産業融合による情報家電産業の時代
-デジタルコンバージェンスが変える産業と戦略

2005.04 代表 松田久一

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ビッグバンとデジタルコンバージェンス

 企業は、常に収益性を追求していかねばなりません。なぜなら資本主義というシステムが、より高い収益性を条件に成立しているからです。企業は休む間もなく、より高い成長性、より高い利益率を求めねば、資本主義システムを維持できません。ゆっくりしたスローな経営などは、例外や個人の趣味としてはあっても社会的にはあり得ません。

 時代によって、技術や市場が異なり、産業も変わるので、企業が高い収益性を得るための原則や戦略は異なります。従って、企業は、常に自社の収益性に影響を与える環境条件と環境の中で、より収益性の高い地位を得る方法を探索し続けねばなりません。常に、新しい市場の捉え方と、より賢明な戦略が求められます。

 現代において高い収益性を求めるならば、「デジタルコンバージェンス」 [1]

【 デジタルコンバージェンスとは 】

 私たちが住む宇宙の始まりは、ビッグバンと呼ばれる大爆発によって始まったと理論的には推定されています。最初の一撃が「神の手」によってなされたのか、なんらかの物理的な「ゆらぎ」で生じたのかは、まだわかりません。大爆発はやがて収斂(コンバージェンス)していきました。収斂の過程で、素粒子、原子、分子から地球、そして、生物まで様々なシステムが生まれました。それから約150億年が経過し、まだ、膨張を続けていると考えられているのが現在です。

 「デジタルコンバージェンス」とは、コンピュータと家電、放送と通信などの境界を形成していたアナログ技術の異質性がデジタル技術によって共通化し、それぞれ単独で成り立っていた産業の垣根が崩れ(ビッグバン)、異なる産業間の融合によって、再び、新しい産業へと収斂(コンバージェンス)していく過程を意味しています。

 現在、放送と通信の間で起きている現象は、ひとつの典型と言えます。NTTグループのぷららネットワークスなどは、映像や音楽のコンテンツを企画し、仕入れ、光ケーブルを利用した伝送技術の上で、視聴者に、通信とコンテンツ配信サービスを提供して対価を得ようとしています。フジテレビなどの放送局も、映像や音楽のコンテンツを企画し、仕入れ、地上波を利用した伝送技術の上で、視聴者に、コンテンツ配信サービスを無料で提供して、企業から広告収入という対価を得ています。それぞれ異なるアナログ技術で区分けされていた通信と放送の業界ですが、アナログ技術のデジタル技術化、インターネット・プロトコル(IP)などの伝送技術の共通化が進み、同じデータを地上波で流すか、光ファイバーで流すかの違いだけで、役割は同じになってきました。ユーザーからみれば、目的のコンテンツが視聴できれば、地上波であろうが、光ファイバーでも、どちらでも構わないのです。結局、放送と通信の違いは、法規制だけになりました」 [2]

 通信業界に属するNTTグループと放送業界に属するフジテレビは、今やソフトバンクやライブドアを含む、より大きなひとつの産業に融合しつつあります。コンピュータと家電においても、デジタル技術への共通化が進み、同様のことが起きています。放送と通信(コンテンツ・サービス)、コンピュータと家電(ハードウェア)は、これらを繋ぐソフトウェア産業をも吸収し、今やひとつの巨大な産業へと生まれ変わろうとしています。新たに出現した巨大な産業の中で、従来の業界の枠組みを越えるような新たな製品・サービスが生み出され、全く異なる産業へと姿を変えつつあります。

【 ビッグバン以後のデジタルライフ 】

 技術の共通化によって進むビッグバンとコンバージェンスは、産業革命に匹敵する巨大な変化といっても過言ではありません。この変化は、私たちの生活を、音楽や映画などのコンテンツを、HDTV(高精細テレビ) [3] や携帯端末などのハードウェアを通じて、よりタイムレスに、よりスペースレスに、楽しむ生活へと一気にシフトさせる革命的なインパクトを持っています。新たな生活への変化は、既に至る所で起きています。

