円安を契機とする値上げによって、長年、築いてきたブランドに危機が迫っている。しかし、ブランドの担当者は、値上げで増収になり、寧ろ、安心しているようだ。
短期的には増収だが、2~3年の視点でみれば、ブランドの「割高」意識は強まり、組織小売業のメーカー品質の「ストアブランド」にブランドスイッチが起こる脅威を孕んでいる。そもそも組織小売業のナショナルブランド離れが起こっている。
値上げで売上が減少し、ストアブランドにシェアを奪われ、売上減少のスパイラルに入れば、ブランドの高収益性は維持できなくなる。採算も割れ、何年もかけて宣伝広告してきたブランド価値は崩壊し、終焉を迎えることになる。
どうすればこのブランド危機を乗り越え、ブランドを再生させ、新たな成長軌道に乗せることができるのか。
日本の長寿ブランドの事例を研究してわかったことは、ブランドライフサイクルを戦略的にマネジメントしているということである。
最初に、これから論じるブランドに関して、わずらわしい専門家向けの議論は略し、弊社での定義を幾つかしておく。
まず、ブランドとは、
- 「ジェネリック」ともいえる製品を、コンセプト、ネーミングやパッケージングでブランディングして形成された社会的記号
である。そのブランドの役割は、
- 消費者にとっては「信頼と選択の手がかり」
であり、
- 企業にとっては、高収益につながる見えない資産
である。
現在、企業が長年育成してきたブランドが高齢化、長寿化している。製品には、製品ライフサイクル(Product Lifecycle)がある。T.レヴィットによれば、生命が寿命(ライフサイクル)を持つように、導入(誕生)、成長、成熟、衰退の段階を持つ成長曲線(S曲線)に従う (図表1)。
同じように、ブランドにも、製品とは異なるライフサイクルがあることが確認できた。任意に日本の30のナショナルブランド(全国的に知名度のあるブランド)を抽出し、業績の推移と展開を探った結果である。
つまり、
- ブランドは、生命が寿命(ライフサイクル)を持つように、導入(誕生)、成長、成熟、衰退の段階を持つ
- ブランドは施策によって再生し、再びライフサイクルを持つ
ということが確認できた。
ここで、製品とブランドのもっとも大きな違いは、製品には再生はないが、ブランドには再生がある、ということだ。
製品にも、アナログレコードや銀塩写真の復活のような現象もあるが、研究者が増えて、新しい製品革新や工程革新が起こる可能性は低い。他方、ブランドは、消費者の認知がベースになるので、持続も、復活も、再生もある。
ヘッドフォンカセットレコーダーの先駆者である「ウォークマン」は世界の音楽の楽しみ方に変革をもたらしたグローバルブランドである。現代でも認知資産を活用して、「CDウォークマン」「MDウォークマン」「DACウォークマン」へと「ブランドエクステンション」し、製品ライフサイクルを越えて、持続的に展開されている。
長寿ブランド研究からわかったもうひとつの重要なことは、ブランドライフサイクルの戦略的な管理である。
T.レヴィットは、マーケティングにPLCの考え方を導入した先駆者である(「製品ライフ・サイクルの活用」)。現在では、PLCは、製品ポートフォリオ(PPM)管理などに応用、活用されている。市場分析の基礎となっている。
成功している長寿ブランドは、ブランドにもライフサイクルがあることを踏まえ、ブランドのライフサイクルの段階ごとに、うまい戦略的対応をとっている。
コンセプトの明確化、ポジショニング、製品多角化、市場深耕、ブランド資産活用、ブランド価値拡張による再生などの政策だ。
このうまいブランドライフサイクルの戦略的管理は、ユニクロの展開にみられる。他方で、段階ごとにとるべき政策をとらずに、衰退死を迎えようとしているブランドもある。ブランド再生の機会を逸している。
ユニクロの事例をみてみる。ユニクロは1984年に導入されてから40年になる長寿ブランドである。売上高は順調に推移しているようにみえるが、成長と成熟を繰り返し、2024年8月期通期は、売上高3兆500億円(前期比10.2%増)と過去最高の業績を見込んでいる。ユニクロのブランドライフサイクルを整理してみると、売上高の推移とブランディング施策などから六つに区分できる。これはPLC(プロダクトライフサイクル)とは違い、導入期、成長期、成熟・再生期、成長期、成熟期、成熟・再生期となり、戦略的なものであることがわかった。
