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97年不況の戦略的教訓
-不況下での成長戦略
戦略研究チーム
1.問題提起
 平成第一次不況から立ち直りかけた日本経済は、97年の政府のミスリードに端を発し、第二次不況に陥った。現在も出口は見えず閉塞的状況は続いている。先行き2~3年はこの状況が続くとみるべきである。
 一方、こうした苦況下でも持続的な成長を果たすメーカーが存在する。この持続成長を生み出す源泉を明らかにすることが本論の目的である。不況下でメーカーの採るべき戦略は、単純なリストラによる減量経営ではなく、不況を契機にした戦略革新である。不況下でこそ革新は実現できる。
 本論は、平成第二次不況といわれる97年不況を概観し、大手消費財メーカーの97年不況下の業績を検証、この間持続成長したメーカーを抽出し、持続成長した各社の戦略行動の事例分析を行う。最後にこれらを通じた不況下での持続成長戦略の枠組み提示を行う。

2.97年不況
 1997(平成9)年度の経済白書は、96年半ばからの景気回復の好循環の姿を捉え「改革へ本格起動する日本経済」と題された。好況感はなかったものの41ヶ月の景気回復局面を捉え、バブル後遺症の清算から民間需要主導による自律的回復の兆しを謳った。しかし、97年を境に再び日本経済は苦況に陥る。98年度の経済白書は、「創造的回復への基礎固め」と題され、97年半ばに自律的回復過程への復帰が頓挫し、足踏み状態へ逆戻りしたことを著した。在庫・設備投資・建設(住宅)投資というすべての循環的要因が下方を向き、調整局面が終了するまでに長期間を要する状況に追い込まれた。「失われた10年」への第二幕。97年は1974年オイルショック(▲0.5%)以来のマイナス成長(当時、「戦後最悪のマイナス0.7%成長」と報じられ、東京市場からニューヨークやアジアにまで株式市場崩壊の連鎖が広がった。米国は「日本が世界経済の重荷になっている」と評した。統計の精緻化により、現在では+0.2%成長であったことが明らかになっている)、98年は実質GDPのマイナス成長に加え、物価(GDPデフレータ)も下落したため、名目GDPもマイナス成長となり、統計開始以来最大のマイナス成長を記録。日本列島総不況の状態が訪れた。この当時における戦後最悪という様々な記録を生み出した。
  • 97年、98年の2年連続のマイナスの経済成長(当時数値)
  • 失業率は戦後最高の5%近くまで達した(99年3,4,6,7月)
  • 企業倒産による負債総額は戦後最高、倒産件数は1万件超の戦後2番目(98年)
  • 都銀9行の不良債権処理額7兆6000億円突破(99年3月期)
 この不況は、99年4月の景気の谷まで25ヶ月続き、バブル崩壊後の第一次平成不況より7ヶ月ほど短かったが、後退幅は大きかった。99年に実質GDP成長率0.5%と2年度ぶりにようやくプラス成長(名目GDP成長率は▲0.7%)を迎えた。97年▲21.5%、98年▲7.5%と続落した日経平均株価の終値も99年は41.1%とプラスに転じた。

図表1.97年 景気の腰折れ


3.不況対策巧拙の検証
 こうした97年不況という厳しい環境をメーカーはどのように乗り越えたか。消費財14業界における大手メーカーの40事業を任意に抽出し、1997年~2000年までの業績を精査した。用いた指標は、次のふたつである。
  • 97年対2000年の売上と営業利益の業績成長性
  • 97年から2000年の3期を通じての持続的な事業成長性(40事業各々の対前年売上成長率を算出・得点化し、各年の減収企業比率で除し持続成長力指標を算出)
  この結果、97年と2000年の比較で増収増益を果たしかつ持続成長力の高い事業として、カネボウ・化粧品事業、マンダム・化粧品事業、武田薬品・医薬品事業、味の素・食品事業、カゴメ・食品事業、キユーピー・食品事業、伊藤園・飲料事業、キリンビバレッジ・飲料事業の8事業があがった。この8事業が97年不況期における真の勝ち組である。
 97年不況期に巷間で言われたのは、「売上は落としても利益だけは増やす」、リストラ・人減らしをテコに「減収増益」という形で収益を出すというスタイルであった。実際に、上場企業の99年9月期中間決算やそれに続く2000年3月期決算の分析では、こうした「減収増益」型の成果が取り沙汰されたが、上記8事業のように97年不況を巧みに乗り越え、持続的な増収という高い成果を残す事業が存在している。各事業の成功は単純な減量経営にあるわけではない。

