キヤノンは3月中旬、東芝の医療機器子会社「東芝メディカルシステムズ」(栃木県大田原市)の全株式を6,655億円で取得すると発表した。東芝の財務状況は大幅に改善し、キヤノンは新たな成長分野の柱を得たことになる。
東芝が入札参加者に出した異例のリクエスト(買収金額の2割は3月24日までに支払い、交渉結果のいかんによらず、東芝に返済義務はない)や、破格の条件引き上げなどによって、買収は波乱含みの熾烈な競争となった。医療分野の成長性に、高い注目が集まっている証左だ。
医療機器市場は、米ジョンソン・エンド・ジョンソン(売上2兆8,000億円)や英GEヘルスケア(売上2兆円)など、上位4社はいずれも欧米の1兆円企業が占めている。日本勢で最大は、5位のオリンパスで、5,583億円だ。今回の買収により、キヤノンは日本の医療機器市場で最大プレーヤーになる可能性が高い。
医療機器の各分野のうち、特に市場規模が大きいものは、MRI6,000億円、CT5,600億円、カテーテル3兆2,000億円、内視鏡(消化器用のみ)4,000億円となっている。
上記のうち、カテーテルと内視鏡は、あるひとつの製品が、代替品となる。
手術支援ロボットだ。
手術支援ロボットは、内視鏡によるガン摘出術に多く用いられる。ガン治療に用いられるカテーテルと内視鏡は、まさに手術支援ロボットの得意領域で用いられる医療機器だ。カテーテルと内視鏡の大きな市場は、そのまま手術支援ロボットの市場と重なる。
東芝は過去にこの分野への参入を試みたが、撤退している。現在は、米Intuitive Surgical(以下IS社と呼称)の「ダ・ヴィンチ」による、一社独占だ(詳細は、弊社コンテンツ「"ロボット大国"日本は、なぜ『手術支援ロボット』市場で勝てないのか」参照)。ロボットは、多くの手術分野で活用され、市場は二桁成長を続ける。アメリカでは、前立腺摘出術の8割に用いられている。
この一社独占市場で、近年、参入のチャンスが拡がっている。
高い要素技術と強固な特許防衛で固められた「ダ・ヴィンチ」だが、IS社が保有する主要な特許は徐々に期限切れをむかえる。アメリカにおいては、これまで133件の手術支援ロボットに関連する医療事故が起こったことが明らかになっており、市場独占の弊害が指摘され、規制が強化される流れとなっている。キヤノンにとっては、戦略的な参入をすることで、一気に医療機器市場のメインプレーヤーに躍り出るチャンスでもある。
この分野へ参入するにあたっての、キヤノンの強みと弱みがある。
強みは、デジカメで培われたコンパクト化の技術だ。「ダ・ヴィンチ」は、アメリカ企業がアメリカ人の体格に合わせて作ったロボットであり、日本の医療現場では、オペ室に比べて大きすぎるという問題がある。他のアジア諸国への展開も見据え、小型化は強力な差別化ポイントになる。
一方で、弱みもある。営業だ。医療機器市場の営業は特殊で、多くのメーカーが参入をためらう要因にもなっている。MRなどの伝統的営業を革新し、新たな営業販売システムを構築することが、販路拡大にあたっての課題となるだろう。