当社が発刊している消費社会白書の最新刊から提案したいことは、「リアルとネットの融合」環境への転換とその適応への鍵が、顧客との巨大コネクション(接点)への戦略にあるということだ。ここでは、その戦略を具現化した「情報チャネル」の再設計の方向性を提案する。
01
顧客との新しいコネクション
消費者のネット情報依存が顕著だ。新聞メディアも発行部数が2018年で3,990万部を割り込んだ(新聞協会調べ)。対前年222万部減。10年前比で1,159万部減。これでは長期の存立は困難だ。マス広告に君臨したテレビCMは従来の認知率を狙ったものよりも、アプリのダウンロード告知が多くなった。ふだんの自分の行動を振り返れば、ネット情報依存は明らかだ。商品選択で43%、小売店選択で60%、飲食店選択で64%のネット参照率だ。消費者の情報依存と情報源のネット化は後戻りできない変化に思える。
しかし、リアルからネットへの情報依存が本質的な流れだと判断するのは早計だ。むしろ、ネットとリアルの情報メディアの融合が進んでいると捉えた方が賢明だ。ネットメディアは、マスメディアを情報源とし、マスメディアはネットメディアを情報ソースとし、相乗作用を生んでいるのが実態だからだ。もっと言えば、ネットメディアは匿名性を本質とするので信頼されていない。ネット情報を信頼しているのは32%であり、テレビニュースの49%と対照的である。両者は相互依存関係にある。
従って、売り手企業は、メディアの融合を、顧客との新しい情報コネクション(接点)が生まれたと捉え直すべきだ。顧客に製品サービスを販売するために、企業は様々なコネクションを持っている。このコネクションが融合して、ひとつの「巨大な融合コネクション」になったと捉えてみてはどうだろう(図表1)。
02
レガシーの効率低下
顧客との巨大な情報コネクションが形成されていると捉え直すと、これまでのレガシー(既製)マーケティングの非効率性が見えてくる。売り手がとらわれている「既製服」は、次のようなものだ。
- 原料などの差別化による機能差別化(技術優位)
- 機能差別化を基礎にしたブランディング(コンセプトによる説得)
- ブランドの認知最大化と配荷最大化による店頭支配(大量広告と営業支配力)
- ブランドロイヤリティを高めるプロモーション(プロモーション)
世界でシェア優位にある企業のマーケティングであり、マーケティングの教科書にあるものだ。このレガシーの維持に巨大なコストをかけ、投資している。
このレガシーを支えている消費者行動の認識は、同じく四つの認識から成り立っている。しかし、その前提はメディア融合の時代、特にネット世界では通用しなくなっている。前提としてきた項目とそれが崩れた現実とを列挙すると、以下のようになる。
- 消費者ニーズは、技術的に提供可能な機能→ネット検索で情報が欲求を生む
- ブランドは商品コンセプトを体現した機能である→ブランドは説得力のある言説
- 消費者との単純接触の最大化が、売上に結びつく→回遊による感情のピークで購入
- 継続購入が、ブランド力の鍵となる指標である→常に新しい商品情報を求める
レガシーの前提が、消費者のネット情報依存によって崩れてくると、ネット対応が始まる。自社Webサイト、ECサイトへの参入、アプリ導入によるプロモーション、インフルエンサーの活用やネット広告などが、現状では機能追加されている。
結果として、リアルマーケティングに、経営資源の大半を割いて、ネットメディアを別世界のものとして予算を割き、「デジタルマーケティング」の専門分野としていて分離対応しているのが現状だ。つまり、リアルとネットを分断的に扱っている。あるいは、組織的には分断して扱わざるを得なくなっている。
レガシーへのコストと投資を削減しないで、ネット対応を進めると、費用は増え、ブランドの売上は現状維持が精一杯となる。つまり、売上を費用で除したマーケティング効率性は、分子が一定で分母が増えるので、自明な結果として、効率は低下する。
03
融合メディアを回遊する顧客への戦略対応
売り手が、リアルとネットメディアを分断的に対応せざるを得ない一方で、消費者は融合メディアを自由に回遊している。この消費者の回遊性への対応が、弥縫的な「部分解」ではない、戦略的な「全体解」の本質である。
ネットのニュースまとめサイトで、製品サービスへの欲求を意識し、テレビ番組で紹介されているのを知り、欲求が購入計画にまで上昇する。ECサイトの評判を見て意欲が下がったが、店頭で見て、販売員の説明を聞くと悪くはなかった。そこで、値段が一番安い購入先を選び、ECサイトで購入した。誰もが経験していることだ。
