01
需要の蒸発をどう読むか-需要の変質
新型コロナウイルス感染症が、需要と市場を大きく変えた。
ここでは、急速な需要変化に対応して、終息が予測される来年までどう生き残っていくかを考える。経済活動は生き物であって、機械ではない。一度、止めると元に戻らない。経済活動を持続させるのが、顧客満足を追求しマーケティング活動を担ってきたプロの使命だ(下図参照)。
02
コロナ問題の市場へのふたつの影響-消費性向と需要の変質
コロナ問題は、消費者にふたつの影響を与える。
ひとつは、消費性向を低下させる。対象が漠然とし、将来の不確実性が高い場合に、自我の無力感から不安を抱く。ウイルス感染という脅威は具体的であるが、無力感を感じることにより恐怖が生じる。この恐怖感情によって、人々のリスク感覚がどう変わるのか。感染拡大による収入減少リスクがメジャーな問題になれば、消費性向は下がり、将来に備えての貯蓄性向は上がり、消費市場のパイは小さくなる。
もうひとつは、自粛行動による消費行動の変化である。この行動の変化が、需要を変質させる。需要が「姿態変換」してしまう。
政府や地方自治体の移動の自粛要請によって、消費者はこれまでの行動を変えた。自粛に伴う消費者行動変容が、外食レストランなどの需要を「蒸発」させ、他方で、宅配業者を利用したデリバリーサービスが増えた。
需要とは、消費者の問題やニーズをもとにしているので、需要が蒸発・消滅することはない。もともとあった需要が、何かに変質した。外のレストランで食事を楽しみたいという欲望が、移動自粛によって、宅内で好みのレストランのデリバリーサービスの利用へと変質したのだ。通勤での片道1時間の移動サービスの利用は、1時間のテレビ視聴などに変わった。
企業や売り手、マーケターにとっては、消費の縮小と需要の変質にどう対応するかが、2020年の最大の市場対応課題だ。
03
コロナ問題の自社へのふたつの影響-労働力とグローバル調達活動
コロナは需要サイドに影響を与えるだけではない。供給サイドである企業にも、影響を与える。影響はやはりふたつだ。
ひとつは、感染者が増えることによって労働力を確保できない。そして、たとえ、確保できても、販売や工場などの拠点に労働力を集中できないことである。その結果、店頭での接客活動、小売店への営業活動、そして、社内での支援活動ができない。
もうひとつは、原料仕入れ企業から原料などを円滑に調達できない。または、協力企業の支援活動が受けられない。
自動車やエレキなどの数万点に及ぶ部品点数は、巨大なピラミッド型のサプライチェーンを形成している。そして、各国の隔離政策によって、物と人の移動が寸断され、グローバルな調達ができない。従って、生産や供給できない。これはグローバルな価値活動の連鎖が、断たれることを意味する。例えば、スマホなどでは基幹部品は2~3社に分散されている。しかし、今回はすべてが寸断された。
04
影響の予測と時間の目算
需要と供給のふたつのサイドへの想定外の致命的ショックが重なったのが、コロナ危機だ。景気の循環的な不況ではない。経営は一発食らえば終わりのボクシングにたとえられるが、まさに、今回の危機は強打をあびたようなものだ。
経営危機を乗り越える上で大切なのは残り時間だ。タイムスケールだ。
コロナ危機は、1年内のスケールで考えるべきだ。
今後の状況は、コロナ感染症がどう流行していくかにかかっている。しかし、予測は難しい。現実と擦り合わせたり、現実から帰納したりする方法論は、感染症研究の世界ではそもそもないようだ。
現在(4月14日)、およそ8,000人の感染者は、流行が進めば、83,200~135、000人が感染し、1,600~2,700人の死亡者が出ると予測される(出所「新型コロナウイルス感染症の流行シナリオ」新型コロナウイルス感染症対策専門会議(第5回)資料)。急激な増加がみられれば7~8月頃にピークに達し、感染者が少なければ今年の後半に先延ばしされる。終息は、回復した免疫獲得者、感染者から隔離された人口と開発される予定のワクチン接種者の合計が人口の60%を越え、感染者が増えない集団免疫が生まれる時期だ。その時期は、ワクチン開発と生産供給に依存するが、恐らく、2021年中だと思われる(図表1)。
この間に、政府や自治体の要請による自粛、消費者の移動自粛などの行動変容や社会的接触の減少、そして、コロナへの「集団的恐怖」が消費を支配することになる。
とりあえずは、1年で危機を乗り越えねばならない。時間のスケールで考えると、宣言が終わる5月で元に戻る、あるいは、1年後には戻るという幻想を捨てることが大事だ。行動は一度変わると、「慣性の法則」が働き、なかなか元には戻らない。「学習」してしまうからだ。
