フランス産ワイン・スピリッツのフランス国外への輸出金額は2021年に過去最高を更新、155億ユーロ(約2.2兆円)の巨大市場を作り上げている(仏ワイン・スピリッツ輸出業者連盟)。
一方、日本酒(清酒)の輸出金額も年々増加傾向にあり、2022年は11月末までの合計で約435億円(前年同期比22.7%増)と大幅に伸長している(国税庁「酒類の輸出動向」より)。
輸出規模ではフランスワインの2%に満たない日本酒だが、国内外における消費拡大のため様々な取り組みが行われている。国税庁の「海外展開・酒蔵ツーリズム補助金」や、日本観光振興協会の「日本酒蔵ツーリズム推進協議会」などだ。
酒蔵巡り、ワイナリー巡りなどのツアー商品は以前から地域振興や国内外へのPR施策として注目されてきたが、このコロナ禍で中止や縮小を余儀なくされるなど、観光産業全体が大きな打撃を受けた。
そんな中、一足早くコロナからの回復を見据えているのが「鍋島」で知られる富久千代酒造だ。この佐賀県の小さな酒蔵は、2021年5月にオーベルジュ(宿泊できるレストラン)「御宿 富久千代」をお膝元の鹿島市にオープン。一帯は江戸時代から醸造の街として知られ、施設も商家をリノベーションしたものとなっている。宿泊客には一般には非公開の酒蔵見学やテイスティング、電動自転車の貸出などを行っており、醸造の街の歴史や伝統を五感で堪能できる。
公式サイトは英語やフランス語、中国語のほか、なんとタイ語まで7言語に対応(富久千代酒造の公式サイトは10言語)していることからも、インバウンドに照準をあわせていることは明白だ。
2022年10月には国内での水際対策が大幅緩和され、訪日外客者数も急速に回復しつつある(日本政府観光局)。"インバウンド復活元年"、こうした地域活性化の取り組みによって、日本の銘酒が再び世界へ羽ばたいていく可能性は高い。
今回は、フランスの名門ワイナリー、ラドゥセットのワイン造りに密着。200年以上に渡り品質に徹底的にこだわり続ける超老舗に、伝統やブランドの魅力発信のヒントを探ってみた。
新型コロナによる度重なる外出自粛の対策としてジワジワと日常に根付いていった家飲み文化。その結果、家庭用ワインの需要が伸びているといいます。しかも、高価格帯のワインの人気が高まっているとか。どうせ巣ごもりするなら、ちょっといい食材で作った美味しい料理と、それに合う美味しいワインでおうち時間を楽しもう!という発想へと転換するのも頷けます。国内におけるワイン市場をみると、消費数量は平成の30年間で3倍以上に増え(メルシャン発表)、令和の現代においては自宅にワインがあるのはごく日常になっています。特に、1997年と98年の第6次ワインブームで消費数量がグンと上がったのを機にワイン消費は着実に伸長しています。
輸入ワインの数量は2015年から20年までチリワインが1位を独走していましたが、2021年はフランスワインが7年ぶりに1位に返り咲きました(財務省「品目別貿易統計」)。これは、2019年に日欧EPAによるワイン関税が撤廃したことやコロナ禍による外出自粛で贅沢なおうち時間を過ごしたいと思う層が増えたことなどが要因と言われています。このことは、これまでの安さ重視より質を求める時代に突入したことの象徴ともいえます。近年は、国内ワイナリー数の増加に伴い国産ワインの需要も増えているので、今後はますます質の高いワインや保存料不使用の国産ワインの人気が高まると予想されます。
フランスワインが7年ぶりに輸入ワインの数量1位に輝いたので、今回はそのフランスワインから伝統あるロワール地方最大のワイナリーである名門ラドゥセットについて取り上げます。実は昨年末、ラドゥセット伯爵家のご招待でラドゥセット伯爵のお城を訪問するという私史上最大ともいえる激レア体験をしてきました。
今回はその現地レポを交えてお届けします。
