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【事例】サッカーアジア杯UAE2019 決勝 日本 1-3 カタール 2019年2月1日
アジアカップの決勝は、日本対カタールの戦いになった。日本は、2018年のW杯メンバーを入れかえ、監督も交代し、代表チームを構築中である。一方、カタールは、メジャーなタイトルはとっていないが、2022年のW杯の自国開催に向け、潤沢な資金を武器に、帰化や移民によって、選手を選抜し、2022年を睨んでチーム練習を強化して代表をテコ入れしている。
勢いにのって勝ち進んだ日本の優勢の声も高かったが、結果は1-3で負けた。試合の経緯を振り返ってみる。
©Hadi Abyar (Licensed under CC BY 4.0)
前半、日本はアジアカップのフルメンバー、カタールも出場資格が懸念されたがフルメンバー。12分、左サイドのスペースでボールを持ったアフィフが右足でクロスを送る。ペナルティエリア内中央の今大会の得点王のアリがゴールに背を向けて受けると、右足でオーバーヘッドキック。ボールはワンバウンドして右ポストのネットを揺らしてゴール。吉田は防げず、DF吉田に視界を奪われたGK権田のセーブはとどかなかった。
前半24分、ハティムがペナルティエリア手前右でアフィフから縦パスをうけ、日本のDFの寄せの甘さをついて、左足でシュート。巻いたボールがゴール左隅を揺らして2点目。
後半は、カタールが2点を守る戦いになった。日本は攻めるが、ひいたカタールを攻めあぐねる。後半17分、MF原口に代えてFW武藤投入。この交代で、流れが変わる。
後半、24分。ペナルティエリア手前右の塩谷が縦パスを送ると、大迫がDFを背負いながら右横の南野へつなぐ。南野はGKアシーブに迫られながらも、右足でゴールを決める。そして、自らボールを拾って、攻めを急ぐ。今大会、初の得点を献上したカタールは、これを機に、再び攻めのモードへと転換する。後半29分、カタールがFWに代えてMFを投入。後半37分、カタールの右コーナーからハサンのヘッディングボールを吉田がハンド。これがビデオ判定(VAR)となり、PKを決められ、1-3となる。
後半39分、DF塩谷を代えMF伊東を、同じく44分、MF南野に代えMF乾を投入する。後半44分、右サイドでフリーキックを獲得。酒井が競ってボールがファーへ。吉田に絶好のヘディング機会が訪れるも枠外へ。日本は最後まで果敢に攻めるが、カタールにうまく時間を消化されて終了。日本のアジアカップ奪回はならなかった。
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戦略原則―冷静な分析と弱みの克服策
この試合から得られる教訓は何か。三つある。
第1は、戦略は個々の現場への柔軟な適応と応用を必要とする。
それが日本にはなかった。具体的には、カタールに、中盤で自由にボールを持たせてしまったことにある。これはひとつには、システムの違いによって生まれる。日本は、「4-4-2」を採用し、カタールは「3-5-2」をとる。これを「マッチアップ」(対応)すれば、日本はディフェンスで数的優位、カタールは中盤で数的優位を持つことになる。
前半、このシステムの違いによって生じたカタールの中盤の優位をうまく利用され、2点を失うことになる。他方で、システムの違いは他チームとの対戦でもある。従って、システムの現場での修正能力のなさによって、中盤での優位性を失ったとも言える。サッカーにおけるシステムとは、個々のプレイヤーの役割と連携を組織化した結果である。システムの目的は、個々のプレイヤーの能力を最大限に生かし、チームの攻撃力と守備力を最大化することである。システムに、教条的に固執する必要はない。「戦闘教義」や「勝ちパターン」と同じだ。
目的を忘れ手段に固執すれば、現実の状況への適応力を失うことになる。これを克服するには、全体の流れを読める選手が多くて、選手同士が声を掛け合い、ポジションを修正する必要がある。戦いの現場に立つキャプテン吉田やGK権田は、そういう役割を担っている。しかし、結果として修正に前半時間すべてを費やしてしまった。
第2は、戦略は明確でシンプルな指針を必要とする。日本代表には、カタール戦だけでなく、すべての試合において状況適応的な対応で、明確な指針がなかったようだ。敢えて、特徴づけるならば、日本企業の「総合戦略」のようなものだ。戦略の核とも言える明確でシンプルな指針がなかった。
明確な指針の欠如に陥ったのは、「過信」だ。戦略は、冷静な分析を尊重すべきである。
日本代表は冷静な分析ができていなかった。弱者の姿勢で謙虚であったが、カタールの日本研究ほどカタール分析ができていなかった。決勝までをうまく勝ち抜いたことによるのかもしれない。応援する方もそうだ。日本代表は、対戦相手に応じて「成長する」という幻想にとりつかれていた。この態度は、まったく強者の戦う姿勢であり、驕りだった。
