眼のつけどころ

ChatGPTと時代がもたらすマーケティング革命

2023.04.12 代表取締役社長 松田久一

図表

01

21世紀初頭のマーケティング革命

 2023年はマーケティング革命の時代になる。これまでのマーケティングの枠組みが大きく変わるからだ。

  • 消費者は中流意識で同質という神話
  • 消費者はデフレマインドという神話
  • 消費者はネット検索依存という神話

 この背景には、米中対立によるグローバル一元経済の分断、日銀の異次元の金融緩和からの離脱とコストプッシュ値上げ、そして、ChatGPTなどのAIの浸透が背景にある。

 そして、これらの三つの枠組みが形成していた価格政策、ブランドマーケティングとプロモーションが大きく変わることを意味する。多くの企業のマーケティング政策は、値上げをしない販売価格を維持政策、P&Gや花王などのブランドを基軸にブランドエクステンションによって消費者のロイヤリティをあげていく政策、そして、消費者のスマホ・ネット依存の高まりに対応したGAFA対応とネットメディアへの比重の増加などをレガシーとしてきた。このマーケティングパラダイムが崩壊することは明らかだ。

 さて、どうするか。根本的なマーケティングの組立てを変えなければなれらない。それが答えだ。提案したいことは、この30年支配してきた「高圧的マーケティング」を脱却し、新たな「消費者志向の等価マーケティング」を確立することだ。

02

ChatGPTの衝撃

 マーケティング革命の予兆はChatGPTの衝撃にある。まず、この対話型AIについて整理してみる。

03

ChatGPTの経済インパクト-生産性上昇、失業と所得格差

 試してビックリ、凄いことになったというのが正直なところだ。この対話型AIの衝撃は、日本と世界をTikTokなどの人気アプリを5倍以上回るスピードで浸透し、23年3月に公表された新世代のGPT-4を契機に、さらに浸透が加速している。「スピード違反」で驚き、「取り締まり」を強化する企業や国もあるぐらいだ。逆に、日本の経営者の反応は極めて薄い。

 経済では、知的労働層の仕事の生産性を向上させ、潜在成長力を高めることに寄与するだろう。しかし、GDP成長率を底上げするまでになるのは数年を要する。P.クルーグマンは、凄い技術だが、IT化、DX化が現在でも生産性に寄与していないように、10年以上の時間を要するのではないか、とみている。

 これは経済成長の制約条件となっている少子高齢化による労働力不足を補ってあまりある機会となる。3人で働いていた仕事が1人で済み、残りの2人はAIでは代替できない、年収の高い問題発見の仕事や、AIの能力を引き出す「プロンプトエンジニア」、そして、AIの手足となる低収入のブルーワーカーに転職することになる。

 つまり、この仕事では生産性は3倍以上になり、2人の余剰労働力を創出することになる。結果として、収入格差が拡大することは明らかだ。

 マクロ経済として見れば、人口減少下の日本の潜在成長力を5%ほど上昇させる可能性を持つ。逆に、労働力人口の多い国は、失業者の増加に繋がる可能性を持つ。

 産業別には、情報を生産する知的労働比率の高い産業の仕事を代替する効果と生産性を上げる効果として作用する。弁護士、行政やプログラマーなどの利用する情報が限定され、訴状などの知的成果物が明確な仕事は代替され、逆に、テーマや案件を創出する弁護士、行政マンやシステムエンジニアの仕事がより重要になる。極論すれば、行政府の長である総理大臣はAIにとって代わられ、関係者の利害調整の必要な政治家は残る。

 日本では、労働力人口のおよそ30%を占める小売サービス産業や各産業の販売営業部門が、対話型AIをどう取り込むかが大きい。恐らく大勢は、接客や応対などにAIを導入し、AIに代替され、対人交渉や折衝は高度対人サービス人材が対応する方向になる。

