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『消費社会白書2004 すすむ消費、かわる消費』より
「M」型市場への「W型アプローチ」
大場美子
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消費の読み方と、市場の攻め方を総合的視点から分析し『消費社会白書2004 すすむ消費、かわる消費』としてまとめました。そのエッセンスを紹介し新しい市場アプローチのモデルを提案します。 キーワードは「Mと読んでWで攻める」です。



 現在の消費をとらえ、どう攻めるかを検討するために、インターネットモニターを対象にした「JMR消費動向調査」結果をベースに、消費について経済、社会、心理の総合的な視点から分析を試みた。

1.新しい切り口-相互依存性
 個人消費は、マクロ経済に占める重要性をますます高めている。さらに、消費を規定する要因についてモデル分析を年代別に適用してみると、年代によって要因が異なるという結果が得られた。また個別支出項目について時系列データを使って多様性の分析を行った結果から、消費の多様性が拡大していることもわかった。これらのことから消費を解明するには、個人間の異質性や多様性に着目した分析の必要性があることがうかがえる。  消費者調査から消費意識について分析した結果、個人の消費意識は他者との関わりなしにはとらえられないことがわかった。
 ひとつは、商品サービスを「欲しいと思う気持ち」(欲望)が、他者を通じて形成されるということがある。約半数の人が、「友人など自分の周りの人」、「街を歩いている人」、「タレントや俳優」など他人の持っているものを見ると欲しくなる、と答えている。
 ふたつには、他者が商品選択の際の重要な情報源であり、選択を決定する規範になっていることである。「商品を選ぶとき、他人の評判や情報を一切気にしない」という人は約2割にすぎない。残りの約8割の人は意識の上で商品選択に際して何らかの他者の影響を受けていることになる。さらに、これらの意識を年代別にみてみると、若い年代層ほど他者依存の傾向が強い。
 現在の消費市場は、他人に影響をあまり受けずに「自立的」に消費をする少数の人と他者の影響を受け「他者依存的」に消費をする多数の人がいるという、相互依存的なものであることがわかった。

図表1 消費の相互依存性


2.ふたつの異質なリーダーが牽引する「M」型市場
 こうした相互依存性のある消費市場において、誰が他者に影響を与えるリーダーとなって消費を牽引しているのかを探索した。
 消費意識の差異によって消費者のタイプ分けを行ったところ、五つに分けられた。さらに志向する価値と「欲しい」と思う商品サービスのパターンの類似性の分析から、それぞれのタイプによる相互依存関係が確認できた。
 現在の消費市場は、自立的な価値意識を持ち他者をリードする層と、他者に依存的でリーダーの真似をする層とに分かれている。自立的な意識を持ち消費を牽引する側は34%であり、リーダーに牽引される側が66%であった。
 これらの結果から、消費はバラバラの個人が自身の合理的判断に基づいて行動した結果の合計ではなく、少数の自立的な消費をするリーダー層が、多数のフォロワー層に影響を強く与えながら全体の消費の動向を形づくるという、依存関係があることがわかった。  さらに、自立的な消費をするリーダー層にはふたつのタイプが存在している。フォロワー層は三つのタイプがあって、おもにひとつのリーダーに牽引されるタイプと、両方のリーダーに影響を受けるタイプがあった。
 ひとつのリーダーは、若い年代が多く含まれ、ハイクラスな生活を目指し消費意欲の旺盛な「どんどん型」である。消費意識は新しいものを先取りしていく「トレンド」、「みせびらかし」意識が強く、価値意識としては「上昇志向」と「自力解決志向」が強い。購買力と「情報リード力」(情報発信力と情報ソースの豊富さから定義)が高く、消費に積極的である。現状よりも「上」の生活をめざし、消費の志向としては、格のあるもの、時代を先取りする新技術やスノッブ志向を満足させるものを求める。
 もう一方は、50代以上が多く、中流のスローライフを目指す「ゆうゆう型」である。消費意識は精神的な豊かさを重視し、収入より時間のゆとりを求める「スロー」が強く、衝動買いや浪費意識の「消費衝動」と貯蓄好きの「守銭奴」が特に弱いというのが特徴である。価値観では「自力解決志向」が強いが、「どんどん型」と違って「上昇志向」は低い。支出金額も大きく高い購買力を持ち決してケチではないが、自分を納得させる情報がないと消費しないタイプである。「中流」生活を維持することに満足し、健康や環境によいこと、情報収集のためのコストは惜しまない。
 このふたつのリーダー間は、めざす価値が対立的であり消費意識の異質性が高いので、互いに交わることはなく消費の依存関係はないと考えられる。
 リーダーに牽引される側の三つのタイプは、特に他人に影響されやすく新しいもの好きの「ふわふわ型」、みせびらかし意識の強い「ミエミエ型」、スローな生活を志向する「きちきち型」である。
 消費パターンと志向する価値の類似性からリーダーへの依存関係をみると、ハイクラス志向の「どんどん型」は「ミエミエ型」を、スローライフ志向の「ゆうゆう型」は「きちきち型」をそれぞれ引っ張り、「ふわふわ型」がその時々によってふたつのリーダー間を揺れ動く「M」型構造になっていることがわかった。

