消費経済レビュー Vol.18 |
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人口減少と異質な世代交代の経済インパクト -OLGモデルによるシミュレーション |
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人口動態の変化が経済や社会におよぼす影響に関する議論は、直截的な事実ベースでの懸念や主張だけでなく、中長期的な経済変動の評価やそれらを踏まえた国家の制度設計に関わる議論など、多岐にわたる。人口動態の変化がもたらすインパクトを把握することは、中長期的な見通しを立て、諸政策の優劣を評価し、採るべき政策スタンスを固める上で必要不可欠なものであり、そのためのツールとして、経済学特にマクロ経済学で広く用いられているのが、世代重複(Overlapping Generation)モデルである。 本稿では、世代重複(Overlapping Generation)モデルの概要を紹介するとともに、OLGモデル適用の新たな方向性として、人口数や所得水準(またはその背景にある経済成長)など世代間での量的な差異に止まらず、世代の本来の意味からみてより本質的と思われる、(財への選好や時間選好などについての)世代間での質的な差異を明示的に取り込んだOLGモデルを構築し、それらに基づくシミュレーション結果を紹介する。 OLGモデルの主たる関心は、経済成長の源泉ないしメカニズムの探求よりもむしろ、(マクロの経済変動を所与としたうえでの)異なる世代間での経済行動の違いとその結果として生じる分配の差異に置かれている。世代重複モデルの代表例である、サミュエルソン型OLGモデルとダイヤモンド型OLGモデルとの最も本質的な違いは、経済成長の果実を異なる世代間で分配していく仕組みにある。 サミュエルソン型OLGモデルでは、経済成長の成果は第一義的には若年期にある世代にもたらされる。「貨幣」の存在は、個人レベルでは現在から将来へ成長の果実を持ち越す手段であると同時に、ある一時点でみると若年期にある世代から老年期にある世代へと成長の果実を移す手段となる。貨幣を介し実現される分配の中身を決める要となるのが、貨幣と財との交換レートである物価水準である。サミュエルソン型OLGモデルでは、経済変動をもたらす全ての要因の影響は、最終的に物価水準へ反映・収斂されると同時に、物価の変動を介して各世代へと伝播していく。 ダイヤモンド型OLGモデルでは、人口成長と全要素生産性の成長はともに、企業による生産活動に取り込まれることで、経済成長が実現される。若年期にある世代は労働者として、老年期にある世代は資本家として、生産活動に寄与することで企業から収入を得、結果的に経済成長の果実を享受する。個人レベルでは現在から将来へと購買力を持ち越す手段として貯蓄が用意され、貯蓄をどの程度残すかも各人の裁量にゆだねられていることから、若年期にある世代から老年期にある世代へとのトランスファーは、ダイヤモンド型OLGモデルでは直接的には現れない。間接的な形で、異なる世代間での分配に影響を及ぼしているのが、資本蓄積である。ある一時点での経済成長の影響が、(徐々に減衰はしつつも)次期、更に次々期の労働所得や資本ストック水準の上昇へと波及していくとともに、経済成長が持続すれば、労働所得や資本ストック水準の上昇への波及効果は、重なりあった形で積み上がっていくこととなる。 異質な世代交代の考え方を織り込むことで、OLGモデルの中に、経済変動を生み出すことができる。世代の変遷パターンを組み込んだ時に、モデルの主要な変数の動きが、設定上のベースとなる経済変動よりも増幅された形になるのか否かは、サミュエルソン型OLGモデルの場合とダイヤモンド型OLGモデルの場合とで、対照的な結果となっている。サミュエルソン型OLGモデルの場合には、異質な世代間での利害対立が、物価上昇率を介してベースとなる経済変動をより一層増幅させやすくなるのに対し、ダイヤモンド型OLGモデルの場合には、生産関数を介してなされる資本蓄積の過程で、ベースとなる経済変動のインパクトが徐々に減衰しつつ累積していくため、結果的にモデルの主要な変数の動きもスムーズな形に慣らされていく。 世代交代がもたらすインパクトの対照性は、結果的に、サミュエルソン型OLGモデルとダイヤモンド型OLGモデルそれぞれに内包されている、それぞれの世代が経済内で置かれる立場や世代間での利害関係の相違を示している。サミュエルソン型OLGモデルでは、経済活動面の主役は若年層が担うのに対し、老年層は若年層が獲得した成果の一部を分け前としてもらう形で依存している。若年層が提供しうる財と老年層が保有する貨幣との相対的多寡を反映して、それぞれの経済的立場の優劣が決まる。最終的には物価に跳ね返り、実現された分配の中身によって、事後的な損得が生じる事となる。ダイヤモンド型OLGモデルでは、若年層も老年層もともに経済活動に参加し、企業の利潤最大化条件に沿ってそれぞれが生産活動への貢献の対価を得る。収入を得るための手段が若年期と老年期で異なるとはいえ、それを実現するための行動は自己の裁量のみで決定でき、世代間での分配の問題は生じない。生産関数に内在する経済成長へのエンジンと経済変動をスムージングさせる仕組みが、世代間での利害対立よりはむしろ、利害の一致を促す方向に作用している。 対照的な性格を有するふたつの世代間で、経済で主役となる世代の交代が起こり経済の構造的転換が起こると、その移行過程でモデルの主要な変数に不規則な変動が生じる。こういった特徴は、一見すると対照的なふたつの経済状況を真ん中でつなげただけに見える世代交代のモデルから導かれた含意としては、むしろ興味深い結果といえる。構造転換の結果として生じる経済低迷の状況を打開する一番の鍵はTFPレベルの上昇であり、人口がマイナス成長する中で少なくともGDP水準を保つのに必要なTFPの成長率は、人口成長率よりも若干低い水準で十分であることも確認できる。 人口動態を除き同質的な世代が複製され続けるにすぎなかった従来型のOLGモデルとは異なり、本来的な意味で異質な世代の交代を取り込んだOLGモデルの構築を行った本稿での試みは、これまでのOLGモデルを用いた諸研究の流れとは異なるスタンスに立つものである。本稿で提示したいくつかの分析結果は、アプローチとしても現状では初歩的段階に止まるとはいえ、世代交代がもたらす量的・質的インパクトを同時に考慮したモデルとして、設定の汎用性と解のトラクタビリティを兼ね備えたものといえる。 そもそも、OLGモデルの際立った特徴として、世代交代という極めて現実的かつ説得的なモデル設定の下で導かれる含意が、本質的に、経済学の常識的見解に対し挑戦的な面を有している点は、非常に興味深いものがあるとともに、貨幣や政府の負債など、現実の経済において当たり前の存在とされるものの、本質的かつ重要な役割の一部をクローズアップされる点も、OLGモデルの持つリアリティや説得力の支えとなっている。経済分析ツールとしてOLGモデルが見せる応用範囲の多彩さは、今はまだ秘められている新たな研究の可能性を予感させるものがあり、そうしたフロンティアのひとつに、「世代」の意味の問い直しに依拠した新たなアプローチが含まれていることを強く期待したい。 (2012.04)
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