図表2.97年不況下で持続成長した8事業


4.不況下の持続成長戦略の事例
 不況を乗り越え持続成長した8事業は、97年不況下でどのような戦略を採ったか。各社の取り組みを概観する。

(1) 危機意識を活かしたトップ主導による戦略革新

1) 武田薬品工業

 武田薬品の不況対応は、95年の「10年で社員数3500人削減」のリストラ宣言に萌芽がみられる。96年カンパニー制、97年ベア廃止の新賃金制度を導入と、人員削減と成果重視の給与体系移行というコスト構造改革が推進されていた。さらに97年不況の波を受けると、98年には中期経営計画見直しという機敏な対応をしている。
 経営ビジョンは、98年策定の中期経営計画で「研究開発型の国際企業を目指す」というスローガンと「2000年のROEを11%に」の具体的な数値目標を伴い明確に提示されている。コスト構造改善策では、95年に打ち出した人員削減策の継続に加え、97年に、加齢に伴い毎年自動昇給する「本人給」の割合を6割から3割に下げ、職位と成果に基づく「職務給」を7割に上げた。99年にはアイルランド工場稼働を機に国内主力2工場の人員半減、支店数削減(18ヶ所から13ヶ所へ)などが推進された。97年9831人の従業員が2000年には7656人と実に2175人の人員削減と、人件費の10%削減を実現している。
 事業展開では、国内外とも「医薬品事業への回帰」という選択集中を打ち出した。99年に飼料原料子会社の営業権を独BASFに譲渡、2000年に動物薬事業を米シェリング・プラウと合弁会社を設立して事業を移管、独BASFとビタミン原料分野での事業提携、ウレタン事業を三井化学との共同出資会社に全面移管し撤退と、医薬外事業の多角化見直し策を一気に進めた。推進の仕組みとして、98年にMPDR戦略室(マーケット、プロダクト、ディベロップメント、リサーチの頭文字)を新設、重点的に資源配分する領域を絞り、研究から営業まで一丸となって新薬開発を進めるスタイルを導入。さらに99年に駅伝方式の開発スタイル(薬の芽となる物質の発見→化合物の創製→臨床試験をリレー式に進める。同時に研究開発プロジェクト別に投資額、収益、成功確率、必要時間の4項目を数値化し、優先順位を決め、開発の打率アップを目指す)を導入した。2000年の技術研究費は97年比+4%になっている。
 また、97年に経営会議での討議スタイルを経営戦略案件の討議に絞るスタイルに変更、98年には事実上の執行役員制度である「コーポレイト・オフィサー制」を導入、さらに99年、役員制度改革(専務、常務ポスト廃止、最高経営責任者(CEO)である会長、最高執行責任者(COO)の社長の2人を数人の平取締役が補佐する体制)により権限の委譲とトップの意思決定のスピード化を図っている。そして武田国男社長のリード力が一連の推進を主導するスタイルになっている。トップダウンによる方針決定と現場への権限委譲の徹底が図られている。
 不況下での成長目標の明示と経営スリム化を通じたコスト構造の改善、事業の選択集中、競争の鍵を握る開発スタイルの革新、意思決定スピードアップの仕組み化がうまく連動して高業績が生み出されている。不況という逆境を活かし強い企業へ革新するというトップのリード力がドライブフォースになっている。

