プロジェクト・チーフ 平山愛彩
商品サービスを店頭などの接点(Point Of Purchase)で購入する際に、商品サービスへの「好き嫌いの感情」(態度)が購入を決定することがわかりました。商品サービスは、ただのモノなので通常は感情を抱きません。しかし、あるモノを介在させると、ヒトとモノとの関係が、ヒトとヒトとの関係のような感情がすべり込む余地が生まれます。
そのあるモノとは特定のスタイルの「手書きイラスト」です。実際の店頭では、売上が150%以上、実験計画によるテストでは、購入意思額(Willingness To Pay)が140%高くなりました。
なぜなのか。
それは消費者が、必要な商品サービスを最も少ないコストで、最も安く手に入れるという合理的行動をする一方で、より自分にぴったりなものを選択し、楽しく買い物をしたいという感情的行動をしているからです。この矛盾した行動こそが消費者行動の人間的本質です。
買い物などの経済行動が合理的に行われていないことは、カーネマンなどが開拓してきた行動経済学が明らかにしてきました。100円の得と同額の損は合理的計算では同じはずですが、現実には、得より損の方が100円以上の主観的な損失を感じます。このような行動心理が行動を支配しています。これはある意味で行動を感情が支配しているからです。
マーケティングの購買行動研究も同様に、効用最大化のような目的を達成するための合理的行動として消費者を捉えてきました。商品サービスを、機能がもたらす属性の集合として捉え、個々の属性評価の合計点が好意を決定し、購買に結びつくという「多属性態度モデル」はその最たるものです。
店頭でみた特定のイラストは、感情形成の契機になって、長期記憶である認知資産から感情を形成する作用をもっています。これが謎解きの答えになります。
さて、この論文では、実際の店頭販促や実験手法を用いて、様々な心理効果を分析した一部を紹介しています。イラスト効果とブランド効果の比較もしています。蓄積できるマーケティングノウハウとして、JMRエモーショナルマーケティングをご活用頂ければ幸いです。
様々な情報やツールが溢れている消費財では、どのような店頭での販促ツールが効果的なのでしょうか。SNSやインターネットなどが普及する市場で、何が消費者説得の鍵になり、購買に結びつくのでしょうか。
それを探るために、行動経済学にもとづいて、ふたつの仮説を設定しました。
- 購入に結びつくのは商品やサービスに対して抱く好き嫌いなどの感情ではないか
- 商品やサービスに対する感情が形成されやすい設定は、リアルに消費者が接することのできる売場ではないか
というものです。
情動と潜在認知について書いた「サブリミナル・インパクト/著:下條信輔」でも人間には自覚している記憶(顕在記憶)と、自覚はしていないが何となく当てる記憶(潜在記憶)があり、潜在記憶は顕在記憶よりも、頑健で壊れにくい。そして潜在記憶(情動回路)に働きかけることは、コミュニケーションと説得の有力な手段であることを示唆しています。
下條氏の観点を再解釈すれば、顕在記憶=意識=理性的判断ではなく、潜在記憶=無意識=感情的判断が、情報過多の市場では大切になり、この感情に繋がる情報回路に働きかけることが重要になります。
今回、感情に働きかけるツールとしてイラストを活用したPOPを想定し、どの程度購入に結びつくかの実験を行いました。
結果、感情を刺激するPOPは、購入を高めることが確認されました。理由として、購入は感情によって判断され、「限定合理性」のもので決定されるということでした。これは、選びやすさや買いやすさが主流となっている売場づくりとは異なり、北野エースの「ブック陳列」や、ジャングルや迷路のような売場が効果をあげている理由を説明することにも繋がります。
ある生鮮ブランドの認知向上の為、食品スーパーでフェアを行いました。「視認率を上げる」、「好感を持ってもらうこと」によりブランドの認知率を上げようと目標を立て、売場を制作しました(図表1)。
キーアイテム
特に、「好感を持ってもらうこと」へのキーアイテムとして、手書きの色鉛筆イラストPOPを最大限に活用しました。イラストを利用した背景には、社内で利用する為に作成したイラストが「本物のように描写している」との評価を得られたからです。
ザイオンス効果を得るイラストボード
