雪崩現象
「岩盤保守」、「都知事選の石丸現象」、「元兵庫県知事斎藤元彦現象」、「小泉人気急落」など世に新しい「妖怪」が出現している。この層は、「ヨーロッパ極右」や「トランプ現象」と似て捉えどころがない。そして、妖怪が「世論」として、ネット時代の「群衆行動」、「サイレントマジョリティ」として、21世紀日本を動かしているようだ。
妖怪とは誰のことなのか、ひとつの読みをしてみる。正体は、この10年のグローバル資本主義が生み出した勝者と敗者の分断であり、金銭的だけでなく、精神的な「敗者」ではないか、ということだ。
雪崩現象の不思議さ
雪崩現象の不思議さを概略してみる。
自民党総裁選で高市早苗氏が党員投票で1位になり、日本の都市部でトップとなった。これを不思議に感じた人は多かったようだ。大手マスコミを中心に日本の保守化、右傾化が背景にあるとする見方がある。高市氏が総裁や首相になっても靖国参拝をすると発言し、中国や韓国の近隣諸国の批判を気にしないという姿勢をみせたからのようだ。個人的には、「ひとはひとの言うにまかせよ」と思うが、世論の右傾化とみる向きもある。しかし、党員党友票で不利だった高市氏が、わずか2週間ほどでトップをとったのはなぜか。
逆に、圧倒的な人気を誇っていた小泉進次郎氏が、ほんのわずかな期間で急落した。
同じような現象は、2024年の都知事選でもみられた。当初は有力視されていなかった石丸伸二氏が、当選した小池百合子氏に迫る勢いで、二強といわれた蓮舫氏を獲得票で大きく上回った。さらに、マスコミから集中批判を受けた元兵庫県知事斎藤元彦氏が、SNSで1,000万インプレッション以上を獲得し、多くの支持を獲得しているのはなぜか。
これらに共通する不思議さは、せいぜい万単位の群集心理や行動ではなく、10万人を超える人々の動きであり、しかも、週単位で起こる急速な変化であることだ。規模とスピード、つまり、変化の量と質において他の現象とは異なっている。
不思議な現象の共通項
これらの現象には幾つかの共通項がみられる。この共通項の理解から不思議な現象を解くヒントがある。
ひとつは、これらの現象はマスコミの論調を牽引する世論とは「逆」あるいは「反対」の動きをする、ということだ。
いわゆる大手マスコミのテレビや新聞が形成する世論とは「逆」の世論である。高市氏のマスコミの右傾批判に対し、逆に、日本肯定として正当化する意見、都知事の二強対決世論に対する第三の候補支持、兵庫県の「おねだり知事」批判に対する若者支援などの既成権益否定の政策の支持。このようにマスコミ報道によって形成された大勢的世論とは、真逆の意見である。
このようにマスコミが焦点化する世論とは対立する別の世論が生まれる「世論の二重化」は、戦後の日本では常に確認されている。戦後、日本の世論は、新聞、ラジオ、テレビ、ネットというように媒介が進化することで発達してきた。特に、1,000万部以上を誇った大手新聞社が、政府規制によって系列化し、新聞やテレビのメディアは「マスコミ」と呼ばれ、大衆的世論を形成していく。
こうした体制が、テレビが普及する1970年代までに確立する。
この世論は、大衆の声として喧伝されるとともに、営業上の差別化政策として、経済学的な原理として同質化戦略(最小差別化原理)をとり、すっぱ抜きなどのスピードで競うことになる。同じテーマの同じ情報での「特ダネ」競争である。別テーマで競うのではなく同じテーマで競争する。この方が、日本の市場を拡大しやすいという業界メリットがあった。
結果として同質化した世論に対し、多くの人々が不満と反発を蓄積していくことになる。この不満を糾合したのが、新聞系とは独立した大手出版社系の週刊誌などの雑誌メディアである。新聞テレビで形成される世論を批判する雑誌メディアという図式で、別の大衆的世論が形成される(辻村 明「戦後日本の大衆心理 新聞・世論・ベストセラー」)。
世論が、メディアの寡占化によって同質化し、ひとつの世論に集約されることに対抗するという「世論の二重化」が維持されて、メディアが進化していく。対抗意見の源泉メディアは、雑誌から夕刊紙へ、夕刊紙からSNSへと変貌している。メディアも、テレビからネットへと変貌する。
第二の共通項は、不思議な現象を引き起こしている現場は、既存メディアではなく、SNSなどのネットだということだ。既成のマスコミ世論とは対立する世論が、ネットを通じて形成されている。不思議な現象は、ここに大きなふたつ目の共通項がある。
第三の共通項は、第二の帰結でもあるが、情報共有スピードがマスコミよりも圧倒的に速いことだ。特に、選挙における世論の急変は、驚くべきスピードである。それはネットを通じてリアルタイムで情報を共有し、タイムラグがないためである。その理由はメディア特性にあり、スマホ依存の生活行動にある。
第四の共通項は、政治イシューの共有による価値観の結びつきで集団を形成していることである。集団が現象を生み出す主体である。
