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公開日:2022年05月23日

気になるあの街に行ってみた!
人種のるつぼ「川口市」
"本当に住みやすい街"は流通戦略の新たなモデルケース
文・撮影/赤沢奈穂子


 テレワークの定着により新しい職住分離が進み、生活者のライフスタイルも変化しました。それに伴い、人気のエリアも変わってきています。そのなかでも着目できるのが、東京都北区に隣接する埼玉県川口市です。

 全国では11年連続で総人口が減少(総務省「人口推計」 2021年10月1日現在)するなかで、川口市の人口は増加トレンドが続いています。2021年1月1日現在の人口は約60万7,000人、これは埼玉県で2番目、千葉県の船橋市と同程度です。平均年齢44.2歳(全国平均46.4歳)、65歳以上の構成比は22%(全国27%)、生産年齢人口(15歳~65歳)65%(全国61%)とミドル層が多いエリアです。外国人登録者数は38,000人、特に中国人は20,000人を超え、外国人が多いエリアでもあります。

 流通の観点では、様々な業態が出店しています。GMSではイオンが3店、イトーヨーカドー1店、SMではヤオコーが2店、CVSではセブン-イレブン62店、ファミリーマート53店、ドラッグストアではマツモトキヨシが7店、ウエルシア13店、ホームファッションではニトリが3店出店しています。郊外型展開のイオン、ヨーカ堂、ウエルシア、ニトリと、都市部・住宅街展開のヤオコー、セブン、ファミマ、マツキヨと、川口市は都市型と郊外型のふたつの側面を持った買住近接エリアになっています。

 川口市は日本人と外国人、都市型と郊外型、ファミリー層とシニア層、昔からの居住者と新しい居住者などが混在する多様性のあるエリアで、様々なライフスタイルを見ることができます。こうした、都心郊外で様々なライフスタイルが共存するエリアが今後、ますます注目されると思います。川口市の事例には、今後の成長エリアの攻略ポイントを見ることができます。

 前回「コロナ禍によるテレワークで人気上昇の街」で取り上げた「立川」に続き、今回はその第二弾として埼玉県川口市に注目します!

東京都北区からの眺望
東京都北区からの眺望

 埼玉県川口市は、2021年度の市民税、固定資産税、都市計画税を合わせた市税の税収が当初見込みより34億円も上回る943億円になることを発表した。コロナ禍で税収が落ち込む自治体が多い中でのこの数字は驚異的!年度半ばでの増額補正は、バブル期の1989年度以来、実に32年ぶりのことなのだそうだ。バブル期といえば、尋常じゃないお金の使い方をしたあの時代ですよ。タクシーを止めるために1万円をヒラヒラ、高級レストランを日常使い、プレゼントの金額は一桁多いウン万円、サラリーマンもOLも連日普通にクラブ通いなどなど。もちろん、川口市が税収増額したからといって経済的にバブルが再来することはないし、なんなら個人的には二度とバブルはこないんじゃないかと思ってるんだけど、バブル時代のとびっきりエモい恩恵を受けた身としては、この嬉しいニュースになんだかジーンとしてしまったのだ。

 そこで、私なりに今回の税収アップの背景を紐解いてみた。まず第一に考えられるのは、やはりコロナ禍による新しい仕事の形「テレワーク」の普及である。前回の「立川」でも述べたが、コロナが感染拡大したことにより通勤ラッシュ問題はあっさり解決し、「ステイホーム」から始まった「テレワーク」という仕事スタイルがあっという間に広がり、すっかり当たり前になった。毎日通勤しなくてもいいなら、都心から離れた場所でおうち時間を充実させたい。そんなゆったりした暮らしを求める人も増え、その結果、東京23区から転出する人が増加。都心から1時間以内で通える郊外の住みやすい街へと移っていく人が後を絶たないのである。

