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公開日:2020年08月06日

7月消費支出への減少効果は約24%
JMRモデルで推計(速報)
―陽性確認者数報道によって変わる消費行動
社会経済研究チーム 松田久一、菅野守


1.陽性確認者数の報道の消費へ影響は大きいのか?

 新型コロナウイルス感染者数(報告日陽性確認数)が増えている。全国で1,000人を超える日も珍しくはない。この状況をどう捉えるかは、@matsudahisakazuを参照頂きたい。確実にいえることは、マスコミで報道される陽性確認者数の報道は、消費者の行動に影響を与え、変容させていることだ。

 東京では、新規陽性確認者数が200人を超えると、レストランの予約がキャンセルになり、タクシー利用率は減り、外出数に依存するコンビニの客数が減る、といわれている。

 ここでは、陽性確認者数の変化と日々の消費支出の変動を説明するモデル(JMRモデル)を構築の上、陽性数報道が消費支出にどのような影響を与えるのかを推計した。更に、このモデルを用いて、日々の陽性確認者数の変動に伴う、消費支出の日々の変化の予測を試みる。


2.分析する日別消費支出と新規陽性確認者数の性格と特性

 最初に、日々の消費支出と新規陽性確認者数の関連をみてみる。2020年2月13日から5月31日にかけての、二人以上の世帯における1世帯当たりの消費支出の日別支出の金額と、新型コロナウイルスに関するPCR検査の日別の全国の新規陽性確認者数の推移は、図表1のとおりである。


図表1.消費支出とコロナ新規陽性確認者数の時系列推移


 消費支出への影響を推計する上で考慮する必要があるのは、公表されている日別消費支出の特徴である。

 消費支出の日別支出は、家計調査の調査票のひとつである家計簿に記録された品目レベルの支出内容の中から、支出の日付が明確なものを日別に集計することで作成された数値である。消費支出の日別支出の月合計値は消費支出の月平均の値よりは小さい。その差が生じるのは、月極料金や年極料金などのものへの支出が一定割合存在しているためである。2018年1月から2020年5月までの範囲でみると、消費支出の月平均に対する消費支出の日別支出の月合計値の割合は、平均で68.3%である。データの散らばりは標準偏差が2.5%、第1四分位が66.7%、第3四分位が69.7%、四分位範囲は3%である。

 消費支出の日別支出は、全国平均の値しか公表されていない。そのため、陽性確認者数の変動が消費支出に与える影響を推計する都合上、厚生労働省が公表している陽性確認者数も全国計の数値を採用している。


3.日別消費支出と日別の新規陽性確認者数は関連性がみられるー基本的な確認

 新規陽性確認者数と消費支出の日別支出の金額の動きを比較する。

 まず、新規陽性確認者数は、2月13日から3月中旬頃にかけて緩やかな上昇傾向で推移していたが、3月21日前後から急上昇していった。4月7日に緊急事態宣言発令。10日に新規陽性確認者数が全国で708人を記録したのをピークに、17日には宣言の全国拡大、その後は急低下し、5月14日に39県で緊急事態宣言解除、17日以降は横ばい傾向の低水準で推移し、25日に東京などの5都道県でも解除された。この期間は最初の感染拡大期である。

 他方、消費支出の日別支出の金額は、2月13日から5月31日の間での最小値となった4月13日を境に、緩やかな低下傾向から緩やかな上昇傾向に転じている。

 両者の関連を相関係数でみてみると、同日の、消費支出の日別支出の金額と新規陽性確認者数との相関係数は-0.2359であり、弱い負の相関が認められる。さらに詳しく見てみると、消費支出の日別支出の金額と、その前日の新規陽性確認者数との相関係数は-0.2706となり、同日の場合よりも負の相関はより強いものとなっていることがわかる。

 このことは、新規陽性確認者数が増えたその日の消費支出よりもむしろ、その次の日の消費支出の方が、低下する傾向が強いことを意味している。


4.新規陽性確認者数(前日)が1人増えると消費支出は3円減少

 これまでの消費支出の日別支出の金額と新規陽性確認者数の日次推移、相関係数の計算結果などを踏まえて、日々の消費支出の変動を説明するモデルの構築とその推計を行った。

 推計に用いたのは日次データであり、データの期間は2020年2月13日から5月31日までの計109日分である。

 モデルの従属変数は、二人以上の世帯における1世帯当たりの消費支出の日別支出の金額である。このモデルは単純な回帰であるが、曜日変動、月次変動、自己相関、不均一分散などを除去し、適切に係数を推計する必要がある。

 モデルの独立変数は、大別して三つの群で構成されている。ひとつめは、日別の全国の新規陽性確認者数の影響を捉えた部分である。消費支出の日別支出の金額との相関の高さをもとに、前日の新規陽性確認者数を採用している。ふたつ目は、曜日ダミーである。これは、一週間の中での家計の買物行動の違いを考慮し、特にウィークデーと週末の違いをコントロールするために導入したものである。三つ目は月次ダミーである。消費支出における月次での季節性の変動要因を考慮し、2月から5月までの各月の違いをコントロールするために導入したものである。

 三つの独立変数群に含まれる各変数を係数の有意性に基づいて逐次除去しながら再集計を続け、最終的に残ったモデルの推計結果は、図表2のとおり。


図表2.消費支出に対するコロナ新規陽性確認者数の影響


 まず、前日の新規陽性確認者数の係数推定値は-2.99となり符号条件は負、有意水準は1%である。係数推定値からは、前日の新規陽性確認者数が1人増えると、消費支出の日別支出は3円減少するという結果が得られており、モデル構築に当初想定していた通り負の相関関係が確認できている。