目標は、今年を生き残り、1年で3年以上の生き残りの目処をつけることだ。
05
コロナ経営危機-経営存続の危機は資金繰りから
コロナ危機は、需要サイドと自社供給サイドのふたつの面から企業に経営危機をもたらす。
具体的には、資金繰り難として現れる。
中小企業の平均的な経営指標をみると、毎月の売上がゼロの場合、自社ストックだけで資金繰りができるのはおよそ3ヶ月である。これはまだ余裕のある方で、「つなぎ融資」で継続していた事業や会社は、余裕がないので存立できない。
事業継続の見極めが大事だ。つなぎ融資で凌ぎ、事業理念や目標を達成できる戦略や目処が立てば存続すべきだが、無理なら延命の必要はない。他方で、事業戦略が立案できるなら、政府、自治体や金融機関の支援を得て、融資を確保し、2021年の春までの事業継続を可能にし、返済できる金額を借り入れる必要がある。
コロナ危機を生き残る最初の条件は、策が見つかり、結果が出るまでに必要な資金の確保である。これは、生き残りの必要条件になる。
06
コロナ経営危機-需要蒸発と供給停止の危機
資金繰りの目処が立てば、需要蒸発と供給停止への対応である。
ここでは、問題を経営マーケティングに絞るために、自社の供給サイドの生産能力やサービス提供能力は、短期的には、仕入れ先の変更などで確保できるとする。
危機を乗り切る基本的な考え方は、「選択と集中」ではなく、「集中と布石」である。一般的には、市場をセグメントし、魅力的な特定セグメントを選択し、特定のセグメントに限られた資源を集中する。魅力的ではないセグメントから人・物・金を引き剥がし、成長する魅力的な分野に集中して、収益性を確保することが進められる。
コロナ危機はもっと深刻だ。撤退、あるいは捨てるセグメントを明確にし、浮いた資源を、成長するセグメントに再配置する。潰してから、収益が上がる領域と未来への布石に投資する。それが、「集中と布石」である。
基本的な考え方は、顧客基盤と自社の強みに集中することである。
事例として、身近な飲食やレストランの外食需要で考えてみる。
外食は自粛要請や消費者の移動自粛によって、客数はふだんの90%以上激減している。店を開いても採算はとれない。需要が突如蒸発してしまったように見える。しかし、需要は、消費者の問題や不満を解消するものなので、消えてはいない。飲食店やレストランで食事をする別の手段が、選ばれているだけだ。宅配デリバリーになったり、内食になったり、様々な手段になっている。
07
提供している価値を知り、強みを知る-何屋か?をはっきりさせる
この需要を生んでいる消費者の問題とニーズを捉えることが、需要の変質への対応の一歩だ。それは、自社の提供していた商品サービスの強みを確認することである。
固定客にうかがおう。「疲れた時に、あの店で、ビールを飲んで、辛い担々麺を食べて気合いを入れたい」などの固定客の発言を集めて、「価値」を見つけよう。発言の読み取りには、工夫が必要だが、難しいことではない。顧客の内面を理解し、生きがいにつながる言葉を探せばいい。資金の余裕があるなら、精神分析的な解釈のできる「プロ」に外注してもできる。洗濯することは、「明日への希望」であり、ビールは「ヤリ甲斐の共有」という価値を持っている、というように解釈していく(図表2)。そうすると商品サービスの繋がりや顧客により密着できる。
対応策を検討していく手順は以下のとおりだ。
- 価値を代替できる対応アイデアをできるだけたくさん抽出する
- 対応策で得られるベネフィットとコストを計算する
- 対応策の優先順位をつけ決定する
明確にすべきは、
- 顧客をどうセグメントするか
- 価値をどう拡大するか
である(図表3)。
この作業は、これまでの顧客基盤を踏まえて、これからの事業ドメイン(定義)をどう考えていくかを考え直すということだ。
08
これまでの売れる仕組みを見直し、需要変化にシフトさせる
顧客に満足して頂いて、対価を得るのが売りの仕組みだ。マーケティングだ。
売れる商品は、単に「品質がよい」などひとつの理由では説明できない。うまい「売りの仕組み」がある。当社では、「売りの仕組みとは、販売の関与者間のコミュニケーションの完結」と考えている。
つまり、こういうことだ。メーカーを主体に考えてみる。
メーカーは、マスメディアなどを通じて、情報的広告や説得的広告により、ブランドの認知を高め、消費者にから購入意欲を引き出す。メーカーは、営業活動によって、店頭の配荷率を最大化し、取扱小売店に対し、営業活動をする。さらに、仕入れ促進の提案や宣伝と連動した店頭プロモーションを通じて、リテールサポートを行う。店頭では、消費者への説得によって、販売に繋げる。また、消費者に影響力を持つオピニオンリーダー向けに、開発や技術情報などの説得を行い、よい口コミが生まれるようにする。
