05
ゆっくり進む崩壊
ここで仮に、この特徴的なマーケティングを「市場支配的マーケティング」と呼ぶことにする。このマーケティングがゆっくりと崩壊している。メインブランドの顧客が増えずに、1%ずつシェアを落としている。この変化ではシンジケートデータでは何も見えてこない。また、一度構築されたマーケティングは、全体として監査されることはない。「マネジリアル視点」が失われていることも問題に気づかない理由である。
このマーケティングが崩壊していかざるを得ないのは、見え始めた「21世紀的枠組み」から乖離することが明らかであるからだ。消費者の価値観の転換、AIなどの提供技術の革新、そしてグローバル化で狙った「規模の経済」から顧客の深掘りによる「多様性の経済」に対応しきれないからだ。
具体的には、個々の企業のデータを踏まえるが、21世紀的マーケティングの事例を提示するという意味で、まずはそれぞれの特徴的なマーケティング機能が崩れ、どういう方向への革新が必要なのかを整理してみる。
【①オーバーオールから階層セグメント開発へ】
中流意識が90%を超える時代に、消費者を何らかの年代などの属性別に分析することには意義はあるが、セグメント(Segment)し、ターゲット選択(Targeting)することは効率が悪く意味がない。ニーズの差をひとつの製品の機能でカバーできるからだ。
消費者に差をつけないという理念を持つ企業は多く、ノンセグメントは日本企業のマーケティングの特徴だ。戦後の日本の復活と成長は、戦前の格差社会を否定する「平等主義」によって支えられていた。従って、マーケティングもこの価値観に支配されていた。実際、先に紹介した佐川氏のマーケティングには、セグメントとターゲティングという機能そのものがない。せいぜいリサーチの分析項目でしかない。
しかし、現代は収入格差を背景に、ひとつの製品で顧客層とニーズをカバーできなくなった。需要を経済分析するならば、明らかに異なる需要曲線がふたつ以上ある市場がある。例えば、アイスクリーム市場である。このような市場ではSTは必須技術だ。具体的には、市場分析で需要曲線が複数あることを確認する。仮に、その需要が階層別に整理できるとする。さらに、異なる需要曲線を構成するセグメントごとにニーズを集約する。そして、ライバル製品よりもよりよくニーズを満たせるシーズ対応が可能であるかを検討する。このような製品多角化対応が、売上と利益を拡大し、対応コストが下回るならば、階層でセグメントし、上層と下層にターゲティングし、製品多角化を導入する判断をする。この合理的判断が、平等意識の強い日本で要求されるようになる。
【②モノ的製品から製品の膨張】
日本のものづくり企業は、物=もの=機能=属性を、製品の実体とみなす。物的機能を満たすのがニーズであり、物的機能を満たさないニーズを軽視する傾向が強い。従って、「製品の膨張」に対応できない。消費者は、製品サービスのニーズやベネフィットを「膨張」させている(図表3)。
消費者は、目的達成の手段として商品を選択する、と合理的には考えられる。従って、その目的を価値として捉え直すことが大事だ。このような目的的な商品選択の傾向が強くなってきた。「美しく老いる」ことの手段としての化粧品、「美容器具としてのドライヤー」「男性スキンケア化粧品」などの商品が従来品よりも高額で売れている。これら製品は、消費者の目的である価値により近く定義されている。それが成功要因だ。
これを製品サービスから見れば、明らかに「製品の膨張」である。属性よりもより抽象的なベネフィットや価値が重視され、単品商品の販売に補完商品が影響を与える、使い方などの補完情報がないと売れない、時間と手間を節約できる補完サービスなどの施設も紹介する情報サイトがいる、などの対応が広がっていく。そして、これらの補完製品が連携して価値を実現している。ナイキは、シューズの愛用者にナイキブランドサイトで「走る」ことをサポートする「ブランドプラットフォーム」 1 を構築している。