 対話型AIの導入は、日本の経済成長に生産性の上昇を通じて貢献し、小売サービス産業、特に、情報サービス業の産業構造を大きく変える可能性を持つ。

 社会は、課題などの情報の切り口、一次情報の生産、情報のインプット、加工、情報アウトプットの5プロセスでみるならば、AIは加工、情報アウトプットプロセスでは、代替できたり、生産性をあげたりすることができる。代替できないのは、課題発見などの情報の切り口、一次情報の生産である。コンテンツならば、テーマ設定、取材情報は自分で行い、情報のインプット、編集加工、コンテンツとしてのアウトプットはAIで代行できる。結局、AIの浸透で、生産性を飛躍的に拡大する人、一次情報を生産する人は残り、他は代替されてしまう。

 そして、どの産業でも、どの仕事でも、生産性の鍵を握るのは、「プロンプトエンジニア」と呼ばれる新しい仕事である。ChatGPTは、「質問枠」(プロンプト)にどんな言葉で質問するかで、引きだせる結果がまったく異なる。従って、ChatGPTのコア技術を知り、情報源とするあらゆる情報をくまなく知っている全人格的人材がよりよい結果を引き出せる、ということになる。皮肉なことに、AIと相性がいいのは、理系スペシャリストではなく人文系ゼネラリストである可能性が高い。

04

価値意識の流動への対応―異質市場への認識の転換

 このChatGPTの衝撃を含めマーケティング革命は起こっている。その基軸としてAIの要点は三つある。

 マーケティングが対象とするのは、消費者ではなく生活者だ。生活者の意識で起こっているもっとも大きな価値意識は「階層格差」だ。現在も、未来も、日本は階層社会になり、「上中下」の「新身分社会」になるということだ。世代交代がこの意識に拍車をかけている。

 兼業農家の田舎から進学のための都会に出て、卒業して、都会のサラーリーマンになり、車を買って、結婚して、マンションを購入し、子供をもうけて、より広い戸建てなどに住み替える、という日本の中流サラリーマンドリームは消えた。これを支えていた、年功序列、終身雇用、従業員本位の「日本的経営」が崩壊し、製造業からの産業高度化に対応できなかったからだ。

 日本のマーケティングは、徹底した平等主義だ。お客さまに差をつけるなど考えられないという企業が多い。従って、顧客をセグメントし、ターゲティングするという発想は微塵もない。実際、一見のお客さまと20年愛用固定しているお客さまは同じだ。

 階層化でメインストリームの価値意識が崩壊し、流動化するなかで、生活者を見つめ直し、消費者としてセグメントし、ターゲティングすることだ。市場は同質ではなく、異質とみなさなければならい。ブランド、価格ラインは、中を抜いて、上下対応しなければならなくなる。

05

値上げが迫るショック死を超えるブランド力

 製品には寿命があるがブランドには寿命がない、とアメリカのマーケティンググルは言っていたが、誰かは思い出せない。見本企業のP&Gや花王もそう考えている。

 その通りだが、日本の著名なブランドは、市場導入から30年を超え、60年を超えて還暦を迎えている。基幹ユーザーも、基幹ニーズも変わっている。導入時の基幹ユーザーは、30歳、60歳以上も年をとっている。ブランドの本質は認知資産であり、その実態は消費者の認識だ。ブランドを再定義するリマスターブランディングをしなければ、ただの割高商品になるだけだ。そこに値上げ圧力がかかっている。うまく対応しなければショック死である。1円でも値上げすれば30%が不満を持ち、同じだけ購入数量が減少し、10%がブランドスイッチする。プロスペクト理論による予測である。

 リマスターで成功している見本は、管見ながらまだない。見本企業も成功には至っていない。ただひたすら技術革新による商品改良を繰り返す取り組みしかない。基幹ユーザーとニーズをどうするかの策は薄い。従って、衰退を遅くする政策しかとれていない。

 成長が止まった成熟ブランドを再成長させるには、脱成熟ブランド戦略をとり、リマスターをして、認知資産を活用したブランドエクステンションをし、どんなグローバルブランドを目指すのかのブランドビジョンを、見本例なしに創造することが必要になっている。