 第二に考えられるのは、「住みたい街」問題。大手住宅ローン会社「ARUHI」が調査した「本当に住みやすい街大賞」で、川口は2020年、2021年の2度も連続でグランプリに輝いているのだ(ちなみに今年2022年は2位)。「住みたい街」ランキングでは、相変わらず吉祥寺や横浜や恵比寿なんかが上位を占めるが、「住みたい街」はあくまでも憧れだから当然と言えば当然。だが、「本当に住みやすい街」の場合、実際に住んでみた結果、ここは本当に住みやすい!という実感が込められている気がするから、信ぴょう性が増すのだ。

 では、川口が本当に住みやすい理由はなんなのだろう。まずは、住宅(購入、賃貸含め)が東京と比較して格段に安いので、東京から移住してくる若くて高収入の市民が増えているという点があげられる。その背景にあるのが、川口のアクセスの良さ。川口市と北区は荒川を挟んですぐ隣りに位置している。つまり、川を隔てただけで、23区ではなく埼玉県になるので、川口市はいわゆる「ほぼ東京」なわけだけど、この差が金銭的にはとんでもなく大きいのである。大手不動産情報サイトによると、昨年の家賃相場は3LDK~4LDKの場合、北区が18万円に対し、川口市は11万円代とのこと。川を挟んだだけで、こんなにも安くなるのだから、そりゃ川口に移住したくなる気持ちも頷ける。しかも、川を挟むといっても江戸時代のように渡し舟で渡るわけじゃなく、JR京浜東北線「赤羽駅」から電車で一駅先に行くだけだから、もうこれは住まない手はないのである。「赤羽」も、「東京都北区赤羽」というマンガをきっかけに人気があがり、「本当に住みやすい街」2019年は第1位、2020年は2位になっているので、このエリアがキテるのはまず間違いないだろう。

 また、税収アップにより市の財政が潤った川口市には、その恩恵を受けるべく様々な支援サービスも充実している。たとえば、子育て支援の場合、市役所に「子育て育成課」や「子育て相談課」といった気軽に相談できる窓口を設けている。他にも、生後4ヶ月までの乳児がいる家庭を対象に訪問員が家に行き、直接話を聞いてくれるサービス「こんにちは赤ちゃん訪問事業」や子供が楽しく遊べる環境をサポートする「プレイリーダーのいる公園」では、プレイリーダーがけん玉や竹馬などと言った昔ながらの遊びを教えてくれる。こういった次世代への積極的な取り組みも「本当に住みやすい街」の要因になっているのだ。

西口から東口へのペデストリアンデッキ
西口から東口へのペデストリアンデッキ

 川口駅の東口に降りると、ペデストリアンデッキでいくつもの商業施設が繋がれた商業エリア。建設中の地上29階建てのタワーマンションも今年ようやく完成する予定だ。一方、広々としたペデストリアンデッキを使って行き来ができる西口はというと、高層マンション群が建ち並ぶ中、「文化センターリリア」や「リリアパーク(川口西公園)」を擁する緑豊かな住宅エリアという街並みになっている。「文化センターリリア」は、コンサートや展示会などを開催する施設。音楽ホールにあるスイスの名門クーン社より建造設置された大きなパイプオルガンは必見だ。私も友達のライブを観るため、少し前に一度行ったことがあるが、駅前のペデストリアンデッキから直結してるし、キレイでとてもいいホールだった。また、「リリアパーク」は春は桜、夏は水遊び、秋は紅葉と四季折々の楽しみを満喫できる公園としても知られているので、駅前とは思えないほど存分にマイナスイオンを浴びられるのも魅力だ。

川口総合文化センター リリア
川口総合文化センター リリア

リリアパーク(川口西公園)
リリアパーク(川口西公園)

