新型コロナウイルスの影響で外出が自粛される中、世界的に「家飲み」が盛り上がっている。数ある酒類の中でも、日本で独自の発展を遂げ、海外からの人気も高まっているのが梅酒だ。チョーヤ梅酒(大阪府、以下「チョーヤ」)は、かつて「家庭で手作り」が当たり前だった梅酒にいち早く注目し、約60年前から自社の柱として製造・販売に取り組んできた。
発売当初はなかなか売れず、やっと売れ始めたらすぐに大手が参入して競争が激化するなど、度々苦境に陥りながらも、梅酒という基軸にこだわった拡張戦略で、何度も危機を乗り越えてきた。ここ数年、生活者の酒離れが進む中でも着実に売上を伸ばしてきている。
チョーヤがどのように危機に立ち向かってきたのかについて考えてみたい。
今でこそ売上高124億円(2018年度)、梅酒の国内シェアトップのチョーヤだが、もともとはブドウを使用したワインやブランデーの製造業として、大正3年(1914年)に創業した。敗戦後、日本が西洋化を急ぐ中で洋酒づくりは手堅い商売と思えたが、あるとき、甘口ワインを大々的に売り出して失敗。「得意な商品でトップにならなければならない」と気付いたという。柱になる事業を育てよう、そのためには他社がやっていない新しいことを始めようと、1959年頃に梅酒づくりに取り組み始めた。
当時、梅酒は家庭で手作りするのが当たり前だった。そのため、まったく売れない苦しい時期が10年以上続いた。しかし、すぐに結果が出なくても焦らず、一度決めた成長ベクトルからぶれることなく、地道な営業活動と広告投資を続けた。
潮目が変わったのは1975年頃。核家族や単独世帯が増え、家庭内での梅酒づくりが廃れ、「つくるより買ったほうが早い」意識が浸透した。そして、ようやく梅酒の売上が伸び始める。発売から16年の月日が経っていた。2代目社長だった金銅和夫氏が「がまん強さこそわが社の資産(2001年2月5日付、毎日新聞の紙面より)」と語っているように、まさに粘り勝ちだ。
1965年前後から、合同酒精、キッコーマン、宝酒造など大手が梅酒に参入し、価格競争が激化。梅酒市場が伸び始めたが、中小メーカーのチョーヤは脱落の危機に見舞われた。しかしチョーヤは「価格を下げるために品質を下げて抵抗したのでは、これまでの努力が無駄になる」「梅酒の生産コストはほとんどが原料費で、利幅が薄いので大手はいずれ力を抜くはず(1985年8月13日付、日経産業新聞の紙面より)」と、価格を据え置き「何もしない対応策」を取った。「がまん」の結果、1980年頃から他社からの圧迫感が弱くなったという。その後、1984年にはシェアが56%まで高まった。
平成に入り、チョーヤは、梅酒メーカーとしてのプレゼンスを着々と高めていった。商品面では、食前、食中、食後と梅酒を飲むシーンを広げる開発をしていった。1987年に若年層向けに発売した炭酸割り「ウメッシュ」がヒット。また、食前酒の梅酒という提案を行い、飲用機会を増やした。さらに、食事をしながら飲む缶入りの「チョーヤ水割り梅酒」、食後に「チョーヤデザート梅酒」を発売した。
調達では、梅酒専業メーカーとして梅の消費量拡大を経営理念に置くことを宣言し、農家との間に運命共同体意識を高め、高品質の梅を優先的に確保できるようにした。
2000年代には、再度競争が激化する。1990年代には約30社しかなかった梅酒メーカーが、2000年代に入り酒蔵や大手メーカーなどの参入で300社を超えるまでに急増。背景には、添加物と少量の梅で安く生産する梅酒が増え、利益率が高いおいしい市場となっていったこともある。苛烈な価格競争が始まり、ピーク時には約6割あったチョーヤのシェアは3分の1ほどにまで落ち込んだ。
このとき、チョーヤがとった対策はふたつあった。
ひとつは、2012年頃から自社の基軸を再定義し、ブランド力強化を図ったことだ。その際、チョーヤにしかない「100年の伝統」を製造工程に落とし込み、改めて見いだした基軸から開発した新商品が2016年発売の本格梅酒「The CHOYA」だ。この商品により、若年層の取り込みにも成功し、発売1年目には予算比200%を達成。落ち込んだシェアも回復した。
さらに、業界として、一定の品質規格を求める運動を展開した。これにより、梅と糖類、酒類だけを原材料とする梅酒を「本格梅酒」と定め、添加物と少量の梅で味を再現しただけの梅酒と差別化した。このことは、添加物頼りで梅を少ししか使用しない梅酒が増えたために、出荷量が伸び悩んでいた梅農家を助けることにもつながっている。
梅酒の出荷量は2011年がピークだった。以降は酒類の多様化、若者のみならず健康を気にする中高年でも「酒離れ」が進み、出荷量は減少している。
チョーヤは、国内でトップになったのちに、1985年頃から海外進出を開始。1995年時点で既に海外41か国に進出し、世界進出の布石を打った。さらに、90年代後半には、中国への輸出も本格化した。
国内での梅酒浸透と同様、海外でも長い間成果が出ることはなかった。しかし、「The CHOYA」の海外での本格販売を開始したことなどから、2018年には海外比率が25%まで高まり、今になって結果に結びついている。余計なものをブレンドしない「The CHOYA」のような本格梅酒は、料理と飲み物の組み合わせを楽しむマリアージュといった観点からも海外で好まれる傾向にあるという。海外戦略でも、地道に努力してきたチョーヤの「がまん強さ」が結果に繋がっているといえるだろう。
3度の危機を、ぶれない基軸でもって乗り越えた結果、チョーヤは梅酒において国内トップメーカーとなり、グローバル企業としても成長することができた。とはいえ、競合の多い梅酒業界、チョーヤが掲げるビジョンは、お客様に「梅酒」を買ってもらうのではなく「チョーヤ」を買ってもらえるようになることだ。つまり、梅酒の代名詞になるという未来像を描いている。
図表.チョーヤの売上高・海外売上高比率の推移と取り組み
チョーヤの事例から学べることは、三つある。
ひとつ目は、誰も手を出さなかった梅酒に取り組み、それにこだわって拡大してきたこと。ふたつ目は、一度決めた「本業」を逸れずに、成長のための布石をうまく打ってきたこと。梅酒の食中・食後へのシーン拡張や海外進出を着実に進め、「本格梅酒」運動も展開してきた。さらに、三つ目は、なかなか結果が出なくても焦らず、企業として決めた成長ベクトルがぶれていないことだ。戦略を明確にしておけば、山あり谷ありの非定常成長を許容できるということをチョーヤの事例は証明しているといえる。
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