麻生内閣下で打ち出された経済対策の効果を消費者は冷静に見極めており、そのうち「省エネ家電へのエコポイント」「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」の三つは、消費者から高く評価されている。
需要喚起効果が期待されるこれら三つの対策のうち、「省エネ家電へのエコポイント」と「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」について経済効果を試算すると、対策により下支えされる最終需要は総額で5.91兆円、他部門への波及効果が経済全体に十分に行き渡った場合に実現される生産誘発額は、合計で約16兆円となる。生産誘発額は必ずしも全額が単年で実現されるとは限らないものの、規模としては経済全体での年間生産額の1.7%、GDP比では3.1%に相当する。
乗用車と薄型テレビ(液晶、PDPを含む)の販売実績のデータから対策の効果を試算すると、乗用車では、2009年4月から10月までの実績の2割強がこのふたつの対策で失わずに済んだと観ることができ、2009年10月以降も2008年度後半並みで推移するとしても、2009年度末の予想累計販売台数は昨年実績を上回ることが見込まれる。薄型テレビ(液晶、PDPを含む)では、2009年4月から10月までの実績で昨年の成長ペースを上回る伸びを見せており、2009年10月以降も2008年度後半並みの伸びで推移しても、昨年を大きく上回るハイペースでの成長が見込まれている。乗用車と薄型テレビ(液晶、PDPを含む)ともに、経済対策が販売実績の上積みに寄与していることは疑う余地がない。
これらの対策は、ダイレクトに金銭的メリットを実感でき、そのメリットが一定期間内に特定の購買行動を採らない限り享受できず、他財への需要に影響を与えない形で需要の上乗せを図れるものである。こうした耐久財需要を直接刺激する対策は、ミクロ経済学における部分均衡的な市場介入政策に類するものであるが、消費者の支持も高く、需要喚起の効果の強いものと評価される。
経済対策による需要喚起の効果の大小は、支出規模それ自体よりもむしろ、費用対効果の高い分野の選定とそのインパクトの与え具合にかかっている。費用対効果の見極めと、需要喚起効果の高い耐久財需要を直接刺激できる巧みな市場介入こそが、消費者からの高い支持の獲得と大きな経済効果の実現を可能にするのである。
(1)低支持率にあえいだ麻生内閣
5年半にも及ぶ長期政権を築いた小泉純一郎の後、安倍晋三、福田康夫ともに在任1年の短期間で政権を放り投げる事態が立て続けに起き、解散の決断を迫られた自民党。解散・総選挙に打って出ても勝てる見込みのある「選挙の顔」として、若年層や無党派層に人気があると言われていた麻生太郎が自民党総裁に選出され、2008年9月24日に麻生内閣が発足した。発足当初の2008年9月~10月にかけては5割近かった内閣支持率も、麻生首相の失言騒動が相次いだ2008年11月に急落の後、下降線をたどる。2009年2月には、G7財務相・中央銀行総裁会議終了後の会見での失態を問われて中川財務相が辞任に追い込まれたのがダメ押しとなり、支持率は史上最低の15%にまで落ち込んだ。党内からは「麻生下ろし」の声が上がり始めて内閣は存亡の危機に立たされるも、3月に西松事件で小沢民主党代表の秘書が逮捕されるという敵失に救われたことと、2次補正予算の関連法が成立し経済対策に必要な予算措置が担保されたこともあり、2009年4月には急落の始まった2008年11月水準まで支持率は回復していた。
だが、2009年5月には女性スキャンダルに絡んで国会議員専用無料パスの私的使用が発覚した鴻池内閣官房副長官が辞任、6月には日本郵政社長の続投決定に抗議して鳩山総務相が辞任、7月には東国原宮崎県知事の衆院選出馬騒動による党内混乱の上に東京都議会議員選挙での自民・公明の敗北で決定的ダメージを受け、支持率は再び15%にまで急落、7月21日に麻生内閣は衆議院解散に追い込まれることとなった(図表1)。
図表1.麻生内閣 発足から解散までの経緯 |
(2)もたついた経済対策論議
内閣発足直後の早期解散・総選挙も視野に入れつつスタートした麻生内閣にとって、2008年9月のリーマン・ショックは、シナリオの修正を迫るものとなった。輸出から設備投資へとスランプが広がり景気の失速が鮮明となる中で、経済危機回避に向けた迅速な政策対応への要請が高まり、対策実現のめどが立つまで解散・総選挙は先送りすることが、自民・公明間での事実上のコンセンサスとなった。実質1年にも満たない麻生内閣の下で、四つの経済対策が立案・施行された。そのうち、2008年10月30日の「生活対策」に盛り込まれた定額給付金(1人12,000円、65歳以上及び18歳以下の人には更に8,000円を加算)や高速道路料金の大幅引き下げ(大都市圏を除き乗用車で土日・祝日原則1,000円)、12月19日の「生活防衛のための緊急対策」に盛り込まれた環境性能に優れた自動車に係る自動車重量税・自動車取得税の減免(いわゆる、"エコカー減税")、2009年4月10日の「経済危機対策」に盛り込まれた環境対応車への買い換え普及促進("エコカー補助金")や「エコポイント」の活用によるグリーン家電(テレビ、エアコン、冷蔵庫)の普及加速などは、経済対策の目玉としてメディア等で頻繁に取り上げられた(図表2)。