この展開は、消費者の要請であるが、シューズの販売という物発想からは生まれない対応である。売り手が、価値を販売するという発想に立てば、ライバル、補完製品、補完情報コンテンツ、補完サービスに加え、他業界製品、関連企業、地域企業などとの連携が必要になってくる。
【③リニューアルからブランドの脱成熟へ】
日本の大手消費財メーカーの多くのブランドは、導入から30年以上、そして、60年の還暦後を歩んでいる。これらのブランドは利益率が高く、企業の収益源となり、長期存続の鍵を握っている。しかし、売上成長率は低い。
売れないのはブランドの認知率が低いからだ、と思う大手消費財メーカーのマーケターはもはやいない。しかし、多くの企業は、ブランドは認知率だと思い込んでいる。実際は、認知率は売れた結果であって、売れる原因であるかは疑わしい。大手消費財メーカーは、取り扱ってもらえるように流通向け、愛用固定のために、そして、参入障壁として巨大な宣伝広告費を投入している。
ブランドは認知率の高さではない。その製品を購入するための「選択の手がかり」であり、消費社会では製品が体現する、他とは違う「アイデンティティ」としての「価値のシンボル」である。製品は、ブランディングされて、ブランドとなり、取引対象として価値のある商品となる。
ブランドが30年経ると、当初の顧客層とニーズは大きく変わる。顧客は、一世代半変わる。価値観が変化するのでニーズも変わる。つまり、そのブランドのコンセプトであるアイデンティティが変わる。この問題に対し、技術革新によって商品改良を重ねていくことが最善の答えとされてきた。実際、日本の多くのブランドは、継続性を重視して、改良に改良を重ねてきた。
しかし、このブランディングに限界があることは確かだ。
何よりも、製品の膨張に対応できない。製品は、ニーズを満たす属性や機能を持ち、さらに、ベネフィットや価値を象徴するに至る。「いつかはクラウン」というように車が社会的地位を象徴する時代もあった。このクラウンを、エンジンや車体などの製品属性で定義し、エンジン音に感じる精神的ベネフィットなどで維持することは不可能だ。EV化が進むからだ。
これに対応して、消費者と企業の認知資産であるブランドを活かすには、ブランドコンセプトとブランドの定義を変えることが重要だ。製品は膨張する。属性や機能のレベルは、技術によってどんどん変わる。しかし、製品の膨張化の先にある価値は変わらない。他者より「上にいきたい」という上昇志向の価値は、高度経済成長期の1970年代よりは低くても、現在でも生きている。ブランドを価値として定義し、既存顧客の価値により深掘りし、価値による新規顧客の獲得、新規顧客の深掘り価値での対応という成長手段が見えてくる。
ブランドは認知ではない。価値の象徴であり、価値によるブランディングが、ブランドを再成長させる鍵である。その上で、「ブランド拡張」戦略(参考コンテンツ「ブランド力とは何か」「ブランドのロングセラー化の鍵は『うまいマンネリ』づくり」)をとればよい。
【④よいものを安くから価値主導価格戦略へ】
よいものを安く、というのが伝統的な日本の消費財メーカーの価格戦略を支配してきた。よいものを安く、ひとつの価格ラインでというものである。これは、高品質と低価格というふたつの矛盾を追求する戦略として1980年代には評価された。しかし、円高、そして、円安の10%以上の為替変動は、製造原価が80%と高いメーカーには企業努力を超えるものである。製造原価を販売数量でのコスト削減で吸収するには、販売量を倍近く増やさなければ難しい。つまり、よいものを安くというのは思い込みであって、現実的には、生産で規模の利益の働く条件では、価格を決定できる企業は、企業のコストと販売との関係で決まってくる。
消費者は、同じ価値を選ぶならうまいコストの使い方をしている企業を選ぶことになる。
その原理は市場メカニズムで決まる。今回の事例のような寡占化が進む市場では、よいものを安くではひとりよがりである。