2) 味の素

 味の素は97年3月に総会屋への利益供与事件を起こし、不況のみならず社会的な信用失墜という危機を迎えた。同年6月に江頭新社長が就任、取締役の3分の1を入れ替える人事を断行し事態の収拾にあたった。味の素の強さは、こうした逆境から社内に高まった危機感を巧みに生かし、「日本から出発した世界的企業」への経営改革を実現してしまう底力である。
 経営体質改革は97年から継続して取り組まれた。97年の江頭新社長就任時に、国内事業活性化(アミノ酸、化成品、医薬品、甘味料の成長分野の収益源化)と海外事業収益アップ(合理化による現地法人の経営効率アップ)、連結決算ベースのROE6~7%目標が打ち出され、特に海外生産拠点活用によるコストダウン策が推進された。98年には営業ロジスティクスセンターを稼働させ、SCMを本格推進、調達活動におけるコストダウンに取り組み、99年には新3カ年計画を打ち出し、世界一のコスト競争力実現に向けたプロジェクト(地域・事業ごとに売上高、税引き利益、使用総資本利益率(ROA)、フリーキャッシュフロー、株主資本利益率(ROE)の収益指標管理体制導入)が推進された。2000年には、管理職への成果給制導入と物流子会社3社を合併し味の素物流を発足するなどSCMの仕上げにもかかっている。
 また、多角化事業の選択集中、事業内のブランドの選択集中も同時に進行させた。98年にグルタミン酸ソーダ、アミノ酸などをコアビジネスであることを明確に定義。この事業領域に特化した4つの領域研究所を加え6研究所体制を確立する。99年に事業本部を再編(調味料、油脂、食品、アミノサイエンス、医薬、国際)し、5カンパニー制に近い形態に移行するなど、ここまでは総合食品企業を目指すための事業多角化を指向していた。しかし、2000年にストロングNO2以上を目指し、総合食品企業から脱却することを打ち出し、食品事業の再編(調味料・油脂事業本部と食品事業本部を統合し食品事業本部新設)を行っている。
 食品事業については、97年に当時の食品業界に先駆け「採算性の悪い商品のカットを積極推進し、スクラップ&ビルド推進」を打ち出す。この年は、クノールカップスープ、HOT!1シリーズをリニューアルし、新ブランドは「ちゃんと」シリーズに限定した。続く98年はほんだし・かつおだしという主力ブランドをリニューアルする一方で、新カテゴリーのマザーセレクト(健康配慮商品のカテゴリーブランドづくり)を展開する。99年には、コーポレイトロゴを一新、新ブランドで「ごはんがススムくん」を投入している。スクラップ&ビルドの実践がなされた。
 営業政策では、99年から「新生活感度軸」に基づく個店提案を強化し、2000年には食品業界の組織小売業営業に先鞭をつけた広域営業本部を再編し、一部特定組織小売企業以外の本部商談機能を各支店に移管した。同時にそれまでの10支店体制から間接機能(総務・広報等)を有する5支社と営業機能に重点化した5支店の体制に再編し、独立採算色を強めている。
 商品政策では、主力商品のリニューアルを軸にしながら、各年とも絞り込んだ新ブランドのみを投入し、カンパニー制に近い形の事業部単位で利益管理を徹底させている。営業政策では、組織小売のエリア別対応の強化と営業拠点単位の独立採算制を導入。商品と営業の両輪に全社でのコスト削減策が連動し、97年不況と危機局面を乗り越えている。

