衆院選で吹いた「風」を読む-選挙のマーケティング

2009.09 代表 松田久一

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01

「風」を読む

 世の中の「空気」、「時流」や「風」と呼ばれるものに乗れば一挙に大変化が起こる。衆院選での民主党の地滑り的勝利による政権交代はその典型だろう。空気、時流や風の実体は何なのか。その実体を人々の価値意識の変化からみてみる。一体、2009年度の衆院選ではどんな風が吹いたのだろうか。精度は限られるが、インターネットリサーチの結果から、幾つかのマーケティングの教訓を引き出してみる。

02

吹いた風は伝統保守意識の上昇?

図表1.変わる価値意識
図表

 2004年を起点におよそ30項目の意識項目を指数化して分析すると、注目すべき賛成率が上昇傾向にあるのは三つの項目である(図表1)。「何事も地道にこつこつと積み上げていきたい」(77%)、「生まれ育った土地に愛着を感じる」(61%)、「世の中うまくやっていくためには競争よりも協調が大切だ」(60%)である。つまり、極めて勤勉で保守的な協調本位の価値意識が上昇傾向にある。

 他方で、下降傾向で注目できる三つの項目がある。「ワンランク上の生活がしたい」(65%)、「自分の能力や可能性を試したい」(54%)、「自分の事を誰かに評価してもらいたい」(45%)である。自分の能力を活かし、新しい事に挑戦することによって、よりよい収入を得て、他者に認められ、自己の目標の実現をめざすものである。よく知られるマズローの「自己実現欲求」である。

 この5年、一般的な価値意識の変化として起こっているのは伝統的な保守意識の上昇であり、下降しているのは自己実現を目指した個人主義である。

 この期間は丁度、郵政民営化を軸に小泉首相率いる自民党が大勝してからの変化に相当する。グローバルな規制緩和による構造改革で、市場競争による経済活性化がすすめられた。他方で、公共事業は抑制され、グローバルなコスト競争によって地方の雇用を支えてきた製造業が海外移転を進め、地方経済は疲弊した。「ヒルズ族」と呼ばれる「成り上がり」の富裕層が出現する一方で、非正規雇用が増え、低所得層も増加し、経済格差が拡大したと言われる時期である。

 つまり、衆院選に吹き荒れた風は、構造改革を支えてきた個人主義ではなく、堅実で勤勉な伝統的な協調主義だった。

03

保守党に有利な風がなぜ?

 伝統保守の風が吹いていた。しかし、この風は自民党に逆風となった。伝統保守の意識に見限れたことが自民党の最大の敗因だった。

 ここで少々疑問が生じる。伝統保守の意識に基盤を置き、保守党を自他ともに認めるのが自民党ではないのか。むしろ、革新的な価値意識にシフトしている民主党にとって逆風ではなかったのか。この点が、風がもたらしたパラドックス(逆説)である。実は、保守の風が自民に不利に作用したのは、まさに、保守伝統の意識に自民党が反したからである。もっとも大きな点は、小泉構造改革路線を、民意を問わずに党内の談合で転換し、財政赤字が膨らむ財政出動にも乗り出したことである。4年前は、冷酷だが税金の軽い「冷酷軽税党」の顔をして大勝利し、今度は、親切だが税金の重い「親切重税党」の化粧で臨んだ。民主党も同じ親切重税党で臨んだのだから、国民に政策の選択の余地はなく、筋の通せなかった麻生自民党か、優柔不断そうな鳩山民主党の二者択一しかなかった。

 伝統保守の意識の本質は、秩序、規範やルールの尊重にある。つまり、人々が「筋を通す」ことによって、人と人の信頼関係が維持され、社会秩序が維持されると信じる価値体系である。

 この信念に照らせば、より許せないのがどちらかははっきりしている。小泉構造改革以後、まったく筋を通すことができなかった自民党だ。