この論文は、消費不況の本質は、社会的欲望の対象喪失、中流の生活様式の成熟という歴史的構造に起因するとし、欲望の精神分析とその対象である生活様式のシステムの進化を前半部で検証し、理論化しています。後半部は、こうした歴史的分析をもとに、現在の局面を分裂市場と定義し、市場多様性への新しい戦略的対応の必要性を説いています。その成功の鍵は、表層トレンドを見抜く進化的な市場認識、進化的マーケティングへの戦略革新、それを推進していく突然変異を生み出せる組織革新にあるとしています。
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消費回復の鍵は何か
日本経済が危機的状況にあり、その主因が不良債権、金融システムにあることは多くの人々の注目するところとなった。同時に、実体経済の面では、消費の回復、その背後にある人々の長期的な不安感の払拭を誰もが認めはじめている。しかし、金融システムが安定を取り戻し、人々の不安が様々な諸施策によって払拭されたとして、消費は回復するだろうか。その答えは楽観的なものとは言えない。三つの理由がある。
- 政府による恒久減税、税制改革、福祉政策などは、長期の収入―支出構造は改善させることができる。従って、消費の「前提条件」は改善されるが、消費そのものには結びつくとは考え難い。
- 支出の中心が必需支出よりも選択支出に移行している現在の消費で、少々の収入変動が平均消費性向を上昇させると思えない。
- 不安のなかった時代はない。戦後にも、高度成長時代にも、バブル時代にも不安はあった。しかし、消費は旺盛であった。不安と消費は直接に結びついているわけではない。
消費低迷の原因は、分析的には長期の予想収入―支出構造の悲観性、将来への不安にあるが、消費の回復の鍵は、それを解消することだけではない。