書評2010 - 21世紀の閉塞感と日本の危機

2011.02 代表 松田久一

本稿は、2010年12月28日に行われました、社員向け書評講演採録を元に作成しております。

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『明治天皇という人』

『明治天皇という人』
(松本健一 毎日新聞社
 2010年)
書影

 著者の松本健一は、橋川文三の孫弟子にあたる人です。

 明治時代には、天皇は人ではなかったので、この書名に違和感をもたれる方は、立派な右翼かと思います。

 2001年にドナルド・キーンという有名な日本文学研究者が、『明治天皇』という本を出しましたが、ドナルド・キーンは明治天皇を「大帝」としてとらえていました。しかし本著では、日本における明治天皇の位置づけはそうではなかったのだ、という主張の元、その人物像に焦点をあてて書かれています。

 松本は、昭和天皇を恐るべき記憶力を持った「記憶の王」だったと捉えていますが、明治天皇もそれに劣らず、記憶の王でした。また同時に、明治という時代は「統治」の時代でしたから、明治天皇はリーダーになろうとした人でもあったわけです。

 明治天皇は西郷隆盛に育ててもらったという気持ちがあったらしく、西南戦争で西郷が反逆罪に問われても、最後までかばっていた、というエピソードや、南北朝正閏問題というものがありますが、(※南北朝正閏問題...日本の南北朝時代において南北のどちらを正統とするかの論争。1911年、南北朝のどちらの皇統が正統であるかを巡り、帝国議会での政治論争にまで発展した)明治天皇自ら、南朝正統論をおし論争を治めたこと、日露戦争の際に最後の最後まで戦争に反対していたエピソードも書かれています。

 また、明治天皇は晩年、糖尿病を患っており、主治医からは好物のワインを飲まないように、と言われていたものの、毎晩ワイン1本を空けていた、という話も書かれています。周りに自分の信頼できる人がいなくなり、自殺するように亡くなったのかもしれません。

 この本を読む際は、明治天皇をどうとらえるのか、というのと同時に、明治という時代をどうとらえるのかが大事です。また、「統治」、人が人をリードしていく、というのは一体どういうことなのか、ということを考えさせられる一冊です。