図表2.麻生内閣の経済対策 |
4回にわたる対策のうち、初めの3回は麻生内閣成立後3ヶ月以内、2008年中に打ち出されたものの、政策実現に必要な予算措置となる2次補正予算関連法の成立が2009年3月4日にずれ込み、政策の本格実施が更に3ヶ月余り遅れることとなった。与党側が衆議院においては絶対多数だが参議院においては過半数割れとなっていた「衆参ねじれ現象」が、補正予算関連法などの一般法案通過の足かせとなり、政策の迅速な実施を妨げられたのは、麻生内閣としては致し方ないことであった。だが、高まっていた早期解散・総選挙の気運に一旦フタをしてまで推し進めた経済対策で対応のもたつきを露呈したことは、政治的には人々の期待を二重に裏切る結果となった。
(1)経済対策の効果を額面どおりには受け取らない消費者
景気対策や雇用対策として、麻生内閣の下で実際に打ち出されたものの他に、実際に打ち出されてはいないがメディア等で話題なったものを含めた計18項目について、その認知と、それが景気回復に寄与するかどうかをたずねたところ、認知と景気回復への寄与の上位5位にはいずれも、「定額給付金」「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」「省エネ家電へのエコポイント」「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」が挙がっている(図表3)。図表3.経済対策の認知と景気回復に役立つもの |
認知率は、「定額給付金」と「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」がともに90%超、「省エネ家電へのエコポイント」と「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」は70%超、「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」は50%超といずれも高い。他方、景気回復に役立つものの回答率は、「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」が30%、「省エネ家電へのエコポイント」と「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」は20%超、「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」は約18%、「定額給付金」は16%にすぎない。認知率に対する景気回復に役立つものの回答率の歩留まりは、「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」の三つは30%程度、「省エネ家電へのエコポイント」は25%程度、「定額給付金」は20%にも満たない。
対策の認知率の違いを属性別に見ると、「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」の認知率が高いのは、性別・世代別では男性戦後世代、女性新人類、女性団塊世代である。「省エネ家電へのエコポイント」の認知率が高いのは、性別・世代別では男性新人類、男性戦後世代、女性新人類、女性団塊世代、ライフステージ別では子独立、職業別では無職の層である。「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」の認知率が高いのは、性別・世代別では男性新人類以上と女性団塊世代、ライフステージ別では子独立、職業別では無職の層である。「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」の認知率が高いのは、性別では男性、性別・世代別では男性新人類以上、ライフステージ別では子手離れ以上、職業別では管理職・経営者、公務員、無職の層である(図表4)。
図表4.属性別 経済対策認知 |
景気回復に役立つものの回答率の違いを属性別に見ると、「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性少子化世代、女性バブル後世代、女性団塊ジュニア、ライフステージ別では中高生・学生、職業別では専業主婦の層である。「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性少子化世代、男性断層世代、男性戦後世代、女性バブル後世代、職業別では無職の層である。「省エネ家電へのエコポイント」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性戦後世代、女性断層世代、女性団塊世代、職業別では無職の層である。「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性少子化世代、男性断層世代、男性戦後世代、女性団塊世代、ライフステージ別では子手離れ、職業別では無職の層である(図表5)。
