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01
期待が高まる新しいビジネスモデル―プラットフォーム
新しいビジネスモデルへの期待が高まっている。日本企業は、ものづくりの分野では究極の域にまで達した。コスト削減は、乾いた雑巾を絞り続けている。それにも関わらず収益性は低い。たとえ日本でトップシェアを誇るメーカーでも、グローバル市場では「メダカ」に過ぎない。1兆円以上の消費財メーカーのトップでさえ、こんな思いだ。
この背景には、日本企業と他のグローバル企業とを比較した際の収益性の低さがある。2017年度は、自己資本利益率(ROE)が10.7%で、約36年ぶりにふた桁台になる。それでもアメリカの14%に及ばない。本業の儲けを示す営業利益率や経常利益率では、足下にも及ばない。かといって、アマゾンや中国企業のように巨大な投資を継続し、成長を優先しているわけでもない。
このままでは、日本企業は世界のグローバル企業に飲み込まれるしかない。株式時価総額からみれば、どの業界の日本のトップ企業も「メダカ」に過ぎない。巨魚に食べられるどころか、吸い込まれてしまう可能性がある。そこで否が応でも高まっているのが、ビジネスモデルへの関心である。
02
高収益への三つの選択肢
どうすればよいのか。経営者に残されている選択肢は、三つしかない。
ひとつは、現在の既存市場でシェアを拡大し、収益性を改善すること。ふたつ目は、イノベーション、特に新技術を開発し、新しい製品開発を行うことである。そして、最後に残された選択肢が、総合的なイノベーションでもある「ビジネスモデル」を革新することだ。
どの選択肢をとるか。それは言うまでもなく、ビジネスモデル革新である。グローバルな高収益企業や超成長企業をみればわかる。技術革新による製品改良で、よいものを作り、グローバルシェアをとり、量産優位で低コスト地位について、高収益を上げるという「勝ちパターン(戦闘教義)」。つまりビジネスモデルの企業は何社あるだろうか。
ビジネスモデルとは、「企業が競争に勝ち、収益を上げる型(パターン)」と定義する。企業は、与えられた市場環境で、目標を追求するために様々な戦略を実行する。収益を上げるためのパターンは、一般化してしまえば商品を安く仕入れて高く売る商人モデル(商人資本形式)、そしてものづくりによって付加価値を生み、収益をあげるものづくりモデル(産業資本形式)などである。このふたつを基本にして、利鞘モデル(金融資本形式)などの様々なバリエーションがある。
特に、日本企業が得意なビジネスモデルは、唐津一氏が力説した「ものづくりモデル」だ。1トン1万円の鉄鉱石を輸入し、鋼板にして、1トン10万円にし、自動車にして、1トン100万円にするというものだ。20世紀は、このモデルで十分だった。そして、日本が世界の「モノ財」の「一面市場」を品質とコストで席巻した。それは、まだ、デジタル環境が整備されず、消費者が低レベルの欲望しかもたない時代の勝利の方程式だった。
現代では、このような古典的なビジネスモデルに代わって、新しいモデルが登場した。それが、「財(一面)市場」の産業資本モデルから「多面市場におけるプラットフォームモデル」への転換である。これは、歴史的に見れば、新しい資本形式の登場であり、大仰に言えば資本主義の高度化だ。
現在では、高収益を上げているものづくりモデルは、半導体や有機ELなどの「収穫逓増」産業を除いて、ほとんどない。アマゾン、アップル、マイクロソフトなどを思い起こせばすぐわかる。自動車産業も、量産優位で勝てる収穫逓増産業から、新たな「多面市場」へと変わりつつある。
03
わかっているようでわからないプラットフォームとは何か
高収益を上げている企業は、ほとんどが「プラットフォーム」型のビジネスモデルを採っている。しかし、その「プラットフォーム」というものが、わかるようでわからないのが現実だ。近年、経済紙などで「プラットフォーム」という言葉を、ビジネス用語として見るようになったが、言葉の定義がよくできていないので混乱をもたらす。