雪崩は、個人も介するが、SNSのつぶやきなどを通じたフォロー関係で形成された価値観共有集団によって、集団内、そして集団間へと拡散していく。これも共通にみられることである。
斎藤元彦氏がつぶやくとインプレッションが1,000万を超える。これは、斎藤氏を支持するインフルエンサーが存在し、そのインフルエンサーが多くのフォロワーを持つという「フォロー=フォロワー関係」により幾何級数的にインプレッションを膨らませているからだ。さらに、一部の熱狂的な信者フォロワーが独自にコンテンツを作成し、つぶやき、フォロワーを拡大、拡散させていく。よくいわれる日本の「空気」や「世間」などの「同調圧力」は社会集団現象である。自分が同じ集団に属しているので、「圧力」を感じるのである。誰も「エイリアン集団」には同調圧力を感じない。
しかも、ネットで結ばれた社会集団がもとになっているので、強烈な「模倣効果」や「ネットワーク外部性」が働く。
みんなが同じ(同質)仲間であることを誇示するようにつぶやき、拡大していく。同時に、誰かとは違う(異質)ことを示そうとする。
社会集団とは、「相互依存や相互関係のあるふたり以上の集まり」と定義される。第一次集団は、血縁や土地で結びついた家族や地域である。
ネットの政治的集団は、政治的イシューを共有し、結びつき、価値集団を形成し、仲間であることを示し、仲間「外」を排斥する傾向を示す行動をとる。
不思議現象の共通項は、①マスコミの同調に不満な対立世論、②ネットの現象、③情報共有の速さ、④ネットで結びついた社会集団が引き起こしている、といえる。
岩盤保守の正体
岩盤保守とは、安倍元首相が指摘したといわれる層で、日本の保守層であり、自民党の基盤であるとされる。安倍元首相の選挙での連続勝利は、この岩盤保守を獲得したことにあるとされる。岸田政権が支持を失い、石破政権への不満を高めている層である。
この層は正体が掴めない。この層を実際に測定することは難しい。それは、日本における保守を定義することが困難であるからだ。
保守とは、まずは、生まれ育った地域や国への自然的愛着である。そして、フランス革命などの市民革命に対するイギリスの貴族や知識人の政治的姿勢であり、急速な近代化と民主化に対する反発感情である。イギリスでは、この概念的な定義により、保守は明確である。
しかし、アメリカや日本となると保守の定義は簡単ではない。アメリカは、開国の祖が「革命派」である。従って、フランス革命の賛成派となる。つまり、イギリス保守の抵抗層となる。保守層の定義の困難さは、政治における「敵の敵は味方」という論理にある。各国の政治情勢によって変わることなる。何よりも、ハイエクを持ち出そうが誰を持ち出しても、政治的な理念による定義が難しい。日本も同様である。
軽武装経済優先の政策をとった吉田茂は保守か。「親米保守」という言葉と同様に、現実主義が組み込まれると難しい。戦前の社稷や人倫にもどせ、といっても説得力がない。従って、日本の保守もどこの国でも「観念化」せざるを得ない。
目の前の様々な政治的イシューに対する賛否で捉えるしかない。現在なら「憲法改正」、「夫婦別姓」、「男系天皇制維持」、「移民制限」、「積極財政」などの五つの賛否である。
「岩盤保守層」は40%のマジョリティ
ネットを通じ、現実のテーマで結びついて、価値集団が形成される。生き方や生活の仕方は、共有される価値観をもとに形成される。しかし、政治においては、イシューごとに形成され、野合的に社会集団を形成する。
そのもっとも大きなものが「岩盤保守」である。
現在、日本で「憲法改正」賛成、「夫婦別姓」非推進、「男系天皇制維持」賛成、「移民制限」賛成、「積極財政」賛成に関連する「あたたかな家庭や社会が大事」など、五つの価値意識でこの層を保守スケールで測定してみた。その結果は、以下のとおり。
- 非保守層(リベラルなど) 33%
- 低位保守層(1項目) 27%
- 高位保守層(2項目以上) 40%
なかでも「移民制限」が45%の支持を獲得していることが注目される。
このことから推測できるのは、「高位保守層」が「岩盤保守層」であり、この比率は40%ほどである。この層が、安倍政権を長期に支持した層であり、その後の様々な不思議な現象と深く関わっているようだ。そして、仮説と大きく異なったのは、この層の属性的特徴は、「キレる」老人や中年層ではなく、成長期の10-20代の若年層だということだ。「歴史を知らない」若年層と中高年層がネットで連携し、大きな構成層になっている。
不思議な雪崩現象の起こるメカニズム
ネットで結ばれた、年代を超える社会集団が引き起こしているのが、政治における不思議な雪崩現象である。
この現象は、トレンドが生まれる現象を解いた「ヒップスター効果」をもとに、AIを活用して数式モデルにすることができる。
そのモデルを用いて、雪崩現象が起こるメカニズムを解明する。
仮に、最近の日本では、ある政治イシューの賛成や反対が急速に上昇したり、急落したりする。このモデルを「日本型反大勢モデル」とする。