図表5.属性別 景気回復に寄与すると思う対策 |
属性別に見て、対策の認知率も景気回復に役立つものの回答率もともに高いことが確認できるのは、「省エネ家電へのエコポイント」に関しては男性戦後世代、女性団塊世代、無職の層、環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」では男性断層世代、男性戦後世代、無職の層、「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」では男性断層世代、男性戦後世代、子手離れ、無職の層である。
経済対策として広く認知され景気回復に役立つと評価されている5項目であっても、ごく一部の層を除き、認知率の高い層と景気回復に役立つものの回答率の高い層との共通性は乏しい。このことから、認知率が全体に比べ顕著に高い層であっても、景気回復への寄与の回答率の高さにつながらないケースが多いと同時に、認知率はせいぜい全体並みであるにもかかわらず、景気回復への寄与の回答率が全体に比べ顕著に高い層が存在することを示唆している。
どんなに政府が目玉として積極的にアピールしたとしても、大多数の消費者から見れば、経済対策の効果は額面どおりに受け取れるものではない。より広汎な層をターゲットとした対策の立案を初期段階では狙っていたとしても、認知率がそれほど高いわけではないごく一部の層でしか高く支持されていないのが実情である。
(2)需要を直接刺激する対策を支持する消費者
認知と景気回復への寄与について提示した対策18項目の中から、消費者が活用可能な8項目について今後活用意向のあるものをたずねたところ、認知や景気回復への寄与の場合と同様、上位5位には「定額給付金」(72.0)、「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」(39.1)、「省エネ家電へのエコポイント」(25.4)、「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」(13.8)、「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」(11.5)が挙がってくる。対策の実施まで商品購入を控えているものの上位5位は、「定額給付金」(19.2)、「省エネ家電へのエコポイント」(14.6)、「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」(7.7)、「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」(5.4)、「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」(4.7)の順となっている(図表6)。図表6.経済対策活用意向 |
政策実現によって喚起される需要の強さを、今後活用意向のある対策への回答率に対する対策の実施まで商品購入を控えているものへの回答率の歩留まりで便宜的に測ると、「省エネ家電へのエコポイント」の歩留まりが57%で最も高く、次いで「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」と「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」は40%前後、「定額給付金」は27%で、「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」は20%である。「定額給付金」と「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」は、活用意向の高さの割には対策が実施されて早々に期待できる需要喚起の効果は乏しいと目される。
今後活用意向のある対策への回答率の違いを属性別に見ると、「定額給付金」への回答率が高いのは、性別・世代別では女性団塊ジュニア、ライフステージ別では子育てと子手離れ、職業別では専業主婦の層である。「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性新人類、女性バブル後世代、女性団塊ジュニア、ライフステージ別では既婚子なし、子育て、子手離れ、職業別では管理職・経営者、公務員の層である。「省エネ家電へのエコポイント」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性新人類、女性断層世代以上、ライフステージ別では子手離れ、職業別では自営業・自由業の層である。「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性バブル後世代と女性断層世代、ライフステージ別では子手離れの層である。「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」への回答率が高いのは、職業別では管理職・経営者の層である(図表7)。