例えば、2018年のCES(アメリカで行われる消費者向け家電見本市)では、「自動運転システムのプラットフォームが乱立」などの表現がある。しかし、プラットフォームの概念はあまり定義されずに、「土台」「基盤」などのニュアンスで使われている。あえて、厳密化すれば、後述する開発環境としての「ソフトウェアプラットフォーム」のことだ。
ここでは、ビジネスモデルとしてのプラットフォームを議論するために、概略的な研究史を踏まえて、概念定義を明確にし、議論の本位を定めたい。
04
プラットフォームという概念
プラットフォームという概念の用法は、主に三つある。
ビジネスモデルとして考えるためには、用例によって意味が異なってくることを考えておかねばならない。特に区別すべきは、
- 共通基盤としてのプラットフォーム
- ソフトウェアプラットフォーム
- 車体としてのプラットフォーム
である。
最初に、ふだん使う「プラットフォーム」とは、直訳すれば「共通土台」や「共通基盤」のことである。そして、多くの人はプラットフォームと聞けば、駅のプラットフォームをイメージする。電車を乗客が乗り降りや乗り換えをするための「乗降台」である。乗り継いだり、行き先を変えたり、乗り換えるのに、乗降台のプラットフォームを利用している。これが日常用語としての意味である。
この意味で、業界の何かの共通化を図る際に、「プラットフォーム」を使用する。例えば、新しいビッグデータを利用できるプラットフォームを構築するなどの用例もある。テレビなどの多様なAV機器で共通利用する「半導体プラットフォーム」などの言い方もある。
ふたつ目は、アプリケーションのOSや言語などの開発環境のことを意味する。自動運転システムを構築するためのソフトウェアプラットフォームが、ウーバーやグーグルで異なっていることが、「プラットフォームの乱立」の意味になる。
三つ目は、自動車業界特有の表現で、車の車体そのものを意味する。開発コストの大きい車体を共通化して、異なった車種をアセンブルする車種の多様化戦略である。
ここで、日常用語としてのプラットフォーム、ソフトウェアプラットフォーム、そして車体としてのプラットフォームなどの用例と区別し、ビジネスモデルとしてのプラットフォームを「市場プラットフォーム(Platform)」と呼び、概念を明確にする
05
ビジネスモデルとしての市場プラットフォームとは何か
この市場プラットフォームを説明するには、ちょっと面倒だが、
- 二面市場とは何か
- 市場プラットフォームとは何か
- ビジネスモデルとは何か
という順で説明していく。
このことがよく理解できないと、わかったつもりでもわからなくなり、議論すれば混乱することになる。
06
市場とは何か-市場の一面性
市場とは、売り手(供給)と買い手(需要)が出会い、取引する「抽象的な場」と定義される。多数の売り手と多数の買い手が、競り人(オークショナー)によって取引されることが想定されている(ワルラス)。現代経済学では、市場はこれ以上の具体化はしない。ここに、市場の具体性を追求するマーケティングとの分岐がある。
しかし、あえて経済学的に議論するならば、流通のことを意味する。いずれにしても、このような経済学的議論で行われる市場は、売り手と買い手が対面する市場である。そして、売り手と買い手が対面しているという意味で「一面市場(One-Side Market)」である。
例えば、ビール市場を例にとると、ビールメーカーがビールを供給し、卸を介し、小売店を通じて、消費者が購入し、消費する仕組みである。この垂直システムによる付加価値づくりのシステムは、生産者や流通業者が付加価値をつけ、消費者がすべてのコストを負担する仕組みである。
これを市場ととらえると、メーカーは供給であり、消費者が需要となり、卸や小売は抽象化され、捨象されてしまう。これが伝統的な「商人(マーチャント)モデル」である。この市場では、売り手と買い手が「一対一」で対面しているので、「一面市場(One-Side Market)」である(図表1)。
07
二面市場
