製品多様化競争の経済分析 | |
菅野 守 | |
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1.問題の所在 | |||||||||||||
「追いつき追い越せ」をスローガンに高度成長に邁進しつづけた時代から、すでに四半世紀以上が過ぎている。かつての「三種の神器」に象徴されるような、大多数の人々にとって欲望の対象となり得る画一的な消費ノルムは存在せず、普及率100%の商品の開発などもはや望むべくもない 1。企業は、豊かさの中で拡散し目まぐるしく移ろう消費者の欲求に翻弄されながらも、その奥深くに眠る"金鉱脈"を求めて、商品という名のつるはしをあちらに打ち込んでは止め、こちらに打ち込んでは止める、という試行錯誤を繰り返している。消費者にとっても、企業から打ち込まれた無数の商品をすべて覚えることなど不可能なことであり、有象無象の商品の山をかき分けて自らが理想的と考える商品を探しだすのも容易ではない。仮に自らの理想に近い商品が見つかったとしても、それが自らの望みどおりいつまでも市場に生き残りつづけてくれる保証も全くない。このような状況で、企業が1種類の商品だけで一点勝負をかけ続けることは、経営上のリスクが極めて高いといえよう。また、あらゆる分野で1種類のみの商品しか存在しない配給制同然の世界など、消費者としても到底受け入れがたいものだろう。 有為転変を続ける消費者の欲求に応えるべく企業が多種多様な商品バラエティを提供しつづけること、すなわち製品多様化という現象は、豊かな消費社会の下で企業と消費者が自らのベストをぎりぎりまで追求し合った相互作用の結果である。この企業と消費者の間における商品と欲求とのマッチングの精度が、経済全体の成果を決める。マッチングの精度が高い状況では、企業が投入した商品を消費者が高値で喜んで購入してくれ、"作れば売れる"といった望ましい状況が実現する。しかしながら、マッチングの精度が低い状況では、企業がいかなる商品を投入しようとも消費者からは見向きもされない。消費者の懐にはそれなりにカネがあるにもかかわらず、消費者からは"買いたいものがない"といった不満が起こり、価格の安さ以外に消費者への訴求手段がないような行きづまり状況に陥る。 製品多様化という環境条件の中で、企業が消費者からの厳しい選別に耐えて生き残るためには、闇夜の鉄砲のごとく市場に向けて無節操に商品の投入と撤退を決定するのではなく、むしろ、押すべき時と場所、及び引くべき時と場所を見分ける賢明な知恵が必要とされる。 従来、「80対20法則」や「SKUアプローチ」など、企業による商品投入数決定の手法として広く知られたものが確かに存在している。だがそれらは、需要サイドの状況を軽視して企業など供給サイドの条件のみに依拠していたり、過去の狭い経験的結果からアド・ホックに導かれたものに過ぎないなどの点で、一般性・普遍性を兼ね備えた頑健な判断規準とは言いがたい。 それゆえ本稿では、前述の問題意識を踏まえて、経済変動と製品多様化の関係を、企業による製品多様化競争の観点から分析し、企業による最適商品投入数決定のメカニズムの解明を試みる。 本稿の概略を示すと、まず第2節では、製品多様化にまつわる概念の確認を行った上で、経済学分野におけるこれまでの研究成果を整理し、更に本稿のベースにある研究の位置付けを明らかにする。続く第3節と第4節では、個別企業における最適商品投入数決定の仕組みを、経済学の枠組みに依拠したモデル分析によって明らかにしていく。まず第3節では、1事業部門レベルでの最適商品投入数の決定の仕組みを解説し、第4節では、企業が複数事業部門に進出している場合における最適商品投入数の決定への拡張を試みる。第5節では、第3節及び第4節で展開した製品多様化競争のモデル分析の帰結を現実のデータと照らし合わせつつ、簡便なシミュレーションを行う。第6節では、本稿全体のまとめとして、第3節及び第4節におけるモデル分析により得られた帰結を踏まえて、企業が商品投入数決定に際して留意すべき点を整理するとともに、第5節で行った推計及びシミュレーションにより得られた新たな発見事項を提示する。最後に、経済学の分析枠組みをが拓く可能性並びに重要性を説いて、締め括ることとしたい。 (2004.08)
本論文執筆は、当社代表松田久一による貴重な助言や協力のもとに行われました。ここに謝意を表します。
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【附 注】
【参考文献】
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