01
成長の格差―大手企業を上回る中堅企業の成長力
どうしたら会社が持続的に成長できるのか。
会社の経営者にとっての最大の悩みは、規模の大小に関わらず「持続的な成長」である。会社は、成長か、潰れるかだ。安定的な「定常状態」は、停滞したヤリ甲斐のない会社といえる。
上場企業を分析した。2009年から2018年のおよそ10年の上場企業を対象とした(東証一部上場企業は、およそ2,128社で株式時価総額は250億円以上。二部上場企業は、およそ約493社で株式時価総額は20億円以上)。ここでは、大手企業の代表を一部上場企業、中堅企業を二部上場とみなした。日本では概して、株式時価総額と売上高とは関連性が高いことが知られている。売上高でみると、一部上場の資産基準より、売上高が250億円を超える企業を大手企業、二部は売上高が20億円以上の中堅企業とみなした。
期間は、リーマンショックと東日本大震災によって経済低迷が深刻化し、「アベノミクス」によって経済が活性化し、再び消費税増税で経済停滞へ、そして近年の世界的な低迷に至る期間である。
分析の結果、次の2点が明らかになった。ひとつは、一部上場企業と二部上場企業の成長率の差である。
つまり、一部と二部で成長率に差が見られ、二部上場企業が、一部上場企業を上回って成長した。年率では、わずか0.8%の成長率の差でしかないが、10年換算すると約9%の差になる。
業績の差は、ふたつの要因で決まる。ひとつは、業界環境。もうひとつは、業界内における独自の戦略である。一部と二部では、前者に含まれるデジタル技術の変化の差はない。マザーズなどの上場企業のように環境の変化の業績への影響は少ない。従って、この成長の格差は、経営と戦略の差、つまり経営とマーケティングのうまさによって生まれたものである。
成長という観点でみれば、この10年、大手企業は中堅企業よりも、戦略が拙かったということである。そして、中堅企業は、より優れた成長戦略を採ったということだ。
02
大手企業が成長できなかった理由
中堅企業のどんな経営と戦略が、成長の差をもたらしたのか。成長できない会社の経営者やスタッフにとって知りたいところである。
しかし、それを明らかにする前に、ヒト、モノ、金に余裕のある大手企業(一部上場)が成長できなかった理由は何だろうか。ステレオタイプ的な見方では、大手企業は、官僚組織で、恐竜のように動きが遅く、環境変化にうまく対応できなかったなどとみられがちだ。しかし、現場の印象は違う。難しい国内需要よりも、海外に投資を向け、国内を刈り取り市場と位置づけたからだ。
しかし、実際には、大手企業の業績低迷は、個々の企業の産業環境と戦略を分析するしかない。GDP成長率や為替変動との関連でみると、基軸である国内需要へのマーケティングや設備投資を怠ったことが大きな要因だと思われる。
この10年、大手企業は、人口減少により需要減少が見込まれる国内需要よりも海外市場への地域多角化を図ってきた。アベノミクスの異次元金融緩和による円安で、輸出を拡大し、同時に海外の売上収益が拡大した。2010年の年平均ドルレートは88円、アベノミクス後の2014年では121円である。27%も円安に動いている(図表1)。
これは、国内では何もしなくても、海外売上や利益送金が27%増えるということだ。日本経済のGDPが1%成長と比較すれば、海外進出が合理的で有利な判断だ。海外への市場拡大とM&Aなどの投資が中心になる。そして、成長の見込めない国内市場を、投資をしないで利益源とする「刈り取り」市場として位置づける。
結果として、海外進出が、進出形態によって売上寄与できない企業、国内売上が中心の大手企業の売上は伸びなかったということになった。海外進出企業は、少なくても利益送金によって利益率は上昇し、収益性は回復した。その利益ストックは投資ではなく、内部留保された。
売上高20兆円、経常利益2兆円のトヨタ自動車は、販売台数の海外比率が70%と高いが、長期的にみると、近年では40%ほど輸出比率が減り、現地生産が増え、国内生産が35%ほどに低下している(「トヨタ自動車公表資料」より)。また、国内需要が長期下降傾向から脱却できない。この状況で、売上比率が30%の国内需要の掘り起こし投資や国内生産への投資の優先順位は、当然のことながら高くはない。成長する海外市場への進出や海外への工場移転が合理的である。トヨタの世界の販売台数は増えても、国内販売が増えるようには売上成長に寄与しない。
結局、大手企業は10年前の国内本業活性化という課題には手つかずで、問題を引きずったままである。これが、事実関係から読み取れる、大手企業が中堅企業ほどに成長できなかった理由の見立てだ。