横幅90cmの大ボード、小POP、レシピカード、オリジナル景品に手書きイラストを取り入れました。図表で見られるように、最低10回はイラストを目にする機会があります。これによって、手書きのイラストによる好感度、何回も見ることによるザイオンス効果(単純接触効果)を上げる試みです。
今回の2021年度フェア2日間の実績を見てみると、2019年度のフェア実績(2020年度は行っていない)と比較すると132%の売上効果を出すことができました。
このフェア開催中に行った出口調査の結果では、印象に残ったものは以下のとおりでした。
認知率 | 好意率 | |
大ボード | 18.4% | 27.0% |
小POP | 19.1% | 26.6% |
レシピカード | 18.4% | 23.3% |
オリジナル景品 | 24.7% | 51.3% |
「オリジナル景品」の認知率の高さや好意率の高さに着目されますが、「大ボード:27%」「小POP:26.6%」「レシピカード:23.3%」も好意形成に寄与していました。
この調査結果をもとにイラスト認知から購入までの流れの関係を分析し、図で表してみました(図表2)。
この分析により、イラスト認知からイラストを何回も見ることによるザイオンス効果を発揮し、好意を形成することがわかります。一方、イラスト認知から直接好意に結びつく関連もあると言えます。イラストを見ることにより認知容易性(理解しやすさ)と視覚に繋がる脳幹刺激にもある程度の効果を発揮しており、ザイオンス効果との相乗効果により購入に繋げることができるのではないか、と解釈しました。
このように、イラストの認知が好意形成をし、購買に結びつけます。そして今回、イラスト販促物に対しての好感理由に着目しました。
消費者評価では、描く側としては「本物のように見える驚き」を期待していたのですが、実際には「デザインがかわいかったから:82.1%(オリジナル景品)」、「親しみが持てるイラストだったから:36.4%(レシピカード)、50.0%(大ボード)」でした。
リアリティが説得力を持つという当初の仮説は検証できませんでした。しかし、代わりに「かわいい」という評価がでてきました。
「かわいい」がどんな意味を持つのかを詳しく追及する為、当社で5名に「半構造的」なインテンシブインタビュー調査、63名を対象にCLT調査を行いました。
手書きイラストのPOPが「かわいい」「親しみやすい」といった感情をもたらし、好感を高めたのは何故なのか。複数のイラストや写真を提示しどのように感じるか、インテンシブインタビューによりその背景を探索していきました。30-40代の女性に対して行ったインタビューによると、今回のイラストが、ふたつの方向性の感情・気持ちを引き出すことが確認できました。量的にも、「かわいい」に関する「小さいこと」などのおよそ30項目の評価から、因子分析で変数を分類(共通性を抽出)するとふたつの因子に着目できました。
ひとつは、「心地よい」「明るい印象」「懐かしい」「人が描いた温かみを感じる」といった感情です。これらは、感情の分類としては「快」の次元に該当します(図表3)。
もうひとつは、「よく描けている」「描き手の努力を感じる」といった、「努力した」という美徳に関する評価です。手描きであることが、価値判断としての「良い」という気持ちをもたらしました。
この「快」と「良い」のふたつが重なる空間のイラストが、「かわいい」の「正体」であり、売り場で感情刺激を引き出した背景と考えられます。また、イラストの「大きさ」「彩度」「色相」などがかわいさに影響しており、イラストの形態的条件も「かわいい」の十分条件となっていることも分かりました。
このように、ある一定の形態的条件を兼ね備えた「快」と「良い」領域のイラストをうまく活用すれば、売り場で効果的に感情刺激を引き出すことができる、ということが明らかにされました。
これらのインタビューの結果から、さらにCLT調査を行い、イラスト効果の検証を試みました。
この実験は、20代から50代の女性63人を対象に行いました。会場には、みかんの実物を置いた「イラストPOP無し」の棚と「イラストPOP有り」の棚をふたつ用意し、それぞれの印象や購入意思額を答えてもらい分析を行いました。購入意思額(Willingness To Pay)は、消費者が「商品サービスの対価として喜んで支払おうとする金額」のことです。
まずは、「イラストPOP無し」「イラストPOP有り」の購入意思額(以降WTP)の違いを見てみます。「イラストPOP無し」のWTPは399円、「イラストPOP有り」は442円と43円高くなりました(図表4)。WTPと購入金額の差が消費者の利得になるので、この差が大きいほど購入率は高くなります。
