ネット時代に放送局は生き残れるのか - テレビ業界の構造分析

2025.04.02 代表取締役社長 松田久一

何が企業の収益を決めるのか

 会社は利益を目指す。儲けを追求する。何によって収益は決定されるのか。産業組織論やそれを基礎にしたM.E.ポーター(以下ポーター)が追求した競争戦略論によれば、三つの要因がある。統計的に分析すれば、ひとつは業界の魅力度であり、ふたつ目は会社の基本戦略である(図表1)。そして三つ目は、統計的には「誤差」として検出される「偶然」である。戦争戦略では、「摩擦」(カール・フォン・クラウゼヴィッツ)と呼ばれるものであり、戦争戦略でいえばナポレオンのような「軍事的天才」、経営者の持っている「運」だと個人的には思っている。実際、絶好調だった会社が社長交代で何もしていないのに「転落」することはよくある。「運のない」経営者はいるものだ。これはどうしようもない。

図表1 Conparison of COV resurt (paercent of total variance attributed to various effects)

 さて、この分析の枠組みは、「SCP」という産業組織論の実証が流行った時代の枠組みで、「構造―行動―成果(Structure-Conduct-Performance)」の略称である。産業組織論は、ミクロ経済学とマクロ経済学のいわば「中間」にあるもので、「産業」は、A.マーシャルの持ち出した概念で、経済社会の「企業の森」のようなものだ。一般には、「市場の失敗」である「独占・寡占」を研究し、経済厚生を最大化することを目的とする。実際には、「公正取引」や「独占禁止法」の理論的裏づけとなっているものだ。

 この統計的分析は、収益の分散をどの要因の分散で説明できるかを、時間横断的に分析したものである。しかし、現在ではあまり行われない。その理由は、市場と競争の変化が激しく、統計データに安定性がなく、分析に耐えられない、あるいは、非常に古いデータを使うしかないので、実証に耐えられないという事情がある。

 しかし、この限られたデータではあるが、収益は半分が偶然、残りは業界構造と企業の戦略の結果としての行動ということになる。枠組みは、企業の環境適用として概念構成されている。



どうすれば会社は収益をあげられるか - テレビ放送業界の事例

 この実証分析の結果、会社が他社よりも高い収益をあげるには、魅力ある業界を選ぶこと、そして、その業界のなかで独自の戦略的行動をとることである。後は、消費者の変化、技術イノベーション、産業のライフサイクルに現れる「偶然」を制せよ、ということになる。第3の偶然という不確実性は御せないが、業界の選択と企業行動は選択・決定することができる。

 人知の及ぶ要因は、業界の選択が40%、戦略が60%というところだ。まあ、そういう曖昧性を含むものとして理解しておくことが、社会科学では重要である。

 特に、ここでは最近蔑ろにされてきた「業界分析」の重要性を強調したい。会社が儲かるには、まずは「業界の選択」である。そもそもどの企業も低い収益率しかあげていない業界に参入して、高い収益を自社だけが得ようとするのは難しい。そのなかで、例外を追求しなければならないからだ。

 テレビ放送業界の事例をあげてみる。


【沿革】テレビ放送の免許制

 これまでは、高い収益性を誇っていたテレビ放送業界は、低い成長性と収益性に陥っている。民放各社は、視聴率競争によるコンテンツ開発にしのぎを削っている。

 この業界は、テレビの普及とともに誕生し、占領軍のいた時代に、占領下の放送免許を日テレが取得し、独立後は、NHKをはじめ現在の全国放送権を持つキー(主要)局が免許を取得した。さらに、電波に越えられない壁はないのに、電波には地域の壁があることを前提に、全国には、地方局があり、それぞれの設備を持って放送している。しかし、独自のコンテンツをつくるのはコスト負担が大きいので、キー局の系列として地元企業に営業している。

 テレビ放送業界の設立は、免許付与に始まる。テレビ局の放送する電波は、公共財であり、国民の共有財である。その独占的使用権を与えているのは、自然災害など自然的事件やミサイルが飛来するなどの紛争時に、逃げることなく放送する義務を負っているからだ。従って、単純な「私欲」による放送は認められず、免許制になっている。そして、それを特権的に取得したのが新聞メディア各社である。成長しつつあった雑誌や出版社には交付されていない。テレビ放送業界は、国道と同じ公共財を、寡占的に特権的に使用している業界である。監督官庁は、現在では総務省である。


