本コンテンツは、2015年11月25日に開催された「ネクスト戦略ワークショップ Next Vision 2016」での講演に加筆・修正を加えたものです。
今の時代を、どうとらえるか。マーケティングの本質は、そこにあると思います。ユニクロを運営するファーストリテイリングの柳井正氏は、これから「カジュアルの時代」が来るととらえました。また、アップル創業者、スティーブ・ジョブズ氏は「コンピューターはデジタルハブになる」と定義しました。それぞれの企業が、独自の視点で時代をとらえる必要があります。
今日は、五つの枠組で、話をしたいと思います。「変化する消費者の価値意識」、「デモグラフィックの変化」、「消費支出、収入資産、居住地域の変化」、「消費トレンドや消費意識」、変化に伴って生まれる「機会と脅威」の五つです。
まずは、消費者の価値意識の変化を紹介します。弊社が毎年行っている消費社会白書の調査では、だいたい100項目の価値意識を調べています。それを分析すると、日本人の価値観は、五つで8割を説明することができます。
一番の主流は、「地域密着」の価値観です。百貨店の物産展や、ふるさと納税が人気なのはこういった価値観が影響しているのかもしれません。次いで、「自己実現」です。その他、今の生活レベルから落ちたくないといった「自己上昇」、自分らしさにこだわりたいという「原子個人」、今が楽しければそれでいいなどの「現在享楽」が、その五つの価値観です(図表1)。
この中で、注目すべき現象がふたつあります。ひとつは、大勢を占める「地域密着」と「自己実現」が、低下傾向にあることです。地域を大切にしたいと頭では思っていても、体は東京を向いています。また、高齢化が進み、自己実現の意味合いも変わってきているようです。もうひとつは、格差意識が広がってきていることです。今回の消費社会白書の調査でも、約8割の人が収入や資産の格差が広がっていくと答えています。これらが、サイコグラフィックスの面の特徴です。
一方で、人口減少社会となり、デモグラフィックの面でも変化が起こっています。人口減少で、困るのは民間企業だと思われがちです。しかし、一番困るのは公務員です。300万人の公務員の仕事量は、人間の数で決まるからです。逆に、この人口減少にうまく対応しているのが、セブン-イレブンです。20年前は、10代20代が客層の過半数でしたが、今は40代以上が50%を占めます。企業はターゲットや単価、アイテム数を変えることで、売上を維持できます。
人口減少の原因は、合計特殊出生率(ひとりの女性が一生に産む子供の平均数)が、1.42と低いためです。現在の人口を維持するのに必要な合計特殊出生率は、2.1といわれています。団塊の世代にとって、3人兄弟、4人兄弟は当たり前。断層の世代になって、2人兄弟くらいになり、その後一人っ子が多くなってきました。このように、人口が減少していっているという構造になっています。
単純に考えると、日本の人口は2020年までにだいたい250万人が減少します。政府は特に労働力不足を心配しています。しかしこれは、女性や65歳以上の活用、AI(人工知能)、ロボットなどを利用することで、十分カバーできると考えられます。
またマクロの観点からも、日本経済を立て直さなければなりません。アベノミクスによって、様々な施策が打ち出されていますが、つまりは消費をいかに活性化できるかということにかかっています。日本のGDPを上げるためには、国内消費を刺激して、企業の設備投資を促す必要があります。そうしなければ、1人当たりのGDPも、個人の収入も上がりません。
人口減少のもうひとつの影響が、地方と東京との地域間格差です。地方からは、大企業の工場がどんどん撤退しています。そうなると就業機会が減り、その影響で周りのスーパーなどの小売業、サービス業が閉店していきます。累積的な悪循環が進みます。地方都市の生き残りを考えたとき、水道やガス、電気などを維持するためには30万人という人口がひとつの鍵になると分析しています。
一方、都心部は就業機会を求める人が集まってきます。その結果、人口が増加し、いろんなサービスやお店が増えていくといった累積的な善循環が進みます。都市と地方の格差が広がり、社会移動が起こっていきます。
将来に向かって、日本の人口ピラミッドは逆三角形になっていきます。図を見てもらえれば分かりますが、2035年には85歳以上の女性が突出しています。(図表2)おそらく85歳以上の女性をターゲットにしたビジネスは、急成長するでしょう。アメリカのゼネラル・エレクトリックは高齢化などの問題に注目し、日本を「課題先進国」として開発拠点に位置づけています。いち早く高齢化が進む日本の社会に、興味を示す企業も少なくありません。