導入期:ブランドを導入し、「服に興味がない人」というターゲットを設定、「セルフサービスの倉庫のような店」をコンセプトに低価格設定でカジュアル小売業に進出。当時では珍しいロードサイドに出店し、受容されるきっかけを掴み、順調に売上が拡大、市場基盤を確立した。
成長期:その後、順調に店舗を拡大し、2000年には直営店舗数が400店舗を超える。98年にフリース1,900円のキャンペーンが話題を呼び、中国の生産工場を基に開発体制や生産環境を整えSCMシステムを稼働した。また、この時期にSS(スーパースター)店長制度を発足、店長を中心に約600名をロンドンやパリへの派遣研修を行うなど、店長教育システムにも力を入れている。
成熟・再生期:2001年に国外初の出店となるユニクロ英国店をオープン、全国直営店も500店舗と順調に展開していたが、2002年決算で売上高18.4%減、経常利益率43.2%減と最悪になり、当時の柳井社長も中国新聞紙上で「ユニクロブームが去った」と談話を発表している。2002年11月には代表取締役社長兼COOに玉塚元一氏が就任。2003年イギリスの店舗網を21店舗から5店舗に縮小するなどの政策をとり、CMに衣料メーカー初出演となる矢沢永吉氏を起用し業績は復調。特に再生の転機となったのは、国内一流素材メーカーと共同開発し、高機能素材を利用したヒートテックプラスインナーや、内モンゴル産100%カシミヤセーターで高品質訴求をし、差別化ができるようになったことだ。2004年には、東レとの共同企画で超軽量ナイロン素材を使用したコンフォートライトカバーオールを開発した。この頃に当時の代表取締役会長兼CEOの柳井氏は「世界品質宣言」を発表した。
再成長期:2005年8月期の連結業績予想で、当初の目標としていた「売上高4,000億円」未達の経営責任を負い、社長の玉塚氏が退任した。柳井氏が再び代表取締役社長兼COOを兼務することになった。ユニクロ事業の再強化、新規事業の拡大を目的とし、持株会社体制への移行、株式会社FRホールディングスへの商号変更を発表した。この成長期では、海外にグローバル旗艦店を次々に出店した。ロシア、ニューヨーク、パリ、上海、韓国、マレーシア、タイなどに出店するなかで、特に衝撃を与えたのが高級店が立ち並ぶニューヨーク5番街への出店だった。広告・宣伝をしていないにも関わらず、多くのメディアに取り上げられ結果的に大きな宣伝効果となり話題を呼んだ。2013年には新しいコンセプト、あらゆる人の生活をより豊かにする普段着「LifeWear」が発表された。そして、大和ハウス工業との共同物流事業をスタートさせ、配送コストや時間の大幅な削減、顧客の多様なニーズに対応することを目指した。
ユニクロは、カジュアルのなかでシェアを拡大し、製品・市場両方の成長ベクトルの拡大を行っていった。製品の方では、次々に機能性を特徴とした製品を拡大しながら、技術開発、企画法制、製造、小売を垂直統合したSPA型を確立し、自社工場の拡大でローコストオペレーションを実現、出店地域を拡大していくことをこの再成長期で完結することができた。
成熟期:2016年以降の収益は、2014年の値上げ、2015年の中国のストライキもあり若干失速した。同じ低価格帯の競合であるしまむらやZARA、H&Mなどが存在感を増すことで成長が鈍化したことも要因といえる。グローバル旗艦店のリニューアルや、店舗展開を引き続き行いながら、商品開発、コラボレーション、環境問題への取り組み、慈善活動を継続して行った。
成熟・再生期:2020年、新型コロナウイルスの影響により、売上が激減。しかし、「LifeWearのすべてをここに」とLifeWearを体現するグローバル旗艦店をリニューアルオープン。Lifewearコンセプトで、コロナ後の成長に弾みをつける。エアリズムマスクの発売、不要になったユニクロの服を回収し、服に新しい価値を与えて次へと生かす顧客参加型の取り組み「RE.UNIQLO」をスタートし、リサイクルダウンジャケットを発売するなど、回収活動をグローバルに展開、キャンペーンを行うなど、生活に価値を見いだすコンセプトに基づいて、生活に寄り添った政策をすることにより売上は漸増した。