【供給業者との関係】 設備、制作、タレント事務所などの業者

 放送業界に影響を与えている供給業者は、放送や通信設備などを提供する放送設備機器業者がある。近年では、画質の高度化によって、設備のデジタル化の課題が大きくなり、キー局傘下の地方局の負担が大きくなっている。

 さらに、もっとも重要な供給業者は、制作会社である。コンテンツは、放送局が自前で制作することはない。放送局の従業員がストなどで放送が止まると致命的な事態になるからだ。フジテレビは、一時期、その危機もあったが、コンテンツを外部の制作会社で行うとこういう事態は回避できる。従って、多くのドラマやコンテンツは制作会社で行われる。制作会社は、放送局に対して交渉力を持たない。なぜならコンテンツの発注、検収、放映権、ブランディングもすべてテレビ放送局であり、コンテンツの買い手独占の立場になるので、いわば買い手の「いい値」で受注するしかない。従って、同じ仕事をしても、放送局と制作会社では2倍以上の賃金差があると言われている。アメリカでは、放送局の制作会社への独占的支配権を排除する法律や仕組みがあるが日本にはない。

 そして、視聴率を稼ぐのは「タレント」という、タレント依存のコンテンツを制作しているので、タレントを配する「旧ジャニーズ事務所」などの「芸能事務所」やお笑いタレントを擁する「吉本興業」などが大きな影響力を持っている。タレントを育成するのはテレビ局で、テレビ局は視聴率を獲得するという相互依存関係が成立している。従って、市場原理ではなく、「カシーカリ」などの人格的依存関係によってコンテンツが左右される。

 この三つの主な供給業者との「交渉力」では、設備業者とは通常取引関係、制作会社には強い交渉力を持ち、芸能事務所などは、「持ちつ持たれつの関係」であるが、あまり強い交渉力は持たない。


【買い手との関係】

 テレビ局は、広告枠を、自社の製品サービスを告知したい企業に販売する。これに販売代理店を起用している。電通や博報堂などの広告代理店である。企業にもよるが、独自営業力はあまりなく、ほとんどが代理店依存である。特に、大手のスポンサーは代理店がアカウントを持つ。年間売上の半分は代理店1社に依存し、年間契約を結び、広告枠を優先的に提供している。残りは、スポット広告のように空いた枠にCMを放送する契約であり、大小様々な代理店経由で受注する。キーの人気コンテンツのゴールデンタイムの枠は、ほとんど大手広告代理店が押さえ、スポンサーに優先的に販売していく。人気があるので枠の値段が高くなるということはない。下がることもない。極めて、恣意的に販売されている。

 SNSなどのネットメディアの影響力が拡大し、視聴率が低迷しているので、広告枠の値下げ圧力が強くなっている。これに対して、テレビCMが「リーチコスト」(ひとりの消費者に届くコスト)が低いので優位性がまだ確保できている。しかし、消費者の視聴行動とのミスマッチやコンテンツの魅力が低下することによって、リーチコストの優位性が確保できるとはいえない。

 放送局の買い手は、大手広告代理店であり、中小代理店である。近年では、大手への集中は低下傾向にあるが、価格の交渉力はあまり持たない。コンテンツの視聴率や評判以外に交渉の手段を持たないからである。クライアントが要求する「売れる広告」問題に応えられないからだ。


【新規参入と代替サービスの脅威】

 テレビ放送は、これまで代替的なサービスはなかった。普及の経緯からは、新聞やラジオとの代替関係があったが、いずれも、テレビ放送が、大衆性において優位であった。何より、無料だが、CMを見せられるという機会コストを支払うだけで、コンテンツを楽しめた。しかし、現在では、ネットの普及によって、ケーブルテレビ、NetflixやDisney+などの有料動画配信サービス、無料動画配信、無料ショート動画配信、SNSなどのネットメディアなど代替関係にあるサービスは数多くある。テレビ放送は、インターネットを利用した「新しいメディア」に対し、「オールドメディア」と呼ばれるようになった。

 こうしたメディアの多様化とテレビメディアの信頼感は失われてきている。調査では、信頼感は60%前後を維持しているが、「紅白歌合戦」に象徴される視聴率は漸減している。

 従って、商品サービスの品質の真実性を伝えたい企業にとっては、メディアとしての優先順位は相対的に低くなり、予算措置も減少する傾向にある。従って、強い代替の脅威にさらされている。放送局からみれば、視聴率が低く、信頼感のないコンテンツは、常に代替メディアの脅威にさらされ、低価格化の圧力にさらされている。