図表7.属性別 経済対策活用意向 |
対策の実施まで商品購入を控えているものへの回答率の違いを属性別に見ると、「定額給付金」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性戦後世代と女性新人類、ライフステージ別では子手離れ、職業別では自営業・自由業の層である。「省エネ家電へのエコポイント」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性新人類、男性団塊世代、女性団塊世代、女性戦後世代である。「ETC搭載車に対し高速道路地方区間の通行料金を割引」への回答率が高いのは、性別・世代別での女性バブル後世代のみである。「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」への回答率が高いのは、性別・世代別では男性団塊世代と女性団塊世代、「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」への回答率が高いのは、性別・世代別での男性団塊世代のみである。属性別に見て、今後活用意向のある政策への回答率も対策の実施まで商品購入を控えているものへの回答率もともに高いことが確認できるのは、「省エネ家電へのエコポイント」での男性新人類、女性団塊世代、女性戦後世代のみである(図表7)。
「省エネ家電へのエコポイント」「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」の3項目は、今後の活用意向も高く対策実施後に期待される需要喚起の効果も比較的高い。中でも、「省エネ家電へのエコポイント」では、特定層主導での需要牽引が今後も期待される。効果が比較的見込めるこれら三つの対策に共通しているのは、エコポイントや減税、補助金という形でダイレクトに金銭的メリットを実感できるが、それは一定期間内に特定の購買行動を採らない限り享受できないこと、更に購買行動によって出てくる耐久財需要は代替性の乏しくかつ不可逆的であるため、当該年での需要増の効果がそのまま出やすいことである。その意味で、需要、特に耐久財を直接刺激する対策の方が、消費者からの支持も高く、対策による需要喚起の効果もより強いものとなりやすいといえよう。
(3)需要喚起効果が期待される対策での生産誘発効果は約16兆円
「省エネ家電へのエコポイント」「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」という、需要喚起効果が期待される三つの対策によって、どの程度の経済効果が見込めるのであろうか。「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」について政府は、2008年12月19日公表の「生活防衛のための緊急対策」の中で、平年度ベースで国税1,000 億円程度、地方税1,100 億円程度、計2,100億円程度の減税を予想している。だがこの数値は、平年度並みの税収額を前提に割り出された数値であり、減税措置により見込まれる販売台数の予想の根拠とし用いるには不十分である。他方、「省エネ家電へのエコポイント」と「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」については、2009年4月10日の「経済危機対策」の中で、明確な予算措置が施され、補助金やポイントの給付方針も明記されている。補助金やポイントのための予算が切れてしまえば、2009年度末までに急いで購入する誘因はないとするならば、予算枠の限界となる台数を、対策により下支えできる需要と考えて不自然ではないであろう。
"エコカー補助金"の場合、現状で把握できる政府の予算枠は3,700億円である。補助金の給付方針として「環境対応車の新車購入で10万円、最大25万円まで補助」が示されている。極端な仮定だが、エコカー補助金の予算の全てが最大25万円の補助を受けられるハイブリッド車の新車の購入に充てられた場合、予算枠内で補助可能な台数は約148万台となる。ハイブリッド車の新車の想定単価を200万円と見込むと、"エコカー補助金"によりカバーできる最終需要は2.96兆円となる。"エコカー補助金"の経済効果は勿論、乗用車部門に止まらない。産業連関表の逆行列係数表から、乗用車部門の生産誘発の係数は3.12と算出される。乗用車部門の最終需要にこの係数を掛けたものは、他部門への波及効果が経済全体に十分に行き渡った際に(乗用車部門も含めた)経済全体で実現される生産金額となり、その値は9.24兆円となる(図表8)。
図表8.エコカー補助金とエコポイントによる経済効果の試算 |
