次世代戦略コンセプト-多面的プラットフォーム | ||
本稿は、RIETI(独立行政法人 経済産業研究所)の研究員であるAndrei Hagiu(アンドレイ・ハジウ)氏が、当社社員に向けた特別講演の内容を、戦略分析チームがまとめたものです。 | ||
Andrei Hagiu氏の「プラットフォーム論」は、産業の融合、コンバージェンス(収斂)が進む情報家電産業において、新たな競争優位のキー概念となるものです。放送や通信、家電、コンピュータなどは、これまで固有の技術によって成り立っていましたが、デジタル技術とインターネット・プロトコル(IP)という技術への共通化によって、産業の垣根が崩れ、ひとつの巨大な産業へと融合しつつあります。情報家電産業という新しい産業の捉え方が必要になってきています。情報家電産業のもとでの競争は、ハードウェア単体での性能や品質差を競うものではなく、新たなハードウェアを通じて、どんなコンテンツやサービスを提供していくか、といった形で覇を争うようになってきています。ここで鍵となるのが、このふたつを結びつけるプラットフォームの役割です。より多くのコンテンツ、より多くのユーザーを同時に惹きつけるような共通の土俵、あるいは基盤=プラットフォームを準備、開発することが大変重要になってきています。音楽やゲームの例をみるまでもなく、この点は明らかです。どちらも、多くの楽曲やゲーム等のコンテンツを、魅力あるコンバージェンスハードウェアを通じて提供し、ユーザー数を増やすことで、さらに多くのコンテンツを惹きつけるといった循環を持つプラットフォームで競争しています。現代の競争は、このように次々と新たな製品・サービス、プラットフォームが生み出されながら、ユーザーの消費体験の高度化を通じて、また新たな製品・サービス、あるいはプラットフォームへと収斂していくといったように、ディバージェンス、コンバージェンスを繰り返しながら、産業の進化が進んでいます。このような状況に対して、従来の産業や競争戦略の枠組みでは十分に対応できなくなってきています。新たな産業と市場の条件に適合した戦い方の知恵やノウハウが求められてきていると言えます。 Andrei Hagiu氏の「プラットフォーム論」は、経営学と経済学を繋ぐ重要な概念であり、情報家電産業だけでなく、あらゆる産業に適応できる実践理論になり得る可能性を持っています。Andrei Hagiu氏は、仏国立理工科大学(Ecole Polytechnique)および仏国立統計経済大学(Ecole Nationale de la Statistique et de l'Administration Economique)にて経済 学士、修士を取得後、米国プリンストン大学にて博士号(経済学)取得され、1999年 仏経済金融産業省のアジア担当財務部、National Economics Research Associatesコンサルタント (2000-2003年)を経て現職に至る、と言う経歴の持ち主です。産業組織論の教科書を塗り替えたティロールや産業組織論のグルのひとりであるシュマレンジーとの共同研究もあります。この度、次の就職先が決定し、10月には、アメリカのハーバードビジネススクール準教授へと転出されます。いずれ、アメリカから、この新しい戦略コンセプトが輸入される前に、いちはやく皆様にその最新の考え方をご紹介したいと思います。 | ||||
プラットフォームとは | ||||
● デートクラブが教えるプラットフォームの基本構造
今紹介したTuba-café以外の例としては、eBayや不動産屋などがあります。利用者同士に出会いの場を提供することにより儲けるタイプで、Tuba-caféと似たタイプのモデルです。広告媒体を提供するサービスも多面的プラットフォームと言えます。例を挙げれば、きりがありませんが、最近の代表的なものはグーグルやホットペッパーなどです。取引の手段を提供するタイプのプラットフォームもあります。好例はクレジットカードです。 ● プラットフォームの価値を決めるものいくつかの事例を紹介しましたが、共通して大事なポイントがあります。ひとつは、プラットフォームとしての経済価値を決めるのは「利用者の数」ということです。デートクラブの例で言えば、登録・参加する男女の人数が多ければ多いほど出会いの場としての価値は増します。ホットペッパーの例で言えば掲載されている広告・クーポンの数が多ければ多いほど消費者にとってのホットペッパーの価値は増し、またそれを利用する消費者の数が多ければ多いほど、もう一方の利用者である企業にとっての広告媒体としての価値は増します。クレジットカードの例についてはもう説明は不要でしょう。このようにサービス・製品を供給する側のニーズと、それらを消費するユーザー側のニーズを同時に満たすことで多面的プラットフォームはそれ自体の経済価値を増します。供給側からすればそのプラットフォームを利用することで効率的にユーザーを取り込むことができますし、消費する側からみてもそのプラットフォームを利用することで統一された簡単な手段で多様なメリットを享受することができます。理想的には、このようにして自身の利用価値が上昇することによって、さらにまた多方面から利用者が増加し、利用者が多いことでまた自身の価値が高まるという循環を持つような存在が多面的プラットフォームのひとつの特徴であるといえます。プラットフォームというビジネスモデルにとって大事なことのふたつめは、契約形態や課金システムです。Tuba-caféに見られるように、契約・課金システムをどうするかは、プラットフォーム供給業者にとってもっとも重要な意思決定のポイントになります。どのタイプの消費者にどの程度お金を請求するのか(又はしないのか)、さらには金銭的なサポートを行うのかによってもプラットフォームとしての成否は左右されます。つまり、コスト以外の要因、供給側と消費側の両方を相互依存的に惹きつけるように、価格が決定される側面が強いということです。大事なことは課金システムの構造であり、競争優位性はそのシステムの優劣に依存します。 ● 今なぜ、プラットフォームなのかこのようにみると、多面的プラットフォームという視点は必ずしも新しいものではないようにみえます。プラットフォームや相互依存性という考え方も、決して新しいものではありません。ではなぜ、デジタルコンバージェンスが進む情報家電産業においてプラットフォームという視点が重視されているのでしょうか。それは、これからの情報家電産業がプラットフォームを中心に展開され、プラットフォームというビジネスモデルによって収益をあげることの重要性が増すと予想されるからです。デジタル化が進む現在の情報家電産業においては、製品単体のスタンドアローン性能よりも、各製品の統合によって新たに生まれる利用価値に重点が移っています。つまり、各種のコンテンツ、アプリケーション、ネットワークオペレーション、ソフトウェア、ハードウェア、周辺機器等の上を流れる情報を様々な端末機器で共有するための機能こそが重要になりつつあり、その流れの中でどのような価値を消費者に提供できるかが、ネットワーク化が進む情報家電産業における勝負のポイントになりつつあるということです。また、デジタルコンバージェンスにより、これまではプラットフォームや相互依存性という視点があまり重要ではなかった製品・サービスにまでその影響が及びます。さらに、多面的プラットフォームが存在する市場の括りが非常に大きくなることで、従来の業界毎に違ったプラットフォーム戦略だけではなく、融合相手に存在したプラットフォーム戦略も考慮しなければならなくなります。デジタルコンバージェンスが進む市場では、今よりも戦略を考える際の視点が複雑になります。 (2005.5)
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