寡占市場で価格を決定するのは、マーケティングの観点からは価値であり、需要曲線である。ここでいう価値とは、消費者の希望支払価格(Willingness To Pay) 2 である。これを測定すれば、価格-需要量の空間に、需要曲線が描ける。この需要曲線に対し、寡占企業はもっとも収益があがるように価格決定すればよい。ところがこれが描けない。POSデータなどを使えばビッグデータが取得できるが、そもそも価格変動がないので、需要曲線が描けない。従って、売り手は、需要曲線を知らずに価格付けを行っているのが現実だ。
しかし、消費者調査で補完できる。消費者のWTPを測定し、需要曲線を描き、その本数や形状を明らかにして、価格を決定する。この分析をして経験的にいえることは幾つかある。ひとつは、どの市場でも需要曲線はふたつ以上に分かれている可能性が高い。ふたつ目に、その背景には、収入格差などの消費者の属性差が関わっている。実際は、市場によって異なる。
つまり、需要サイドでは、受容価格の階層化が進んでいるということだ。この実態を踏まえると、ひとつは、よいものを安くの戦略は、市場でもっとも安いポジションでないと効果がなく、輸入品を考えると実際上は無理である。ふたつ目は、よいものを安くは、現実にはよいものを高く、になり、低価格需要層、あるいは高価格需要層を捉えられていない。その結果、安くもなくよくもないという「中途半端」になっているということである。
価格戦略は、価値をもとに考えるというのが原則だ。いかに価値を上げるか、そして、価値に見合う対価で、消費者に「価値のあるものを買えた」と評価してもらえるかだ。
【⑤量的プロモーション投下から価値メッセージへ】
よい商品、つまり、自社のブランドのよさを体験してもらうために、消費者向けの大量のサンプリングが行われる。小さいサイズなどの商品見本を100万個という単位で無料配布するような仕組みだ。
シャンプーなどのトイレタリー商品で、自社のシェアが低いエリアやターゲット顧客が集中する地域の全戸に配布する。この手法は、ブランドの認知をあげ、試用層を増やすので購入に結びつくというものだ。規模が大きければ大きいほど効果がある。
しかし、限定地域に大量に配布するので、その地域のシャンプー需要を低下させ、1ヶ月分の需要を減らして、小売業の協力を得られない、無料配布なのでサンプルイメージがブランドに付着するなどの弊害も指摘される。顧客や小売業などの協力者を考慮しない、コスト優位を背景にした低価格による市場支配的な手法だ。
プロモーションで、宣伝広告量やサンプル数などの量で顧客を獲得していく手法はもはや通用しない。本来の狙いは、価値をメッセージとして消費者に伝達することである。
現代のコミュニケーション空間は、品質などのメッセージが伝わらない。よいものがよいとは伝わらない社会だ。英語圏では、よいを「bad(悪い)」、「cool(冷たい)」や「chill(凍る)」などという。日本語の「ヤバい」もそうだ。
こうした情報メッセージの受け手と送り手のメッセージの齟齬は「情報の非対称性」 3 と考えられる。情報の非対称下で、価値をメッセージとして伝えるのがプロモーションの役割だ。
宣伝広告の表現やコピー、密で軽いネット空間でのメッセージ、そして、商品と消費者が出会う売場でのPOPなどのメッセージである。
【⑥新しい三つの接点アプローチ-事前決定と店内行動の接点】
どんな工夫が考えられるか。これから開発すべき有力なアプローチは三つある。
ひとつは「シグナリング」で、最近では、情報の経済学的アプローチのひとつであり、売り手の商品の品質や機能が不確実な状況で、買い手が品質などを判断するのに何を使うかを定式化したものである。リクルートなどで応募者の能力の判断に、学歴などの本来能力とは関係のない指標が「シグナリング」として使われる根拠を明らかにし、学歴で採用する「分離均衡」 4 や学歴を考慮しない「一括均衡」 4 などを明らかにしてきた。
実際、店頭では、野菜などの新鮮さを選ぶために、様々なシグナリング(伝達手段)が用いられる。色、ツヤやハリなどの他、朝どれメッセージなどのPOPや、不揃いな形状などが用いられる。ビールでは「ドライ」や「うまい」などの言葉、AV機器では色、電気シェーバーでは低音などが利用される。