03
三つの「成長の壁」を乗り越えた中堅企業
大手企業が、海外への市場を拡大し、売上成長を達成できなかったなかで、中堅企業はどうやって大手企業よりも成長できたのか。二部上場企業の統計的な分析と、二桁成長企業の事例研究、弊社での中堅企業の事例研究より、整理してみる。
ここでは中堅企業の定義を、小売、サービス業や製造業を含めて、売上高1,000億円までとする。
二部上場企業の売上成長率の上位10%の約30社の会社を個々に分析し、戦略を抽出してみた。分析企業の年平均成長率は110%の二桁成長である(図表2)。
その結果、ふたつのことが明らかになった。
- 分析結果1 どの会社も成長の壁を乗り越えている
- 分析結果2 壁を乗り越える成長戦略は四つある
分析結果1を解説する。会社は、ゼロから次第に売上を大きくしていく。単純には、売上を縦軸、横軸に時間をとれば、成長曲線(S字)を描く。これは、生物などの成長と同じである。その成長成熟のプロセスで、会社には「成長の壁」がある。これは経験則からどの会社にもあるといえる。中堅企業の基盤確立の売上を、20億円とすると、売上高1,000億円までには、経営及び戦略上の三つの壁がある。
- 第1の壁 基軸づくり ― 会社の成長の基盤となる核や強み
- 第2の壁 商品と販売チャネルの壁 ― 拡大してきた商品と販売チャネルの成熟
- 第3の壁 ビジネスシステム ― 売りの仕組みと組織運営のシステム
これらの壁を乗り越えて、売上高の「~100億円」、「~300億円」、「~500億円」、「~1,000億円」の境界を突破する。30社は、この成長の壁を乗り越え、売上の境界を突破していた(図表3)。
この成長と壁を概括してみる。
まず、会社は上場して資本を拡大するまでに、事業の基軸(核)を確立する。これがなければ、安定的な経営は望めない。第1の壁は、他社にはないアイデア、顧客、技術、品質などが安定的なものとして確立するかどうかである。これが曖昧だと成長できない。基軸とは、自社が存立している根拠である市場の顧客層、ニーズであり、その市場を満たしている自社の機能と技術(シーズ)のことである。この基軸から、会社は編み物のようにタテとヨコに事業を織って大きく、成長していく。
第2の壁は、基軸が確立すると、商品サービスと販売チャネルというマーケティングの壁にぶつかる。投資による生産の拡大にともなって、取引先が増え、売上が増加する。多くの場合は、商品サービスの需要が高まり、販売チャネルとの取引関係の安定化によって、投資による生産拡大が行われる。商品サービスや業界によって異なるが、売上が増えると商品サービスや販売チャネルが成熟する。すると、商品多角化や販売チャネルの拡大が必要になるが、なかなかうまくいかない。多くの中堅企業はこの壁にぶつかり挫折し、失敗する。
よくある失敗例は、確立しつつあるブランドに頼って商品を多角化しすぎで、消費者に割高感を持たれ、信頼を失う。プレステージ性を売りにしていたブランドを、販売チャネルの拡大のために大手スーパーと取引拡大し、低価格販売され、プレステージ性を失い、既存チャネルで売れなくなる。こういったことが挙げられる。失敗の原因は、「基軸」を見失うことにある。
第3の壁は、ビジネスシステムの壁である。第2の壁を乗り越えると、会社には「勝つパターン」という仕組みができてしまう。売るための「いつものやり方」である。ビジネスシステムである。メーカーが、情報コンテンツを売ろうとしてよく失敗するように、ものを売る仕組みと情報コンテンツを売る仕組みはまったく違う。第3の壁は、このような業界の垣根を越えるようなビジネスシステムの壁だ。
差別的な技術を開発し、品質で差別化し、マスキャンペーンで小売配荷率を最大化して、市場導入する。これは、これまでの大手消費財メーカーの「勝つパターン」である。しかし、ネット時代にこの勝利の方程式は必ずしも通用しない。かといって、新しいアイデアもなかなか出てこない。そのため、マンネリが続く。これを打破するには、ハードな人事や組織改革ではなく、すべての社員を参加させる革新運動を組織化することが必要になる。
この壁を乗り越えると、会社が問題を自分で認識し、問題を解決できる能力がつく。業界特性にもよるが、マス市場であれば、1,000億円を超える企業へと飛躍していくことになる。そして、1,000億円を越えると、3,000億円、5,000億円、1兆円という壁が待っている。