図表3.危機意識を活かしたトップ主導による戦略革新

(2)戦略的集中投資による強みの追求

1) 伊藤園

 伊藤園の飲料事業は、2000年売上高(1927億900万円)が97年比140%、清涼飲料業界の同成長率(112%)の伸びをも大きく上回る驚異的な成長を遂げている。97年の長期経営計画で示されたビジョン「2002年売上2000億円」「新製品投入を武器」「設備投資は営業拠点のみ」をベースに、97年不況下でも一貫して自社の強みを追求したことが同社の際立った業績を作り出した。
 伊藤園の競争優位は直販ビジネスと委託生産方式にある。このためビジネス拡大の鍵を握るのは営業マンという人的資源と自販機台数という極めて明快なものになっている。96年以降、営業マンを毎年300人新規採用、97年の約1600名から2000年には約2100名と営業マン数を飛躍的に拡大させた。一方の自販機も97年から毎年7000台増設している。97年115ヶ所の営業拠点も99年に142ヶ所、2000年に170ヶ所と拡大させている。営業マンと自販機によるドミナント拡大が高成長の源泉である。逆に、このために2000年の人件費は97年比146%と膨張している。
 伊藤園では、この人件費を吸収する仕組みを備えている。問屋を介さない直販システムは販促費を低減(2000年度は売上比9.3%。競合キリンビバレッジ同比18.6%の半分)、自販機もリースのみで設備投資を徹底して抑制している。設備投資をキャッシュフロー範囲内の10億円以下に抑えるというガイドラインがある。製造面でも、茶葉は自社で一括加工したものを供給し、製造そのものは全国の農協系43社を中心とした委託工場にアウトソーシングする仕組みで低コスト生産を可能にしている。こうして全国各地に生産拠点を配置することで販売地との距離が短くなるため、物流費も抑えることが可能になっている(2000年度の物流費は売上比3.8%。競合キリンビバレッジ同比6.0%の約60%)。この生産システムをさらに強化するため、2000年に原料の茶葉の確保を狙い、宮崎県(都城農協)、鹿児島県で大規模茶園構想(茶産地育成事業)を本格化させている。
 商品政策では、98年からは一貫して主力の「お~いお茶」ブランド強化を重点とし、広告費も同ブランドに傾斜的に配分投下している。2000年度の広告宣伝費は、97年比+162%(キリンビバレッジの同比+153%をしのぐ)と投資を増やしている。
 伊藤園の戦略は、不況下での人員と営業拠点、広告宣伝費の拡大と、一見すると減量経営と逆行している。しかし、このことが自社の競争優位をより強固にした。そして、裏側で併行した的確なコストコントロールが不況下での連続増収増益の源泉になっている。

2) キリンビバレッジ・飲料事業

 伊藤園が自社の強みの追求と的確なコストコントロールで97年不況を乗り越えたのに対し、同じ飲料事業でキリンビバレッジは、ブランドの絞り込みと絞り込んだブランドの育成を基軸にして不況対応した。
 97年時点でも新製品投入は4ブランド(栄養補助・機能性飲料のサプリ、八葉三実など)と絞り込んだが、98年はさらに、キャディ、力水の2ブランドに限定し、既存商品のテコ入れに注力した。営業の武器は、97年に導入された「年間20パターンの店頭棚割提案システム」であった。
 97年不況が現実味を帯びた98年に第3次経営計画を策定、「改革の加速」を標榜し、重点施策を販売、原料調達、生産、物流の仕組み改革を通じた収益力の向上とした。「トータルコストミニマムの実現」を掲げ、単品別・配送先別に細分化した物流システム構築に着手する一方、98年からのブランド戦略が検討された。結論は、これまでの総花的な新製品投入と販促費投下をやめ、製造原価の低減も視野に入れ、基幹となるブランドを育成するというものである。年間4000万ケース超のブランドを基幹商材と位置づけ、こうした商材を3つ創造するという3大ブランド構想である。当時、この条件に該当するブランドは「午後の紅茶」だけであったが、これも頭打ち傾向が顕著になっていた。
 第一弾は、99年の缶コーヒー「ファイア」。コーヒー飲料では10年ぶりの刷新であった。ファイア育成では、広告宣伝費の集中に加え、キリンビールとの共同営業策を展開した。キリンビバレッジと取引のある酒販店約10万店のうち、6万店をキリンビールの営業マンが受け持ち、キリンビバレッジ側では、特に同社缶コーヒー未扱い店を重点開拓し、扱い店を2倍の26万店に拡大させる配下店拡大の営業が実施された。2000年には「選択と集中」の商品戦略をさらに明確にし、午後の紅茶、ファイアに集中した活性化策の導入と新ブランド「生茶」を投入。この生茶の初年度2250ケースという業界最大のヒットが好転の契機を作った。引き続き、2001年に「聞茶」がヒットと、いずれも無糖茶飲料の主力カテゴリーに絞り込んで投入した2つのブランド開発が奏功した。選択集中による強いブランドの育成が不況下での高業績の源泉になっている。

