予期せぬ取材
トランプが9日、日本時間午後2時頃に大統領選の勝利をほぼ確実にした時、ちょうど兜町にいた。株価の掲示板が日経平均で1,000円近くまで落ちたのを見ているとテレビの取材クルーがマイクを差し出し、「どう思いますか?」と唐突に聞いてきた。ふつうなら「すみません」と言って逃げるのだが、その時は完全に「仕事モード」に入っていたので、「『トランプ・ショック』ですね」と思わず答えてしまった。続いて、「明日は通常に戻りますか」と聞かれ、「アナリストが誰もトランプ勝利を予測できなかったように、株価は不透明感が強くなると思います」と答えた。「株の仕事をされているんですよね」、「いいえ、まあ経済関係です」と応じ、「ありがとうございます」で終わった。
トランプ・ショックの行方
トランプ・ショックはどうなるのか。経済では、短期的には、FRB(アメリカ連邦準備理事会)のイエレン議長の年内の利上げは困難になった。トランプ氏は、議長の金融政策を批判し、解任を何度も公言している。この結果、円高が進み、海外売上比率の高い企業を中心に株安が進んだ。しかし、どこまで円高が進むかはわからない。また、巨大な借金を抱え、リスクをとる不動産業が嫌うのは利上げである。不動産王のトランプが利上げ政策をプッシュするとも思えない。利上げ政策、為替、株価の短期的な乱高下が気になるところだ。
また、トランプ氏が、保護貿易政策をとり、国内産業の優遇策と関税を引き上げる政策をとると予想される。苦労を重ねた世界最大の自由貿易圏になるはずだったTPP協定(環太平洋経済連携協定)はなくなるだろう。景気刺激策は、基本は減税政策であり、インフラや国防関連への財政出動で、さらに社会保障制度は維持するとしている。財源は、明らかにされていないが、日本などの同盟国への防衛分担金要求もひとつになるだろう。
日本への影響
トランプ・ショックの日本への経済的影響は、円高基調への転換、株安、逆資産効果、防衛費の分担増などが予想される。2016年末の明るい材料とは言えない。トランプ・ショックの経済へのマイナス効果の大きさによっては、日本政府は、さらなる財政出動を、日本銀行は、マイナス金利幅の拡大で対応するしかない。
長期的には、世界最大の経済大国が保護貿易政策をとることによって、アメリカへの輸出依存で成長してきた中国、韓国などのアジア諸国、そして、カナダやメキシコなどの近隣諸国の経済が悪化し、世界経済の成長率が低下することだ。イギリスのEUからの離脱、すなわちBrexitにはじまる自由貿易政策から保護貿易政策への転換の流れは、トランプ・ショックによってより明確な貿易政策の潮流になった。さらに、Brexitによってイギリス経済は衰退すると予想されたが、ポンド安で輸出が伸び、海外からの投資を呼び込んで、むしろ成長率が高まり、保護貿易政策は成功だったとも言える。
迫られる経済政策の転換
さて、世界第三の経済大国の日本はどうするか。日本は、アメリカやイギリスと異なり、自由貿易政策の旗を掲げればよい。資源がなく、高齢化が進み、若年労働力不足の日本では、資源の豊富な国や若年労働力の豊富な国々との比較優位にある財とサービスの貿易を通じて、自由貿易の利益を享受した方がよい。日本がハブとなるようなTPPに代わる自由貿易協定をアメリカに代わって推進し、リードすべきである。
また、金融緩和政策を大転換して、金利を引き上げるべきである。マイナス金利にしても、借り手は不動産業界しかない。多くの企業は内部留保を蓄積し、借り手とはならない。消費者個人も、将来の消費のための預貯金に励んでいる。
金利や貨幣数量をいくら操作しても、資金は民間銀行と日本銀行を行き来しているだけだ。異次元の金融緩和で「貨幣数量説」は有効ではないことは、はっきりした。緩和政策よりも、金利を上げ、主な貸し手である低収入の高資産層である高齢層に、金利を支払った方が、消費支出が伸びて、国内需要が活性化される。金融政策の有効性も回復できる。
例えば、2%程度の金利の引き上げで30兆円ほどの消費者の金利所得が増え、単純計算で、年金収入にオンされるので、限界消費性向は高いと予想される。5%程度の消費の成長に繋がる。一方で、金利を上げて困るのは、政府の1,000兆円を越える財政赤字の20兆円ほどの累積利払い額の増加である。これは、現状まったく進んでいない行政改革の推進と財政削減で捻出し、残りの赤字国債の発行と償還は、経済成長率の範囲内で国債発行の伸び率を止めるように法制化すればよい。これを、アベノミクスを「進化」させるべきだ。何よりも雇用が増えても、消費が伸びない。
企業のマーケターが、トランプ・ショックを乗り切るには、円高を機会に、割安になった海外企業を買収し、成長機会を見いだし、為替リスクを実需でリスクヘッジできる国内需要の深掘りしかない。その戦略とマーケティングが、「消費社会白書2017」のワークショップ(10月26、27日開催)で提案した「生き甲斐消費時代のビジネスモデル転換」である。
取材から帰って
なぜ、クリントンは負けたんだろう。弊社には、熱烈な民主党支持者のアメリカ人がいる。兜町から、帰社してさぞかし激昂か、と思いきやそうでもない。平然としている。
今回の大統領選挙は、「どちらがより嫌いか」競争の選択になった。彼は、クリントンよりサンダース、トランプよりクリントンという選好順位だった。在外投票でクリントンに投票したが、嫌々ながらといった感じだった。
テレビ報道などでは予想の失敗は、調査結果のサンプル数の少なさ、サンプルの補正方法の違いなどが理由にあげられ、調査では答え難い「隠れトランプ支持層の多さ」が敗因との報道もあった。
しかし、私が弊社の激怒しているはずの熱烈な民主党支持者の穏やかさ(=安堵感のようなもの)から感じたのは、「隠れクリントン嫌い」である。民主党は、予備選でクリントンとサンダースが激しく争った。そのサンダース支持層が実は「政治の世界で、夫婦で財をなし、成り上がった」クリントンを嫌っていたのが敗因ではないかと感じた。サンダース支持の黒人やマイノリティ層は、「1%の金持ち」の「クリントン帝国」に対し、投票を控えたことが大きいようだ。
それに対して、強慾丸出しで、知性のかけらもないように見えるが、自力で金を稼いだダーティーな「アメリカンドリーム」体現者であるトランプを、アメリカの「99%」に属する白人ブルーカラー層(「ジョー・シックス・パック」Joe Six-pack、ビールの6缶パックを買ってきて、トランプ支持のフォックス(FOX)の番組などを楽しむ白人層のこと)がトランプを強力に支えた。
敗因は、民主党の「隠れヒラリー嫌い」とジョー・シックス・パック層の「ヒラリー嫌悪」の多さである。これは平均的な日本人にはわからない。このわからなさが、トランプの勝利をわかり難くしている。