合計特殊出生率が低下し、人口減少が進むのはなぜなのか。原因を解明するのは容易ではありません。しかし、ひとつには「ゴーイング・ソロ(Going solo)」という生き方が世界、特に先進国でトレンドになっているというのが原因のひとつです。「パートナーと一緒もいいが、もっと気楽にひとりで生きたい」という考え方です。これは、アメリカなどで注目を集めているトレンドです。
昔なら、10代後半で結婚して、子供をどんどん産んでいくというスタイルが主流でした。しかし、今の女性が大学や大学院を出て働き始めてから、結婚するとなると昔よりも晩婚化が進みます。懐妊可能な期間は限られていますので、必然的にひとりの女性が産む子供の数は減ってしまいます。子供の教育資金も大学まで卒業させるには数千万円かかります。そのほか、少子化の背景には、日本では婚外子を認めないといった風潮や、ゼロ歳児保育に負い目を感じるなどの風潮も関係しています。
世帯別の構成をみてみると、現在の日本は「単独世帯」が最大多数で、32.4%です。(図表3)子供のいない「夫婦のみ」の世帯は、19.8%。両方を合わせると過半数になります。一方で、夫婦と子供という核家族世帯は、27.9%です。最近、業績が思わしくないGMS(総合スーパー)の主なターゲットは、この「夫婦と子供」世帯です。そのターゲットが減少していることが、業績不振の一因です。以上のように、人口減少の帰結としてシングル社会が進んでいくということが予想できます。
また、ライフコース(人が辿る人生の道筋)の変化も著しいです。日本人の平均寿命は男性が80.50才、女性が86.83才となり、人生はより長くなりました。初婚年齢は、男女ともに30才前後です。55才だった定年退職の年齢も、60才や65才になっています。これまで多くの人が通常だと思ってきたライフコースは大きく変化しています。
例えば、成人男性で子供のいる人は4割以下になっています。男性30代の独身社会人で、親元同居は6割以上です。一方、成人女性で子供のいる人の割合は減少しており、女性20代独身社会人の親元同居率は増加しています。このように、一昔前と比べてライフコースは多岐化、延期化されています。
以上は短期的な変化です。長期的な変化を、世代論から見てみたいと思います。消費が好きな世代と嫌いな世代は、だいたい20年おきに交代していくといわれています。新しい世代として、1996年以降に生まれた「21(ニイチ)世代」に注目しました。21世代の中心は、21世紀生まれで、ちょうど価値観が形成される時期に差し掛かっています。この世代にインタビューを行い、消費動向などについて調査しました。その結果、ひとつ上の世代との違いが明らかになりました。
21世代は、学校などでいじめ対策がされており、友達を大事にしようという気持ちがより強いです。これは、誰がいじめられるか分からない、日替わりでいじめるといった上の世代との違いです。また、将来に対して自分次第で変えていけるというポジティブな見通しを持っています。
もうひとつの特徴は、周りとの同調圧力です。上の世代は、周りの人を非常に気にして、同調圧力が強いです。しかし、21世代は、個性を重視し、スペシャリストを志向します。この世代に人気なのが、EXILEです。ボーカルのほかにダンサーがいて、それぞれがスペシャリストとしての役割を果たしています。
上の世代が興味を示さない車にも興味を持っていますが、車を移動手段ではなく、友達を作るために必要なものと考えています。車の価値が転換しており、多くの商品でこのように価値観の変化が起こると予想されます。
次にお話ししたいのは、消費です。まずは図表をみてくだい(図表4)。これは対前年同月比と比較したものです。一番上の消費支出は、4月5月でプラスになりましたが、6月にまたマイナスとなりました。しかし、この数字を増税前の2013年同月と比較してみると、消費支出はマイナスから一向に抜け出せていません(図表5)。消費はシュリンクしたままなのです。
アベノミクスによってだいたい200兆円くらいの資産の含み益が出たといわれます。それが消費に回ると期待されましたが、なかなかそうなっていません。消費増税の負担感が、大きく残っているのです。
弊社の調査によると、消費増税の負担を感じている人は71.2%になります。特に、本来なら消費を活発に行う40代50代が非常に負担を感じています。この年代はちょうど収入がピークを迎えようとしている時期ですが、将来に向かっては収入が下がっていくので、どうしてもより負担を感じてしまいます。また、低収入層も、増税への負担を感じ、消費の足を引っ張っています。