3) マンダム

 1978年発売以来、定期的なブランドリニューアルによって確立したギャツビーをはじめ、マンダム、ルシードの3つの基幹ブランドを持つマンダムは、キャッシュフロー計算法でブランド資産を管理する一方、コスト削減活動を強化して97年不況を乗り越えた。
 キャッシュフロー計算法によるブランド資産管理は、97年不況より前、93年の業績悪化を受けて導入されている。各ブランドの収益構造とブランド・パワー維持に必要な費用を算出し、今後3年間のキャッシュフローをあらゆるパターンで比較する手法である。この結果、強いブランドに経営資源を集中することが一期の業績より先決と判断し、当時、あえて12期ぶりの減収減益を選択している。新製品の乱開発を止め、ギャツビー、ルシードの主力2ブランドに絞り込むという政策は97年不況以前からマンダムでは採られていたものであった。98年からは、メンズカテゴリーでのシェアアップを重点政策に置き、新ブランドではなく、基幹のギャツビーブランドのエクステンションでメンズのスキンケア意識の高まりにミート、広告宣伝費の重点投下とカテゴリーマネジメントスコアカードによる卸管理も奏功し、99年には売上100億円突破を果たした。重点を明確にした戦略的集中の勝利である。

図表4.戦略的集中投資による強みの追求

(3) ビジョンのアクション化-カネボウ

 カネボウでは、94年までのマーケティング・ルネサンス第1ステージ期の業績不振を受け、95年、ニューセグメントマーケティング(チャネル別ブランド体制)、育成ブランド集中化、セルフブランドへの投資集中を柱とするルネサンス第2ステージを打ち出した。ここを転換点に業績は回復局面に入るが、97年不況を受けて98年、全社の第二次経営再建計画が策定される。役員新体制のもとで人員削減と賃金カットを柱とし、全9事業を化粧品と日用雑貨の基盤強化2部門と情報システムや開発事業部など安定収益3部門、繊維素材やファッション、食品など再構築4部門に分類し、化粧品と日用雑貨を柱に収益改善に取り組むもので、実質的には繊維部門のリストラである。今後3年間は全社レベルでは、無理に売上高を伸ばさず、利益改善に集中。但し、化粧品、日用雑貨については連結で230億円売上増を目指し、3年間で全社の販管費を100億円圧縮するが、2事業には従来以上に販管費を集中投下するという経営改革がスタートした。
 こうしたなか、化粧品事業では、カウンセリング商品分野で29ブランドを半分まで集約し、そのなかから6つのメガブランド(100億円以上)を育成する政策が採られた。合わせて実施された営業政策は、系列小売店2万5000店のうち、業績不振店4000店の経営支援強化(来店客調査を実施し、店舗立地や顧客特性に応じた売場構成などの改善策を提案)である。一方のセルフ商品分野では、98年に全ブランドのリニューアルを敢行し、二桁伸長を狙ってドラッグストア部の新設と新規拠点の開拓活動(6万5000店→2000年7万2000店構想)、セルフ化粧品増産のため小田原工場に10億円投資というセルフ総合戦略が採られた。こうした重点集中策が奏功し、97年不況下を好況で走り抜けた。
 2000年に打ち出されたマーケティング・ルネサンス第3ステージでは、「カウンセリング」「セルフ」「サロン」の販売方法に応じて決める市場分類を廃止、医薬品と化粧品の中間領域を新市場として開拓、販路別に同一ブランド投入のマスマーケティングからバリューマーケティングへの変革を打ち出した。化粧品本部にバリューマーケティング室を新設、また化粧品総合研究所も新設し、基礎科学研究所と化粧品研究所を設置するなど体制も固めつつある。ここまでの選択と集中から、集中と拡大を狙う布石を投じている。