【法規制】

 テレビ放送を規制するのは「放送法」などであり、総務省が免許の交付と管理を行う監督官庁となっている。放送局は、国民の共有財を無料で占有する権利を、「不偏中立」の立場での「放送義務」を負うことによって免許交付されている。しかし、実際は、無料の公共財を使って、私益を追求するコンテンツやイベントが行われている。また、価値観が多様化するなかで、明らかに「偏向報道」もある。こうした問題に対し、BPO「放送倫理・番組向上機構」などの第三者機関が存在しているが、あまり有効に働いているとは思えない。「NHK党」は、一定、不満層を吸引するものであり、民放にも不満があることは周知の通りである。様々な規制の強化が求められているが、「放送の権利」の問題もあり、現行法の改正や新法の成立が難しい。放送局にとっては、こうした問題への対応コストが増加し、コンテンツの自主規制で対応せざるを得ない。


【競争関係】

 日本のテレビ放送業界は、主に、五つのキー局がメインプレイヤーになる。放送局は、視聴率競争という激しい競争を繰り広げている。視聴率が広告枠のリーチコストを決め、価格交渉に利用できるからである。この競争では、コンテンツのエンターテインメント性が競争軸となり、実際には、タレントに依存することになる。放送法で義務づける、国民にとっての重要な情報提供の義務は無視され、ニュースでさえ、消費者目線のエンターテインメント性をもたせるためにタレントを起用する事態となる。

 「エロ・グロ・ナンセンス」(菊池寛)が視聴率を稼ぐテーマとならざるを得ない。天下の公道で、号外を無料配布することで独占しているのに、屋台を出して物売りで私欲を肥やす商売をしているようなものだ。これをやればやるほど号外の信頼性は失われ、免許交付制度への不信が高まる。民放の放送局は、免許と視聴率をめぐる競争のなかで、迷走せざるを得なくなっている。ネットメディアとのスポンサーの広告費を巡る競争がさらに競争を複雑にしている。


テレビ放送局の寡占的市場支配力と視聴率競争

 テレビ業界はかつて、高収益な魅力ある業界であった。しかし、ネットメディアの浸透に従って高収益性は低下した。

 現在の主要5社の売上などは図表2のとおり、確認できることは、各社は、放送事業から他の事業への多角化を進めている。各ホールディングの連結売上に占める放送事業比率は、日テレの93%からテレ東の66%まであるが、平均でおよそ70%まで収益拡大の多角化を進めている。日テレは放送事業専業、他社は関連多角化をとっている。5社合計放送事業に占める売上比率(疑似シェア)でみると、トップは、フジが29%、次いで日テレの28%、TBS20%、テレ朝16%、テレ東7%と続く。今回の「中居問題」でフジのシェアダウン、日テレのトップシェア獲得は間違いない。

 収益性は、これまでほどではないにしても、製造業全体の営業利益率4.9%、経常利益率8.7%と比べると、ほぼ同水準である。しかし、情報サービス産業の経常利益率約11%と比べるとやや低い(図表2)。

図表2 

 しかし、免許による寡占性という条件を加味すると、必ずしも高いとは言えない。

 放送業界が、収益性が高いのは、寡占であり、実質的に新規参入がないからである。つまり、売り手が、電通などの大手代理店であっても、人気コンテンツには「レント」があるので、値引き要求はしにくい。

 加えて、コストの大半を占める制作会社に優越的な地位を利用し、費用を削減していることが大きい。

 また、10年前までは、タレント供給の旧ジャニーズ事務所や吉本興業などが視聴率タレントを武器にした交渉力が弱かった。

 さらに、コンテンツの代替サービスであるNetflixなどの動画配信サービスやSNSなどのネットメディアも発展途上で脅威の力が弱かったことがある。

 従って、業界内では、キー局によるお馴染みの「激しい視聴率競争」が行われ、競争が激しい業界のように思われたが、「仁義なき戦い」ではなく、手の内のわかる競争であった。寧ろ、雑誌などの話題づくりを提供し、コンテンツの品質競争に繋がった。同じようなフォーマットで同じように視聴率競争を展開した。いわば、「二面市場」のビジネスモデルであった(図表3)。