 ひとつは、音楽や映像コンテンツの楽しみ方が根本的に変わったことです。アメリカでは、アップルの「iTunes Music Store」、リアルネットワークスの「Rhapsody」などの音楽配信サービスが定着し、SBCコミュニケーションズの「U-Verse」、コムキャストなどの映像配信が始まっています。日本でも音楽はauの「着うたフル」、映像はYahoo!BB光TV(ソフトバンクBB)、光プラスTV(KDDI)、IPV6マルチキャスト放送 [4] のPlala.TV on 4th MEDIA(ぷららネットワークス)などが、次々とブロードバンド放送、オンデマンドサービスを開始しています。放送局はこうした無数の通信サービス業者と競争することになりました。このように、音楽や映像コンテンツは、買いに行くものから、会員登録して、クリックひとつでダウンロードやストリーミングで視聴するものへと変わっていきます。メジャースポーツとニュースを除けば、あらゆるテレビ番組は、オンデマンドで、いつでもどこでも、好きな時間に、好きな番組を視聴するようなスタイルにシフトしています。こうした視聴スタイルを可能にさせたバックボーンにあるのが、「帯域爆発」です。「ネットワークの速度は6ヶ月で倍になる」というギルダーの法則 [5] の通り、ネットワークにおける総通信量は、90年代半ばの数百メガビット(百万)/秒から、テラ(兆)ビット/秒級になり、今もなお、通信の帯域が爆発し続けています。ブロードバンドの普及は、まず韓国や香港、台湾などアジアの一部の地域で先行しましたが、アメリカや日本でも総世帯の約3割を超える水準にまで浸透してきました。ブロードバンドの普及と帯域の拡大によって、家庭に音楽や映像コンテンツを容易に配信できるようになりました。

 ふたつは、新たなハードウェアの進化と普及が進んでいることです。テレビについては、日本や、韓国などアジアメーカーの大規模な設備投資によって、薄型テレビ、中でも液晶テレビの価格が累積生産量の拡大に伴うコストダウンによって急速に低下し、1インチ1万円の需要のブレークポイントを越えました。各社の投資計画をベースにすると、2009年までには、さらに50%価格が下がります。こうした低価格化による普及拡大と、ブロードバンド回線を通じた家庭への映像配信によって、薄型テレビが家庭を埋め尽くしていきます。ユーザーはテレビの解像度に見合う、より高精細な映像配信、大容量回線を求め始めています。一方、携帯電話は、全世界で13億人と言われるユーザーが、2007年には20億人にまで膨れあがります。端末の進化により、いつでもどこでもインターネットにアクセスして、電話やeメールだけでなく、音楽、映像コンテンツを利用することがきるようになっています。日本でも、CDMAなど第三世代携帯電話の普及に伴い、音楽のダウンロードや、映像コンテンツ配信サービスの利用が拡大しています。auの「着うたフル(2万2,000曲配信)」が、半年で500万曲もダウンロードされるほど、浸透しています(4月3日時点)。

 現代の市場は、テレビや携帯電話などのハードウェア、音楽や映像などのコンテンツ、それらをつなぐサービスとの相互依存性が高まり、もはやそれぞれが単独では成立しえなくなっています。このインパクトは、ハードウェアをはじめとして、音楽や映像コンテンツ、サービスのあり方を根本から変えていくものです。

[2005.4 MNEXT]

[1]  デジタルコンバージェンスとは、もとは、Nicholas Negroponte(米国マサチューセッツ工科大学メディアラボの設立者)によって、デジタル技術や通信技術の発達によって、電話、放送、通信、出版など、異なるメディアがひとつに統合されるという「メディアの収束」を表すものとして使われ始めた言葉です。(「Being Digital」1995)。本論文では、メディアの領域だけでなく、音楽や映像コンテンツなどのエンターテイメント、コンピュータ、家電、ソフトウェア、あるいは自動車まで含めて、もっと多くの産業の融合と相乗効果によって、再び、新たな産業へと収斂していく過程を意味するものとして広義に捉えています。