このように、ユニクロのブランドライフサイクルはプロダクトライフサイクルとは異なる段階を持つことがわかった。PLCとは違い、明らかに再生があり、先取りが行われている。成熟期の末期、及び衰退期に入る前に再生が行われている。それぞれの段階で、コンセプトの変換、製品の差別化、SPAなどの垂直統合の見直し、市場開拓、物流システムの足場を整え、危機を乗り越えてきた。先取りしながら再生、成長をしている。ブランドは再生することができるという事例をここでくり返し確認できる。今後は、どう乗り切るか、低価格、路線の再評価、高品質による差別化を守りながら、「LifeWear」のコンセプトの実現など、より明確にして新たな再生に向けて動き出していると思われる(図表2)。
いかにブランド資産を形成し、会社に持続的な収益をもたらす政策を展開していくかが、ブランドライフサイクルマネジメントである。ユニクロのうまさは、2度もブランドを再生させていることである。
これができたのは、ブランドの置かれている状況を踏まえ、戦略的に判断し、政策を展開したからである。
ユニクロは企業理念の実現のために価値の再定義をうまくやっている。ユニクロというブランドの寿命は企業理念である「カジュアル革命」が実現されたときである。消費者の世代交代による無関心化と忘却に抗うには、繰り返しブランドを価値から再定義するしかない。現在の提供価値は「LifeWear」である。その価値を体現したものが各製品カテゴリーになる。価値を裏づけているのが、シーズである。
体系化のP.コトラーと違い、優れた洞察力を持つT.レヴィットは、PLCは、運命ではない。段階をどう判断するかが重要だと述べている。自社のブランドがどの段階にあるかは、客観的に決定できるものではないし、すべきではない。戦略を先取りするために、段階を判断するということだ。
これを間違えると、衰退期だから「刈り取り戦略」のようなPPM戦略の標準戦略のような機械的な戦略になってしまう。衰退期だから「再生戦略」という発想が生まれない。そもそもブランドはニーズを基礎にしているので、ニーズに寿命はない。
ブランドは年齢とは関係なく、導入期、成長期、成熟期、衰退期に規定される。この規定された段階には、これまでに蓄積された標準戦略がある。この標準戦略を紹介する(図表3)。
導入期にもっとも重要なことは、明確な市場戦略、STにもとづくブランドコンセプトとブランディング、初期顧客接点づくりである。
ブランド戦略は、明確な市場戦略にもとづく。明確な市場戦略とは、市場セグメントの選択(ターゲティング)による競争の幅の選択と基礎とする消費者ニーズとそれを充足するシーズを明確にすることである。ここからコンセプト(誰の、どんなニーズを、どんなシーズで満たすか)が決定される。この市場戦略が曖昧だとコンセプトも曖昧になり、新ブランド導入という「ロケット発射」がうまくできない。そして、ネーミング、パッケージングなどのブランディングである。
ここで重要なことは、ニーズを価値と連結して明確化することである。ブランドが購入されるのは、購入動機となるニーズ(欠如意識としての欲求)である。それは、様々な捉え方ができるが、提供価値と関連して理解しておくことが重要である。ここでは、簡単に触れるが、「means-end」アプローチで、ニーズを「製品属性―ベネフィットー価値」のシステムとして捉えておくことがブランドの長寿化を踏まえると有用である。
この段階で、ブランドの生涯を決定づけるのは、最終的にどういう市場を目指すかという目標設定である。つまり、日本市場などの国内市場のローカル市場を目指す「ローカルブランド」か、国内市場すべてをカバーする「ナショナルブランド」か、世界市場を目指す「グローバルブランド」になるかである。野球にたとえるなら、地域の強豪を目指すか、国体などの国内で優勝を目指すか、そして、アメリカのメジャーリーグを含めてグローバル市場でのトップを目指すかである。
導入から世界市場を目指すという目標は、地に足の着かない過信に繋がる。他方で、着実に一歩ずつ市場を拡大すれば、重複などの無駄なコストが発生する。また、ライバルがすでに地歩を固めている危険性もある。どちらが優れた目標設定か。結論は、最初から世界を目指せ、である。但し、自社の強みが生かせるグローバルセグメントがあるならば、という条件がつく。