このように捉えると、どのコミュニケーションユニットも販売の完結には不可欠であり、販売の関与者間のコミュニケーションを完結することが売りにつながる。どの会社も、このような売りの仕組みを持っている。
売り手サイドの自粛は、小売店への営業活動、店頭での集客ができないことになる。店頭でのマネキンなどの人的な販促ができない。店頭での接客ができない。小売店への仕入れ促進や店頭プロモーションの提案活動ができなくなった。これらの活動の自粛の本質は、顧客説得のためのコミュニケーション、つまり、対話が成立しなくなったということだ。
日本の企業、特に、メーカーの販売の特徴は、欧米企業に比べて、製造-卸-小売などの垂直分業が曖昧であること、そして、主に、顧客や小売店との関係維持のために数多くの営業マンを抱えていることだ。これは銀行や証券も同じだ。
リアル店舗主導の接触による売りの仕組みから、ネット主導への転換を進めねばならない。ネットで利用できるツールは無数にある。テレビ会議でも、ほとんどが無料で高度な利用ができる。他社には真似のできない売れる仕組みの再構築を急ぐべきだ(図表4)。
09
店頭・営業活動のリストラか、地域プラットフォーマーになるか
売れる仕組みを、急激な需要変化に合わせて対応するには、答えはふたつしかない。
ひとつは、店頭プロモーションなどのリテールサポートの必要な小売の取引先との関係をリストラすることである。営業マンの削減だ。
トイレタリーなどの最寄り品などは、配荷率がシェアを決めるが、小売の変化を踏まえると判断の時期かもしれない。P&Gは小売店へのルートセールス活動や値段交渉はない、と言われている。エレキなど買い回り品、化粧品などの専門品は業態の見極めが大事だ。かつての「系列店」は、数も売上比重も低下している。
身近なレストランの話に戻す。
固定客やネットなどでの評判を通じて、来店して頂き、確かな美味しさの料理とサービスを提供し、ファンを増やし、テレビなどでも紹介されるという仕組みを構築していたとする。
この売りの仕組みが壊れた。移動と接触の制限は、来店を不可能にし、接客サービスを提供できなくしている。
どうすればいいのか。どのように販売の仕組みを構築すればいいのか。
売り手が、顧客に提供しているのは、「価値」であり、それに対価を支払っている、と考えるのが「価値提供モデル」だ。その価値は、様々なレベル(水準)を持っている。
物的な属性のレベル、メニューなどの情報コンテンツレベル、サービスレベル、システムレベルなどの提供次元がある。顧客は、単に、物的な製品を購入していると思いがちだが、インタビューなどで購入動機をプルービング[1]すると、最終的な価値が言葉で表現される。自社の顧客の強みを考えるのは、価値次元で捉えた方がいい。
移動や接触の制限は、顧客との接点を減少させるので、すべての次元で顧客との接点を拡大し、ネット接点を主にして接点量を増やすのが基本だ。
- 固定客への挨拶などで関係を維持する
- Webへの訪問促進で関係を継続する
- ホームでの楽しみ方などコンテンツを増やす
- 補完関係にあるレストランや店舗と連携する
- 外部や自社デリバリーサービスに対応する
- デリバリー用メニューを開発多角化する
立地が限定されるレストランなどでは、価値をベースにした「地域プラットフォーマー」になることがソリューションだ。
「地域プラットフォーマー」とは、提供価値を補完したり、関連したりする様々な商品を提供する地域企業と、価値の提供を期待する地域の消費者を決済処理などのトランザクション機能などで結ぶ会社のことである。例えれば、地域で限定流通する決済カードの運用会社のようなものだ。
10
学習による長期行動変化と垂直統合への布石
移動や接触の制限は、少なくとも1年は継続される。60%以上の日本人が新型コロナに対し免疫抗体を持たない限りは、繰り返される。これは行動心理学からみれば学習である。恐らく、何らかの感染症が社会的な主題となると、今後も、自粛行動は継続されると思われる。人との社会的な接触や宅内行動の増加による「ウチ」消費は、長期トレンドになりそうだ。
ここで重要なことは、生き残りを最低条件にして短期対応を何よりも優先する一方で、消費者行動の長期変化への布石で攻勢をかける機会を狙うことだ。短期の自転車操業では、持続的な競争優位にはつながらない。
その流れをどう読むか。
長期の構造変動とみるべきは、先にふれた宅内行動の増加による「ウチ消費」への流れである。