1兆円を越える企業は、約144社(2018年時点)である。日本の企業数を300万社とすると「0.005%」以下である。業界や商品サービスの価格によって限界はあるが、会社の経営はどこまでも壁を乗り越えることだ。
04
四つの壁を突破する成長戦略―基軸、特化、他力、変化の波
それでは、中堅企業は、どのような戦略を採って、壁を突破し、成長したのか。
成長の壁を突破する成長戦略を類型化してみると四つあった。
- 基軸にこだわった拡張戦略 13社
- 変化の波に乗る戦略 7社
- 特定セグメントに密着戦略 6社
- 自他力による拡大戦略 5社
「基軸にこだわった拡張戦略」とは、基軸を確立した次の段階でぶつかる壁である。成功した商品サービスが成熟し、取引先の拡大も限界がみえてくる。売上は少しずつ、持続的に減少する。一挙に売上が落ちると対処はできる。しかし、「ぬるま湯」のように少しずつは難しい。この壁を突破するには、商品サービスの多角化と販売チャネルの拡大しかない。だが、これが失敗につながる。壁突破の明暗を分けるのは「基軸へのこだわり」だ。
「龍角散」、「虎屋」、「マルコメ」などの商品サービスの拡大には、アイデアの制限はないが、何らかの「こだわり」がある。
基軸を見失い、流行にとらわれると顧客を失い失敗する。難しいのは、こだわるべき「基軸」である。社内では見えなく見えにくい。これを顧客目線で捉え直し、社員にもう一度、眼にみえる形で提示することが重要だ。
販売チャネルもそうだ。クラフトビールの「ヤッホーブルーイング」、ヘアケア商品「BOTANIST」を手がける「I-ne(アイエヌイー)」などにみられるように自社の取引先を拡大するには、選別と集中の政策が必要だ。販売チャネルの基軸とは、選別チャネル政策の原則のことだ。この原則なしに取引チャネルを拡大すれば、コンフリクトが生じ、販売チャネルは売る意欲を失うことになる。
基軸にこだわった拡張戦略とは、基軸にこだわった商品サービス拡大と流通チャネルの原則による販売チャネル拡大で売上の壁を突破する方法である。
第二に、「変化の波に乗る戦略」とは、化粧品の「THREE」や空オフィスを運営する「TKP」などの社会や経済環境の変化の流れにうまく乗ることで売上の壁を突破する方法である。近年の異次元金融緩和で、資本は土地に流れ、地価上昇を生んでいる。その結果、ビルオーナーのビル資産の総合的な賃貸管理ニーズへの変化に波及している。
また、高齢化によって、富裕層の資産管理ニーズも高まっている。会社継承と資産管理の一体運用ニーズである。このような変化を巧みに取り入れて、市場を獲得していくものである。不動産、金融において、経済環境の変化を巧みに取り込んだ成長である。
同じように、「Uber Eats」、「PayPay」などにみられるデジタル技術の普及によって、AI、IoTやデジタルキャッシュなどの領域が急速に拡大している。これらの領域は、その市場に所属しているというシグナルを送るだけで、資本が集まってくる。自分で歩くよりも、動く歩道に乗るという手法である。
第三に、「特定セグメントに密着戦略」とは、化粧品専門店に特化した「アルビオン」や希少糖で有名な「松谷化学工業」など自社の技術をベースに、市場をセグメントし、差別的な優位を築いて成長の壁を突破するものである。特定セグメントは、企業向けの製品サービスに数多くある。市場は、顧客層、ニーズと技術シーズの組合せによって構成される。そのすべての組み合わせのどのセグメントを選択するか。特定の方法は無数にある。そのなかで、自社の強みがもっとも生かされ、付加価値がとれるセグメントを特定し、密着する戦略である。都心のペンシルビルの不動産管理、舞台など特定の建物の昇降機や昇降技術を生かしたゲーム機、特定製品向けの工作機械など、技術でセグメントを独占できる領域に集中する手法である。
最後は、「自他力による拡大戦略」だ。中四国・九州の小売業「リテールパートナーズ」、「永谷園」、「オイシックス・ラ・大地」など業界内や地域内において、M&Aや提携を通じて、規模や能力を拡大し、シェアを拡大する手法である。規模拡大によるスケールメリットが成功の鍵(KFS)となる業界や業種が多くある。また、本業とは無関係な会社をM&Aで獲得し、既存事業の資産を集中投資して業容を変えてしまうという手法もある。M&Aのような他力を活用して、会社そのものを変身させてしまう戦略である。
中堅企業は、成長の壁を四つの戦略によって突破していた。創造は模倣から始まる。同じように、戦略経営も優れた戦略の模倣から始まる。
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