ホンダは、創業者の本田宗一郎が町工場からグローバルブランドを目指した。そしてこの夢を実現した。液晶テレビや半導体の世界市場で日本企業からシェアを奪ったサムスンは、国内市場の狭隘性から、最初から世界市場を目標にした。日本企業は、国内での熾烈な競争に勝って世界に出るという着実な市場拡大をしたが、国内で勝利するのに時間とコストがかかり、アメリカ市場に進出する際には、「液晶テレビならサムスン」「メモリーならサムスン」というブランド資産が形成されていた。ラグジュアリーブランドが苦境にあるなかで、好業績を持続するエルメスも、19世紀の創業時からロシア王室などを顧客としていた。
そして、これらの成功したグローバルブランドの共通項は、世界に同質なニーズを持つセグメントが存在することである。例えば、エルメスのように、「貴族階級」のような富裕層というセグメントである。
ブランドの成長期は、ブランド資産のコアとなる「ブランドアイデンティティ」の形成がもっとも重要である。ブランドアイデンティティとは、ブランドの消費者の特徴的な印象である。消費者調査では、「想起内容」や「連想」などである。
テレビメディアが全盛の時代は、単純な「イメージ空間」で消費者が認知するブランドを位置づけることができた。現代では、SNS、ネットメディア、口コミなどに情報源は広がり、情報内容も、収益性などの企業情報など多岐にわたる。
成長期の成功の鍵は、この空間のなかで、ブランドを位置づけていくポジショニングであり、そのためにはブランドアイデンティティが明確であることが必要条件となる。
曖昧なブランドのポジショニングは、曖昧な対象となり、ロイヤリティを形成しにくい。特に、キリスト教などの一神教が支配する世界はその傾向が強い。
ポジショニングは、さきに述べた、「製品属性-ベネフィットー価値」の階層で行うことができる。より強いロイヤリティを形成するのは、もっとも抽象度の高い、価値である。価値レベルでライバルブランドとの差別性が形成されることが望まれる。
どのようにポジショニングするかは、市場のセグメントと選択(ターゲティング)という市場戦略により、選択された市場セグメント、すなわち、顧客層や顧客グループに対してである。
誰に、どんな価値を、どんなシーズ(製品タイプ)で提供するブランドなのかを明確にすることが、高収益をもたらすブランド資産の形成につながる。
このポジショニングの上で、ブランド売上拡大のベクトルを明確にする。市場製品多角化である。市場拡大するのに、どんな製品アイテムを増やしていくのか、地域市場や顧客層をどう拡大していくかを明確にする。成長期の市場拡大は、ポジショニングを曖昧にさせる。従って、市場拡大のために、ポジショニングが明確である必要がある。
長寿ブランドでみられる失敗事例として、導入で成功し、ライバルが出現し、自社ブランドアイデンティティが曖昧になったのを放置し、製品アイテム拡大と海外への市場拡大を行ってしまったというものがある。その結果、ブランドのポジション、印象が拡散し、アイデンティティという「らしさ」を失い、何の特徴もないブランドになり、ブランド価値を失うという事例が散見される。
成熟期は、導入で成功し、成長期を成功裏に収め、やってくる成長の停滞期である。毎年、少しずつ売上が減少する。シェアが漸減するという現象が10年以上続く。フォルクスワーゲン(VW)は、「ビートル」と呼ばれる世界的大ヒットを生んだ。このブランドの本格的な後継が導入されるのは、売上ダウンから10年以上経過してからである。
いわゆる「マンネリ」のような状況が生まれるが、中核ブランドであるがゆえに、思い切った革新が行われない。企業の組織問題を包摂してしまうからである。何をしても失敗するので、失敗グセがついてしまい、脱出できなくなる。ブランドは、組織の勢いがつくる面を強く持つ。組織の「ドライビングフォース(勢い)」を引き起こす段階である。
この「ブランド成熟の罠」に陥らないためには、ブランド資産を活用する戦略を駆使し、ブランド資産を活性化させ、再生への道のりをつけることが重要である。この期の成功の鍵はブランド資産の活用戦略である。
ブランド資産とは、消費者のブランドの認知や印象などの認知内容である。あのブランドなら「信頼できる」「品質に間違いはない」、という「認知バイアス」である。日本の場合は、ブランドは安心のシンボルであり、象徴である。
ブランドの認知資産とは、自社ブランドを客観な計算ではなく、好きな感情により、計算外で評価されることである。これは非合理的なようで、選ぶ面倒さや品質を吟味する手間を大幅に削減し、「ファスト判断」を可能にする。
長年培われたこのブランド資産を活用する戦略は、五つある。
