トランプを支えるネット世論 - 正体は「ルサンチマン」
現在の世界を動かしているのは「ネット世論」である。この認識を、企業経営の環境の認識の基礎におくことが戦略判断には必要だ。
圧倒的な軍事力と経済力で警官役を担っていたアメリカがもはやたち行かなくなり、警官のいない世界を支配しているものは、軍事力であり、「バランス・オブ・パワー」(力の均衡)である。軍事力が正義を決める情況は、先生のいない学級のようなもので、臆病者と力のない日本のような生徒は自分で自分を守れないので情けない。一見、国連や法と秩序が支配しているようにみえる世界も、一皮むけば、生存競争が繰り返されている。
もうひとつ世界を支配している力は、マスコミで形成された世論ではなく、SNSなどのネットで形成された世論の力である。マスコミを「オールドメディア」、ネットを「ニューメディア」と呼ぶ向きもあるが、ここでは、「ネット世論」とする。
戦後も現在も、マスコミが第4の権力として、民主主義国では機能している。先日亡くなった渡辺恒雄氏に代表される新聞が、日本政治でフィクサーとしての役割を担っていたことで、営利企業に過ぎないマスコミが権力を握っていたことは明白だ。新聞メディアの支配下にあるテレビになるともっと営利性が露骨だ。スポンサーと視聴率に繋がるタレントや会社には頭もあがらない。
このマスコミによって形成された「大衆世論」に対して、ネット世論は、グローバル性、即時性、無秩序などの幾つかの特徴を持つが、マスコミ世論に対応するものであって、自立したものではない。いわば、「第4の権力」であるマスコミを監視する機能を持ち、マスコミ世論に対して「カウンター」(対抗)の立場をとる傾向が「対抗世論」である。ネット世論が、ヨーロッパや日本の政治を動かし、アメリカでは第2次トランプ政権を誕生させた、と言っても過言ではない。
このネット世論の正体は何か。
マスコミ世論は、ネットが急速に浸透する時代とともに、増加した先進新資本主義国の進めたグローバル経済下で敗れた人々である。アメリカでは、人口の60%以上にあたる白人であり、マジョリティである。ハリウッドでは、多様性尊重が貫かれているので、人種のキャスティングが現実と大きく食い違う。しかし、テレビや映画を通じてアメリカを理解していると、マジョリティがコーカソイド系であることは忘れてしまう。グローバル経済の競争で負け組になったのは、白人の労働者層である。エリートや成功者ではない。いわば、アメリカの中西部に暮らす普通の生活感覚を持った人々である。(MNEXT 新たな成長戦略で日本再生へ―トランプ2.0を契機に転換)この負け組の共通意識は、敗者の「ルサンチマン(恨み、嫉妬、嫉み)」である。エリートの勝ち組、民主党のクリントン氏、オバマ氏やハリス氏やGAFAMなどの勝ち組企業の経営層である。
民主党の進めたグローバル経済の進展によって、アメリカは製造業などの第2次産業がドル高によって競争力を失い、退出したり、工場を低賃金国に移転させたりしてきた。その結果、多くの白人労働者が職を失った。職人のものづくりには魂が込められている。多くの日本人が実感するものだ。しかし、それは日本だけではない。アメリカには職人の「クラフトマンシップ」がある。
グローバル経済は、その魂をエリート層やGAFA企業などが潰したのだから、敗者の「ルサンチマン」が残るのは当然だ。これらの人々がネットで結びつき世論を形成している。トランプは、明らかに、これらの層の心情的代弁者であり、利益代表である。トランプが政権につくと、グローバル経済の勝者である「ビッグテック」がすり寄っている。
敗者のルサンチマンが進めるのは、不法移民政策の転換、多様性促進政策の中止、関税による保護貿易政策、政府の民間企業への介入、そして、自国優先の外交政策などである。これは、世界のグローバル経済化は歴史的必然であり、少々の揺り戻しがあっても再び進展するという認識とは大違いである。
アメリカの政策は、世界に波及し、世界経済の成長率、世界各国の市場魅力度、戦略物資の調達、地域紛争によるグローバルチェインの再構築、ネット世論への対応に直結している。振り返れば、日本経済は、アメリカの権力奪取を目指す中国と完全にデカップリング(分離)できない情況にある。政治的決断が期待できない情況でいかに世界情勢を戦略判断するかが問われている。アメリカにへつらう外資に頼れる訳がないことは明らかだろう。