ここで目指すべきところは「自分で戦略を組み立てるようになる」ということです。戦略思考を学び使えるようになりたい人のために解説をします。「戦略が大事だ」とよく言われる割には、多くの文献や解説本は、内容が薄くて実務に生かせるように思えないからです。特に重点を置いたのは、できるだけ納得のいく、腑に落ちる説明をしようということと研究的にもレベルを落とさないことです。無味乾燥な概念の定義から入ると難しくなりますし、レベルが低いとやる気をなくします。
実務では、手順やステップのような分析的なアプローチも必要です。しかし、分析やフレームは不可欠ですが、あくまでも思考をサポートする作業であって、本質的な目標である「戦略というものを自分の頭の中で組み立てられるようになる」ことの補助的な事柄です。戦略思考は作業ではなく頭を使う創造的なものです。
使えるということは、やはり、自分の頭の中を通過しないとダメだということです。その理由は状況に合わせた柔軟な応用が利かないからでしょう。同じようなことは、来年(2005年)が「日露戦争勝利100周年記念」ですが、日本海海戦(1905年)を描いた司馬遼太郎(1923-1996年)が、「坂の上の雲」(文芸春秋、1969年)で秋山好古(1859-1930年)に言わせていたと思います。自分の頭脳を通過して出てこないといけません。繰り返しになりますが、本コンテンツでは、戦略を自分の頭の中にどうやって組み立てられるか、に焦点をあてて進めていきます。
まず、最初は戦略というもののイメージを掴んでもらうことですが、最初の壁はガバナンス意識、つまり統治意識を持つことです。統治意識のないところに優れた戦略は生まれないです。戦略思考というのは、戦略主体がその目的を達成するために対象としての外的環境に対応するという枠組みの上で考えます。一国の政府を戦略主体として捉えるなら国際関係などの環境が対象になります。こんなことはふだんの生活のなかではあまり考えません。また、企業や事業が戦略主体なら対象は顧客と競争、つまり、市場です。商品サービスが戦略主体なら対象は顧客と競争相手になります。「私」を戦略主体と考えるなら「私」が生きている家族、会社、学校などの社会が環境になります。つまり、戦略を考える前に、戦略主体と対象環境という二分の枠組みが意識されねばなりません。主観-客観意識、自他の区別が重要です。戦略思考の難しいのは、この認識枠組みの前提がなかなか持てないことです。戦略主体の当事者意識、ガバナンス意識を持てないのです。会社の戦略を考えろ、と言われて、手法や手順は覚えたし、知っている。しかし、「会社が自分のもの」だと言う統治意識がなければ中身のある戦略など考えられません。国の安全保障政策を考えるにも、政府が自分のものだという統治意識がなければ到底納得のいく国民を守る戦略はできません。ふだんの生活意識と対極にある思考の枠組みが必要です。社長でもなく、首相でもなく、会社や官庁の単なる企画スタッフに過ぎない人が、こういう統治意識を持つことは難しいことです。また、勘違いして悪しき「エリート意識」に堕する危険も孕んでいます。しかし、戦略思考は、戦略主体の統治意識を持つことからスタートします。「社長」になったつもり、「首相」になったつもりで考えねばなりません。まずは、統治意識を持つことが仕事であると割り切ってここを突破しましょう。
統治意識を持つということを実感し視点を学ぶには、歴史小説を読むといいと思います。明治維新から日露戦争の勝利に至る明治日本を描いた司馬遼太郎の「坂の上の雲」、ローマ帝国興亡の一千年を描く塩野七生の「ローマ人の物語」(新潮社、1992~2006年で全15巻予定)、花王石鹸の創立と発展の歴史を描いた城山三郎の「男たちの経営」(角川書店、1981年)などが統治意識を学ぶ上で代表的なものといえるでしょう。もっとわかりやすいものでは横山光輝の「漫画三国志」がいいと思います。歴史小説は、現代人には当時の状況がわかりませんので、時代背景が描かれています。だから、時代と主人公が描かれています。つまり、対象環境と戦略主体という二分の枠組みが自然に入ってきます。そのうえで主人公の戦略を考えていけるからです。主人公への感情移入を通じて「その気になって」統治意識を持つことができます。
[2004.08 MNEXT]