図表3 テレビ放送の二面市場ビジネスモデル

【高収益のKFS】

 これまで魅力的であった放送業界は、これからは言うまでもなく、魅力的ではなくなる。業界の魅力を形成する五つの力が不利に作用してくるからだ。

 放送局と制作会社との関係は、必ずしも「公正取引」とは言えない。「公正取引委員会」がさらなる改善命令を出す可能性が高いし、制作会社の独立性を担保するための法律が施行される可能性もある。国際的に競争力のあるコンテンツを制作するには、1コンテンツ当たり数億ではなく、数十億規模の投資を必要とするからである。制作会社の独立性が高まれば、不公正や要求や値引きはできなくなり、コスト高になって収益は低下する。

 タレントや芸人の事務所との関係では、より独立的な関係が求められる。人格的依存関係による不透明な取引やタレントが所属する事務所シェアを算出すると24時間での番組シェアは40%を超える。これは明らかに、テレビ局への供給独占として機能する。これは、業界として、タレントや芸人の供給会社のパワーを低下させるよう取り組まないと、業界全体の収益悪化に繋がり、何よりも、どのチャネルを回しても同じ事務所タレントというようなコンテンツばかりになり、魅力を低下させる。

 このように、供給業者との関係には、法規制の圧力が強まる。国民の共有財産を使って、利益を追求することへの自覚が低い業界である結果である。この力は、何らかの法規制に繋がるか、あるいは、ネットが「コンテスタブル(競争可能)」なメディアへと成長することを促すように思われる。これは、テレビメディアに対する他メディアの代替の脅威が高まることを意味する。


【高収益化への業界革新と戦略オプション】

 国民が知るべき情報の報道を条件に、免許に守られた寡占性、多頻度露出による人気タレント育成と囲い込み、人格依存によるコンテンツの外注が高収益を担保していた。何よりも、中波という「立派な」電波領域の占有的利用権と番組のソフト面と放送のハード面(画質やNTSC方式など)というフォーマットが収益の鍵を握っていた。

 こうした高収益を担保していた力関係の変化によって、業界構造が、低収益化へと繋がっている。しかし、力が反転しても、免許からは逃げられない。簡単には退出できない。いろいろな恩恵を受けているからだ。

 どんな戦略が考えられるかを検討してみる。

 高収益を回復し、さらに、高い収益性を確保し、良質な報道の義務を果たし、価値ある高品質なコンテンツへ投資していく必要がある。「面白くなければテレビではない」(フジテレビ)という企業理念は、明らかに、免許制を無視した一面的なものである。テレビ局ビジネスが社会的に存立を許されるのは、いかに良質な報道とコンテンツの価値を提供するかである。

 さて、ここでは理念的アプローチではなく、事業戦略を考えてみる。企業が、高収益であるのは、業界構造、競争している土俵の魅力であり、その土俵でどんな「相撲」をとるかである。これは冒頭で述べたポーターが、産業組織論、実証分析と競争戦略の事例研究から導き出した、現代経済を貫く「経済原則」である。

 この原則から、企業が高収益であるには業界を変えねばならない。このためには、業界の本質である放送法にある報道の義務を徹底し、代替メディアとの差別性を明確にすることが重要である。

 高収益化のために、エンターテインメントで視聴率を追求し、広告枠の価格を維持する活動は、結果として、放送局の報道義務を蔑ろにし、露出効果(ザイオンス効果)によって形成された、視聴率の取れる人気タレントや人気芸人、人気「女子アナ」を生み出し、人格依存のコンテンツとなり、結果として、制作介入、そして、視聴率とは関係のない法外な出演料となって跳ね返り、収益悪化の要因になる。さらに、どこの放送局でも、同じタレントの同じようなコンテンツが制作され、同質化し、多様化した視聴者には対応できなくなり、視聴率を落とすことになる。

 視聴率を追求し、視聴率を落とすことになるという「悪循環」の業界になってしまっている。この悪循環を断ち切って、視聴者に良質なコンテンツを提供するには、それぞれの業界関与者との関係を改善していく必要がある。

 供給業者との関係では、キー局や地方局のデジタル設備への切り替えが、固定費用としてのしかかる。これを乗り切るのは、地方局の独自営業力の拡大と合併による間接費用の圧縮でコストを捻出するしかない。タレントや芸人の事務所との関係では、タレントや芸人の起用に関し、「カシーカリ関係」や「つきあい」ではなく、より透明な取引関係をつくるしかない。自社のコンテンツに占める事務所のシェアを算出し、ひとつの事務所が40%を超え、買い手独占で優越的地位にならないようにすべきだ。公正取引委員会の方針を確認することも必要だ。さらに、出演料に関しても、一定の業界基準を設定し、結果である視聴率との関係で決める仕組みを制度化すべきだ。

