日本の情報家電メーカーの生き残り戦略
図表1.情報家電各社の業績比較(2009年度) |
円安バブルによって、世界市場での価格競争力を回復し、ようやく反転攻勢にでようとした際のリーマンショック以後の景気後退と円高は、日本企業にとっては極めて厳しい結果をもたらすことになった。さらに、旺盛な国内需要を背景に成長し、資金調達力を拡大し、技術導入によって、品質競争力を持ち始めた中国企業に、国内市場で、低価格攻勢に出られれば、さらに、厳しい状況に追い込まれざるを得ない。このような状況に無策で臨めば、国内外含めたM&Aの嵐と海外独占メーカーによる業界再編は避けられない。それは、日本の産業、非雇用者や消費者にとっても必ずしもよいことではない。
この難局に、日本企業は、「ものづくりの復権」や「品質差別化」によって新たな可能性を開こうとしているように思える。米づくりの伝統を引き継ぐ、高品質のものづくりの鍵となる「すり合わせ」によって差別化を図ろうとするものである。しかし、この戦略だけではもはや生き残れないことは明確である。
第一に、もはや品質では差がつけられない。日本製も韓国製も、日本製の原材料を使用し、同じ日本製の製造装置で製造しているのだから、差別化の源泉はほとんど同じである。第二に、数千程度の部品のすり合わせによって生まれる高品質も、もはや30%以上の価格差が開けば勝ち目はない。リーマンショック後にすすんだウォン安と円高の同時進行は、世界最大の情報家電市場であるアメリカでの日本製と韓国製の価格差を一挙に拡大した。液晶テレビなどの同一カテゴリーでは、日本製は20%高くなり、韓国製は20%安くなったようなものである。
それでは、日本企業はどんな戦略を構築すれば、世界市場で生き残ることができるのだろうか。戦略構築の前提としての顧客と市場の見方、そして、日本企業の最大のライバルとなったサムスン電子の強さと弱さの分析、そして、日本企業の生き残り戦略の代替的な可能性を提案したい。
(1)爆発する世界の情報家電市場
世界の情報家電市場は、成長期にある。背景にあるのは、世界的な中流人口の増加である。20世紀は人口爆発の時代と言われたが、21世紀も人口増加は続く。国連人口部推計による2005年の世界人口は65億人、2050年の将来予測(中位推計)では91億人と約1.4倍にまで膨れあがる。人口拡大の原動力は、新興国である。アジアは2005年の39億人から53億人へ、アフリカは9億人から20億人へ拡大する。先進国(日本、欧米、豪州)の人口比率は19%から14%へと低下し、新興国では中流人口の増加が予測されている。
これにより市場魅力度の世界地図は塗り変わる。アメリカ家電協会(CEA)によれば、2010年は、欧米と日本を含むアジアの市場規模は同一規模になると予測されている。翌年には、アジア市場が欧米を上回ることは必至である。今後の人口拡大を考慮すると、欧米、日本からBRICsへ、そしてVISTAへと市場魅力度は変動していくだろう。
(2)変わるキーテクノロジー、すすむ産業融合
一方、業界における技術や産業そのものが大きく変わろうとしている。情報家電業界では技術革新が絶えず起こる。それも不連続なカタチで急速に進んでいく。今後、注目すべき四つの技術革命をあげる。ひとつは、「クラウド革命」である。インターネットの雲(クラウド)の向こう側からサービスを受けるようになると、自分自身でソフトウエアやデータを保有、保管していたスタイルがなくなり、ユーザーのハードに求めることや利用スタイルは大きく変わっていく。ここで鍵となるのはアプリケーションやプラットフォームを制することにある。単なるものづくりでは製品価値を高めることは至難の技となる。
第二は、「ストレージ革命」である。HDDやSSD、NAND型フラッシュメモリは大容量化がますます進んでいく。これにより応用製品の大幅な需要拡大が見込まれている。TVやスマートフォンのみならず、電子書籍端末、iPadにみられるように新たな次世代携帯端末が生まれようとしている。
第三は、「4G革命」である。携帯電話は現在、第3.5世代(3.5G)となっているが、2010年末からドコモが3.9G(スーパー3G)サービスを開始する予定である。これは、下りの通信速度で100Mビット/秒以上を実現するものだが、2012~2015年には4G時代が到来する。通信速度は最大1Gビット/秒と飛躍的になる。