 その上で、値上げ策を練るべきだ。新しい価格ラインをどうすべきか、どれぐらい値上げすべきか。行動経済学的分析を踏まえたソリューションを出すことが大事だ。これは、アメリカの従来のブランド政策のフレームでは済まない。新たな行動経済学的視点から再構成されるべきだ。

図表1.値上げ下のブランド課題と基本対策
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図表2.値上げの受容度-価値関数の推計
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06

ChatGPTが変える消費者行動とマーケティングの統合利益

 ChatGPTが与える影響を、マーケティングに焦点をあてるとどうなるのだろうか。それは、消費者行動への影響と消費者との情報接点がどう変わるかによる。そして結果として、企業のマーケティング活動が変わる。

 消費者行動への影響でもっとも大きなことは、「知りたい」という単純検索ニーズが減少することだ。単純な検索ニーズの減少の影響は、食品などの店内決定率の高い商品と、エレクトロニクス商品などの買い回り品のような事前ブランド決定率の高い商品で差がでる。

 事前決定では、検索から対話への転換が起こる。

 検索と対話AIとの違いは、「人気ランキングを教えて」という知りたい検索から「こういう機能が欲しくて予算はこれぐらいの商品は?」といように「条件提示により絞り込み」対話で商品を推奨させることに変わることだ。「みんなが選ぶから選ぶ」というネッワーク外向性の効果を低減させることになりそうだ。恐らく、優れた消費者が商品サービス選びのための「プロンプト」を開発し、公開し、共有されることになるだろう。

 店内決定では、気分などの感情を刺激する価格情報、新しい商品発見や使い方など店内プロモーションが商品ブランド決定に影響を与える。店頭施策が感情に刺激を与え、想起購買や関連購買などに繋がる購買になりそうだ。

 つまり、ChatGPTは、ブランド商品選択の検索離れを生み、選択支援サービスに変える。店内では、合理的情報よりも感情による選択が比重を増すことが予想される。ここでは、AIが得意な合理的な情報的説得ではなく、感情的説得が大きな影響を与える。消費者が知り得ない品質を店頭で伝える「シグナリング」などのマーケティングスキルが必要になる。

 このように、消費者行動が変化すると、消費者と商品の接点は大きく変わり、広告メディアは変化する。

 まず、検索サービスの利用率が減り、検索での接触率は低下する。インフルエンサーの影響力も低下し、AIから「お得な情報」を引き出す「プロンプトエンジニア」が登場するだろう。つまり、ネットメディアは広告メディアとしては価値を減少させ、AIの出力画面の広告メディア開拓が進みそうである。

 このような消費者変化を踏まえると、企業のマーケティング活動も大きく変化せざるを得ない。

 ひとつ目に、SEO対策を基軸とするWebマーケティングやデジタルマーケティングは、AIを活用して効率化されていく。ふたつ目は、顧客とのリアル接点での対話型AIを活用したツールの開発である。三つ目は、マーケティングの統合である。メインとなる店頭づくりなどのリアルな営業活動、サブチャネルとなるWebなどのネット販売の接点、認知と関心を高めるマスメディアやネットメディアへの広告出稿などの統合である。つまり、統合や全体管理メリットが増大し、コスト削減や価値増加に寄与できる機会が増える。

 この三つのマーケティング活動の背景には、消費者ニーズの発生、情報探索、比較検討、事前決定、購入場所選択、店内接点内行動、関連購買、ブランドとストアロイヤリティなどの一連の購買行動のプロセスがある。このプロセスでもっとも有効な接点を持ち、ライバルに購買で競り勝ち、いかにロイヤリティを形成するかを統合的に展開することが必要になる。

 多くの企業は、場当たり的対応で、個々の活動が重複し、乖離し、統合できていない。これを発見し、隙のないように重ね合わせることで利益が生まれる。

07

GAFAMによる独占時代の終焉

 Google社の株価が低迷している。ITバブルの反動でリストラも始まっている。加えて、10兆円の市場が激減するかもしれない、ということが背景にありそうだ。巨人Googleは倒れるのか。