[2]   法規制が異なるというのは、放送業界と通信業界が、異なる法律で規制されていることを指します。日本の放送業界には、電波の混信を防ぎ、秩序ある運営がなされるように、電波の周波数を各放送局に割り当てた「電波法」と、電波を使用して情報提供することの社会的責任を勘案して放送の内容や運営方法について記した「放送法」があります。地域を限定した免許事業として、放送事業者には厳しい制約が義務づけられています。例外として全国放送が認められているのはNHKだけです。一方、通信業界には、電気通信事業に関する詳細な規定を定めた「電気通信事業法」があり、免許事業として制約が義務づけられています。このように放送と通信は異なる法規制のもとで、放送事業者は「放送免許」、通信事業者は「通信免許」を国から与えられ、事業を運営しているという違いがあります。最近では、「電気通信役務利用放送法」(2002.1~)により、通信ネットワーク(衛星通信の場合と有線ネットワークの場合がある)をインフラとして利用し放送を行うことが可能になりました。有線ネットワークを利用する場合の放送は、有線役務利用放送と呼ばれています。映像を個々のユーザーに対し、通信ネットワークで伝送するため、利用するインフラはADSLやFTTHのブロードバンドインフラとなっていることから、有線役務利用放送は一般的にブロードバンド放送と呼ばれています。ブロードバンド放送の代表的なサービスに、Yahoo!BB光TV(ソフトバンクBB)、光プラスTV(KDDI)、IPv6マルチキャスト放送のPlala.TV on 4th MEDIA(ぷららネットワークス)などがあります。放送と通信の境は事実上なくなってきているにもかかわらず、IPをベースとするブロードバンド放送では、著作権の処理が複雑なことや、地上放送の再送信が認められていないなど、法規制が壁となって、放送と通信は完全には融合できない状態にあります。

[3]   HDTV(High Definition Television)とは、高精細テレビ、高品位テレビのことで、現在のテレビより走査線の数を増やして画質を向上させた次世代のテレビ方式の総称です。現在、日本やアメリカで普及しているNTSC方式(National Television Standards Committee)地上波アナログカラーテレビ放送の方式を策定するアメリカの標準化委員会の名称)は、走査線が525本であるのに対して、HDTVでは1,125本または1,250本に増え(有効走査線は1,080本)、画質が飛躍的に向上します。画面の縦横比も、現行の横4:縦3から、映画などで採用されている横16:縦9の横長のサイズに変わります。逆に、一般的な家庭用テレビの標準的な解像度をSD(Standard Definition)と表し、その解像度のテレビはSDTVと呼ばれ、区別されています。

[4]   IPv6マルチキャスト放送とは、インターネット・プロトコルにIPv6(アドレス資源の枯渇が心配される現行のIPv4をベースに、管理できるアドレス空間の増大、セキュリティ機能の追加、優先度に応じたデータの送信などの改良を施した次世代インターネット・プロトコル)を使って、ネットワーク内で、複数の相手を指定して同じデータを送信することです。単一のアドレスを指定して特定の相手にデータを送信する「ユニキャスト」方式では、視聴者が2人いるとサーバ側がコンテンツを2回出さなくてはならないため、配信に負担がかかり、視聴者数に制約がありました。一方「マルチキャスト」方式は、こうした問題を解決するために、今までのオンデマンドの方式を変えて、複数のあて先を指定して1回データを送信すれば、通信経路上のルータやハブで、あて先に応じて自動的にデータを複製し、回線を圧迫することなく効率よく配信できる方式です。その意味で、不特定多数の相手に向かってデータを送信する「ブロードキャスト」(一般のテレビ放送)に比較的近い形で、配信には負担をかけないで、多くの人に見せたいという需要に応えた方式になっています。

[5]   ギルダー(George Gilder)の法則とは、「帯域(周波数の範囲のこと。データ通信は搬送に使う電波や電気信号の周波数の範囲が広ければ広いほど転送速度が向上することから、「通信速度」とほぼ同義として用いられます)の上昇ペースは、コンピュータのパワーの上昇ペースより、少なくとも三倍速い。コンピュータパワーは18ヶ月毎に倍になるが(ムーアの法則)、コミュニケーションパワーは6ヶ月毎に倍になる」(テレコズム2001.11)というもの。