第四は、「スマートエネルギー革命」である。脱石化エネルギーをスマートエネルギーと定義するが、本命は太陽光発電である。スマートエネルギー革命を支えるシステムとして注目されているのがスマートグリッドと呼ばれる次世代電力ネットワークである。一般的にイメージされているのは、家庭/ビルの利用者はIT化された「スマートメータ」で、電力エネルギーを賢くマネジメントし、電気は蓄電され、電気自動車にも利用しようというものだ。
このように産業構造を規定したキーテクノロジーが変わることで、産業融合、コンバージェンス革命が起こる。数年前から言われているデジタルコンバージェンスは、情報家電とコンテンツ、サービスとの融合で、アップルやグーグルが進めようとしているが、これが一挙に加速することは間違いない。
注目しないといけないのは、もっと大きな産業融合である。ひとつは自動車産業との融合である。電気自動車、ソーラーカーの時代になると自動車は完全にエレキ化する。そうなると移動にまつわる情報、サービスとの融合もすすみ、移動システム産業に変貌していくだろう。また、住宅や街との融合も進んで行くであろう。住宅のエレキ化であり、総合リビング産業のような業界に変わっていくことが予想される。
(3)競争力を失う日本の情報家電メーカー
こうした市場や技術、産業が変貌を遂げようとしているなかで、日本の情報家電メーカーは、先に見たように、世界市場での競争力を失いつつある。なぜ、このような事態に陥ったのか。半導体から始まり、現在の液晶テレビまでの敗北と劣勢を振り返り、その要因を整理したい(図表2)。
図表2.日本企業の負け方 |
日本企業が最初に競争力低下に陥ったのは半導体である。80年代のピーク時には世界シェア50%を誇っていたが、現在では20%に満たない。負けた要因は、サムスンを始めとするアジア企業との投資の意思決定タイミングを見誤った要因もあるが、根本的には、最終製品をフルラインで次々に新製品を出していき市場を拡大するスパイラル戦略に失敗したからといえる。国内市場において新製品開発で成功し、世界に出て行くモデルが通用しなくなったのである。また、フルラインの製品開発の間隙を突かれ、マイクロプロセッサではインテルの独走を許すことになった。
つぎに負け始めたのはパソコンである。これはデジタル製品であるがゆえに、オープンアーキテクチャ化が一気にすすんだことが大きい。マイクロソフトがOSを、インテルがCPUを支配するようになり、垂直統合で開発をすすめてきた日本企業は、市場拡大期には、儲からない互換機の製造で対応するしかなかった。しかも、労賃の安い台湾メーカーに価格競争力で勝つこともできなかった。その上、流通は寡占化し、メーカーマージンは低下せざるを得ない状況になる。
携帯電話では、グローバルなユーザーニーズの変化へ対応できなかった。グローバルな成長期に入ろうとしているなかで、ユーザーが第一に求めるのは標準品であった。しかし、日本企業は、どちらかというと、通信キャリア別仕様、高性能機種を重視した。ノキアは、標準品をベースにキャリア対応し、圧倒的な量産優位を確立することができた。世界市場で失敗した日本企業は、撤退を繰り返し、ますます量産劣位になった。そして、近年では、iPhoneによって国内市場も危機に直面している。アップルの開発は、ものづくりにソフト、サービスのプラットフォームを提供していくソフト対応の開発である。これが先進国ユーザーのニーズに応え、製品価値を高める一因にもなっている。日本企業は、ものづくりにこだわり、多種多様な組み込みソフトウエアで高機能化し、開発機種ごとにゼロベースに近い開発を繰り返し、開発スピードや真の顧客ニーズを掴み切れなかったといえる。
携帯音楽プレイヤーでは、製品機能、スペック自体は日本企業、ソニーの方が優れていたにもかかわらず、アップルのiPodに支配されてしまった。情報コンテンツ産業との融合がすすんでいくなかで、iTunesというプラットフォームを提供し、ものづくりだけでなくソフト対応の開発をしたアップルが、もっともユーザーニーズを理解していたといえる。
現在では、液晶テレビも競争地位を低下させてしまった。トップ企業はサムスンである。液晶の技術開発では、シャープも先頭を走っているが、リーマンショック後の円高・ウォン安で価格競争力は大きく低下したのが一因である。これも国内でのものづくりにこだわったことが影響しているといえる。
繰り返される市場地位の喪失の共通にあるのは何か。
