01
昔の名前ででています-スターの返り咲き
ソニーに逆風がアップル社には追い風が吹いている。ソニーは、7月28日、2005年第一IV半期の連結業績を発表した。売上高および営業収入は、前年同期比3.3%減の1兆5,594億円。営業損失153億円、税引前利益129億円、純損失73億円の赤字となった。この発表を受け、第二の「ソニーショック」と言われるほどに株価は急落し、格付け会社もソニーの長期会社格付けを現状のAから引き下げる方向で検討していると報じられている。「落ちぶれたスター」に代わるように、アップル社のスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)は、8月4日、東京ホールの舞台で、「永遠に光り輝くスター」のように歓声と拍手で迎えられ、アップル社の日本版オンラインミュージックストア「iTunes Music Store」(以下iTMS)のオープンを宣言した。
表面から見えてくるストーリーは「ソニーからアップル社への音楽業界のスターの交代」だ。しかし、このストーリーを信じきるのは合理的とは言えない。深部ではどんなストーリーが流れているのか、ストーリーのニュースな切り口を分析してみよう。
02
ミュージックストア在ってのiPod
ミュージックストアは、2003年4月に米国でサービスが開始されて以来、これまで全世界19ヵ国で5億曲以上がダウンロードされ、約7割のシェアを占める最大手の登場は、日本のiPod製品の所有者にとっての待望のニュースだ。iPodの強さは、iTunesとの連動にあり、特に、ミュージックストアとの連動できるプラットホームが高く評価されていた。しかし、実際には日本のユーザーは、著作権問題からアメリカのストアも利用できず、日本のサイトもなく、ただ、ファッションとしてiPodシリーズを受け入れていたに過ぎなかった。日本向けのサービスを巡っては各レコード会社との交渉が長引いたが、去る7月14日にはエイベックス ネットワークからの楽曲提供が発表されるなどスタート時では15社が参加することになり、スタート時点で邦楽と洋楽合わせて100万曲以上を用意し、1曲あたり150~200円と他社よりも安い。これに伴い、ソニーレーベル、エキサイト、ヤフー等も相次いで値下げを発表した。しかし、中島美嘉などの有力アーティストが所属するソニーレーベル、「オヤジにもわかるHipHop」で立て続けにヒットを飛ばす「ケツメイシ」などの所属するレーベルとの交渉は決着していない。
03
iTunes Music Storeの告知
日本でのサービス開始と同時に来日したスティーブ・ジョブズ最高経営責任者(CEO)は、派手にプレゼンテーションを行った。そこではiTMSがいかに日本の消費者を研究しているかがうかがえる。
ひとつは、「アップルしか提供できないオリジナルコンテンツ」(ジョブズ氏)があること。日本人アーティストが提供するオリジナルアルバムである。人気バンド・B'zの300曲以上にわたる全アルバムの収録曲を収めたデジタル・ボックスセット「The Complete B'z」(1万8,800円。デジタルブックレット付)やウルフルズ、globeからは、メンバーが楽曲以外にコメントを提供している「iTunes Original」のアルバムが発売される。
もうひとつは市場の流れを敏感に感じ取っていることである。音楽配信以外のサービスとして1万点以上のオーディオブックがあるが、そこでは「NHK落語名人選 五代目古今亭志ん生」シリーズなど落語の噺をベースにしたテレビドラマ「タイガー&ドラゴン」の脚本家宮藤官九郎が火付け役と言われる最近の落語ブームを捉えたコンテンツを準備している。おしゃれなオタクブームを取り込んだこだわりの展開はさすがといわざるを得ない。
04
ソニーの手のひらで踊るアップル社?