ラドゥセットは、フランスの北に位置するロワール地方でプイィ・フュメの半分以上を生産するロワール地方最大のワイナリーです。ロワール河を挟んだ東側は紀元前のガロ・ロマン時代に起源をもつプイィ・フュメのワイン生産地。かつてはガメイとピノ・ノワールによる赤ワイン醸造が主流でしたが、1860年代に襲った害虫フィロキセラのせいで、そのほとんどがソーヴィニヨン・ブランに植え替えられました。そのため現在この地のソーヴィニヨン・ブランから造るワインはプイィ・フュメまたはブラン・フュメ・プイィと呼ばれています。フュメという名前の由来は諸説ありますが、季節によって一帯が濃い霧に包まれる、ワインが燻製に似た香り、熟すと果実の表面に噴き出る白い粉が煙に似ている、などからフュメ(仏・煙)と名付けられたと言われています。その名前からもわかるように、ロワール河を挟み左岸のサンセールに比べると、右岸のこの一帯は地形や霜被害が多いため面積の割には生産者が少ない地域だったのです。
そんなこの地に1787年、ラドゥセット家の祖先でフランス銀行頭取を務めていたラフォン伯爵が、ルイ15世の内縁の娘から「シャトー・ドュ・ノゼ」というお城を含む250haのぶどう畑を譲り受けました。その後1805年、ラドゥセット家が継承。1972年に弱冠21歳で6代目現当主パトリック・ドゥ・ラドゥセット男爵がシャトー経営を任されました。当主になったラドゥセット男爵は、手始めに高品質のワイン造りを行うため、果汁にストレスをかけない設備など、醸造の近代化を図りました。さらに、ぶどう本来のアロマを生かすため樽は使わず、温度や量などの管理が徹底できる特注の最新ステンレスタンクで発酵することに。ストックも木を使わず、土やガラスでできたセラミック容器にすることで100%ピュアなワイン造りにこだわったのです。当主曰く、ぶどうを丹精込めて育てても木樽で熟成すると木の独特な風味や雑菌が加わってしまい、ぶどう本来の味わいを台無しにしてしまう。そういった風味が好きな人もいるが、ラドゥセットでは雑味のない味を楽しんでもらいたい。そう語ってくれました。
ラドゥセットのカーヴを見学させて頂きましたが、清潔感が保たれた実に合理的な場所でした。ぶどう畑から収穫したぶどうをカーヴの地上階に開けられたいくつかの穴に落とし、そのまま下の階の圧搾機へ。6台の圧搾機で絞られたブドウ果汁は、パイプを通じその下の階に設置されたいくつもの個室に運ばれ、24~28時間かけ皮や種などが沈殿するのを待って、搾りかすと果汁に分別。果汁のみをパイプでタンクへ運び発酵します。1~2週間発酵させたら別のタンクに移し、約6~8か月熟成。熟成したワインは、小さな窓がある個室に運ばれ貯蔵します。そして、ラドゥセット男爵と専門家が各室のワインをテイスティングし出荷時期を決定するという行程でワイン造りをしているそうです。お話を聞くにつれ、伝統的な農法と最新技術をうまく融合させることで品質至上主義を貫き、正統派伝統的生産者として君臨しているワイナリーだということを実感させられました。
味わいは、ソービニヨン・ブラン特有のフレッシュでスッキリとした辛口。火打石の風味や特有の青草を感じさせる上品なワインです。中でも、1973年にフランスの白ワイントップクラスの仲間入りを狙ってリリースした「Baron de L(男爵のL)」は、プイィ・フュメの中で最も立地条件の良い場所で出来るブドウを使用。その畑の中でも、樹齢40年以上のブドウのみを収穫したロワールワインを代表する最高傑作です。エレガントなのに力強い。口当たりは爽やかなのに芳醇。時間とともに広がる果実の香りから、白い花が咲き誇る爽やかなシャトーの光景が思い浮かぶような上質なワインを造り上げました。そんなバロン・ド・エルを含め、世界でも最高峰のソーヴィニヨン・ブランを造る生産者として称賛を浴びているラドゥセットは、今ではフランスの高級レストランのワインリストに欠かせない存在になっています。
ラドゥセットは、ロワール地方最大規模のシャトーの他にも、ロワール河対岸のサンセールの「コント・ラフォン」というドメーヌをはじめ、シャブリの「レニャー」「レニャー・ボーヌ」、ヴェズレーの「ドメーヌ・カミュ・フレール」、サントネイの「レニャー・サントネイ」、プイィ・フュッセの「ル・パヴィヨン」、プロヴァンスの「ヴァロンブローザ」、オート・コート・ドゥ・ボーヌの「シャトー・ドゥ・サント・マリー」などを所有。さらに、シャンパーニュ地方にも「ドゥ・カントナール」「コンテス・ラフォン」というシャンパンのメゾンも所有しています。