同様の試算を、省エネ家電へのエコポイントにもあてはめてみよう。エコポイントについて、現状で把握できる政府の予算枠は2,946億円である。ポイントの付与方針は、エコポイントの主たる対象商品である薄型テレビ、冷蔵庫、エアコンで違ってくる。2009年5月の制度施行以来、エコポイントの対象商品の中で最も販売が伸びているのが薄型テレビ(液晶、PDPを含む)であることを踏まえ、以下では、エコポイントの予算の全てが薄型テレビに充てられた場合を想定した。薄型テレビでは、条件を満たした商品(=統一省エネラベル4☆相当以上)の購入価格の5%分をポイント付与し、地上波デジタル対応テレビでは更に5%のポイントが上乗せされる。極端な仮定だが対象の商品がすべて、購入価格の10%分ポイント付与のものとした場合、予算枠内でポイント付与が可能な購入金額、すなわち最終需要は2.95兆円である。条件を満たした地上波デジタル対応テレビの想定単価を25万円とすれば、購入金額から割り出される販売台数は1,178万台となる。産業連関表の逆行列係数表から、薄型テレビが属する民生用電子機器部門の生産誘発の係数は2.28と算出される(冷蔵庫、エアコンが属する民生用電気機器部門の係数も、ほぼ同等である)。民生用電子機器部門の最終需要にこの係数を掛けたものが、波及効果が十分に行き渡った際に(民生用電気機器部門も含めた)経済全体で実現される生産金額となり、その値は6.72兆円となる(図表8)。
"エコカー補助金"と省エネ家電へのエコポイントの2対策により下支えできる需要は総額で5.91兆円、波及効果が経済全体に十分に行き渡った際に実現される経済全体での生産誘発額の合計は15.96兆円となる。平成19年度国民経済計算確報によると、2007暦年のGDPは515.8兆円、民間最終消費支出は290.4兆円、2007暦年の全産業での産出額は922.5兆円である。(年の違いは踏まえた上でも)前記2対策で下支えできる需要は、GDPの1.1%、民間最終消費支出の2.0%に相当する。前述の生産誘発額は必ずしも全額が単年で実現されるとは限らないものの、規模としては経済全体での年間生産額の1.7%、GDP比では3.1%に相当する。名目ベースでマイナス成長の可能性すら危ぶまれる現状では、この2対策による需要の下支え分は、決して無視できる数値ではない。
(4)経済効果の出方如何では昨年を上回るペースでの成長も可能に
"エコカー補助金"や省エネ家電へのエコポイントで補助金やポイントを受ける消費者の中には、この対策によって購入計画を前倒ししたものも含まれてはいるが、対策の有無にかかわらず購入計画を立てていたものが多数派かもしれない。対策によって新たに生み出された需要または生産の押し上げ分は、前節で示した最終需要または生産誘発額の一部と見るのが穏当であるが、具体的な規模の算出は現時点では難しいと目される。対策によるネットの効果を見積もるための一例として、以下では、乗用車と薄型テレビ(液晶、PDPを含む)の販売実績のデータをもとに、複数のシナリオを想定したシミュレーションを行い、対策の効果を試算してみよう。
社団法人自動車工業会公表のデータによると、普通・小型・軽四輪の3カテゴリーを合わせた乗用車の累計販売台数は、2008年度実績(2008年4月~2009年3月)で390.9万台、伸び率は2007年度比89.0%となった。ここで、2009年4月の販売台数である23.6万台を起点に、2008年度の各月の前年同月比伸び率で販売が推移したと仮定すると、2009年10月時点での累計販売台数は172.7万台に止まり、2009年度末の累計販売台数は301.7万台、伸び率は2008年度比77.2%へと更に落ち込むことになる。2009年4月から10月までの累計販売台数は219.0万台であり、昨年の同期間における累計販売台数である231.7万台をまだ下回ってはいるが、「2008年度並みで推移した場合の2009年度予想」の2009年10月数値である172.7万台よりは高い水準にある。両者の差である46.3万台は、"エコカー補助金"や"エコカー減税"などの乗用車をターゲットとした対策で失わずに済んだ需要と観ることができ、その割合は2009年10月までの実績の2割強に相当する。2009年10月以降について強気と弱気の2シナリオを立てると、強気シナリオとして2009年9月~10月の伸びを2010年3月までこのまま保ち続けた場合、2009年度末の累計販売台数は508.5万台となるが、これは余りにも楽観的すぎるであろう。弱気シナリオとして、販売が低調だったとされる2008年度後半並みの伸びでこのまま推移した場合、2009年度末の累計販売台数は417.8万台となり、昨年実績の390.9万台を上回ることも可能となる(図表9)。現実の数値は強気シナリオと弱気シナリオの間のどこかに入ると考えるならば、2007年度実績である439.0万台に近い数字の実現は、あながち高望みではないであろう。
図表9.乗用車販売台数の2008年度実績と2009年度の予想 |