第一は、「ブランドエクステンション」戦略である。長年、培われた特定カテゴリーでの認知資産を、他の製品カテゴリーに拡大することである。
カップ麺カテゴリーの「日清どん兵衛」ブランドを、冷凍食品カテゴリーに拡大し、「日清どん兵衛付のり弁」などとして市場導入すればブランドエクステンションである。多くのソフトドリンクのブランドが、キャンディーなどにエクステンションしている。エクステンションは、ネーミングやブランディングの活用で、他カテゴリーへの参入を容易にする。ネーミングが覚えやすい、信頼感のあるイメージを引き継ぎやすい、宣伝広告費が削減できるなどのメリットがある。このブランドエクステンションによって、もともとのカテゴリーでの認知資産も活性化される。エクステンションの条件は、参入したカテゴリーで品質に対して割高に感じられないかどうかである。消費者が「有名税」を余分に支払っていると印象を持てば失敗である。
第二は、マルチブランド戦略である。市場で明らかに、ふたつ以上のセグメントがあり、ひとつよりふたつのほうが売上と利益を拡大し、対応コストが下回るならば、さらに異なるセグメントに価値提供できるならば、新ブランドを投入し、ブランドをマルチ化した方がいい。こうして同一カテゴリー市場に、複数のブランドを投入する戦略がマルチブランド戦略である。化粧品市場では、多くのメーカーが、顧客セグメント、製品カテゴリー、化粧法などで複数のブランドを投入している。
マルチブランド戦略は、顧客セグメントへの深堀のしやすさ、ライバルブランドへのミーツ―対策、価格、流通対応などで有利な展開ができるメリットがある。消費者にとっては同一メーカーで選べる自由さが得られる。特に、チャネル別のブランド導入は、小売段階での価格競争を回避する手段として有効性を発揮してきた。
他方で、デメリットもある。ブランドアイデンティティが重なる、かぶるなどの曖昧性が生まれ、カニバリズムに陥る。消費者にとってみれば、選ぶ負担が増える。売れるブランドが集中し、均等に分散しないので、売れないブランドを仕入れるチャネルの不満が大きくなるなどである。
投入可能なブランド数は、原理上は無限であり、新ブランドの投入コストが、新ブランドで得られる利得よりも下回る限りは可能である。
その結果、過去のシャープの液晶テレビの戦略のように、あらゆるサイズの液晶をアイテム展開し、ライバルの参入を阻止するような展開が可能になる。「日清どん兵衛」のアイテム拡大とマルチブランド展開は、ライバルの参入を許さない品揃えである。
第三は、「サブブランディング」による「ヴァーティカル(垂直)ブランド」戦略である。ブランドは、価格やプレステージイメージで、垂直関係を形成することができる。価格帯なら「ハイエンド」「ミドルエンド」「ローエンド」という区別である。これを何らかの手段で特徴づけて(サブブランディング)、プレミアムブランド、ディフュージョンブランドのように階層化するブランドの配置戦略である。ファッションブランドの「アルマーニ」ならハイエンドの「ブラックレーベル」、ミドルエンドの「エンポリオ・アルマーニ」、ディフュージョンの「アルマーニ・エクスチェンジ」のように配置する戦略である。この垂直的なブランド配置には、素材、機能、カテゴリーなどの説得のある特徴が必要になる。
このような手法は「サブブランディング」である。スニーカー市場で、機能差別化をもとに成功してきたナイキ(NIKE)は、バスケットシューズに対し、エアクッションに差別的な特徴のある「ジョーダン」モデルを導入した。日本では、1980年代に、「ジョーダン・ホワイト・イレブン」が爆発的な人気を博し、「バッシュ狩り」(履いているバッシュを奪う犯罪)が起こるほどブランド価値の上昇に成功した。
近年では、「プレミアムブランド」の導入がブームとなった。しかし、価格と機能のバランスが困難である。プレミア化が進んだ、ローカル・ベーカリーの「高級食パン」ブームも終わりつつある。成功の鍵は、最適な機能と価格とのバランスである。
第四は、第三の派生とも言える「ディフュージョン」戦略である。つまり、差別的な特徴でポジショニングされた認知資産を活用し、ブランドをより多くの消費者に受け入れてもらう戦略である。手段としては、機能を絞り込んで、価格帯を下げる手法、ファッションでは、より普及したカテゴリー、フォーマルからカジュアルへなどの手法がとられる。品質差と価格差のバランスが成功の鍵となる。アルマーニなどのブランド戦略が典型である。
