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(2012.02)
TPPとどう向き合うか
-TPPの国際政治経済分析
菅野 守

構成
1.はじめに-TPPとは
(1)TPPの法制度上の位置付け
(2)TPPの沿革と経緯
(3)TPPでの交渉内容

2.TPP交渉関与国をとりまく国際経済環境【会員限定】
(1)TPP交渉関与国の経済規模と貿易規模
(2)日本の交易環境-日本の農産物輸入を焦点に
(3)交渉のイニシアチブを取るアメリカ、成立のキャスティングボードを握る日本

3.TPPをどう評価するか【会員限定】
(1)国論を二分するTPP
(2)TPPを巡る主張:TPP関連文献での主な論者の見解
(3)TPPの評価軸と背後にあるイデオロギー

4.TPPとうまくつきあうために【会員限定】
(1)企業経営者の観点からの評価
(2)国民の観点からの評価(その1):関税障壁撤廃について
(3)国民の観点からの評価(その2):非関税障壁撤廃について
(4)TPPに対する評価-まとめ
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1.はじめに-TPPとは
(1)TPPの法制度上の位置付け
 TPPとは、環太平洋戦略的経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)の略で、環太平洋地域の国々による経済の自由化を目的とした多角的な経済連携協定(EPA)である。ここでEPA(Economic Partnership Agreement)とは、FTA(Free Trade Agreement:自由貿易協定)の一種であるが、貿易取引に直接かかわるような関税やその他通商上の規制の撤廃に止まらず、別名「非関税障壁」とも呼ばれている、経済制度や経済取引に絡むルールの調和や連携強化、協力推進をも含めた形で結ばれる、包括的な経済協定である(図表1)。
 日本が現在EPAを結んでいるのは、シンガポール(2002年)、メキシコ(2005年)、マレーシア(2006年)、チリ(2007年)、タイ(2007年)、インドネシア(2008年)、ブルネイ(2008年)、ASEAN(2008年)、フィリピン(2008年)、スイス(2009年)、ベトナム(2009年)、インド(2011年)、ペルー(2011年:発効待ち)の12ヶ国1地域、現在交渉中は豪州(2006年から交渉開始)、GCC〔湾岸協力会議〕(2006年交渉開始)、韓国(2003年から交渉開始)の2ヶ国1地域。その他、交渉の段階には至ってないもののうち、「アセアン+6」と「アセアン+3」「日中韓」については関係政府間で議論中、カナダ、モンゴル、コロンビアとのEPAについては共同研究が進められ、EUとの間では協定の対象と範囲を決める予備交渉作業(いわゆるスコーピング作業)の段階に入っている。
 FTAおよびEPAでは、協定を結んだ国同士の間でより低い関税を適用され、協定相手国での経済活動に際し制度上の優遇を受けられることとなるため、協定を結んだ国と協定を結んでいない国との間で取り扱い上の差別が生じることとなる。GATTを含めたWTO協定では原則、すべての国との交易に関し関税を含め同一に扱うことを義務づけている(WTOの無差別原則とよばれる)ことから、協定相手国との交易だけを自由化するFTAまたはEPAの結成にはGATT上厳しい制限が課されている。それを具体的に定めたのがGATT24条であり、FTAやEPAがGATT上許容されるためには、「関税その他の制限的通商規則がその構成地域の原産の産品の構成地域間における実質上すべての貿易について廃止されていなければならない」(24条8項b号)としている。「実質上すべての貿易」について具体的な数字等の規定はGATT上存在していないが、たとえばNAFTAでは98%以上、EUが結んだFTAやEPAでは概ね97%以上の貿易について関税が撤廃されており、先進国のFTAやEPAでは95%以上は関税撤廃が求められるという「相場観」が定着しているという。だが他方で、日本が過去に締結したEPAでは、関税撤廃率は90%ぎりぎりに達しているかどうかのレベル、とも言われている。
 FTAおよびEPAは、(2国間か3ヶ国以上の多国間かにかかわらず)国と国同士で結ばれる協定であり、条約と同様、国会の批准手続きを経て承認されない限り、発効されない。したがって、仮に政府が独断で交渉内容に全面的に合意したところで、その合意が日本国民を直ちに拘束するものではない。ましてや、単に交渉参加を表明したぐらいでは、法的には何の拘束力ももたない。