乗用車の場合と同様の分析を、薄型テレビ(液晶、PDPを含む)でも行ってみよう。社団法人電子情報技術産業協会公表の「民生用電子機器国内出荷統計」によると、薄型テレビ(液晶、PDPを含む)の累計販売台数は、2008年度実績(2008年4月~2009年3月)で1,009.7万台、伸び率は2007年度比114.4%となった。ここで、2009年4月の販売台数である82万台を起点に、2008年度の各月の前年同月比伸び率で販売が推移したと仮定すると、2009年10月時点での累計販売台数は555.0万台、2009年度末の累計販売台数は1235.8万台に達し、伸び率は2008年度比122.4%と見込まれる。これに対し、2009年4月から10月までの累計販売台数は607.2万台であり、昨年の成長ペースを上回る勢いで販売が伸びている。2009年10月以降について、2008年度後半並みの伸びでこのまま推移した場合でも、2009年度末の累計販売台数は1,351.9万台に達し、伸び率は2008年度比133.9%という極めて大きな伸びが見込まれる(図表10)。
図表10.薄型テレビ販売台数の2008年度実績と2009年度の予想 |
乗用車と薄型テレビ(液晶、PDPを含む)で示したシミュレーションの結果が100%、経済対策の効果に帰着するものとは断定できない。だが、乗用車の場合のように、懸念された需要の落ち込みをカバーして昨年実績越えを見込めるまでになったことや、薄型テレビ(液晶、PDPを含む)のように、現時点で昨年を大きく上回るハイペースでの成長を実現していることに、今回の経済対策が寄与していることは疑う余地のないところであろう。
麻生内閣の下で経済対策として打ち出された諸政策に対する消費者側の評価を見ると、どんなに政府が目玉としてアピールしたとしても、対策の効果は消費者側に冷静に見極められている。消費者から見て効果が見込めると評価されたものが、「省エネ家電へのエコポイント」「環境対応車の新規購入に対し自動車に関する税の一部免除("エコカー減税")」「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」の三つである。
需要喚起効果が期待されるこれら三つの対策のうち、「省エネ家電へのエコポイント」と「環境対応車への買い替え時に登録車で金額補助("エコカー補助金")」について経済効果を試算すると、対策により下支えされる最終需要は総額で5.91兆円、波及効果が十分に行き渡った際に経済全体で実現される生産誘発額は合計で約16兆円となる。最終需要5.91兆円はGDPの1.1%、民間最終消費支出の2.0%を占め、生産誘発額16兆円は必ずしも全額が単年で実現されるとは限らないものの、その規模は経済全体での年間生産額の1.7%、GDP比では3.1%に相当し、マイナス成長の可能性すらある現状では決して無視できる数値ではない。
乗用車と薄型テレビ(液晶、PDPを含む)の販売実績のデータからシミュレーションを行い対策の効果を試算したところ、乗用車では、2009年4月から10月までの実績の2割強が"エコカー補助金"や"エコカー減税"などの乗用車をターゲットとした対策で失わずに済んだ需要と観ることができる。2009年10月以降について、2008年度後半並みの伸びで推移するという弱気シナリオを想定しても、2009年度末の予想累計販売台数は昨年実績を上回ることが見込まれる。薄型テレビ(液晶、PDPを含む)では、2009年4月から10月までの実績で昨年の成長ペースを上回る伸びを見せている。2009年10月以降、2008年度後半並みの伸びで推移した場合でも、昨年を大きく上回るハイペースでの成長が見込まれる。乗用車と薄型テレビ(液晶、PDPを含む)いずれの場合も、今回の経済対策が販売実績の上積みに寄与していることは疑う余地がない。
これらの対策に共通する点は、ダイレクトに金銭的メリットを実感できること、そのメリットが一定期間内に特定の購買行動を採らない限り享受できないこと、代替性に乏しくかつ不可逆的な性質を有するために他財への需要に影響を与えない形で需要の上乗せを図れることである。これらの条件に合致する形で耐久財需要を直接刺激した対策が、消費者から高い支持を得るとともに、需要喚起の効果の強いものとして評価もされている。こうした対策は多くの場合、ミクロ経済学で取り扱われる部分均衡的な市場介入政策に類するものと解釈でき、その有効性は政府による減税や補助金またはポイント付与の負担額と、対策によって誘発される経済全体でのメリットの増分との兼ね合いで決まる。
経済対策による需要喚起の効果の大小は、支出規模それ自体よりもむしろ、費用対効果の高い分野の選定とそのインパクトの与え具合にかかっている。その際、インパクトの与え方の鍵となるのは、ダイレクトに金銭的メリットを実感できること、そのメリットが一定期間内に特定の購買行動を採らない限り享受できないこと、代替性に乏しくかつ不可逆的な性質を有するために他財への需要に影響を与えない形で需要の上乗せを図れることという、効果が見込める政策が満たすべき3条件である。
費用対効果の高い分野の見極めと、前述の3条件に合致する形で耐久財需要を直接刺激できる巧みな市場介入こそが、消費者からの高い支持と強い需要喚起効果の実現を可能にするのである。
本論文執筆は、当社代表松田久一による貴重な助言や協力のもとに行われました。ここに謝意を表します。
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本論文に関連する統計データ