってシミュレーションしてみると、時間の経緯とともに、なだらかな変化しか起きない。
しかし、三つの集団の相互作用が強く働き、反順応性意識を高く設定すると、時間経過とともに、急速な変化、つまり、「雪崩」現象が生まれる。
「相互作用が強く働く」という設定は、人種と職種を越えた「連合」が形成されることを意味する。つまり、「敗者連合」を形成するような社会集団間の相互作用が生じると、極めて短期に、支持率が急上昇するということである。
これは設定を与えた単なるシミュレーションであるが、「敗者連合」のようなSNSで生まれた社会集団と既成マスコミへの強い反発があれば、「雪崩」現象を起こすことを示すものである。
トランプ氏とハリス氏が大接戦というマスコミ世論の収斂を知った有権者は、近年のインフレによる格差拡大への不満が、人種と職種を越えて、SNSを通じて、共有され、それがトランプ投票への「雪崩」現象となって現れたと推測できる。
これは、19世紀フランスで、ナポレオンⅢ世を登場させた社会集団の出現に似ている。フランス階級社会において、貴族地主などの階級、商人や製造業などの資本家階級、労働者階級、農民という階級の対立のなかで、ナポレオンⅢ世を誕生させたのは、これらの階級を横断する「大衆」である、とマルクスは分析している。
21世紀、トランプ大統領を誕生させたのは、SNSなどのネットで生まれた、資本主義の「敗者連合」という「第2の大衆世論」である。ナポレオンⅢ世は、パリを建設し、第1回万国博覧会を開いて、ワインをブランド化し、カルティエ、ルイ・ヴィトンやエルメスなどの「大衆」ブランドを創出する契機をつくった。しかし、最終的には、ドイツの鉄道を利用した電撃戦に敗れて、イギリスで亡くなるという不名誉なフランス人になった。「歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として」。しかし、トランプ氏の場合は、アメリカ人が本気で二度もトランプ氏を選択したのだから、「一度目は喜劇として、二度目は悲劇として」の気がする。どんな悲劇になるかは予想できないが、いかがでしょうか。