日本代表は、カタールと比べれば、個の力や組織の練度が劣位にあることは確かだった。加えて、「中東の笛」や「観客」の応援もある。
カタールは、AFCのU-19で優勝したチームが主力だ。堂安や富安よりもふたつ上の22才のアフィフはその主力メンバーだ。また、このチームは、日本代表よりもチームとしての練習量が多く、組織連携もできている。このチームに対し、ベンチが強者のように受け身で戦ったように思える。
加えて、日本代表の強みと弱みの分析もできていたとも思えない。特に、日本の弱みは、GKであり、ディフェンダーの要の不在である。堂安や富安という人材が活躍する一方で、この弱みは目についた。カタール戦では、吉田(DF)をキャプテンとして、権田をGKに起用した。その結果、システムの適応不足から中盤からうまくボールを入れられ、吉田と権田が、アリにオーバーヘッドで先制されることになった。日本代表は、キャプテンシーの不在もあり、平常心を失い、前半時間を浪費するだけだった。後半、システムも修正され、カタールに傾く流れは、南野の活躍によって反転すると思われたが、吉田の不運な日本ゴール前でのハンド判定で万事休す。明日に繋がる負けにはならなかった。「殿」が弱すぎた。日本は「運」を味方にするほどの力を持っていなかった。
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偶然を制すー忘れてはならない戦略原則
三つの事例から六つの戦略原則を導いた。もちろんひとつの事例からではなく、自分の体験、戦史や企業事例の他者経験の蓄積があり、それらを長期記憶から想起し、裏づける側面も多いことは言うまでもない。これまでに言及した六つの原則に加えて、最後のひとつを加えて7原則としてあげてみる。
- 戦略は、勝ちパターン(型)を明確することである
- 戦略は、練度を高めることに注力すべきである
- 戦略は、想定外のもとでの平常心のコントロールを大切にすべきである
- 戦略は、流れを読んで柔軟に対応すべきである
- 戦略は、個々の現場への柔軟な適応と応用を必要とする
- 戦略は、明確でシンプルな指針を必要とする
- 戦略は、偶然を制することが必要である
これらは、戦略の創造のための類推のヒントとなり、戦略オプションの評価に使えるように、事例とともに長期記憶に保存しておくことが重要だ。
最後に、七つ目の原則を説明する。
勝敗の結果を左右するのは、戦闘力の運用を決定する戦略であり、実行力である。忘れてはならない要因は、予測できない想定外の偶然である。
大学選手権の最後のプレイで切り込んできたフィフィタが、ノッコンをしなければ試合は逆転していた可能性が高い。島根がラックから持ち出せば、ゴールに繋いだかもしれない。仮に、大坂なおみがメンタルで崩れたままであったなら、クビトバが勝っていた。アジア杯でアリのキックが吉田の頭に当たっていたり、権田のセーブがもう少し速く反応できていたりすれば、ゴールは外れ、流れは変わったはずである。
「もし」の事象が起こらなかったのは、サイコロの目である。絶対的な偶然性であり、歴史的必然性があったということである。計算不能な生起確率がゼロの事象なので、ベイズ統計が応用できない。戦略問題はAIでは処理できない。
多くの過去の戦略家は、偶然を制するものを「天才」と呼び、日本の参謀は「天佑」(秋山真之)と見なした。「三国志」の「諸葛孔明」は、天候や風の偶然性を、呪術的な方法で予測し制することができる軍師として描かれている。究極の戦略とは、この偶然を制したものだ。個人的な経験で言えば、人には偶然を味方にできる「運」を持っている人と、まったく持っていない「不運」な人がいる。最近、運を持っている人を起用することも偶然を制するひとつの戦略であり、手段ではないのかと思っている。
(選手の敬称は略)
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【参考文献、注釈】
- 「ラグビーマガジン」「テニスマガジン」「サッカーダイジェスト」の該当号参照
- 2014年ブラジルW杯観戦で学ぶ 実践戦略思考(2014年)、MNEXT
- W杯のコートジボワール戦敗北の戦略的読み方(2014年)、MNEXT
- W杯日本代表のリーグ戦敗退の戦略的読み方(2014年)、MNEXT
- 注1 弊社発刊「消費社会白書」など参照
- 注2 松田久一編著「戦略ケースの教科書」(2012年)かんき出版など参照
- 注3 ここではスポーツの定義には立ち入らない。オリンピックの採用競技程度にしておく。スポーツの定義に関する議論は、「スポーツの歴史」レイモン・トマ著参照
- 注4 「戦略原則」は、J.C.Fuller、"The Foundations of the Science of War", Hutchinson & Co.参照
- 注5 同「戦略ケースの教科書」参照