ミルボンは美容室向けの業務用ヘア化粧品で国内トップシェア(約15%)のメーカーだ。1996年の株式公開以来、2017年12月期まで21期連続増収で売上高は300億円を突破した。後発メーカーがこのように躍進できたのは、他社には真似できない活動の仕組み(価値活動)をつくり上げ、「差別化集中戦略」を継続してブラッシュアップしてきたことが要因といえる。
96年に業界初の株式店頭公開にこぎつけたミルボンは、99年に国内トップとなり、その後もトップを維持。経常利益は21期中3期のみ前年を割ったが、直近8期は連続増益である。平均110%前後の成長を維持した結果、売上は96年の70億円から4.5倍の317億円(決算期変更による12ヶ月換算値)、経常利益は5.8億円から8.6倍の49.8億円に成長している。
図表1.ミルボンの業績推移
美容室は全国に約20万軒、業務用化粧品の代理店は200~300社と、現在でも組織化、寡占化があまり進んでない生業的な業界だ。
ミルボンは1960年に大阪でスタートした。創業者は業務用ヘア化粧品の代理店出身であり、国内のヘア化粧品メーカーとしては241番目に創業した後発組である。一貫してターゲットから理容室(いわゆる床屋)を除外し、美容室に限定してきた。おのずとエンドユーザー(美容室の顧客)は女性になる。更に、あまたある美容室の中から、潜在的な成長力のある美容室を見極め、営業・マーケティングのターゲットとしてきた。
当時の業界常識では、全国に散在する大多数の小規模美容室に対してはセグメント、ターゲティングは行わず、代理店を基軸になるべく多くの自社商品を拡散させることであった。しかし、ミルボンはターゲットとなる美容室を自ら見極めて選んできた。商品も、ヘア化粧品(ヘアケア用剤、染毛剤、パーマ剤など)に限定。その中でもヘアケア用剤を軸に、美容室向けの同市場規模1,600億円と決して大きくない市場で、トップのポジションを獲得し維持している。
また、低価格戦略ではなく徹底した差別化戦略をとっている。美容師は技術専門職であり、個々のこだわりが非常に強い。企業化・組織化が進んでおらず、ニッチメーカーの個性的な商品が好まれる傾向があるため、モノだけでは微細な差別化の無限競争に陥る。そこで、ミルボンは商品特長だけに過度に依存しない独創的な差別化優位を築きあげた。
重点ターゲットなる美容室については、「フィールドパーソン」と呼ばれる営業担当、美容室スタッフの教育担当などが、ダイレクトに提案営業活動を行っている。その数は2017年現在、約260人だ。「フィールドパーソンシステム」は、美容室の増収増益への貢献を基本に、ミルボンの製品と美容技術・ソフトが一体となったノウハウとコンセプトを提案する仕組みだ。フィールドパーソンは1人あたり平均約1億円の対サロン売上高を維持しているといわれている。
経営課題の解決や経営計画の立案などから新メニューの開発、最新の美容技術やヘアデザイントレンドの紹介、ヘアデザイナー(美容師)の育成支援など幅広い。新入社員は基礎的研修3カ月、フィールドパーソン研修3カ月、OJT訪問活動3カ月の計9カ月をかけて初期育成される。
また、提案営業活動の対象となる「ターゲットサロン」は、その美容室におけるミルボンシェア、成長意欲、ミルボンの理念とコンセプトの理解・共鳴度などを基準に選定される。2017年現在、約9,800軒あり、うち有力トップサロン300軒~上位サロンは約3,000店の構成と推定される。フィールドパーソンの増強に伴い、全体の売上も増大している。
TAC(Target Authority Customer:顧客代表)とは、突出した技術や美容コンセプトを持つヘアデザイナー(美容師)を指し、彼らを基軸に製品開発、施術技術、美容ソフトの開発を推進する製品開発システムだ。ミルボンは、TACとなりうる有望なヘアデザイナーを探索発掘し、契約している。
ヘアデザイナーから、独自の高度な施術技術や優れたコンセプトなどを提供してもらい、ミルボンはこれらを基に共同で商品企画化・製品化をしたり、高度な施術技術などは標準・簡易化してフィールドパーソンを通じて一般サロンへ展開したりしている。開発テーマの設定は、フィールドパーソンから吸い上げたサロンのニーズや気づき情報がベースとなる。ミルボンのフィールドパーソンは単に商品を売るのではなく、付加価値の高い提案営業を実践しながら営業活動と製品開発を連動機能させる役割を果たしているといえる。