図表2 経済格差の拡大


3.「M」型市場への転換の背景
 今の市場は異なる価値を志向するふたつの消費リーダーが牽引する「M」型を描いていることがわかった。なぜ消費リーダーの分裂が起こっているのか、その要因は社会の三つの変化にあると考えられる。
 ひとつには、経済格差の拡大と階層意識の分化である。近年、日本の所得格差は拡大傾向にある。若年層を中心としてフリーターといわれる非正規雇用者や、派遣社員など不安定な働き方をする人が増え、雇用条件によっても大きな収入格差が生まれている。この格差は、「結果平等」よりも「機会平等」、政府に依存しない「自立化」型の個人主義によって受容促進されている。さらに、経済格差が、中流意識が支配する社会に意識の階層分化をもたらしはじめている。
 ふたつめに将来不安による消費の不安定化傾向がある。所得の不確実性に伴う将来不安は、消費の「抑制」と「衝動的な消費」という対極的な志向をもたらしている。心理学的分析から不安防衛機制の働きとして解釈することが可能である。不安は消費を一方的に抑圧するのではなく、不安定で振幅の大きい消費現象を生み出している。「ムード」や「空気」に影響されがちな消費の不安定性はこのためである。
図表3 「M」型社会
 三つめは、理想の生活イメージの分化である。収入見通しのよい「勝ち組」は、強い上昇志向を持って上流(ハイクラス)を目指すグループと、現在の中流(スローライフ)を維持しようとするグループに分化している。
 これらの変化によって、格差の小さい「だんご型」社会から階層化がすすむとみられるが、欧米型または戦前の日本のような単純なピラミッド型の階層社会ではなく、価値の分化によって上層がふたつに分かれるふたつのピークを持つ「M」型社会を形成していくと推測できる。
 こうした社会の構造変化が、「M」型の市場を作り出したと考えられる。

4.「Mと読んでWで攻める」
図表4 「W型アプローチ」

図表5 「W型アプローチ」によるセグメンテーション
 ふたつのリーダーの価値が対立する「M」型市場では、特定の価値を持つ商品サービスで完全普及(普及率100%)をめざすことは不可能であり、一元的なイノベーション普及モデルは通用しない。我々は、市場浸透モデルとして「W型アプローチ」を提案する。
 「W」型とは、五つの消費者タイプをボーリングのピンに見立て、ボール(商品)を手前から投げる様子を図示したもので、市場構造の「M」が反転したものである。うまい角度でボールを投げれば、リーダーに当たりリーダーに依存するフォロワーまで倒すことができる。つまり、対照的なふたつのリーダーのどちらかを選択すれば、牽引層の他者依存性を活用して効率的に浸透を図ることができる。リーダー以外の層に導入すると、市場が限定されるか不安定なものになり、普及は見込めない。
 攻め方は四つある。「どんどん型」リーダーをターゲットにして「ふわふわ型」まで狙う場合需要規模は48%、さらに「ミエミエ型」へ波及できると66%まで拡大する。「ゆうゆう型」リーダーをターゲットにした場合、「ふわふわ型」に拡大させれば42%、「きちきち型」まで到達すると最大62%の市場が狙える。
 「W型アプローチ」が持つマーケティング上の含意は、おもに四つある。
 1) 特定の価値を持ったひとつの商品サービスが完全普及をすることはない。
 2) 安定的な新製品の普及及び市場浸透を目指すには、ふたつのリーダーのどちらかをターゲットにし、それぞれの牽引層に順次浸透させていく必要がある。(見誤るとボールがリーダーをすり抜けどこにも当たらない場合がある。ターゲット設定の誤りのケース)
 3) リーダー以外の層に導入、普及すると、市場が限定されるか、極めて不安定なものになる。フォロワー層がリーダー依存的な行動をとるからである。(初期導入時のファッド型ヒットのパターン)
 4) 商品サービスが普及していく過程は、異なるマーケティング属性を持った層を積み上げていくことと同じであり、適切で段階的なマーケティングアプローチの多層化が必要となる。(層を転移する際のアプローチの切り替えができないと、需要は拡大せず頭打ちになる)
 階層化と価値の多様化が同時進行する市場では、この「W型アプローチ」に基づいて、自社の商品サービスがどのリーダーに受け入れられ、牽引層にどれだけ浸透しているかを知ることによって、より適切で効率的なマーケティングアプローチを検討することができる。さらに、新 技術、新製品を市場導入する際、どちらのリーダーが有効で、どんなライフスタイルを提案すべきかを検討することができる。また、効率的に市場をカバーするための、商品サービスの多元化の方向性も検討することが可能である。
 研究レポートでは具体的な三つの商品領域について分析した事例を紹介している。とりあげたのは、現代の「三種の神器」のひとつ「大型フラットテレビ」、加工食品の中から、新製品が続々登場しブランドアイテムの多様化がすすむ「レトルトカレー」、購入チャネルの幅が広がりメーカーブランド間競争が激しい「美容液」市場である。
 大型フラットテレビは、現在の所有は「どんどん型」が高く今後の購入意向は「ふわふわ型」が最も高くなっている。「どんどん型」が技術革新の激しい市場での初期採用層になることが裏付けられた。今後の市場拡大のためには「どんどん型」の深堀りと「ふわふわ型」への層の転移を想定した商品、価格、コミュニケーションの切り替えが必要になってくると考えられる。
 消費の相互依存性を理解することから新しい市場の読み方がみえてきた。消費市場を「Mと読みWで攻める」。マーケティングアプローチの新しい成功の原則が生まれている。
 詳しくは研究レポートを参照していただきたい。

図表6 「W型アプローチ」による市場浸透
(2004.01)


本稿は、当社代表・松田久一による助言・指導をもとに、大場が代表執筆しております。本稿の内容は、松田からのアイデア・構想に大きく負っております。ここに謝意を表します。あり得べき誤りは筆者の責に帰します。

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