消費者の購買行動が小商圏の地域完結型に変化しています。都心繁華街での買い物が減少し、地元で買い物をする人が増えています。都心繁華街は、何か面白いものはないか無目的に探す不特定多数の消費者との接点ではなく、明確な目的をもった特定多数の消費者が集まる場になりました。しかし、マーティングを展開するうえで重要な場であることは変わりありません。アフターコロナでは、これらを踏まえたセグメンテーションとエリアマーケティング展開が必要です。
今回は美術館などのアート密集エリアという顔と、アメ横の大衆酒場といった庶民的な顔を持つ上野を取り上げています。上野駅の乗降客数は、東京メトロで1日あたり210,272人(2019年)、JRでは182,704人です。東京メトロ管轄では10位、JR東日本管轄では13位です。このように多くの人が行き交う上野でのエリアプロモーションなどのマーケティング活動の効果は非常に大きいといえます。攻略方法はアートエリアのファミリー層と、アメ横で買い物をするディカウント購買層、アメ横の大衆酒場で飲食する社会人層など来街者をセグメントすることです。今回のコンテンツでは、様々な人が集う上野の魅力やその多面性について紹介していきます。
上野駅公園口を出ると、目の前はアカデミックな世界。「上野の山」と呼ばれる「上野恩賜公園」のアートなエリアに着きます。都心部を回る山手線の主要駅のひとつで、駅前に大きな公園があること自体が凄いことですが、それが近年の再開発整備で作ったものではなく、古くからそこにあり、むしろ公園を中心に街が発展していったというから、なおさら凄いのです。1876年5月、宮内庁から当時の東京市に寄贈され、日本初の公園として開園した「上野恩賜公園」は、文化芸術の中心地として発展してきました。開園後は、次々に博物館や美術館などが作られ、多くの重要文化施設が上野公園に集結。現在は、世界でも類を見ない稀少なアートエリアとして存在しています。
皆さん、意外にこの事実を知らなかったんじゃないですか?かく言う私も、上野の山にたくさんの美術館や博物館があること自体は知っていましたが、そこが世界でも珍しいアートエリアだということは知りませんでした。30代から海外で暮らし始め、ニューヨークやパリなどの文化施設にも足を運びましたが、それでも気づかず。帰国後に上野の山に行ったときに、はたと気づいたわけです。あれ?東京の有名美術館や博物館って、全部上野の山に集まってない?!これって、凄いことじゃない!と。
パリは、芸術の街だけあって、パリ中心部のセーヌ川周辺にいくつもの有名美術館や博物館などが集まっていますが、2大美術館である「ルーブル美術館」と「オルセー美術館」はセーヌ川を挟んだ対岸にあります。さらに、有名なモンマルトルの丘にあるのは、個人邸宅を利用したものや「ダリ美術館」のような小さなギャラリーがほとんど。同じ丘陵地帯に建つ上野の山と比較すると、規模の違いは歴然です。また、ニューヨークの有名観光地でもある「MOMA」と「アメリカ自然史博物館」も、同じセントラルパークに隣接してはいますが、見える距離にはありません。
つまり、隣や向かいにどれもこれもがトップクラスの文化施設が集まる街なんて、世界中どこを探してもないのです。世界有数の芸術国でさえ成しえなかったものが、日本の上野にはある!そういう凄い事実を、もっと多くの方に知ってもらいたい!そんな思いから、今回は上野の魅力に迫ることにしました。噴水池を中心に円を描くように点在する美術館や博物館をひとつずつご紹介していきます。
まずは、国立西洋美術館。ここは、実業家である松方幸次郎が20世紀初頭に収集した「松方コレクション」を展示するために1959年に開館した国立美術館。フランス政府から寄贈返還された松方コレクションをはじめとする西洋美術に特化した唯一無二の美術館です。印象派などの近代フランス美術を中心に収集された松方コレクションの中には、モネの「睡蓮」やロダンの「考える人」などの名作もあります。しかも、そのほとんどの作品を常設展として公開しているという太っ腹な美術館なので、ここでは誰もがいつでも、素晴らしい西洋美術に触れることができるのです。また、芸術を扱う建物としては珍しく、2016年には世界文化遺産にも登録されています。