第五は、「マスターブランド」戦略である。ブランドの認知資産の源泉となるブランドを再活性化する戦略である。ブランドの本質は、消費者への提供価値である。売り手にとっては、その価値実現にブレイクダウンされたものが、ST(セグメントとターゲティング)とコンセプト(ニーズとシーズ)である。つまり、ブランドの理念である。時間と投資によって形成されたブランドは、顧客を惹きつけるブランド力を持つが、時間とともに消費者の忘却によって劣化する。さらに、様々なブランド資産活用戦略は認知資産を拡散させる。世代によっても異なってくる。ウォークマンといえば、断層の世代にとっては再生専用カセットプレヤーだがバブル後世代にとってはMDプレイヤーになる。長寿化すれば、当然のことながら「もともと」や「そもそも」がわからなくなる。
マスターブランド戦略の本質は、築いてきたブランド資産を前提にして、導入期の戦略を展開することである。どんな価値を提供し、消費者のどんな欲望を満たしているかである。
成熟期の五つのブランド認知資産の活用戦略は、これまで築いてきた認知資産を活用する手段である。これを形成しているのは、宣伝広告だけでなく、マーケティング活動の累積である。認知資産は活用しなければ資産ではなくなるが、失敗活用すれば、「割高」や「信頼できない」などの負の認知を形成し、ブランドの「プラスバイアス」は、逆に「マイナスバイアス」へと変わる。五つの戦略の成功の鍵は、価値と品質に基軸を置くことであり、価格を先行させないことである。もっとも避ける必要があるのは、マイナスバイアスになる「割高」という印象である。
成長期にブランドの認知資産の活用をすると、自社の保有するブランド数は増え、アイテムも増え、価格帯も拡大する。このように進んだブランドの多様化は、どのように管理するか、という問題と、会社名をどうするかという課題が生まれる。管理問題は、収益を最大化する「ブランドポートフォリオ」で管理するのが合理的だ。もうひとつの社名問題は難題だ。
多様化したブランドを統合する意味で、すべてのブランドに社名を入れている戦略が、ブランド名社名戦略だ。例えば、「日清どん兵衛」、「日清UFO」などの表示だ、味の素も「味の素CookDo」と併記し、ブランド名とともに社名を印象づけている。他方で、「SK-Ⅱ」のようにP&Gという社名を一切使用しないブランド名戦略もある。どちらがいいかは、決着がついていない。
アジア人は、ブランドの素性を知り、安心したい欲望が強いので、併記が望まれる。欧米では、ブランドの機能への信頼が高く、アイデンティティを混乱させる社名表記は望まない。高級化粧品ブランドを展開している会社が、紙おむつをつくっているのは「違和感」を覚えるからである。寧ろ、社名はブランド多角化の障害になるので使わない。他方で、技術革新の早いIT業界などでは、変化しやすいサービスと一体となったブランドよりも、GoogleやAmazonのように社名訴求が多い。
正解は、個別企業にとってのコストベネフィット分析を参考にした上で、提供価値の最大化に繋がるブランド名と社名の表記を決めることが最適だ。
近年では、ブランド名採用が多くなっていた。資生堂は、伝統的なブランド名社名をブランド名に変更した。ブランドを売買できるようにした。しかし、変化の激しい時代には、一般的に、社名=コーポレート名を採用する傾向にある。それは、企業が社会的責任を果たす実体として、企業理念を実現し、価値を提供していることを認知拡大したいからである。また、その結果として、自社への投資家を増やし、安定株主を確保したいという合理性も働いているからである。
企業名を活用したブランド名戦略の最終像は、日清や味の素の製品カテゴリーでみられる。ライバルに対しては、参入余地のない「構え」(ブランド配置)になっている(図表4)。
長い成熟期が終わると、衰退期がやってくる。同時に、成長期や成熟期から、値上げによって、衰退期へと移行する。値上げによって、日本の長寿ブランドは衰退期の兆候が出始める。
売上の減少、ブランドの割高層の増加、非好意層の増加、ブランドスイッチの増加、ブランド継続意向の減少などである。成熟期には、飽きられることはあっても、非好意層が増えることはない。その結果、「認知バイアス」が逆に作用し、「怒り」へと転化する。この段階では、寿命はないといわれるブランドも終幕を迎えることになる。