このモデルは、何らかの集団が存在することを前提にする。ここでは、政治的イシューについての態度が共通のネットを介した集団であり、岩盤保守層(40%)、低位保守層(27%)、非保守層(33%)が、「移民制限」などの政治的イシューで結びついている社会集団である。
この社会集団は、理論上四つの特性を持っている。
①集団内同質性の強さ(模倣効果、ネットワーク外部性)
②集団間異質性の強さ(他集団への差異化意識)
③反順応性効果ヒップスター効果(大勢に反する志向)
④時間的遅延(個人が他者の動向を感知する時間)
そして、社会をどんな集団が構成し、どの程度のサイズか、そして、上記の四つの係数を与えると、支持率にどのような変化が起こるかをシミュレーションできる。
数式モデルとその結果
先の前提の上で、数式モデルを使用して各集団の採用率の変化を記述する。
モデルの主要要素
1)模倣効果 ( ) :
● 各集団のメンバーが他のメンバーを模倣する傾向を示す。この項によって、各集団の採用率がある程度増加することを表している。
2)他集団からの影響 ( ) :
● 集団 のメンバーが他集団の採用状況の影響を受けて採用率を変化させる項。他集団の影響の強さはパラメータ で制御される
3)反順応性効果( ) :
● 他の集団が採用している場合に、集団 が反対の行動を取る傾向を表す。反順応性が強いほど、他の集団とは異なる行動を取りたがることを示す。
3)遅延効果 ( ) :
● 他の集団の影響が遅れて反映されることを示す項。この効果によって、採用率の変化がある程度時間的に遅れて現れることをモデル化している。
このモデルの特徴は、大勢に反発する係数が、ヒップスター効果として入れられていること、そして、集団内では同調効果として、模倣効果が組み入れられていることである。これは、他者が何かを採用すると、自分の採用比率が高まる効果である。そして、3集団が異なる集団特性のパラメータを持っていることも特徴である。岩盤保守層は、ネットで結ばれているので情報共有が速く、既存メディアの2~3倍は短い期間で情報が伝達される。
このように定式化した数式モデルを、パラメータを与えて、シミュレーションした結果が以下である。
この結果、集団特性の異なる三つの層、「反順応性効果」(ヒップスター効果)と模倣効果(ネットワーク外部性)で構成されるある政治的イシューの賛成率は、循環的な波形を描くことがわかる。
特に、人口構成が大きく、集団内同質性が高く、模倣効果が大きく、情報が瞬時に共有される集団では、急速に賛成率が変動する。日本の場合は、これに相当するのが「岩盤保守層」になりそうだ。そして、他の保守集団が遅れて追随し、非保守層はゆっくりと大勢世論に連動する。しかし、大勢世論が形成されると、「反順応性効果」が生まれ、大勢世論への賛成を離脱し、異なる意見を急速に支持するようになる。
このモデルは、現実の政治的イシューが急速に乱高下することをうまく説明できる。しかし、このシミュレーションが示している帰結は、政治的イシューが循環的な波形の変化、つまり、ファッショントレンド化するということだ。仮に、政治的に「岩盤保守層」の支持を獲得するには、常に政治的イシューを提示し続ける必要があるということだ。それは、企業が市場多様化に対して、ブランドのアイテムを次々と導入し、メーカーロイヤリティを獲得するのと同じだ。また、この層が、40%という大勢を占めているので、このような対応が不可欠になっていることも確認できる。
ネットで結びつく群れ
19世紀に、「大衆」が登場した際、オルテガなどの知識人は驚き、反感を覚えた。19世紀のヨーロッパで出現した現象だ。階級を超えた存在として、K.マルクスも「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」で注目している。市民革命後に、新聞メディアや封建的な階級社会で、貴族階級を顧客とするビジネスが、目前の大衆を狙うことなどで創出された。
21世紀の日本では、ネットにより「生活イシュー」が同じ価値観を持った人々が集団化し、同質化行動と異質化行動を生み出している。
さらに、大衆批判として誕生した「反順応性効果(ヒップスター効果)」である。これは、戦後の「世論の二重化」を引き継ぐものである。マスコミを「マスゴミ」と呼び、マスコミ世論を否定する世論である。芸能人のスキャンダルでもマスコミ世論が集団批判に収斂していくとネットでは擁護の世論が生まれる。
このような不思議な現象を起こしているのは、SNSなどのネットの現場であり、ネットで結ばれた集団の集団行動が正体であり、再び「反順応性効果」が拡大しているからである。
最後に、次回衆議院選挙や兵庫県知事選がどうなるのか。候補者とその支持層がどんな政治的イシューを提示し、マスコミがどんな反感と反発を生みだし、政策を受容する岩盤保守層がどんな雪崩現象を起こすかで結果は決まりそうだ。