日本版ミュージックストアのオープンで、iPodとiTMSでようやく本来のビジネスモデルが整い、ソニーとの本格決戦がはじまる。ジョブズ氏もソニーのPSPを意識していることは間違いない。プレゼンテーションでは、iPodの600万台と200万台のPSPの同期間の販売数量を比較し、アップルの独自性と優位性が強調された。価格や機能ではそう簡単に比較できない機種を敢えて比較してみせたところに意味がある。それは、ソニーとの本格決戦へと言う深部のストーリーである。
ニュースな切り口でも取り上げたようにソニーはPSPのファームウエアをバージョンアップし、インターネットとH.264フォーマットの動画配信への対応をいち早く済ませた。ハード面で言えば、国内の携帯音楽機器のシェアはiPod36%、ソニー22%と急追されている。ネットワークウォークマン投入で猛烈な巻き返しを図っている最中である。音質面でいえば、iPodのAAC形式よりもソニーのAtrac3の方が良いと評価されている。ソニーは独自に音楽配信サービス「mora」を自社グループで運営している。
見方を変えれば、音楽と映像コンテンツをおさえる世界最大のコンテンツホールダーでもあり、AVハード機器の製品開発力には定評のあるソニーグループが、コンテンツとハードを統合するプラットホーム作るための国内市場の利害調整に「しがらみとアーティストへの遠慮」によって手間取り、なかなか市場育成できなかった。壁にぶつかっていた音楽市場をアップル社が「外圧」によって活性化してくれたという見方ができる。ソニーは、一時的に製品シェアを譲っても、モバイル端末の総合的な開発力やコンテンツ支配力を考えれば、将来の優位性は揺るがない。ここはアップル社に譲って市場の実が熟したところでシェアを奪い返すという戦略が得策と映る。
実際、iPod追撃用に導入されたネットワークウォークマンは、まだまだ、音楽マニア向けのものだが、ものづくりの精巧さは評価できる。短期間に、22%のシェアを奪えるものづくりパワーがまだソニーに残っていることを示すものだ。また、ほとんど独占状態だったネット関連音楽市場での売上が、アップル社が参入してくれたことによって、シェアトップは奪われても、市場が飛躍的に成長し、確実にソニーの売上に繋がっていることも事実だろう。
05
デジタルコンバージェンスに生き残る
現在のスターが凋落し、昔のスターが返り咲く。表面的なストーリーがマスメディアを場に流布される一方で、凋落したかに見えるスターが将来を見据えて敢えてその座を譲っているストーリーとしても読める。しかし、背後に流れるもっとも大きなドラマは、デジタルコンバージェンス(収斂)である。デジタル携帯音楽プレヤー、ザウルスのようなPDA、タフノートPC、携帯電話、PSPなどのゲーム機。ユーザーが持ち歩いて、ネットワークを利用して、コンテンツを楽しむ端末は多様である。しかし、デジタル技術によって多様に進化してきた端末も、幾つかに集約、収斂することは明らかだ。ユーザーは三つも四つも携帯端末を持ち歩けない。
このデジタルコンバージェンスの時代に、どう生き残るかがアップル社のiPodとソニーのPSP、音楽プレヤーや携帯電話などのネットワーク端末に課された最大の課題である。iPodも永遠にスターであることが保証されていない。特に、2006年の携帯電話向けのワンセグ放送の開始、無線LANの面展開(ライブドアなど)やWiMaxの標準装備化(インテルなど)が契機となって、携帯電話との市場での競争が激化し、棲み分けが進むことは眼に見えている。
国内における音楽ネット配信の最大手はKDDIの「着うたフル」である。36の対応サイトで約3万7,000曲を提供するこのサービスは6月に累計ダウンロード数が1,000万曲を突破した。端末数でいえばiPodを圧倒的に上回る携帯電話だが、ミュージックストアの登場によって割高感が鮮明になった(着うたフルは1曲300円)。配信曲目数という点は人気楽曲という「質」でカバーできる可能性もあるし、電話との複合による手軽さからは大きな顧客離れはないとみることができるが、2倍の価格差は致命傷になりかねない。おそらく値下げは必至といえるだろう。他方で、「携帯ウォークマン」があるなら「iPod携帯」があってもいいし、あるいは噂の「ビデオiPod」も期待される。しかし、正式な発表はされていない。
日本で広く利用されている携帯電話との競争をどう進めるか、そして、ゲーム、音楽、動画、写真がひとつの機器で楽しめるPSPにどう対抗していくか。携帯端末機器の融合時代のiPodの生き残りが問われている。恐らく、マッキントッシュやiPodが、競争からではなく、アメリカ西海岸の風土に適合したライフスタイルやジョブズ氏のスローな哲学から生まれたように、「!!!」(かってのソニーの製品開発基準)と驚かせる新しいスタイルを生み、我々に提案してくれるに違いない。アップル社もソニーも踊っているのはデジタルコンバージェンスという「仏さま」の手のひらのようだ。