図表2.競争優位の源泉システム
最後に注目すべきは、顧客である美容師と美容室業界の特性を知り尽くした上で、BtoBマーケティングにうまく活用している点だ。かつてのカリスマ美容師ブームは終焉したが、業界をリードする原宿や青山などのトレンドエリアの先端サロンやトップヘアデザイナーへの注目度は未だ高い。結果として、TAC製品システムで開発された製品は、携わったTACサロンで採用され、ターゲットサロン、一般サロンへと波及していくと考えられる。
美容室業界は、高単価のサロンと低単価のサロンに2極化してきている。差別化戦略をとるミルボンがターゲットとする高単価サロンは、上昇志向が強く階層意識に敏感な傾向だ。
TAC製品システムによって開発されたプレミアム大型ブランド「オージュア」は、この業界特性を巧みに活用している。「オージュア」はエンドユーザー1人1人の毛髪診断から、オーダーメイドのヘアケアプログラムを組み立てる設計となっており、専門の教育研修を受けて基準をクリアしたサロンのみ扱うことができる。また、高いレベルの技術を習得し、試験に合格した美容師を、独自資格の「オージュアソムリエ」と認定している。そうすることで、サロン間及び美容師間の競争意識が働き、同時にブランドロイヤリティも高まる構造をつくり出している。
ミルボンのBtoBマーケティングはターゲットを限定・深堀りし、経営課題の解決など付加価値の高い営業活動や、そこから吸い上げた情報を基にした商品開発、美容師の技術認定試験によるブランドロイヤリティの形成までを可能にしている。差別化の競争優位を実践的に構築したケースとして注目できるだろう。
特集:中堅企業の成長戦略
- 戦略ケース ピンチはチャンス!コロナ禍の中堅企業の営業スタイル ダイレクトマーケティングに転換せよ(2020年)
- 戦略ケース 新創業とともにマスターブランディング強化 湖池屋の付加価値戦略(2020年)
- 戦略ケース 11年連続成長で売上高160億円増 フジッコの「粘り強さ」(2020年)
- 戦略ケース プラットフォームビジネスで急拡大するウーバーイーツ(2019年)
- 戦略ケース 中堅企業のお悩み相談 「逆転営業戦略」「販路開拓」「リアルファンづくり」(2020年)
- MNEXT 中堅ビジネスの再成長への提案―大手よりも伸びる中堅企業のナゼ?(2019年)
参照コンテンツ
- MNEXT 眼のつけどころ ブランドのロングセラー化の鍵は「うまいマンネリ」づくり
―市場溶解期のブランド再構築 - 戦略ケース アルビオンはいかにして"500億円の壁"を突破したか(2019年)
- 戦略ケース 快進撃続くTHREE―「ブルーオーシャンターゲティング」で第3の価値創造(2019年)
- 戦略ケース 急成長を続ける化粧品ブランド「THREE」 差別化と脱しがらみで日本発の世界ブランドへ(2018年)
業界の業績と戦略を比較分析する
おすすめ新着記事
消費者調査データ レトルトカレー(2024年11月版) 首位「咖喱屋カレー」、3ヶ月内購入はダブルスコア
調査結果を見ると、「咖喱屋カレー」が、再購入意向を除く5項目で首位を獲得した。店頭接触、購入経験で2位に10ポイント以上の差をつけ、3ヶ月内購入では2位の「ボンカレーゴールド」のほぼ2倍の購入率となった。
「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 伸長するパン市場 背景にある簡便化志向や節約志向
どんな人がパンを食べているのか調べてみた。主食として1年内に食べた頻度をみると、食事パンは週5回以上食べた人が2割で、特に女性50・60代は3割前後と高かった。パン類全体でみると、朝食で食事パンを食べた人は女性を中心に高く、特に女性50代は6割以上であった。
「食と生活」のマンスリー・ニュースレター 伸長するパン市場 背景にある簡便化志向や節約志向
どんな人がパンを食べているのか調べてみた。主食として1年内に食べた頻度をみると、食事パンは週5回以上食べた人が2割で、特に女性50・60代は3割前後と高かった。パン類全体でみると、朝食で食事パンを食べた人は女性を中心に高く、特に女性50代は6割以上であった。