次に消費支出は、何に影響を受けるのかということをお話しします。これは、自分が所属するであろう階層の予想によって変化します。例えば、将来自分が「上」や「中の上」など上の階層に所属すると予想する人は、世帯支出を増やしたい意向をもっています。逆に、下に所属すると予想する人は減らしたいという意向を持つ傾向にあります。収入や景気、またはデモグラフィックなどと比べてみても、将来の所属階層が最も消費支出に影響を及ぼしているといえます。
現在「上」に所属する人のうち、79.4%が将来も「上」に所属すると答えています。また、年代別では、比較的若い層で、将来「中の上」や「上」に所属すると予想する人が多くいます。世帯収入別では、800万円を超えると「中の上」以上に将来所属すると考える人の割合が高くなります。
完全に中流社会の日本では、「上」や「下」の所属層はごくわずかで、残りの大部分は中流です。しかし、その「中」の中身が変わってきています。20代30代で1,000万円以上の収入の人が増えていることなどから、「中の上」の割合が増加しています(図表6)。その結果、「中」のなかで、揺らぎが出てきています。
「中の中」の人は「中の上」に上がりたいが、「中の下」にはなりたくないというように階層意識が強くなっています。そして、階層間で張り合う意識が生まれます。この張り合いをうまく利用することで、効率よくマーケティングを行うことができます。
この張り合いによって、階層ごとの購入意向が変化します。例えば、「中の上以上」の人は、同じ「中の上以上」の人や「中の中」の人が持っているものがほしくなります。「中の中」の人は、「中の上以上」や「中の中」の人が持っているとほしくなりますが、自分より下の「中の下」の人が持っているとほしくなくなります。「中の下」の人は、同じ「中の下」や「中の中」の人が持っているとほしくなりますが、「下」の人が持っているとほしくなくなります。このように、階層間で相互作用が働きます。
張り合いをうまく利用し、マス市場に浸透させるには、どうすべきかということが、われわれマーケターにとっては大きな意味を持ちます。
今回の白書の調査で、「ブランドものの時計や宝飾品」「ハイレゾ対応AV機器」などいくつかの商品について、実際の所有率と予想普及率について調査しました。そうすると実際の所有率よりも、予想した所有率の方が高い結果になりました。特にハイレゾ対応AV機器では、実際には所有率が1.4%ですが、22.9%の人が持っていると予想されています。この予想というのが重要です(図表7)。
「中の上」と「中の中」の所有率の予想差が、階層間の相互作用の強さを表します。「中の中」の人は、自分よりも上の人が持っていると思うとほしくなります。一方で、「中の中」以上の人たちは、「中の中」が持っていると思うと、自分たちもほしくなります。この表では、「ブランドものの靴やバッグ」で、一番相互作用が働いています。
今後マスへ浸透していく可能性がある、つまり全体の6割を占める「中の中」への浸透力を図る指標として、「中の中」と「中の下」の所有率予想の差を見てみます。この差が大きい「ブランドものの時計や宝飾品」は、マスへ浸透する可能性が高いです。10万円を超えるウォークマンやヘッドホンといった「ハイレゾ対応AV機器」も、これから売れるのではないかということができます。国産自動車は「中の中」に向けて復活しつつあると見て取ることができます。また、「スマートウォッチ」はニッチ市場になっているといえます。そのため、ニッチ市場での普及の仕方を考えていく必要があります。
これまで述べてきたように、様々な変化が出ているマーケットでは、新たな脅威と機会が生まれています。脅威としては今までファミリーをターゲットとしていた消費市場が縮小していくことです。例えば、ブライダルや学習机市場のようなライフステージ変更商品の市場も小さくなっていくでしょう。また、人口移動に伴って地方市場で縮小や衰退が予想されます。その結果、業態革新やチャネル構造の変化が起こります。
ターゲットとするセグメントも複雑となり、ずれが生じる可能性があります。階層間で相互作用が働き、必ずしも全体に浸透しない恐れもあります。
一方で、人口減少の問題は脅威でもありますが、機会ととらえることもできます。コンビニがうまく対応しているように、シングル向けの商品市場の可能性も大きいです。
加えて、高齢者の割合が増えることで、シニア層の問題解決市場も拡大します。また、東京など都市部に人口が移動することによって、地方発の商品の希少性が増し、地方ということが売りになっていくと思います。マスを狙うためには階層意識を利用して、波及効果で市場への浸透を目指すことができます。人口減少の問題は、生産性の上昇と世代交代による消費拡大を目指すことで乗り越えていけるのではないでしょうか。
以上で、私からの提案を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。