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生活研究の定義
これからの生活研究としてライフスタイルの研究を提案してみたい。表層ではなく、分析の手法としてではなく歴史を捉える概念として、実戦ツールとしてである。
85年を契機として、多くの製造業が、生活研究所を設立した。
なぜ、製造業であるメーカーが、自社の商品領域を越えて、モノの生産ではなく、情報の生産に着手する必要があったのか。
その理由は、バブルの余燼が残る現在でこそ、よりその存在意義が明確になってきているように思う。
生活研究と総称される方法を定義してみるならば、三つある。
- 製品ニーズからではなく、生活全体から捉える研究
- 生活者の実態把握から大きな変化の研究
- アドホックではない継続的な研究
モノに充足した生活者を、どう捉えていくか、が根本的な問題意識としてあった。
その研究の目的は、メーカーにとって主に四つの領域で活用されることが意図された。
- 差別的マーケティングの源泉
- 生活者志向への情報共有
- 多角化としての種まき
- 企業の文化活動
生活研究は、その必要性がますます高まっている。
生活研究の方法も、その目的も、その必要性を失っていないからである。生活者は、今、どこにいて、どこに向かおうとしているのか、というメーカーとしての情報ニーズは強まりこそすれ弱まっていない。
旭化成の二世帯研究所は、差別的商品開発の源泉を狙った典型例として捉えることができる。
二世帯住宅は、住宅メーカーにとってもっともめんどうな手間がかかる営業先である。「嫁と姑の顔の会わせ方」を知らずに営業できない必然性をもっていた。製品からではなく、生活全体からの研究が競争優位の源泉になった。
ところが、第二の課題、「大きな変化の研究」についは、まだ、その成果をみていない。
- 生活者の多様化は終わったのか
- 自己実現志向とは何だったのか
- 保守化伝統回帰とは何か
- 地球環境意識はブームか
- 中流階層は分解するのか
- 生活構造の変化は流通をどう変えるのか
- 産業のサービス化、ソフト化はどこまで進むのか
大きな変化が捉えられないと、答えられない課題ばかりだ。
日本の社会を支えてきたのは、どんなライフスタイルだったのか、どんなライフスタイルが生まれようとしているのか。そのことが明らかにならない限り、変わるものと変わらないものの区分けはできない。
90年代の生活研究の存在意義はそのことが問われる。