年間1,200食は戦後の商機的な変化からみれば、内食中心、内食から外食へ、外食から中食へ、中食の三食化へと進化してきた。
新型コロナはこれまでの流れを逆回転させ、中食から内食への回帰をもたらし、その効果が認められるようになりそうだ。食材の生鮮三品が売れ、酒も、外飲みが蒸発して、ビールを中心に宅飲みが急増している。対前年で二桁以上急増し、食品スーパーの店頭では商品がなくなるほどだ。
また、テレワーク関連の需要が拡大している。これまでは、職住分離を原則としているので、家での仕事は想定されていない。オフィス並みに仕事をするためには、パソコンなどのデバイスや通信環境などの設備が必要になる。また、快適に働くための様々な備品も必要になる。家庭の机やイスは、長時間の作業には適していないものが多い。こうした不満が需要となって現れ、インターネットショッピングへとつながる。
また、宅内時間が長時間化するにともない宅内余暇需要が拡大している。テレビ番組の視聴が増え、ゲーム、インターネット通信への需要が高まる。もはや、ゲーム機は手に入らないほどだ。
外食レストランの例で言うなら、新型コロナが終息すれば、すぐに顧客が戻ると考えるのは、早計だ。すぐに戻る消費者がいる一方で、これまでに以上に魅力がなければ出向しない顧客も増えるはずだ。
終息後を見据えて、ウチ消費への長期対応策の準備と、より高い価値が提供できるシステムへの対応が布石として打たれる必要がある。
11
グローバルな外部調達システムから国内内製調達システムへの転換
アベノミクス以後、円安トレンドと、労働力が安い中国などに原料や部品の調達先を求め、食品からエレキや車に至るまで、調達を外製化し、M&Aなどブランドや企業を買収してきた。M&Aによる海外進出とグローバルな外部調達システムによる垂直分業システムが、大手にとっても、中小中堅企業にとっても、最適な戦略だった。
ある時点の為替で海外企業を買収すれば、海外売上は、買収会社の売上増と円安効果によって増え、配当収入が利益寄与する。
その結果、調達を海外に依存した企業は、コロナ問題によって、部品調達と労働力確保の生産のレベルで危機を迎えている。同時に、消費者の収入減少によって、需要が大きく落ち込むという2重の危機に瀕している。特に、車市場でみられる。
また、グローバルな経済危機による金融緩和で、金利差は縮小し、長期的には、円高に傾かざるを得ない。これは国内需要の価値が上がることを意味し、安定した供給のためのリスク管理の観点から内製調達システムへの転換を図らざるを得ない。
つまり、供給サイドにとっては、国内需要転換を進めることが長期変化への布石となる。
危機の生き残り。概略をまとめてみる。生き残りには1年の猶予がある。この1年間に、対策を立案し、成果を出す必要がある。5月の宣言明けで終わらない。
移動と接触の制限の学習効果で消費行動は変わり、需要は変質する。この急激な需要変化に、自社の価値を基軸にして、ネット中心に売りの仕組みを構築していくことが年内の課題だ。そして、この1年で学習された新しい行動で生まれる需要に布石を打ち、国内需要転換戦略を進めることが必要だ(図表5)。
基本的な生き残り策はこうだ。みなさんと議論して、より高いソリューションを目指し、経済を死なせないことが、プロの使命だ。命があって経済があるのではない。経済は、命を支え、命と不分離なものだ。日本では、経済低迷による失業は多くの若者の命を失うことと同義である。
【注釈】
- 注1 インタビュー調査において、対象者の発言の理由や背景をさぐるため、「なぜそう思ったのか?」というように直接的に、または質問を代えて間接的に深堀すること
【参考文献】
- 新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(第5回)「新型コロナウイルス感染症の流行シナリオ」
- 松田久一、MNEXT 眼のつけどころ「新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析-非合理な行動拡散を生む感情」、2020年2月26日
- 松田久一、MNEXT 眼のつけどころ「新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析-第二弾 恐怖と隔離政策への対応」、2020年3月6日
- 松田久一、MNEXT 眼のつけどころ「新型コロナウイルス感染症の行動経済学的分析-第三弾 収束と終息の行方」、2020年4月1日
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