 制作会社に対しては、放送と制作を完全分離するように法整備を進め、コンテンツの買い取り制にする。放送局の制作を法的に制限し、大半を制作会社から購入する仕組みに変える。これにより、放送局の優越的地位を排除し、民間企業である放送局の意図的な「偏向」を是正し、信頼できるコンテンツを制作する。自社制作に関しては、報道に集中し、独自性のある自局らしいコンテンツに限定して、制作会社と競わせる入札などの仕組みをつくる。

 買い手との関係では、大手代理店による買い手独占、その優越的地位による不公平な取引条件を提示されないように制限を設け、年間契約の比率を下げるなどを行う必要がある。

 代替サービスとの関係では、代替関係によるライバル関係から協力関係へと転換すべきである。動画配信サービスへのさらなる動画コンテンツの提供による収益拡大、動画配信サービスで提供される動画を有料化し、放送枠を売る仕組みを生み出すこともアイデアとしてある。このように、ネットメディアをライバルとしてみるのではなく、中波によってデータを配信するプラットフォーマーとして包摂した方が有益である。

 このように、まずは、免許による独占で陥った、低収益をもたらす悪循環の構造を断つには、業界をかたちづくる力の源泉に、業界全体で革新していく必要がある。そのことによって、本来、高収益である寡占を生かした高品質な報道とコンテンツを提供できる業界に進化する。


【新しい寡占プラットフォーマーへ】

 業界を変えるには、視聴者の圧力や政治力が必要になる。しかし、それには時間がかかる。時間をかけていれば、政治が介入し、液晶パネルや半導体の二の舞になる。

 もうひとつの高収益化への戦略を明確にして時代に適応させていくことも必要だ。

 戦略のひとつ目は、業界を逃れて退出するか、事業を多角化するかである。

 通常であれば、業界と市場の魅力がなくなれば、退出すればいい。あるいは、事業の多角化を進めることができる。これは、法規制でスムーズにはできない。放送局には、当然ながら株主規制があって、株主に制限がある。つまり、外資は一定以上の議決権のある所有は許されない。つまり、大きな資本の増強はできない。AIのデータセンターは建設に約1,000億円といわれる。売上が3,000億円の放送事業に最低1,000億円の投資をするには、増資や融資などが必要になる。大きな資本を必要とする多角化は難しい。M&Aも、さらには、提携もそう簡単ではない。テレ東のように、収益の取れる、強みを生かした関連多角化をしていくことである。

 本筋のふたつ目は、業界の競争関係の見方を、競争的協調関係に転換し(図表4)、垂直分離(unbundling)によるプラットフォーマーへの転換することである。


図表4 競争から協調的競争(Competition)への視座転換

 高収益の源泉は、寡占である。電気、水道、ガスの地域独占と同じだ。これは政府による免許制度だからである。従って、いかに寡占を維持しながら、有料無料の動画配信やSNSなどの代替メディアの脅威を回避し、コンテンツ収益を上げていくかが戦略の概要を整理する。

 制作と放送をアンバンドリングする。現在の放送局ビジネスは、放送機能とコンテンツ制作機能のふたつを持つ。これを分離し、制作会社が制作をし、放送局が自社設備とフォーマットで放送する機能に分離する。自社制作機能は、外部制作会社として切り出す。

 このことによって、放送局は、三つの関与者を、放送設備とフォーマットで、多様な視聴者に多様なコンテンツをマッチングし、放送として提供するプラットフォーマーになる(図表5)。比喩的に言えば、放送のAmazonになるということだ。多種多様なコンテンツを、多種多様な視聴者に、放送フォーマットで提供する。

 主に、三つのサイドで構成し、第1には広告主、第2は制作会社(動画配信者)、そして、第3は視聴者である。プラットフォーマーとなった放送局は、制作会社や動画配信者からコンテンツを独自視聴率予測にもとづき購入する。それを最適な時間帯に無料配信する。これまでよりも、圧倒的に多様なコンテンツから最適コンテンツを選ぶことができる。それを視聴者に放送するので、視聴者の満足度は高まり、視聴者も増え、視聴者の多様性も増大する。制作を完全分離することによって、コンテンツ提供数と視聴者数に「ネットワーク外部性」が生まれる。ネットワーク外部性は、制作者間で生まれる(直接的)とともに、視聴者との関係(間接的)にも相乗効果が生まれる(図表5)。