ラドゥセット家がシャンパンに参入したのは1800年代にシャンパーニュ地方にあったボロボロの古城を購入したのがきっかけでした。行政からの取り壊し禁止令に伴い、ラドゥセット男爵が野ざらし状態だった古城を美しい城へと改修。広大なぶどう畑を整備しシャンパン造りに着手したのです。シャンパンの名前は「コンテス・ラフォン」。現当主の曾祖母の名前です。今回はその「コンテス・ラフォン」にもお邪魔してきました。カーヴは一部改修したものの、ほとんどが当時のまま。フランス特有の土壌である石灰で造られているため、エアコンなどを使用せずとも一年中同じ温度と湿度という優れたカーヴで品質を保っています。ここで造っているシャンパンは、ブリュット(辛口)とエクストラブリュット(極辛)とロゼ。エクストラブリュットの糖分は1リットルにつき3~6グラムなので、かなりスッキリとした辛口です。また、ロゼもブリュットは糖分9グラム、エクストラブリュットも6グラム以下と辛口。フランボワーズやイチゴなどのフルーティなアロマが特徴で魚介やヤギのチーズによく合います。また、2009年の豊作年に造った「コンテス・ラフォン」は、60%ピノノワール、40%シャルドネのビンテージシャンパンで複雑なアロマを醸した特別なシャンパンです。
ロワールのラドゥセット伯爵家では、「Baron de L」をはじめ、年代別のソービニヨン・ブラン(プイィ・フュメ)と、それに合わせたスモークサーモンやフレンチの豪華ディナーを堪能。シャンパーニュのカーヴでもビンテージの「コンテス・ラフォン」などをテイスティング。ランチでは白身魚やヤギのチーズなどとともに提供して頂きました。ラドゥセットのワインやシャンパンはオートメーション製造ではないので、これまで日本では一流ホテルなどでしか味わうことができませんでした。が、今は販売数に限りがありますがECや日本唯一の直営店「カーヴ・ドゥ・ラドゥセット」(東京都渋谷区神宮前5-49-5)などでも購入できます。是非、最上級のソービニヨン・ブランとシャンパンで贅沢なおうち時間をお過ごしください。
今回訪ねた街はコチラ!
著者プロフィール
赤沢奈穂子
放送作家。
日本脚本家連盟、日本放送作家協会会員。
コピーライターから放送作家に転身後、日本テレビ「11PM」でデビュー。番組における最初で最後の女性作家に。テレビ、ラジオ、イベントなど数々の番組等に関わり、1993年渡米。NY、イスラエル、ロンドンでの約7年の居住を経て帰国。その後は、番組構成をはじめ、雑誌ライター、書籍の執筆、イベント運営など、幅広く活動している。既婚。2児の母。東郷奈穂子名義でも活躍中。
コピーライター作品「フルムーン旅行」
放送作家作品「テレビ東京/出没!アド街ック天国」ほか
近著に、萩谷慧悟ダイビングフォトブック「HORIZON」(2021)、「Azure Blue」(2022)、小西成弥フォトブック「treasure」(2022)など
連載:気になるあの街に行ってみた!
- 入国制限解除後の欧州の今と観光ビジネス考察(2023年)
- フランス・ロワール地方最大のワイナリー「ラドゥセット」(2023年)
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参照コンテンツ
- プロの視点 女性が生み出す6.9兆円の市場―アフタヌーンティーは都心高級ホテルを救えるのか(2021年)
- MNEXT 2022年の消費の読み方-価値拡張マーケティング(2021年)
- MNEXT 眼のつけどころ 市場脱皮期の富裕層開拓マーケティング―価格差別化戦略(2021年)
- MNEXT 眼のつけどころ 20年後の東京をどうするか?―新しい消費文化の形成(2017年)
- 戦略ケース 都市再生法によって加速する 東京発マーケティング革新(2002年)
- 戦略ケース 百貨店の明暗を分けるブランド消費-百貨店の復活は本物か?(2001年)
シリーズ「移動」のマーケティング
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