 次に、曜日ダミーについては、月曜日ダミー、金曜日ダミー、土曜日ダミー、日曜日ダミーのいずれも係数推定値は正である。有意水準は、月曜日ダミーが有意水準5%、土曜日ダミーと日曜日ダミーは有意水準1%、金曜日ダミーは有意水準0.1%である。係数推定値からは、これら週末はウィークデー比べて、消費支出の日別支出の水準が顕著に高いという結果が得られており、一週間の中での家計の買物行動としてよく知られている事実とも整合的である。

 月次ダミーについては、2月ダミー、3月ダミー、4月ダミー、5月ダミーのいずれも係数推定値は正であり、有意水準は0.1%である。

 月次ダミーの推定値は、各月におけるウィークデー(火曜日~木曜日)における平均的な日別支出の金額の推定値を表している。週末の各曜日の日別支出の金額の推定値は、ウィークデーの平均値に、各曜日ダミーの推定値を加えたものとなる。ただし、これらの数値は、新規陽性確認者数の増加による消費へのマイナスインパクトの分は組み込まれてはいない。これらのダミーの推定値の合計から、前日の新規陽性確認者数の増加による消費の減少分を差し引くことで、2020年2月13日から5月31日の間の各日の消費支出の日別支出の金額の推定値を求めた。

 ちなみに、本推計は誤差項の自己相関は認められず、不均一分散の存在も認められないことが、各種検定に基づく統計量からも確認できる。更に、決定係数(R二乗値)も0.9791となり、その値は1に近く、あてはまりも極めてよいと判断される。


5.7月の消費支出予測値は対前年同月比で約24%減少

 推計したモデルをベースに、以下では、2020年6月以降の新規陽性確認者数の推移に伴う、消費支出の日別支出の金額の予測を試みた。

 分析の手順は以下のとおり。

 2020年6月以降の消費支出の日別支出の金額の予測を行うためには、2020年6月の月次ダミー、7月の月次ダミー、8月の月次ダミーの数値が必要となるが、現状では、当該ダミーの推計に可能なデータは、家計調査において公表されていない。

 そこで、次善の策として、昨年の同時期のデータ、すなわち2019年1月~2019年8月までの消費支出の日別支出の金額を従属変数に、同期間における前日の新規陽性確認者数は事実上ゼロとみなしたうえで、曜日ダミーと月次ダミーを独立変数としたモデルを別途推計した。

 その結果得られた2019年6月の月次ダミー、7月の月次ダミー、8月の月次ダミーの数値それぞれを、2020年6月の月次ダミー、7月の月次ダミー、8月の月次ダミーの数値に当てはめて、予測に用いることとした(これらの変数の係数推定値は正で、有意水準0.1%であることは確認されている)。

 結果は図表3のとおりである。2020年6月1日から8月3日にかけての、二人以上の世帯における1世帯当たりの消費支出の日別支出の予測金額と、新型コロナウイルスに関するPCR検査の日別の全国の新規陽性確認者数の関連を示している(8月5日時点では未公表)。


図表3.2020年6月以降の消費支出予測


 両者の動きを比較すると、新規陽性確認者数は、6月1日から6月中旬頃にかけて横ばい傾向で推移の後、6月22日前後から7月1日頃までは緩やかな上昇傾向を経て、その後は急上昇していった。7月31日に新規陽性確認者数が全国で1,574人を記録したのをピークに、その後は急低下している。ただし、8月3日現在の新規陽性確認者数が全国で937人となっており、1,000人に近い水準を保っている。

 他方、消費支出の日別支出の予測金額も、6月1日から6月中旬頃にかけて横ばい傾向で推移の後、6月下旬ごろから低下トレンドに入り、7月に入ってからは低下の勢いに拍車がかかる。6月1日から8月3日の間での最小値となった7月30日を底に、その後は緩やかな上昇傾向にある。

 両者の相関をみると、消費支出の日別支出の金額と新規陽性確認者数との相関係数は、同日同士でみても、前日の新規陽性確認者数との相関でみても、相関係数はともに-0.931であり、極めて強い負の相関が認められる。6月1日から8月3日にかけての新規陽性確認者数の増加の勢いが激しかった分、曜日ダミーと月次ダミーによる変動の影響を凌駕する形で、新規陽性確認者数増加による消費支出の予測値へのマイナスインパクトが如実に表れたといえる。

 6月1日当初は36人しかいなかった全国の新規陽性確認者数が、7月末頃には1,000人の大台を突破したことで、消費支出の日別支出の金額は、6月1日時点の6,309円から最小値となった7月30日の時点の2,315円まで、-63.3%も減少している。

 消費支出の日別支出の各月の合計値を比較すると、2020年5月の合計は16.9万円、6月の合計は18.4万円、7月の合計は15.3万円である。2020年5月合計と比べると、2020年7月合計は-9.6%の減少となっている。

 また、この新規陽性確認者数の日々の報道が、個人消費にどれほどの影響を与えるかをみるために、2019年7月の支出と、モデルで予測した2020年7月の予測支出を前年同月比較してみると、20.1万円から予測値の15.3万円へと、金額では約4.8万円、変化率で-24.1%の大幅な減少となる。年換算は、改めて公表データを更新し、新規陽性確認者数の予測の上で、推計する必要がある。これは8月下旬に公表予定である。スーパーやコンビニなどの流通チャネルへの影響も分析したい。

 しかし、日本経済へのインパクトは、感染者がこのまま全国1,000人レベルで推移すると年間で20%以上の個人消費支出減をもたらすリスクがある。GDP換算で約60兆円の個人消費支出の減少である。



特集:コロナ禍の消費を読む


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