ふたつ目は、「フレーミング」である。行動経済ではよく知られているが、同じ選択肢を、ネガティブーポジティブ、数字を強調するー数字を強調しない、などの表現や見せ方などのフレーミング(枠組み)を変えることによって、本来、同率であるべき選択がどちらかに傾く傾向がある。これは、商品の見せ方によって、商品評価が変わることを示している。従って、どういう枠組みを提示すれば、自社に有利な選択になるのかを特定し、メッセージを発することができる。
三つ目は、「感情アプローチ」である。人間行動は、理性による合理性だけではなく、感情による影響を受けている。特に、経済学では個人合理性を前提にしてきた。これはマーケティングでも同じで、購買行動では個人合理性を前提にした「合理的行為理論」として定式化されてきた。しかし、現実には感情や無意識が行動を支配している。特に、感情のひとつである「気分」が買物行動に与える影響は大きく、気分がよかったり、ワクワク感があったりするときには、想起購買や関連購買が増え、購入場所への再利用意向が高まる。つまり、店内で、「驚き」の価格や「欲しい物がみつかる」などが「発見」、イラストのPOPなどへの投影などの店頭販促物が、消費者の気分をあげる。そして、それが購入に繋がるというメカニズムが検証される。感情アプローチが、購買行動の事前商品決定と店内決定を一気通貫で分析できる方法であり、様々な新しい価値メッセージを送り、プロモーションする機会を創出してくれる。
【⑦開放流通政策から選択的流通政策へ】
日本企業が、アメリカのマーケティングの影響を受けずに、独自に構築したマーケティングの機能が、流通と営業である。マーケティングは、製造業からスタートしているので、製造―消費者に介在する卸―小売を流通(distribution)と呼んでいる。
小売業が大型化し、組織化され、寡占化が進み、バイイングパワーが巨大化するなかで、製造業と小売業の論理を分けるべきであるが、ここでは、製造業の立場で、生産と消費を、商流で結ぶ流通、配送で結ぶ物流として議論する。封建社会の江戸時代は、支配層が年貢として生産者から米を取り立て、政治権力によって武士などに再配分するので配給論と呼ばれた。
製造業の流通論は、製造業が売り先としてどんな場所(Place)を選ぶか、という課題である。1920年代初頭は、アメリカも日本も、製造と卸、卸と小売、小売も未組織の「パパママ」ストアで業態も未分化だった。それが、次第に、製造-卸-小売の三層分化が進んだ。さらに、小売業の中から部門別品揃えを武器に百貨店業態が誕生し、巨大化し、多店舗展開されるようになった。日本では三井呉服店から三越への進化であり、同時に、小売業が定在化し、商店街を形成するようになった。三越と銀座の誕生は近代に入ってからだ。
続いて、戦後は、多くの人々が小売業に参入し、過剰性・多段階性・零細性を特徴とした小売業を主体とする商店街が形成され、1960年代には、百貨店よりも低価格販売でセルフ売場の大型量販店(総合スーパー)が誕生し、急速に拡大した。そして、1980年代に、日本ではコンビニエンスストア業態がスーパーに変わって成長した。
日本の製造業の課題は、このように時代に合わせて業種業態が盛衰するなかで、自社の製品サービスをどこで販売するかである。化粧品の資生堂をはじめとして多くの消費財メーカーは、小売業の系列化を志向した。販売目標を共有し、製造業が、商品の販売権を特定地域で独占的に提供し、小売業は販売目標を共有し、製造業の販売条件を守るという契約関係である。これによって、製造業は、投資することなく自社チャネルを獲得し、マーケティングをコントロールできる小売業を獲得した。小売業は、地域の販売権を独占し、競争力のあるブランドの仕入とプロモーション支援を獲得できた。自前ではなく、他力利用の製造小売である。それぞれの業種ごとに、全国に1万から5万店あった。