属性別では最もWTPが高かったのは「イラストPOP無し」、「イラストPOP有り」、ともに「子あり世帯」、最も差が大きかったのは「20代-30代」でした。それでは、「イラスト無し」と「イラスト有り」のWTPの差の要因は何なのかを詳しくみていきます。
WTPの差の要因を見る為に、属性評価と印象評価を比較してみます(図表5)。
全体的に、イラストによって属性・印象の評価が高くなり、好感が上がっていることが確認できます。イラストの存在が、「みずみずしい」「美味しそう」といった品質の評価を高め、また、「明るい気持ちになる」「かわいい」といった感情を引き出しました。商品の特徴が分かりやすいという評価も上がっています。実写では表せない、イラストによって強調された商品の良さが、属性評価を際立たせていると言えます。
では、WTPへ寄与する因子とはどのような因子なのでしょうか。属性評価と印象評価を合わせた評価を用いて因子分析をしました(図表6)
結果は、「イラストPOP無し」、「イラストPOP有り」ともに、因子はふたつに分けられ、「おいしそう」などの属性評価と、「懐かしい、あたたかい」などの印象評価に分かれました。そして、標準偏回帰係数(各変数の重要性を表す指標)で確認すると、属性評価がよりWTPへ寄与していることが分ります。ここまでの結果では、単純に「おいしそう」などのみかんの属性評価がWTPに寄与しており、感情への働きはないように思えます。しかし、改めてふたつの棚の属性評価、印象評価の標準偏回帰係数を比較してみると、両方とも「イラストPOP有り」の数値の方が高いことが分かり、特に「印象評価」に関しては倍近い変化が表れています(図表7)。
イラストは属性評価と印象評価それぞれに効果を発揮しており、印象評価のみならず属性評価も際立たせるということです。
次に、「イラストPOP無し」と「イラストPOP有り」のWTPの差の要因を分析する為に、それぞれの「属性評価」と「印象評価」の差を、WTPの差で分析しました(図表8)。
結果、WTPの増加要因は、イラスト提示による印象因子と属性因子の変化で決まるということが分かりました。
ここで、イラストと「かわいい」との関係性を見ていきます(図表9)。
「イラストPOP有り」で分析した「属性評価」「印象評価」の因子スコアと「かわいいと感じるもの」の因子スコアの相関を分析しました。ここで'関連がある'と言えたのは「赤ちゃん」や「犬猫」をかわいいとする「ヒーリングの因子」と、「印象評価」の相関が一番高く、相関係数は0.3370で関連があるという結果になりました。
つまり、かわいいと評価される感情を刺激するイラストが、商品を際立たせ、商品の特徴を明確にし、商品を主役化することによってWTPが上がり、購入に結びつくことが明らかになりました。これは、消費者が商品に直接接触するのではなく、イラストを経由する方がより良く商品理解が進む、感情的に理解できるということです。
以上の分析結果のまとめとして、三つ整理します。
- 特定のイラストは感情を引き出し、商品購入に繋げることができる。
- 特定のイラストへの「かわいい」という感情は、商品の属性評価、印象評価、好意を高め、WTPを高める。
- 「かわいい」とは「良い」と「快」の二次元に位置づけられ、彩度や大きさなどの十分条件を備えたものである。
スマホなどの情報ツールに囲まれた現代市場では、消費者も合理的、効率的に選択する為の近道を探しています。いかに情動に働きかけるか、どうやってコミュニケーションを取り好感を持ってもらうかが重要なのではないでしょうか。その鍵は消費者の感情理解にあります。
最初の仮説の検証結果は、消費者の購入意欲の鍵は感情であり、感情をもっとも刺激しやすいのは消費者が商品とリアルに接する売場であり、売場のもっとも大きな販促物であるPOPである、ということになります。
今回の実験では生鮮食品を対象にイラストを使った感情への働きを検証しました。しかし、様々なブランドに応用するためにはどのような仕組みが必要なのか、さらに追及し、判断の近道をしようとする消費者が、選択する際の手がかりとできる「サインポスト」になるような売場の仕掛けを提案していきたいと思います。
参照コンテンツ
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