(2)TPPの沿革と経緯
 TPPの元となる協議が始まったのは、2002年メキシコでのAPEC首脳会議からであり、当初はチリ、シンガポール、ニュージーランドの3ヶ国間で交渉が開始された。TPPの原協定(一般にP4協定と呼ばれる)はシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4国が調印し、2006年5月から発効している(図表1)。
 その後、2010年3月からアメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが、2010年10月からはマレーシアが交渉への参加を表明した。原協定を締結した4ヶ国を含む参加9ヶ国で進められている拡大交渉会合は、2011年11月の大枠合意を受けて、2012年7月に全分野での実質的合意を目指している。
 日本も2011年11月のAPEC首脳会議の場で「交渉参加に向けて関係国との協議に入る」と表明、カナダ、メキシコ、台湾の三ヶ国もTPPへの参加の方針を示してはいるが、拡大交渉会合への参加はいまだ許されず、交渉会合中の情報共有や協議にも応じてもらえない「蚊帳の外」の状況が続いてきた。
 2011年12月のマレーシアでの9ヶ国拡大交渉の場でようやく、メンバー各国が参加希望国との2国間協議を進めることが打ち出されたことで、日本も交渉参加への同意取り付けに向け、2012年1月半ば頃より9ヶ国への代表団派遣を急ぎ進めてきた。1月19日までにベトナムとブルネイから、1月27日までにペルーとチリから了承を取り付けるとともに、2月に入り次第、オーストラリア、マレーシア、シンガポールへの事前協議団派遣の動きを進める予定だ。
 最大のヤマ場となるアメリカとの事前協議は、当初、1月末からのスタートで調整を図っていたが、アメリカの関心が1月31日からワシントンで始まる交渉参加9ヶ国による中間会合での交渉調整の方に向かってしまったため、日米事前協議は棚上げされたままとなり、交渉参加の見通しが一向に立たない有様だ。事前協議とは別に、日本の政治家や交渉に関わる官僚、業界団体関係者などが、ウェンディ・カトラー米通商代表部(USTR)通商代表補を始めとするUSTRの首脳たちと非公式な折衝を行い、その内容がメディア等から断片的に漏れ聞こえてはくるが、その真偽のほどは定かではなく、(仮にその場での発言が正しかったとしても)事前協議の場でも予めアナウンスしていた通りのスタンスで臨んでくるかも疑わしい。むしろ、非公式な折衝でのやり取りをブラフとして巧みに利用され、USTRの都合のいいように日本側の関係者が振り回されてしまっている観が否めないところだ。

(3)TPPでの交渉内容
 原協定(P4協定)で定められていることは、拡大交渉会合で改訂されない限り、全ての交渉国が従わなくてはならない。
 中でも、原協定第3章第11条 で、農業輸出補助金は原則撤廃とされている(ただし、農業に関わる全ての補助金が撤廃されるわけではない点は、注意を要する)。
 TPPでの交渉項目として現在、次の24項目が協議に上っている(図表1)。

図表1.TPPの概要と沿革


 市場アクセス交渉として取り上げられているのは、以下の9項目である。

 1)工業製品
 4)越境サービス
 7)ビジネス関係の移動
 2)繊維・衣料品
 5)電気通信サービス
 8)政府調達
 3)農業産品
 6)金融サービス
 9)投資


 これら9項目では主に、各分野での関税障壁の撤廃に加え、外資の参入条件緩和などが焦点となっている。
 ルール交渉として取り上げられているのは、以下の15項目である。

 1)原産地規制  2)貿易救済措置(セーフガード、補助金相殺措置)
 3)貿易円滑化  4)SPS(衛生植物検疫措置)
 5)TBT(貿易に対する技術的障壁)  6)知的財産権
 7)競争政策  8)環境  9)労働
 10)紛争解決  11)協力  12)分野横断的事項
 13)電子商取引  14)制度的条項  15)首席交渉官協議


 これら15項目では主に、非関税障壁の撤廃を視野に、TPPに参加する各国間でのルールの統一化や規制条件の均一化などが焦点となっている。
 TPPでは原則、関税障壁ならびに非関税障壁の完全撤廃を目指している。関税障壁撤廃への具体的な進め方として、「タリフライン」(つまり、関税分類上の細目数ベース)で95%、貿易額ベースでTPP参加国累計の90%で即時関税撤廃、残りは協定発効後7年以内に関税撤廃、という方針を過半数の国々が支持している、といわれている。「タリフライン」で関税撤廃率90%ぎりぎりの日本がこれを達成するには、市場アクセス交渉の3)農業産品分野で、これまでのEPAよりも更に踏み込んだ条件提示を迫られる可能性が高い。

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