第一は、コスト競争に敗れたことである。メモリ、パソコン、携帯電話、液晶テレビは、「収穫逓増」産業の性格を持っている。つまり、生産量が増えればコストが下がる特性を持っている。このような産業でのコスト優位の鍵は、横並びの技術革新ではなく、生産量であり、設備投資のタイミングである。ライバルが投資のできないタイミングで投資をすれば、圧倒的なコスト優位によって一挙にシェアを獲得できる。つまり、市場の見通しと投資リスクの許容度が、競争優位を決定する。サムスンの現在の圧倒的な市場地位は、常に、世界市場を対象とする視点とひとりの経営者に投資判断が委ねられるトップダウン型組織によってもたらされたと言える。逆に、国内市場でのライバルに拘り、任期を気にせざるを得ないボトムアップ型の組織には不利である。
第二は、差別化競争に敗れたことである。パソコン、携帯電話、液晶テレビは、市場の成熟化が進めば、コモディティ化して、差別化が難しくなる。同じ材料、同じ製造装置から生まれる製品が大きく違うはずがない。他方で、ソフト、情報やコンテンツが「補完財」として大きな影響を与える。3DのAV機器を普及させるには、映画「アバター」のようなコンテンツが必要になる。差別化の鍵は、これらのソフト、情報、コンテンツといかに連携し、ユーザーにとって便利な提供システムを構築することである。アップルは、業界外の強みを生かして、音楽ビジネスを事業に持つソニーにはできなかった楽曲提供のシステムを創りあげることができた。このように製品差別化が困難になり、ソフト、情報やコンテンツとの連携が差別的な付加価値づくりの鍵を握っているにも関わらず、日本企業の対応はグローバルな競争力に結びつくような動きは少ない。
第三は、最終製品(アプリケーション)開発力で優位に立てないことである。これまでの日本の情報家電メーカーが開発した製品革新には様々なものがある。戦後のブラウン管テレビから様々な電子ガジェットに至るまで枚挙にいとまがない。これは、日本の消費者が、豊かで、多様で、欲求品質が厳しいからである。これは、他の国の消費文化と比較して、特殊で、他国の消費者と孤立的であり、また、他国の消費者をリードする先進性もあるという二面性を持っているということである。例えば、携帯電話の利用に関しては、特殊で「ガラパゴス」的な面が見られるが、寧ろ、先進的な面の方が大きい。問題は、日本の消費者にもっとも近い日本企業が、他国にはないこの強みを生かした最終製品の開発力へ結びつける努力がないことである。
第四は、バランスのある戦略がとれないことである。ひとつは、輸出志向の垂直統合戦略への拘りである。ものづくりのすべての工程を自社で行う内製に拘り、コスト吸収と品質差別化を同時に行い、海外に輸出できる国際競争力をつけ、世界市場を席巻する戦略に固執している。他方で、ひと度、垂直統合モデルが失敗すれば、今度は、すべてを海外へのアウトソーシングに依存し、ものづくりノウハウを失い、低品質に陥入らざるを得なくなる。最適な戦略を模索するのではなく、極端から極端へと戦略が振れ、失敗を繰り返している。サムスンが日本から学んだ輸出志向の強い、すべてを内製しようとする垂直統合戦略はまったく振れない。
第五は、国内ライバル企業しか見ない競争意識である。日本企業にとって、世界市場での最大のライバルは言うまでもなくサムスンである。サムスンの競争戦略は、日本企業との競争に焦点が当てられている。しかし、日本企業が海外で市場を拡大するには、サムスン製品に競り勝つ必要があるにも関わらず、ライバル意識は薄い。売上などのすべての収益性で格差が開き、やっとライバル視する企業が生まれはじめている段階である。これは、欧米の企業にキャッチアップする戦略の経験は豊富だが、キャッチアップしてくるライバルを振りきる経験がないからであろう。また、技術力ではまだまだ負けていないという自負があることも言うまでもない。
世界市場を見ない視野狭窄によって、投資競争で敗れ、量産によるコスト競争で負け、差別化もできず、新しい製品開発もできずに、基本の戦略が振れ続け定まらず、ライバル対策も打てずに沈んでいかざるを得なかった。それがこの10年の帰結であり、日本企業が敗退した実態である。
どうしたら大変貌を遂げつつある世界の情報家電市場で勝てるのか。
本コンテンツの全文は、メンバーシップサービスでのご提供となっております。 以降の閲覧にはメンバーシップサービス会員(有料)ご登録または、コンテンツのダウンロード購入が必要です。
|
このコンテンツに関する必読コンテンツ