衰退期の成功の鍵は、当初の価値にもどり、価値を再定義し、ブランドを導入期へと再生させることである。
ブランドの本質は、製品属性、機能ではなく、これらを包摂する抽象的な価値である。ユニクロなら、新素材が製品属性であり、「ヒートテック」は機能であり、「LifeWear」という価値の手段に過ぎない。「カジュアル革命」で実現される「役立つ生活着(超訳)」の提供が価値である、と解釈してみるとわかりやすい。
衰退期には、これまで提供し、消費者に認知されている価値を捉えなおすことが必要だ。これは、企業内議論で創出できるものだが、より合理的に科学的に行うことも有効である。それには、インテンシブインタビューで、質問技術を駆使した「価値ワード」を引き出し、仮説的な「価値マップ」を構成し、マス調査で検証する、という作業を行う。内容の決定は、経営者が行う必要がある。なぜなら経営者の決定は、ブランドのドライビング・フォース(勢い)を生みだすからである(図表5 価値マップの事例:チョコレート ガーナ)。
この決定された価値をもとに、価値の効率的伝達を行う。成功のポイントは、ブランドと出会う顧客接点(カバー)を最大化し、主軸接点で、感情説得を試みることだ。このアプローチにより、「カスターマージャーニー」の研究や実験計画による感情を刺激する売場構成因子の最適化が導出される。
そして、再び、導入期段階へと向かい、ブランドライフサイクルを繰り返す。このように、消費者から希望小売価格より高いWTPを獲得し、それを消費者と売り手と分配することが、自由競争社会の社会厚生を最大化することに繋がる。
危機の衰退期は、再生の機会である。機会を生かす段階判断が重要だ。値上げの時代は、例え、導入期でも衰退期と捉えることも戦略的判断だ(図表6)。
再生期のブランドは、価値を再定義し、ライフサイクルを生きなおすことが成功の鍵である。マーケティングの研究者や専門家が「専門の壁」で避けてきた、再生に必要な概念を手短に整理してみる。
価値とは、
- 欲望を満たす商品ブランドなどの対象がもっている有用性
である。これは、アダム=スミスの定義の援用である。
欲望とは、
- 人間の生物的な欲望をもとに、社会性と経験の積み上げによって高度化した具体的な対象に対する志向性であり、即自的なものから対他的なものへ、そして実存的なものへと高度化する
とする(真木悠介「人間解放の理論のために」)。
マーケティングの欲望論は、A.マズローの「欲求段階説」を利用している。(マズローは「desire」という語を使い、日本語訳では「欲求」と訳されている。ドイツ語、英語、日本語を比較すると、欲求は「欲望」と訳されるのが最適だが、混乱のないよう欲求を使用することにする。)1960年代のアメリカ人のインタビューで類型化されたものである。いかにも古く、もっとも高次な欲望である「自己実現」の内容が現代人には乏しい。また、安全欲求や承認欲求という下位欲求が欲求の高度化によって通過されていく「不可逆説」も、コロナ、紛争や自然災害を多く目にした現代では明らかに成立しない。それにも関わらずマズローが引用されているのは、本質的な議論であり、専門外に踏み込みたくないという専門主義の弊害である。
従って、ここでは、1960年代の実存主義の影響を受けた見田宗介=真木悠介の欲望論をもとにした。現代でも通用するものである。されに、いくつかの質的及び量的調査で豊富化し、検証したものである。
価値の再定義には、その基礎となる欲望が捉えなおされねばならない。経営者は、会社の社会的有用性を意識し、「価値」を好む。これは古典経済学と整合的であるが、マーケティング実務として利用するには、欲望と価値の定義が必要になる。
弊社では、哲学、精神分析、経済学や社会学の議論を踏まえて、下記のように整理する(図表7)。
「消費社会白書2025」のご案内
30年の長いトンネルを抜けて、そこは「灼熱の真冬」だった。2024年の消費は、経済史において消費転換の年だったと明記されるかもしれない。
参照コンテンツ
- MNEXT 大転換期の価値マーケティング(2023年)
- 価値社会をリードする6つの価値ライフスタイル(2023年)
- MNEXT ePOPで成熟ブランドのリブランディング― 2022年春の提案(2022年)
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