 OpenAI社のChatGPTのビジネスモデルは、無料サービスを基本とする会員ビジネスモデルである。また、APIサービスとして多くの企業に開放されている。

 検索サービス市場で、Google社は、消費者に無料検索サービスを提供し、消費者から「無料」で履歴情報を取得し、それに基づいて、企業に広告を売るという二面型のプラットフォームをとってきた。そして、世界を変えたと言ってもよい。

 しかし、問題も多い。無料検索サービスを利用できる代わりに、Googleは「無料」で履歴情報を使うということはあまり告知されていない。アメリカでは、これは「等価交換」ではないという訴訟もある。また、このモデルは、消費者間や企業間で、また、消費者と企業間で、直接及び間接ネットワーク外部性が生まれ、寡占化独占化する。これは独占価格を生むことになり、消費者の選択の自由を制限することになる。

 Google社も2024年に対話型AIへの参入が予想されているが、OpenAI社のChatGPT が2ヶ月で1億人のユーザーを獲得しているスピードで、1年後に追いつけるかは不透明である。しかも、広告モデルは使えない。わざわざ広告掲示のスペースのある出力画面を選ぶ消費者は少ないだろう。

 ChatGPTなどの対話型AIは、Googleの独占を破るかもしれない。そして、次に来るのは投資者であるMicrosoft社かもしれない。しかし、可能性は低い。検索サービスを代替する対話型AI市場は、品質競争になるからだ。そして、対話型AI市場は様々な市場を飲み込む可能性を持つ。

 Amazon社が君臨する電子商取引市場、メタ社が君臨するSNS市場、Apple社が支配する音楽サービス市場、そして、動画配信を支配するNetflix社。いわゆるGAFAMと呼ばれる世界企業が高収益をあげているのは、製品品質サービスの競争ではなく、ネットワーク外部性で優位に立ち、寡占化独占しているからである。対話型AI市場が、これらの市場の上位に立つならば、恐らく独占市場は崩壊する。

08

マーケティング革命のもたらすもの

 1990年代から思い起こせば、バブルで世界の頂点にたった日本は、制度疲労でいろいろなものが壊れた。もっとも壊れたものは経済制度だ。市場の仕組み、長期取引を基軸とする流通、すり合わせを強みとする多品種少量生産システム、平等的な所得分配が次々と壊れた。日本経済を支えていた二本柱のエレクトロニクス産業が敗れ、自動車産業がEV化や自動運転システム化で危機に瀕している。強い日本を象徴した「日本的経営」は遠い昔の話になった。そして、最後のダメ押しが円安による一人当りGDPの先進国最低ポジション、そして「安売り大国」日本である。「衰退期の日本」という認識が広まっている。

 この状況で、ChatGPTという対話型AIの普及が、日本と日本企業に大きな変革の機会を与えている。それは同時にマーケティング革命をもたらすものである。

 1950年代に志向されはじめた「消費者志向のマーケティング」が、1980年代、日本で定着した。世界で一番口うるさい日本市場で育った消費財メーカーは世界では無敵だった。

 その後、競争戦略ブーム、情報技術革新、ネット革命を経て、GAFAMがビジネスモデルとして賞賛された。5社の株式時価総額は、約600兆円の日本経済のGDPと匹敵する。彼らの展開したマーケティングは、供給者サイドの1920年代の「高圧的マーケティング」そのものだった。大量生産方式で大量に商品を生産できるように、はけ口を求めるマーケティングである。消費者志向のマーケティングとは、消費者に価値を提供し、対価を得るという「等価原理」に立つものである。消費者は神様ではない。しかし、すべてのコストの負担者は消費者であり、他にはいない。従って、アダム・スミスが指摘したように、「生産の目的は消費」だ。マーケティング革命は、消費者志向を理念とするマーケティングの再確立だ。