従って、ある業種での流通政策とは、全国のエリアを、2~3万世帯に対し1店の系列店を配置し、2~3万店の小売店でカバーする。その系列店を200の営業拠点に集約し、さら10拠点に集約してカバーする仕組みである。この体制に、百貨店、総合量販店、コンビニエンスストアが加わり、さらに、自社チャネルなどのECサイトが加わった。
まさに、多次元多層なチャネルになった。このなかでの従来の流通政策は、系列店をベースに伸びるチャネルを見極めて、それぞれのチャネルを補完的に使い分ける開放流通政策をとってきた。しかし、継承問題や大型店との低価格競争で、未組織の小売店は激減し、これまでの対応は不可能になっている。この結果、自社のブランドを無制限に販売するので、業態間業態内での低価格競争が生まれ、ブランド力は低下し、小売店にとっては魅力のある利益商材ではなくなる。
これを乗り切るには、業種業態を超えた売れる売場を選別した流通チャネルをとり、売上目標とブランド育成を共有し、メーカーの販促などの取引条件で、自社チャネルに同意してくれる流通と協働するしかない。大手消費財メーカーのとるべき流通政策は限られている。
大手組織小売業とは、相互の寡占力を生かして、より大きな超過利潤がとれる高度付加価値商品で戦略同盟を結ぶ必要がある。現在の下請け的なプライベートブランドの製造ではバイイングパワーには抗えないので収益は得られない。
【⑧量的支配営業から需要創造支援の機動営業へ】
流通が日本的特殊性を持っていることによって、営業も日本的なものになる。製造業が、各地域に、卸などと出資して、メーカー専門販売会社を設立する。それが「販社」である。自社商品の専門卸である。これも独特な経営手法で、資本の回転率を上げるなどの金融効果と多数の小売店をサポートする営業部隊の配置場所として販社が設立された。欧米にはあっても珍しい。最近では、税法改正によって金融メリットがなくなり、小売業の激減によって、営業マンが減少し、集約されてきている。最終的に1社に集約され、製造会社と統合されるケースも珍しくない。しかし、営業はこの制度の名残を強く持っている。
アメリカでは、営業マンのスキルは、聖書の普及にあり、セールストークによって売上が違うという前提があるので、営業マンを自社で育成するという発想はあまりない。対象先を訪問して、セールスマニュアルに基づいて、実行すべきことの有無で判断され、販売目標を達成すると仕事がなくなるという仕組みである。あるいは、販売ノルマを持ち、自分のセールストーク力で売れるスキル所有者を雇用するという考え方である。
PayPayの普及は、どれだけPayPayの利用先が多いかで決まってくる。これは市場プラットフォームモデルの開発原則である。この開拓営業は、自社営業マンではなく、インセンティブで動く外人営業部隊で集中的に行われた。日本では珍しい事例である。かつての大塚製薬や味の素の営業は、自社社員で年間に靴を何足潰すかというような歩く営業をやっていた。現在では、証券の営業マンぐらいである。
こうした流通の文化的違いの上に成り立った営業の強みは、量的支配営業の強みであった。販売会社の営業の攻撃力で他社を圧倒する。営業マン数×訪問店数×店内営業活動を量で上回り、店内営業では、提案本数やプロモーション案内数で他を凌駕する。他社が課長と営業訪問すれば、当社は課長と部長というように、訪問人数でも負けない。攻撃力をあげることによって、店との信頼関係を維持し、人格的依存の「カシ-カリ」関係を構築して、長期継続取引に結びつけるというのが営業の強みであった。
これが大手組織営業では通用しないことは言うまでもない。年間に数度の会える機会を活用して、年間計画をバイヤーに提案し、個店で展開して頂くという営業だ。バイヤーの関心は、自社の目標達成と前バケ(店頭商品を売り切ること)にあるので、需要創造の提案と価格条件を期待している。提案力がなければ、価格条件だけになる。それが現在の営業だ。大手組織小売業は、自社の商品ブランド提案しかせずに、全体の売場生産性を考えない提案を持ってくるのでメーカーの販促品は原則使わないという流通企業もある。