設計者は、世界的建築家ル・コルビュジェ。遠い異国の地からの依頼を引き受けたのは、かつてコルビュジェのもとで研鑽を積んだ前川國男、坂倉準三、吉阪隆正の3人の弟子がいたからとも言われています。師弟で完成させた珠玉の名建築・国立西洋美術館は、建物そのものも芸術作品なのです。
その特徴のひとつが、建物を覆う緑色のパネル。これは、緑色の玉石を敷き詰め、モルタルで固めたものなんですが、天気によって微妙に変化する緑色を楽しむのも一興。さらに、入り口には、今は一般的になっている「ピロティ」を用いています。これは、ル・コルビュジェが考案し、世界中に広めた建築様式のひとつ。他にも、圧倒的な天井の高さを誇る本館の「19世紀ホール」、三角形の天窓から降り注ぐ柔らかな自然光、螺旋状のスロープの床をぐるりと巡る回廊構成など、館内のあちらこちらでル・コルビュジェならではの特徴が見受けられます。
1979年には、設立20周年を記念して、本館と機能を一体化させた新館を増築。設計は、ル・コルビュジェの弟子の一人である建築家の前川國男が担当しました。本館とともに周りを囲んだ中庭には、欅、銀杏、楠の3本の木が配置され、緑深い癒しの空間を演出しています。
中庭には出入りできませんが、本館の「CAFÉすいれん」からなら、中庭の木々や新館の彫刻を窓越しに観ることができます。しかも、カフェへは観賞券がなくても入れるので、上野の美術館巡りの休憩にももってこいです。イチオシは、コルビュジェの特徴をイメージした「ル・コルビュジェ ランチプレートセット」。常設展のクロード・モネの作品をイメージした「睡蓮 蟹クリームコロッケ」もおススメです。
また、1998年には、大規模な免震レトロフィット工事を施工。地下を含むすべての建物を地盤から絶縁しました。これにより、ル・コルビュジェの名建築はもちろん、人命と芸術作品を地震から守ることが可能になったのです。
なお、2020年10月19日から2022年春(予定)までは館内施設整備のため、全館休館中。世界文化遺産の建物を見ながら、再開を待ちましょう。
続いては、国立西洋美術館のすぐ近くにあり、大きな鯨が目印の「国立科学博物館」。略称「かはく」です。ここは、1877年に設立された日本で唯一国立の総合科学博物館です。主に生物の進化の過程や科学についての展示をする「地球館」と日本が歩んできた歴史などを振り返る「日本館」で構成。数多くの展示物もさることながら、その建築様式も必見の価値があります。
クラシカルな外観が魅力の「日本館」の建物は、1931年に完成したネオルネッサンス様式。建物を上空から見ると、当時は最先端科学技術の象徴でもあった飛行機の形をしているそうです。天井を見上げた場所や階段の踊り場などのステンドグラスから降り注ぐ幻想的な光も見どころのひとつ。国指定重要文化財にも選ばれています。1階には、地球儀や天体儀など、日本人が自然観測のために用いてきた科学技術などを展示。2階には、日本に生息した生物の繁栄や絶滅を展示。恐竜などの骨格展示は迫力満点です。3階は、日本列島の火山活動など環境に関する展示がされています。
一方の「地球館」は、実験が出来たりする体験型の展示が豊富。子供でも遊びながら学べる楽しいエリアになっているので、小さい頃から科学に興味を持つきっかけにもなります。また、「国立科学博物館」には、ここでしか買えない限定グッズもたくさんあるので、訪れた際は、是非とも「ミュージアムショップ」でお土産を買って帰りましょう。
「東京都美術館」は、大正15年(1926)に誕生した日本初の公立美術館。美術団体の公募展の会場として親しまれてきました。現在も、多岐にわたるジャンルの公募展や国内外の名品を集めた特別展や企画展などを開催。近々では、コロナ禍のため延期されていた「イサム・ノグチ 発見の道」が開催されています。日本人の父とアメリカ人の母のもとに生まれたイサム・ノグチは、独自の彫刻哲学をもつ20世紀を代表するアーティスト。発見の道を辿りながら、イサム・ノグチの比類なき才能に触れてみてはいかがでしょう。
