97年度、カシオ計算機(株)(以下カシオ)は時計事業で前年比150.8%増となる売上高1,500億円の実績をあげ、老舗のセイコー(ウォッチ部門売上1,118億円)、シチズン時計(腕時計部門売上1,301億円)を抜き去りトップに立った。時計事業が牽引し、カシオ総体では売上高3,840億円(前年比110.8%)、経常利益259億円(前年比247.2%)と過去最高益をあげた。
原動力となったのはG-SHOCKである。G-SHOCKは83年、重力(Gravity)の衝撃(Shock)にも耐える、つまり落としても絶対に壊れない腕時計として発売され、昨年「大ブーム」を巻き起こしたデジタル時計である。本稿ではG-SHOCKの誕生から現在に至る経緯を俯瞰し、その戦略と成功要因を探るものである。
カシオの時計事業は74年「カシオトロン」の発売から始まった。それはデジタルの液晶画面に当時は画期的だった自動カレンダー、時・分・秒・月・日付・曜日の表示機能を搭載したものであった。83年には、「G-SHOCK」を発売、現在では「DATABANK」(電話帳、計算機能、ワールドタイム機能を搭載するモデル)、「Baby-G」(女性用の小型G-SHOCK)、「PRO TREK」(高度、方位、気圧測定機能を搭載するアウトドアモデル)、「PRO TREK Ley」(女性用)、「HOTBIZ」「CYBERMAX」「META」「Csterna」など1万円台~5万円台を中心に計9つのブランドを展開している。
その戦略は同一カテゴリー(腕時計)に複数のブランドを展開する、いわゆる「マルチブランド戦略」である。この数は同業他社に比べて決して多いものではないが、(セイコー49、シチズン17)両社に比べると企業名よりも個別ブランド名が前面に強調されているのが特徴だ。
(1)G-SHOCKの誕生
腕時計がデリケートな精密機器で、落としたり乱暴に扱えば壊れるのが当たり前だった時代に、常識を打ち破る「耐衝撃」構造とデザインを搭載してG-SHOCKは生まれた。ファーストモデルDW-5000Cは「10年以上動き、10気圧以上の防水、10mからの落下に耐える」3つの「10」を目標に開発され(通称トリプルテン)、腕時計の駆動部(ムーブメント)をがっちりと包み込むのではなく、ケースの中で浮かせ点で支えることによって衝撃を和らげるという逆転の発想と、衝撃を吸収するウレタン樹脂のような緩衝材をいくつも使用することで耐衝撃性を可能にした。ベルトも壊れにくいプラスチック製。そのデザインは大きく厚く、頑強さをアピールする「黒」を基調にした個性的なものであった。
(2)G-SHOCKの製品展開の歴史
登場から16年の歴史を重ねる中で、G-SHOCKは確実に進化を遂げ需要を拡大してきた。ここでは製品展開に焦点をあてその経緯をみてみることにする。
1) 海外での需要創造(1983年~1989年)
最初に火がついたのは米国であった。84年「アイスホッケー編」と呼ばれるCF(G-SHOCKをパックに見立て、激しい強打に耐えるというもの)がオンエアーされ、それを誇大広告とみた民間のテレビ番組が公開実験を試み、逆にその耐衝撃性が実証されるや否や人気が爆発。まず「スケートボーダー」に、コンクリートにぶつけても安心な時計として受容され、ミュージシャン(スティングなど)や軍人などの熱狂的な支持に支えられ市場浸透していった。
2) 国内市場の立ち上がりと国内仕様モデルの大量投入(1990年~1995年)
90年頃になると、国内のファッション雑誌に取りあげられるようになり、低迷が続いていた国内でも「ストリートカジュアル」と呼ばれるダブダブの服装を好む若者の間で指名買いが増え、店頭では一気に品薄になった。そして国内仕様モデルが続々と導入された(図表1)。
図表1 国内仕様モデルの大量投入(1990年~1995年)
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G-SHOCKの製品数は90年の初めには数えるほどしかなかったが、94年頃から急速に増え始め、6年の間に計18のシリーズと300程度の製品が発売された(図表2)。
カシオはこのように製品を一気に大量に投入することで低価格市場(3万円以下)における独自なカテゴリーを形成し若者を中心に需要を広げていった。とりわけ若者の集まる渋谷や新宿など繁華街を中心に丸井やカメラ量販(ヨドバシカメラなど)、時計量販の店頭において専用陳列ケースによるボリューム感を演出し、効果的にターゲット層を獲得していった。
3) ラインの拡張とタイアップモデルによるブーム形成へ(1996年~1997年)
しかし、94年辺りからG-SHOCKの売上は頭打ちになる。「頑強さを強調するあまり、黒一辺倒のデザインが消費者に飽きられてしまった」(商品企画部、日経ビジネス98.1.5)ためだ。96年以降はデザインとカラーのバリエーションが追求され、製品ラインが拡張された。価格帯も1万円~2万円台のものが中心だったのが、5万円台にまで拡大された。
(YEAR) | |
1996 | ビジネスマン向けの「MR-G」(メモリー機能搭載するフルメタル仕様のG-SHOCK。2万円台のものから5万円台のものまで広く揃える) |
1996 | モードと呼ばれる先鋭的な服装に合う「G-cool」(流線型デザイン) |
1997 | スノーボーダー向けの「X-treme」(耐冷仕様・布製ベルト採用) |
1997 | DJ向けの「G'MIX」(ビートカウンター機能搭載) |
などである。G-SHOCKの製品ラインは、上記4つに、MANシリーズ(先の「フロッグマン」、「マッドマン」に、96年に発売された釣り人用の「フィッシャーマン(チタンケース採用。潮の干潮計測機能搭載)」、97年の「ライズマン(圧力計と温度計を搭載したスカイダイビング用モデル)」を加えた4モデル)を加えた5つの製品ラインに拡張された。(図表3)
図表3 G-SHOCKの製品ライン構成
97年の8月には丸井内にカシオの腕時計だけを並べた「G-FACTORY」と呼ばれる売場スペースも設営し、増えた製品ラインを包含する店頭の受け皿も整備された。
このような製品ライン拡大とは別に、地球環境保護団体、スポーツ協会、ファッションブランドなどとのタイアップモデルを発売することが熱狂的ブームへと発展した。
- 96年~ 国際イルカクジラ会議への基金モデル(通称イルクジ)
- 96年~ セレクトショップ「ユナイテッドアローズ」とのタイアップモデル
- 97年~ WCCS(世界サンゴ礁保護協会)への基金モデル
- 97年~ ISF(国際スノーボード連盟)とのタイアップモデル
これらは通常のモデルにタイアップ先のネームとスケルトン(半透明)素材が使用されたものである。在庫リスクを回避するために「限定」として発売され、稀少性が高いことから、人気のモデルはプレミアム価格(10~20万円)で取引されたり、1人で10個も20個も持つマニアを出すまでになった。「G-SHOCK完全攻略本」なるものも多数発刊され、さらにブームを煽った。97年には需要の半数がこのような「限定品」によって構成された。
業界の業績と戦略を比較分析する
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