図表5.ビジョンのアクション化

(4) 新市場の発見と創造

1) カゴメ

 97年からの3期を持続成長で乗り越えたカゴメだが、企業ドメイン再定義など経営戦略では苦しんでいる。全社的には95~96年に業績が悪化、特に商品数削減政策の行き詰まりと販促費の増加に苦しめられた。97年の飲料事業における六条麦茶、野菜飲料のヒットがあり、その利益をカテゴリーNo.1政策推進(トマト関連、ウスターソース、野菜ジュース、フルーツ系飲料への積極的な新製品投入)のために食品事業にも振り向ける形を採った。98年に戦略商品アンナマンマを投入したが早期育成がままならない状態で推移した。99年には「トマトと野菜カンパニー」宣言で事業ドメイン再定義を余儀なくされている。こうしたなか、97年不況を乗り越えてきたカゴメの施策で特筆すべきは、物流を基軸とした取引先の絞り込みを通じた受注業務の合理化とSFA導入による営業の情報化の促進である。
 97年にカゴメは、全国1万3000ヶ所の納入先を半分に絞り込んでいる。これは95年に実施した商品別ブロック別特約店制度から温度帯別特約店制度への移行と新条件精算システム(特約店の精算業務をカゴメが代行処理するオンラインのシステム。明細のはっきりしない請求の排除を狙った)導入の流れを汲むものであり、配送対象も特約店に限定、受注ロット数も引き上げた。同時に、オンライン受注率を60%まで高め、19ヶ所ある受注拠点を東西2ヶ所にすることにより。受注業務コスト4億円削減を実現している。
 営業政策では、97年に広域量販部、CVS部を新設する。99年に営業の情報共有を目指し、SFAを導入、特に「営業情報カード(営業の情報掲示板機能)」を通じ、全国の営業マンが相互に成功した個店販促企画情報をやり取りするスタイルを定着させ、営業マンの企画作成業務の効率化を実現した。

2) キユーピー

 キユーピーは、自社の得意領域を深堀りすることで97年不況を乗り越え、またこの延長線上で次期への布石を打ち込んでいる。
 97年に5カ年計画を策定、自社の得意事業への経営資源投下と生鮮野菜と密着した新規事業の創造を明確にした。商品政策では、強いブランドのリニューアル策とターゲットを明確にした新商品のシリーズ展開策を基軸にした。97年にキユーピーハーフ、サラダクリーム、マスタードマヨネーズの3品をリニューアルした。その後99年になってようやくマヨネーズ商品7品目にあたるホイップマヨネーズを投入。生野菜以外に、温野菜、パンに合う口溶けの商品で、「朝食に温野菜」という食べ方提案キャンペーンを実施した。2000年は、ハーフタイプマヨネーズ、ノンオイルドレッシングの全面リニューアルを実施する。このように調味料分野では、徹底したリニューアル策が採られ、新商品投入は行われていない。食品分野における新製品では、99年の高齢者向けレトルト「やさしい献立シリーズ」や幼児向け「おいしさたっぷりシリーズ」とターゲットを絞り込んだ形のレトルト食品での展開を行っている。
 一方、以前から展開していた野菜工場事業(TSファーム)を発展させ、2000年にはカット野菜全国展開(東西の主力工場に専用ライン設置。2002年までにスーパー4000店、CVS1万店への納入で2001年度の10倍の85億円の売上を目指す)へ乗り出し、本業に密接に関連する野菜領域での新規事業育成という布石を打っている。