「上野の森美術館」は、上野恩賜公園の中にある唯一の私立美術館。1972年にフジサンケイグループが開館しました。若手作家を発掘する「現代美術展(VOCA展)」などの公募展や独創的な企画展を随時開催。2018年から産経新聞創刊85周年・フジテレビ開局60周年記念事業として開催した「フェルメール展」は、総入場者数68万人以上を記録しました。また、ミュージアムショップで扱うオリジナルグッズのクオリティの高さも評判。東京土産としても喜ばれているようです。
ここからは、もうひとつの上野の顔についても掘り下げてみたいと思います。
まずは、東京国立博物館。ここは、明治5年(1872)に開館した日本最古の博物館です。日本の美術を展示する「本館」、特別展などを行うネオバロック様式の「表慶館」、アジアの美術や考古遺物などを展示する「東洋館」、日本の考古遺物を展示する「平成館」、法隆寺献納宝物を展示する「法隆寺宝物館」の五つの展示館と資料館で構成されています。
現在の場所に博物館として建設したのは1881年のことでした。建築家は、イギリス人のジョサイア・コンドル。しかし、コンドルが設計した「本館」は、関東大震災で大破したため、復興までの十数年間は、コンドルの弟子で、宮廷建築家の片山東熊による「表慶館」のみで展示されていたそうです。
1882年(明治15)3月20日には、明治天皇の行幸を得て開会式が行われましたが、この時、博物館の施設のひとつとして「恩賜上野動物園」の前身である「付属動物園」も開園したのです。では、この流れで恩賜上野動物園へ行きましょう。文明開化の真っ只中の明治15年に開園した「恩賜上野動物園」は、日本で最も古い動物園です。開園当時は、「鳥獣室」「猪鹿室」「熊檻」「水牛室」「山羊室」に鳥類や魚類の飼育施設を加えただけの地味なものでした。ちなみに、魚類の部屋は「観魚室(うおのぞき)」といい、ここから水族館が始まったそうです。
開園から4年後の1886年、この地味な動物園にようやく猛獣がやってきます。イタリアから来日したサーカス団のトラが3頭の子どもを産んだと知り、ヒグマ2頭と交換し、まずはトラが仲間入り。その2年後、清国(中国)とシャム(タイ)から天皇に贈られたゾウが2頭ずつ仲間入り。日露戦争後には、各国との動物交換が盛んになり、珍しい動物も増えていきました。
中でも、ドイツのハーゲンベック動物園は日本の動物園史上欠かせない存在でした。ハーゲンベックは、上野動物園にライオン、ホッキョクグマ、ダチョウといった多くの人気者をもたらしてくれたのです。その交渉にあたっていたのが、当時の動物園監督だった石川千代松。日本中が注目するような話題性が必要だと考えていた石川は、ハーゲンベックとの交渉を続け、1907年、ついに現在の価格で約2億円ものキリンのつがいを購入したのです。
来日したキリンは、当初、横浜港から鉄道で輸送する予定でしたが、トンネルや陸橋をくぐることができないことが判明したため、船で隅田川から日本橋浜町河岸につけることに。そこからは、なんと大八車に乗せて上野動物園まで運んだのだそうです。当時の日本人は、見たこともない珍獣に度肝を抜かれたことでしょう。その甲斐もあって、上野動物園にはキリン見たさに押し寄せた人が年間100万人を記録したそうです。
現在は、スマトラトラ、ニシローランドゴリラなどの希少な動物をはじめ、約500種の動物を飼育。昨年9月には、西園にジャイアントパンダの故郷である中国四川省の環境などを再現した「パンダのもり」がオープンし、ジャイアントパンダのリーリーとシンシン、レッサーパンダやキジ類が一緒に暮らしています。
そして、大トリは上野をアートな街に位置付けている最強の学び舎、東京藝術大学です。上野の山には、名作を観賞する多くの施設と未来の名作を生む芸術家の学び舎の両輪が備わっているからこそ、上野はアートな街として生き続けていると思うのです。東京藝術大学は、1949年(昭和24)、前身である「東京美術学校」と「東京音楽学校」が統合して設立された大学。ご承知の通り、日本の芸術系大学の最高峰です。現在も美術学部と音楽学部に分かれており、これまでに多くのアーティストを輩出しています。