これからの営業は、消費者への価値提案をベースに、ECサイトなどのチャネルサイトにはない買物の楽しさを提案し、想起購買や関連購買などの「創造的購買」 5 を共同で展開するしかない。創造的購買は、買物アイテム数を増加させ、買い上げ単価を増やし、店舗へのロイヤリティ(再購入意向)を高める。この領域で、売り手と買い手で協働し、気分が上がり、ワクワクする売場づくりをすることがこれからの営業になる。
そして、もうひとつは、地域プラットフォームづくりである。小売業と共に、消費者の価値提案のできる「地域プラットフォーム」をつくることである。消費の高度化で製品は膨張している。自社でも同業でも対応できない、多様な商品サービスが必要になる。「楽しく暮らす地場プラットフォーム」を、小売-卸-メーカーの3者で出資しつくりあげ、商品だけではなく暮らしを販売し、参加企業と消費者を結ぶ機能を提案する活動である。
地元名物を武器に、うどん、餃子などのB級グルメを、飲食店、情報、コンテンツ、観光案内などとともに集積させ、観光客と地元業者を繋ぐプラットフォームを構築し、参加企業が増えれば、観光客が増え、観光客が増えれば参加企業が増えるというプラットフォームをつくりあげることである。キリンビールが香川でやったうどん支援、全国のB級グルメ支援などをビジネスシステムとして再構築する活動である。
最後に、日本的営業とは何か、である。日本的とは、大卒採用者を営業マンに配置して育てるようなスタイルである。小売業への営業を担当することによって、信頼、取引、交渉などの市場そのものを学ぶことができる。そして、その出身者が会社のトップに立つ。欧米のように専門経営者や技術ではない、現場の市場メカニズムを熟知した人間がトップに立つのが日本の営業であり、営業がもっていた教育機能である。このことを通じて、企業の長期存続と長期継続取引の重要性を日本の会社は経営目標にしてきた。
日本的経営の特徴だった長期目標、終身雇用、従業員本位の三本の柱はもはやない。そして、最後に残されたのが、一回きりの価格取引ではない、長期継続取引の堅持である。21世紀の経営改革もこの判断にかかっている。
【脚注】
1.ブランドプラットフォーム 中核製品に加え、補完的な製品やサービス、コンテンツを幅広く提供し消費者のニーズをより総合的に満たす土台、基盤。
『感情社会の生活イノベーションエモーショナルブランディング』JMR生活総合研究所ブランド研究チーム(2022年)、『企業が独自のプラットフォームを築く方法』ダイヤモンドハーバードビジネスレヴュー(2022年)を参照
2.WTP:支払意思価格(willingness to pay)のこと。『マーケティング用語集』JMR生活総合研究所(https://www.jmrlsi.co.jp/knowledge/faq/ans04-01.html)を参照
3.情報の非対称性:あるプレイヤーが知っている情報を、他のプレイヤーが知らないことをいう-出所:赤根光幸『戦略的マーケティングのためのゲーム理論』(2004年)第5章 情報の非対称性。詳しくは『情報ディファレンスによる差別化-情報のマーケティング』JMR生活総合研究所松田久一著(2003年)を参照
4.分離均衡・一括均衡:分離均衡とは「シグナリングにおいて、異なるタイプが異なる水準のシグナルを選び、隠された知識が伝達される均衡」、一括均衡とは「シグナリングにおいて、異なるタイプが同一の水準のシグナルを選び、隠された知識が伝達されない均衡」-『情報とインセンティブの経済学』石田潤一郎・玉田康成著、有斐閣ストゥディア(2020年)
5.創造的購買:青木幸弘(店頭研究と消費者行動分析、1989年)が示した四つの非計画購買パターンのうち、想起購買、関連購買、条件購買を創造的購買と名付け、快感情が創造的購買を促進することを明らかにした。『買物行動と感情 -- 「人」らしさの復権』石淵順也著、関西学院大学研究叢書(2019年)を参照