図表6.新市場の発見・創造



5.まとめ
 不況下に持続成長したこれら8社の事例からは様々なことが学べる。共通していることは、90年代前半までに採用してきた戦略を、97年不況を契機として活用し、戦略転換をし、事業を進化させている点である。それまでの戦略が通用しなくなる、環境は一段と厳しさを増す、企業浮沈に関わるこうした危機的状況を見事に逆手にとって、改革に成功している。トップのスローガン提示や掛け声で戦略転換が実現するものではない。社内の誰にでもわかる危機が改革推進のエンジンになる。危機的状況を文字通り逆風として受けるか、追い風にするか。長期不況は改革の最大のチャンスであるという発想転換が必要であることが第一の教訓である。
 さらに、改革推進のポイントを四つあげることができる。第一に不況下で成長するための具体的な施策を明示することである。内容と表現には差があるが、不況下で持続成長した8企業では、トップが成長目標を明確に提示している。中期経営計画修正は行われても、目標値を下げることはしていない。さらに、これを単なるビジョン提示に終わらせないための具体策実行が行われている。取り組みのガイドラインを具体的に示すことが重要である。マンダムのキャッシュフロー計算法に基づくブランド資産管理、武田薬品の駅伝方式による商品開発のスタイル提示などが好例である。危機に翻弄されている現場には、具体的なアクションを提示しないと立ち止まるばかりで改革は進まない。
 第二は自社の競争優位の見極めとその一貫した追求である。経営資源を拡散させないためにも、自社の強みの追求は道標になる。ブランドや販売先の選別重点化策も自社の強みが無理なく発揮できることが前提である。自社の強みと弱みを客観的に認識し、不況下で追求できる真の強みが明確にすることである。そして臨戦態勢を機動的に作り上げ、強みを拡大させることが武器になる。キユーピーやキリンビバレッジではこうした選別集中をテコにしている。
 第三は不可逆体質を意図的に作り出すことである。不況下での成功は大きな自信、勝ち味をもたらす。この時期投入した様々な施策は成功要因として内部に定着していく。スリムなコスト体質、高速度な意思決定の仕組み、商品開発スタイル、得意先の重点化基準など、すべてが臨戦状況下で生み出されたものである。新たな持続成長のための諸システムは、不可逆的なものとして体質化され、強い企業はより強くなっていく。
 第四は布石を打つということである。マンダムのギャツビー、キユーピーのマヨネーズ基幹ブランド、武田薬品の主力4商品など97年以前に打った布石が97年不況下で下支えをする形になっている。不況下でも、長期を展望した布石を積極的に打つべきである。キユーピー、カゴメは加工食品ではなく、生鮮野菜という自社主力商品と関連性の高い領域での新規事業という布石をすでに打ち出している。

 失われた10年をもって日本の20世紀は幕を下ろした。世紀の区切りがついただけで不況脱出の糸口は依然として見えてこない。明治維新以降の日本では30~40年の上り坂の後、30~40年は坂を下るという分析もある。これまでに2つの上り坂があった。日清戦争までの上り坂とバブル景気までの上り坂である。こう捉えてみると、「失われた30年」という事態も想定される。悲観して立ち止まり、低業績を不況のせいにばかりしてはいられない。97年不況下でも巧みに対応し持続成長した事例から学び、現在の不況への戦略トレースを急ぐ必要がある。不況下こそ大きな改革を実践する最大のチャンスである。

図表7.不況を活かした戦略転換

本稿は、当社代表・松田久一による助言・指導をもとに、戦略研究チームが執筆しております。本稿の内容は、松田からのアイデア・構想に大きく負っております。ここに謝意を表します。あり得べき誤りは筆者の責に帰します。

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