音楽学部出身の中には、邦楽科能楽専攻の狂言役者・野村萬斎さんも。また、舞台俳優の石丸幹二さんは声楽科出身。作曲科出身の坂本龍一さんやバイオリニストの葉加瀬太郎さんも藝大出身です。そして、最近の音楽シーンを席巻しているKing Gnuの常田大希さんと井口理さんも藝大に通っていました。常田さんは、器楽科でチェロを専攻。高音ボイスが魅力の井口さんは、声楽科の出身です。音楽理論やハイレベルな音楽性、技巧性に満ちたエリートバンドKing Gnuは、JPOPで売れるための完璧な戦略のもと、日本の音楽シーンに革新的な音楽を生み出したのです。
一方の美術学部は、実は音楽学部以上に入学するのが困難な狭き門。これまでに横山大観、平山郁夫、東山魁夷といった日本の芸術を牽引する多くの芸術家を輩出しています。草間彌生や奈良美智と並び、日本の現代アートの最高峰とされる村上隆さんも藝大出身。2005年からは新たに大学院に映像研究科を設置し、映画やアニメなどの映像芸術や舞台芸術を包括した総合芸術大学への改革を進めているようです。
上野の山に集まる芸術文化施設を知り、上野がいかに世界的に珍しいアートエリアだということを十分おわかりいただけたと思います。が、もうひとつの顔である下町の顔も忘れてはいけません。品格あるアートエリアと庶民的な大衆酒場エリアが混在するのも、また上野の魅力なのです。
ということで、最後は上野の下町へ。実は、アメ横のガード下は、今、最新ナンパスポットとして話題を集めているんです。ちょっと前までは、ナンパといえば銀座コリドー街と言われていましたが、そちらはすっかり影を潜め、代わって上野が急浮上。上野には、出会い目的のチェーン店が多く、外飲みできる大衆酒場も数多。しかも、下町価格なので、急増中のせんべろ女子にも人気なのです。オススメは、アメ横ガード下の「やきとり文楽」と大根おろし付き天ぷらが名物の「浜ちゃん」と上野の超人気店「大統領」が集まるエリア。店の外で飲めば、会った瞬間お友達なんてこともしばしば。上野の山で美術館巡りをした帰りは、ガード下でせんべろ。コロナが落ち着いたら、そんな上野ツアーもイケそうです。
今回訪ねた街はコチラ!
著者プロフィール
赤沢奈穂子
放送作家。
日本脚本家連盟、日本放送作家協会会員。
コピーライターから放送作家に転身後、日本テレビ「11PM」でデビュー。番組における最初で最後の女性作家に。テレビ、ラジオ、イベントなど数々の番組等に関わり、1993年渡米。NY、イスラエル、ロンドンでの約7年の居住を経て帰国。その後は、番組構成をはじめ、雑誌ライター、書籍の執筆、イベント運営など、幅広く活動している。既婚。2児の母。東郷奈穂子名義でも活躍中。
コピーライター作品「フルムーン旅行」
放送作家作品「テレビ東京/出没!アド街ック天国」ほか
近著に、萩谷慧悟ダイビングフォトブック「HORIZON」(2021)、「Azure Blue」(2022)、小西成弥フォトブック「treasure」(2022)など
連載:気になるあの街に行ってみた!
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参照コンテンツ
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- プロの視点 消費反発の現場を探る 帝国ホテルのブッフェから(2021年)
- オリジナルレポート コロナ下とコロナ後の消費の展望(2021年)
- MNEXT 眼のつけどころ 20年後の東京をどうするか?―新しい消費文化の形成(2017年)
- 戦略ケース 都市再生法によって加速する 東京発マーケティング革新(2002年)
- 戦略ケース 百貨店の明暗を分けるブランド消費-百貨店の復活は本物か?(2001年)
シリーズ「移動」のマーケティング
- なぜ駅はスゴイのか?-変わる駅の役割と新たなビジネスチャンス
- 変わる家族と駅の役割
- 世代交代で変わる鉄道と駅の役割
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