この経験では、消費者は融合メディアを回遊し、もっとも自分に都合のよい購入をしている。この買い方を、売り手がサポートするには、例えば次のような少なくとも六つの支援が必要だ。
- どんな情報で自社製品への欲求に気づいて貰うかーコンセプト表現やコンテンツ
- 消費者の自社への信頼感の醸成―自社Webサイトの提供情報の信頼性
- ネットからリアルへの誘導―ネットからリアルへのスムースなリンク(送客)
- リアルからネットへの誘導―リアルからネットへのスムースなリンク(送客)
- 最適価格の提示―品質説得と最適価格の提示
- ネットとリアルによる購入後満足の追求―アフターサービス
これらのリアルとネットを横断した統合的な活動ができていたら、合格だ。おそらく、マーケティング費用や投資の効率は最大化できている。しかし、現実には難しい企業が多いようだ。未対応によってシェアを失っている。
04
情報チャネルの定義と機能分担
融合メディアを回遊する顧客に、素直に対応できないのには理由がある。例えば、現在ひとつの巨大な情報チャネルとして捉えるべきメディアは六つある。
- 小売などのリアルチャネル― 営業部門
- マスメディア(テレビCMや新聞広告などのメディア)― 宣伝部門
- 口コミ(血縁・血縁・社縁を基礎にした情報ネットワーク)― 広報、営業部門
- 自社サイト(広報を中心とした情報発信)― 広報部門
- ECサイト(購入できる自社及び他社サイト)― 情報部門
- ネットメディア(インフルエンサーやネット広告など)― 宣伝部門
これらのメディアを包括的に把握し、相互及び相乗作用を捉えなければ、自由に回遊する顧客の購買行動をサポート(前述の六つの課題)することは難しい。
自社でコントロールできる情報メディアがどんな役割と機能を果たすべきか、メディア同士の補完関係はどうすべきかを明確にしなければ、効率的に売上に結びつけることができないからだ。社内の官僚主義、事なかれ主義やセクショナリズムは、このような横断的な問題を敬遠しがちだ。
この問題を放置すれば、レガシーマーケティングへの投資と追加的なネット対応によって、多くのムダな費用と投資が生まれる。
- ネットで自社製品への欲求が生まれても、購入に結びつけられない
- 購入計画があがっているのに、自社の信頼情報が発信されていなかった
- ネットの膨大なアクセスを、リアルコネクションに送客できない
- リアルチャネルでの強さを、ネット情報に結びつけて売りの説得ができない
- マルチチャネルで提示価格に格差があり価格信頼を失っている
- アフターサービスがないと思われていてリピートがない
これは消費者目線でみれば当たり前のことだ。しかし実際は、主に3部門が関わっているので、調整コストが高く、メディアを包括的に捉え、メディアの役割と機能を明示して、それぞれの補完関係が調整できるようにする必要がある。基本的な考え方は、図表2のようなものだろう。その鍵は、仮説的にメディアの役割と補完関係を設定し、運用で検証することである。
組織としては、部門横断的な「情報チャネル担当」役員を設置し統合することも案だ。また、営業部門、宣伝部門、広報部門の機能を統合した部門の創設で対応することも有効だろう。いずれにしても、どの部門でもやるべき事を明確にし、その遂行に必要な組織を設計することが重要といえる。中間管理職が経営レベルの戦略に関与するのが、日本企業の強さだ。
05
融合メディア時代の売りの完結
リアルの時代の売りの完結は店頭だった。販売とは、販売の関与者である、製造オペレーション社、販売会社や卸企業、小売企業の店頭、オピニオンリーダー、消費者という5人の関与者のそれぞれのコミュニケーションユニットを完結することだった(ペンタゴンモデル、参照:マーケティングFAQ「販売の基礎」)。
融合メディアの時代、このコミュニケーションユニットは、消費者の融合メディア内の回遊性に適合させて、多元的に円環的に再設計される必要がある。つまり、顧客の回遊性をトレースしながら多元的に完結することだ。
例えば、自社サイトの情報発信を基幹にし、ネットでの自社製品への欲求醸成を行い、融合メディアでの回遊を支援し、売りの完結をリアルで行うようなモデルを想定してみることもできる。仮に、ネットで完結させる。あるいは、ネットとリアルの二元チャネルというのもある(図表3)。
これらの仮説を、実験や運用によって、事実から帰納類推して、融合メディア時代の新しいレガシーを構築することが、21世紀のマーケティングの成功の鍵だ。言いかえれば、マーケティング仮説の創造性である。
【参考文献】