市場での売り手と買い手の取引関係の対面性を、市場特性とし、一面としてとらえると、ふたつの関係性を持った二面市場(Two-Sided Markets)が想定できる。最も古い二面市場のひとつが、カードビジネスである。
アメックスなどのカード会社は、消費者にカードを発行し、利用店でカード決済できるというシステムを提供するビジネスだ。このケースでは、カード会社は、消費者にカードを提供し、キャッシュレスの決済システムを販売している。一方で、利用店には、顧客を紹介し、決済システムを提供し、集金代行サービスを提供している。カード会社が消費者と利用店の共通の決済システム、つまりプラットフォームを提供することによって、カード会社と消費者、カード会社と利用店という二面が結びつく市場が形成されている。しかも、カード会社のプラットフォーム=決済システムによって、消費者と利用店が相互依存関係を持っている。
このような市場を二面市場と呼び、消費者と利用者を結びつけている機能をプラットフォームと定義する。そして、そのプラットフォームの提供者を「プラットフォーマー」と呼ぶ。これは、明らかに決済システムの開発環境であるソフトウェアプラットフォームを包含し、関与者の決済システムの重複コストを削減する経済合理性によって基礎づけられた「プラットフォーム」である。従って、ソフトウェアプラットフォームを包含し、市場のメンバーを関係づける意味で「市場プラットフォーム」と定義したい。
すなわち、市場プラットフォームとは、
「製品サービス市場の売り手、買い手及び補完的な関与者を結びつけ、相互作用のある市場取引を行うための経済合理的な共通機能」
である。この場合の相互作用とは、主にプラスの「ネットワーク外部性」を意味する。ちなみに、「多面市場プラットフォーム(Multi-Sided Platforms、略して、MSP)」の先駆的な研究者であり、およそ10年以上前によくご教示頂いたA.ハジウ氏は、MSPの作用を次のように定義している(図表2)。
「多面市場プラットフォーム(MSP)は、市場の二者以上の参加者の相互行為及び相互取引を支援する、例えば、一方の参加側の参加者がより多く参加すれば、他方の側の参加者も増えるようになる」
市場プラットフォームは、産業の問題であるとともに、参入企業のビジネスモデル選択でもある。
アマゾンは、EC市場として安く買って高く売る(大量購入で安く仕入れて、大量販売で中抜きと薄利多売で儲ける)伝統的な商人モデルとして参入したが、「アマゾンマーケットプレイス」の導入によって、多数の売り手と多数の買い手を、マッチングし、決済機能や配送機能を提供する「市場プラットフォーム」の提供者となった。その意味で、アマゾンは、ふたつのビジネスモデルを持っている。EC市場に関わる産業は、ふたつのモデルが覇を競い、同じモデルでも異なるプラットフォーム競争をしている「プラットフォーム間競争」の状況である。
08
三面市場及び市場の多面性
パソコンのOS(オペレーションシステム)市場は、さらに多面的である。マイクロソフトは、WindowsなどのOSを卸などの流通を介して、あるいはネットを通じて消費者に販売する。この点は、ビールと同じ一面市場である。他方で、OSとパソコンのハードとは「補完関係」にあるので、パソコンメーカーも顧客である。また、OSの上で、様々なアプリケーションソフトが開発されるので、ソフト開発者もOSの顧客である。パソコンは、アプリケーションがなければ動かないので、パソコンのハードとは強い補完関係がある(図表3)。
この場合、OSは、最終消費者がパソコンを利用する関与者を結びつける役割=プラットフォームの役割を担っている。つまり、OSの売り手であり、供給者であるプラットフォーマーから見れば、買い手は三者ということになる。OSの市場は、三つの面(サイド)を持つことになる。
このように、市場の売り手と買い手を結びつける共通の土台=機能=市場プラットフォームに着目すると、市場の多面性が浮かび上がってくる。
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