図表5 テレビ放送の多面市場ビジネスモデルへの転換

 一般に、ネットワーク外部性は、消費者には「強制力」として作用する。例えば、好きでもないのに使っている「OS」などである。従って、ロイヤリティが低く、代替には極めて弱い。つまり、弱いブランドになる。こうした経験を踏まえて、放送プラットフォーマーが、二つの視座から強いプラットフォーマーを目指す。ひとつは、放送法で義務づけられたニュースなどの報道に関しては、徹底的に自社取材の上で完全内部化し、時間を十分にとって報道し、信頼を獲得する。もうひとつは、コンテンツを外部購入する際には、コンプライアンス、放送法や公開された企業理念にもとづいて、審査し、ライブでも遅延放送し、品質を確保し、「broadcasting by ZTV」(仮称Z放送局)のようなロゴやサウンドロゴを用いて、ブランディングする。「やるときはやる」放送局ブランドを構築する。

 このプラットフォーム戦略の可能性については、放送法などの細部の検討を要するが、仮説的な方向性を提示する。


【原則 高収益化は業界分析から始める】

 産業(業界)分析を基礎づけたのは、A.マーシャル的な経済学であり、その後の産業組織論である。このなかで、この分析を企業向けに「ひっくり返し」、収益分析としたのが「ポーター」である。ここでの方法論は、ポーターによる。

 ポーターの「競争の戦略」が発表されて44年が経過する。1980-90年代は、世界を席巻する理論となった。現在でも、日本では、経済産業省が「産業クラスター」を各地で展開している。必ずしも成功とは言い難いが、リタ・マグラスのように「ポーターの競争戦略論は古い」などとは言えない。リタは、イノベーションの早い業界では「競争優位」は持続しないと主張し、同主張になる。しかし、競争優位はないのではなく、持続時間が短いとしているだけだ。しかし、やはり、現在のAI業界にも競争優位がある。正面からの業界分析を含む競争戦略批判にはなっていない。

 「古い」と言われるのは、ポーターの戦略論は、多くの市場が多様で高速で変化するものになったので通用しないという批判がひとつ。もうひとつは、ビジネスモデルが、例えば、GoogleやAmazonなどのプラットフォームモデルは扱えない、というもの。この二つの反論は、「高速で多様で変化し、普通のビジネスモデルではない」テレビ放送業界の分析で事足りていると思う。輸入業者に過ぎない日本のアカデミック研究者の批判は論外である。

 ネット時代になり、経済原則はどう変わるのか。この問題に、ミクロ経済学研究者のカール・シャピロなどが取り組み「ネットワーク経済の法則」を著している。その結論は、ネット時代でも、経済原則は変わらない。完全競争するネットでは、情報の価格は限界費用がゼロ(P=MC)になる、というものだった。経営やマーケティングの研究者は、経済学には弱いので、理論も「風俗」のように「古い」と言いたがる悪弊がある。しかし、ポーターの業界分析の理論と競争戦略は、ネットメディアの時代にも、原則として生きている。この原則を利用しなければ、ニュートン力学を知らないでロケットを打ち上げようとするようなものだ。


【参考文献】

  • Porter, M. E. (1985). Competitive Advantage: Creating and Sustaining Superior Performance. Free Press.(土岐 坤訳『競争優位の戦略』ダイヤモンド社)
  • マーシャル, A.(1956)『経済学原理(上・下)』(猪谷善一・訳)岩波書店.
  • クラウゼヴィッツ, C.(1968)『戦争論』(清水多吉・訳)岩波書店.
  • 小田切 宏之. (2001). 『新しい産業組織論』. 有斐閣.
  • Shy, O. (1996). Industrial Organization: Theory and Applications. MIT Press
  • Rochet, J.-C., & Tirole, J. (2003). Platform competition in two-sided markets. Journal of the European Economic Association, 1(4), 990-1029.
  • 松田 久一(2018)『高収益な市場プラットフォーム事業をどう創出するか?
  • シャピロ, C., & バリアン, H.(1999)『情報経済の法則』(小林啓倫・訳)日本経済新聞社.

  • テレビ放送業界の現状については、YouTubeやWebなどで公開されているデータや資料を参照した。特に、視聴率に関しては、会社の公開データを利用した。