 川口は、かつては鋳物工場を地場産業として栄えていた街。昭和37年に吉永小百合さん主演の「キューポラのある街」の舞台としても有名だ。「キューポラ」とは、鉄の溶解炉のことで、当時の川口は多くのキューポラが立ち並ぶキューポラのある街だったのだ。昭和39年に開催された東京オリンピックの大きな鋳物の聖火台も川口の鋳物職人・鈴木万之助さんが手掛けたもの。納期がわずか3ヶ月という過酷な依頼に辞退者が続出する中、万之助さんが三男の文吾さんとともに引き受けたのだ。しかし製作途中、まさかのアクシデントで失敗。万之助さんは、そのショックで急逝してしまったのだ。突然の万之助さんの死で聖火台製作は一旦止まってしまったが、父の遺志を継いだ三男の文吾さんが立ち上がり、川口の鋳物職人たちとともに不眠不休で完成させたという経緯がある。川口の鋳物の聖火台には、そんな親子と仲間たちが織りなす深くて強い絆が刻まれているのである。

鋳物の街を象徴する「働く歓び」像
鋳物の街を象徴する「働く歓び」像

 川口の地場産業としての誇りをかけて製作した聖火台は、一度目の東京オリンピック以降は旧国立競技場に置かれていたが、国立競技場の解体に伴い2019年10月3日に川口駅前のキュポ・ラ広場に約61年ぶりに帰郷した。その設置記念式典には、オリンピックメダリストの室伏広治さんらと一緒に、聖火台を製作した鈴木文吾さんの弟・昭重さんも万之助さんと文吾さんの遺志とともに参列。父と兄たちが命がけで作った聖火台に火を灯した。しかし、かつて繁栄を遂げた鋳物工場は時代と共に次々に壊され、キューポラのある街はすっかり影を潜めてしまったのである。現在は「JR川口駅」という鋳物製の看板が、川口の地場産業「鋳物」の存在を静かに伝えてくれている。

川口駅の銘板は鋳物製
川口駅の銘板は鋳物製

 そして、その跡地にはキューポラに代わって超高層マンション群が誕生。川口駅前は、むしろ23区内に入れるべき大都会に変貌したのである。最近は、荒川を挟んだ北区の対岸から見る川口の眺めがニューヨークのマンハッタンに似ているとも言われている。川向うに林立する高層マンションの光景は思わず吸い寄せられるほどだ。話は逸れるが、私は20代の頃マンハッタンに3年ほど住んでいたが、JFK空港からクイーンズボロブリッジやブルックリンブリッジを渡る途中、目の前に現れる高層ビル群を見るたびに「あー、戻ってきた~」という、なんとも言えない安堵感が湧いていた。マンハッタンにはどんな人をも受け入れる不思議なパワーが宿っているのだと、今更ながら思う。

対岸からの眺望は"日本のマンハッタン"!?
対岸からの眺望は

 つまり、何が言いたいかというと、北区赤羽はクイーンズのロングアイランドやブルックリンであり、荒川はイーストリバーなのだ!ということ(笑)。家賃は安いし、アクセス抜群だし、税収アップのおかげで市も潤っているし、その恩恵をいろんなところで受けられるだろうし、なによりマンハッタンと見紛う最高の眺望もある。高収入の若者がどんどん川口に移住するには、どれも十分すぎる理由ばかり。あまりに人気になり過ぎて川口の土地が高騰する前に引っ越しておいた方がいいかもね。


今回訪ねた街はコチラ!

著者プロフィール

赤沢奈穂子

放送作家。
日本脚本家連盟、日本放送作家協会会員。
コピーライターから放送作家に転身後、日本テレビ「11PM」でデビュー。番組における最初で最後の女性作家に。テレビ、ラジオ、イベントなど数々の番組等に関わり、1993年渡米。NY、イスラエル、ロンドンでの約7年の居住を経て帰国。その後は、番組構成をはじめ、雑誌ライター、書籍の執筆、イベント運営など、幅広く活動している。既婚。2児の母。東郷奈穂子名義でも活躍中。

コピーライター作品「フルムーン旅行」
放送作家作品「テレビ東京/出没!アド街ック天国」ほか
近著に、萩谷慧悟ダイビングフォトブック「HORIZON」(2021)、「Azure Blue」(2022)、小西成弥フォトブック「treasure」(2022)など


連載:気になるあの街に行ってみた!


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