5. 戦争戦略から学ぶこと
戦争から経営を学ぼうという傾向は、特にアメリカのコンサルタントはみんな好きです。最近も「ブティック系」のコンサルタントがクラウゼヴィッツやアレクサンドロス大王(紀元前356年-323年)について書いたものが出版されました。私も好きですが、戦略経営の概念が生まれる背景となった戦争戦略について話してみます。
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集中の原則-ナポレオン戦略
ナポレオンは「軍学とは、与えられた諸地点にどれくらいの兵力を投入するかを計算することである」と言っています。ナポレオンは軍事的天才です。騎馬を使った機動がうまいですね。日本の騎馬軍団を作ったのは秋山好古です。日露戦争で初めて出陣しましたが、結果的には馬を降りて戦いました。騎馬の走るスピードを生かして歩兵に脅威を与えるのですが、騎馬を使うのは難しいですね。変転する戦場の戦局と敵兵の心理が読めないと難しい。騎馬は攻撃力を構成する加速度のようなものです。
ナポレオンの原則は、アイシュタインの「f=ma」の公式と同じです。戦史でも何でもそうですが、力と力のぶつかりあいによって生き延びていくという条件下においては、「質量(m)×加速度(a)= 力(f)」という法則が働きます。力が大きい方が勝つという条件の時に、質量を大きくするか、加速度、言い換えれば、機動性を速くするかということです。力と力のぶつかり合いならば、質量が多い方が勝ちます。また同じ質量ならば機動性の高い方が勝つということです。戦略というのは簡単で、算術です。常に特定の場で量的に優位に立てばいいのです。それは、スポーツでも喧嘩でも、何でも言えることです。つまり、量的に特定のスポットや時空、空間において、競争相手に対して数的優位に立てばいいのです。
戦略の特徴として「集中」があります。なぜ集中することが必要になるのか、ということです。考え方として、競争相手や戦略発想の原点みたいなものです。つまり、競争相手が強大で、その相手に勝たなければ生き残れない、という条件があったときは集中するしかありません。あたりまえのこと、というか算数の問題です。集中は生き残っていくための最もシンプルな原則です。これが生き残る条件があり、その場合に集中というのが生き残りということのための有利になるケースが多い、ということです。数的優位が競争優位に繋がり、資源が有限であれば、相手に勝てる分野に集中すればいいのです。通貨危機に陥った韓国のサムスン電子が採った戦略が、半導体メモリ分野でDRAMに資源を集中するという戦略でした。資金など、DRAMの製造設備への資源集中は、確実にコスト優位に繋がります。従って、コスト優位によってシェアを拡大し、トップシェアを獲得して寡占化による市場支配力を基に供給と価格をコントロールし、高い収益をあげることができます。
戦争戦略はいろんな事を教えてくれます。イギリスの戦争戦略で著名なF.J.C.フラー(1876-1966年)がまとめた戦略の原則があります。アメリカ軍もフラーを参考して陸戦マニュアルを持っています。これは経営に十分使えそうなんです。九つの原則があります。統制(control)に関して、指揮(direction)の原則、決心(determination)の原則、機動(mobility)の原則があります。圧力(pressure)に関して、集中(concentration)の原則、奇襲(surprise)の原則、攻勢動作(offensive action)の原則があります。抵抗(resistance)に関して、分散(distribution)の原則、堅忍(endurance)の原則、警戒(security)の原則があります。これらの原則は戦史から学んだ戦略の原則です。この9原則を参考にすればよいということです。フラーの戦史研究は量的にも質的にも十分信頼できるものです。しかし、九つの原則を導く根拠となった個別の戦史例や数などの反証可能なものになっていません。ナポレオンの資料から約1年でまとめられたことが知られていますので反論も多いようです。
しかし、原則があれば便利ですね。自然科学と同じような戦略工学が可能になります。機動の原則、集中の原則、分散の原則など戦略経営にも適応できそうなものがあります。しかし、そのままでは使えないですね。先の集中の原則もそうです。この原則は、戦略経営のどの領域にも当てはまってしまいます。ということは有効性がないという事です。何でも治る薬は効かないということと同じですね。戦争の中から生まれた戦略の原則と経営に適応されるべき戦略の原則は、同じ戦略でも戦争と経営という適応される領域が違います。アナロジーはいいのですが、直接的に援用するのは、何らかの媒介項を置いてもう少し工夫がいると思います。
戦略家や兵学者等と称する自衛隊の参謀経験者などが戦略を語る時、特に陸戦そのものを営業の場面等に適応させて語られた時の違和感は、戦争と経営の本質的な違いを無視して直接的につながれることから生じるものです。典型例として、集中の原則やランチェスターの法則があります。吉川英治(1892-1962年)の小説「宮本武蔵」(講談社)で有名ですが、武蔵(1584-1645年)が21歳の時(1604年)、一乗寺郷下り松で京都の名門・吉岡一門と決闘を繰り広げたとされています。この決闘は、武蔵がひとりで100人余りを相手にした、生涯で最も苦しい戦いだったと伝えられています。1人がなぜ100人に勝てたかというと、常に1人対1人の戦いの場面を作って1人1人順番に倒していったからということになっています。これは、ランチェスター戦略の第一法則である「一騎打ちの法則」にあたります(F.W.ランチェスター(1868-1946年) イギリスのロンドンに生まれ、陸海空の戦闘における損害量を研究し、とくに空中戦争における戦闘機数と損害量を定量的に検討した結果、戦闘における法則を発見した。後に第二次大戦中のアメリカ海軍作戦研究チームによって研究が進められ、モデル式が作成された)。一般的にいわれるランチェスターの法則とは、シェア競争、シェア獲得には法則があり、その法則に従って戦力の差によって採るべき戦術が違うというものです。戦史から積み上げられた戦略の原則の一側面を「法則」として取り上げたノウハウが営業分野などで活用されていました。経験科学の原則と自然科学の法則を混同させたものでしたが、擬似的な戦略思考を大衆的水準で養ったといえます。現在の企業間競争では批判に耐えうるものとしては扱われていません。根本的に市場における競争が想定されていないこと、目的手段関係の転倒があることなど、経営の本質をくぐり抜けずに、直接的に戦争戦略を結びつけたことによる無理があるのです。しかし、生死をかけた人間的営為から得られた知識は等閑視はできません。また、武人文化のアメリカの経営者は戦争戦略から多くのヒントを得ていることも確かでしょう。
[2004.09 MNEXT]